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第70話 八雲訪問記・エレファン獣王国(5)

「―――お呼びによりクレーブス、参上致しました」


八雲の呼び出しによりレアオン城の会談場所まで到着したクレーブスはいつもの白衣ではなく戦闘中に着ていた黒いコートでやって来た―――


そしてクレーブスと共に、もうひとり後ろからその姿を見せたのは―――


―――巫女服の上に普通は家紋が入るところに『龍紋』が左右に入れられている黒い羽織りを着た葵御前だった。


葵の姿を見てレオン、エミリオは少し驚いた顔をしていたが黙って話を聴く姿勢を保っていた。


「葵も来てくれたのか」


「はい。クレーブスから治水についての話し合いと伺いまして、妾の故郷アンゴロ大陸は米を作っておりましたので」


「水田か!だったら治水にも詳しいという訳だな」


「はい。妾の知る限りでお話しようと思いまして参りました」


次に八雲はクレーブスに向いて、


「忙しかったところを態々すまないな。クレーブス先生」


少しだけ嫌味を込めて言っている八雲だがクレーブスは気にする素振りもまったく見せない。


「―――いえいえ♪ 八雲様の知識が拝聴出来るというだけで、このクレーブス!どこにでも馳せ参じます♪」


と、ご機嫌オーラで返してくるので八雲もそれ以上は藪をつつくのを止めた。


そしてクレーブスと葵に今回呼び出した理由を簡単に説明すると―――


「例えば他の国などで治水についてどういった対応をしているのか、まずそこから教えてくれないか?」


と頼むと、その場にいる全員の顔を見回したクレーブスが説明を始める―――


「私は黒神龍ノワール様の龍の牙ドラゴン・ファング序列03位、クレーブスと申します。挨拶は簡単に済ませて早速皆さまが知りたがっている治水についてのお話を致しましょう」


そう言ってクレーブスは首都レーヴェ北部の地図を光属性魔術投影プロジェクションで壁に映し出す―――


突然の魔術にエレファンの一同もエドワード達も驚いた顔をしている。


「八雲様が言われている川とは、このレーヴェ北部を流れる『カメール川』のことでしょう。首都レーヴェに近い美しい川ですが過去大雨の際に何度も氾濫を起こした記録があります」


投影された地図に過去の氾濫したであろう地域に水色の射線が入れられた。


「この線が加えられたところ、俺達が見てきた緑の草木が生えていた辺りと一緒だな」


その地図を見ながら八雲は自分の記憶と照らし合わせていた。


「―――ええ。そもそも治水の始まりは文明の始まりと強い関連性があります。この世界の多くの文明社会では草創期に氾濫農耕が行われ、農耕の発展により生産物余剰が蓄積されて都市が発生し、都市住民の維持を目的として安定した農耕体制を確立する必要に迫られました」


クレーブスにより、治水についての歴史講義が始まった―――


「安定した農耕を確立するためには治水と灌漑の導入が不可欠でした。治水・灌漑の導入には労働力の集約を要しましたが、この労働力の集約を通じて初期国家が形成されたのです。また文明が発祥した地域の多くでは洪水が毎年定期的に発生したので洪水時期を推測するための暦法や天文学が発生し、治水構造物を作るための土木技術や度量衡なども発達したのです」


すると地図の大陸が縮小してフロンテ大陸とアンゴロ大陸が一緒に投影されている。


「そしてその農法に特化した地域というと、このオーヴェストではエーグル帝国、そして周辺大陸では御前の故郷でもありますアンゴロ大陸があり、そのアンゴロ大陸では主流の農耕作物が米であり米の農法が水田と呼ばれる利水に長けた農法であることを踏まえて、御前から説明して頂きます」


そしてクレーブスと入れ替わるようにして葵が前に立つ。


「それでは、妾の故郷アンゴロ大陸で行われている水田についての治水や利水について話させてもらおう―――」




それから葵による治水方法についての説明が行われたが―――


―――川の氾濫が多い土地に土手を作り、抑えられる範囲で川の氾濫を抑える。


―――肥沃な土が氾濫によって流れ込むことによって、その土を利用して畑作を行う土地と堤防を築き氾濫を抑えることで被害を抑える土地の用水路を用いて水を引き込み水田に使用する農法が説明された。




八雲も説明を聴いていて日本の河川敷を思い浮かべながら説明と照らし合わせる。


「よし!大体の説明は理解したし、明日は早速カメール川に治水工事をやりに行こう!」


八雲の宣言にエミリオもレオンも驚いた顔をして、


「―――黒帝陛下!?明日いきなり工事開始ですか!ですが工事を手掛ける人手もまだ集めておりませんので、急にと申されましても……」


「ん?ああ、工事は俺がやるから人はいらないよ。クレーブスと葵は明日現場へ一緒に来てくれ。現地で相談することもあるだろうから」


「―――承知しました。妾も地聖神様の巫女のはしくれですから、ぬし様の期待に応えまする」


頭の上の狐耳を可愛くぷるぷるさせて両手を握って胸の前にもっていき、フンス!と力を込める葵。


「現地で見てから計画を見直すことも必要になるでしょうね……八雲様の知識が聴けないとは……はぁ……承知致しました」


明日の予定を決めてこの後、国王主催での黒帝来訪について歓迎の宴が催された―――






―――レアオン城の中にある広間に数多くの獣人達が集まっていた。


エレファン獣王国では貴族というより豪族と呼ばれる領地を治める権力者がいて国王はそれを纏める役を担っている。


今回の『災禍』の戦災は多くの命を奪う結果となり、またそれを行ったのが今回の宴の主役である黒帝となった八雲であることは豪族の間でも既に広まっていて、皆が見知った豪族同士で挨拶をする中、内心では戦々恐々とした気持ちを隠していた―――


主催したエミリオの挨拶が終わり、次に来賓であるエドワード王、アルフォンス王子、エアスト公爵と紹介されて最後に黒神龍ノワールとその御子である『黒帝』九頭竜八雲が紹介された。


「それでは黒帝陛下にお言葉を賜りたく、お願い申し上げます」


そうしてエミリオから演説を促され表情を強張らせる八雲だが、正直そんな話し聞いてないよ~!と内心で焦っていた―――


―――豪族達は豪族達でこの国に来た黒帝が強張った表情で何を言うのか?と、ずっと耳を傾けて額には早くも汗が流れ始めていた。


そんな気まずい空気が流れる中で宴に来ていた人集りの中からヒョコッと顔を出した四、五歳くらいのウサギ耳をした幼い女の子がトコトコと飛び出して八雲の前に立つと指を咥えながらその顔を上げ、八雲の顔をジッと見上げていた……


「ああ!!―――も、申し訳ございません!黒帝陛下!!」


そう叫んで人混みから飛び出してきたのは、子供と同じくウサギ耳をしてドレスを纏った幼女の母親らしき人物だ。


しかし母親の声を聴いても幼い少女はジッと八雲を見上げてからスゥーと両手を八雲に伸ばした―――


―――近づいた母親はその仕草に何を想ったのか、子供の仕草が黒帝の不興を買ってしまうと考えて涙目になっている。


そんな幼女の仕草を見て八雲はスッと両手でその子を抱き上げて胸元に抱いた。


子供は抱っこしてもらい、ニコニコと眩しいくらいの笑顔を浮かべている。


そんな幼子に優しい瞳を向けていた八雲は正面の広間の者達に向き直して語り掛ける。


「―――俺の国の言葉に『子は国の宝』という言葉がある。俺は……人と人が結びついて家族となり……家族が集まって村になり……村が集まって街になり……そして街が集まることで国になると思っている。だがそれは逆に元を辿れば国とは―――人なんだと思う」


広間にいたエミリオとレオン、そしてエドワード達ティーグルの王族やノワールまで八雲の言葉に聞き入り、それは広間に集まったエレファンの豪族達もまた同じだった―――


「あの『災禍』の戦争で俺が多くのエレファンの兵を手にかけたことは、此処にいる全員が知っているだろうし、俺を恨む者もいるだろう―――」


その言葉には心を見透かされたような気持ちになる者が数多くいた。


エミリオとレオンも王族としての責任を痛感する半面、この場でその話しを八雲が持ち出すとは思ってもみなかった。


「―――此処にいる人だけじゃなく、この国の多くの人に悲しみを与えたことは紛れもない事実だ」


「こ、黒帝陛下!!」


話しを遮ろうとするエミリオに八雲は手を差し出して静止する。


「皆の家族を奪ったこと―――この場で謝罪する」


そう言って八雲は黙とうしていた―――


エミリオ達もエドワード達も八雲の行いに絶句し、それは豪族達も同様であった。


「皆には皆の守りたいモノがあるように俺にも守りたいモノがある。それは誰もが持っているだろう。そして今日この時から俺にとってはこのエレファンもまた守りたい国になった。『共和国』に賛同してくれたエミリオ王にも感謝する。そして俺はこの子のことを、この子達の未来を守りたい」


そう言って胸に抱く幼子を見つめる八雲に、場の空気が和らいでくるのが広間に伝わっていく。


そこで八雲は大きく息を吸い込んで―――


「―――俺は明日からこのレーヴェの北部に流れるカメール川で治水工事を開始する!まず手始めに堤防を築く!その堤防に隙間を作って用水路を造り、レーヴェ近郊まで水を整備して引き、この土地の荒野を一大農業生産国へと変えることを此処にいる皆とエレファンの国民達に誓う!」


―――エレファンの農業改革を宣言したのだった。


「エレファンが……ここが一大農業生産国に……」


豪族の中からは半信半疑といった声がザワザワと広がっていった―――


「城の外に空中で停泊している船を皆見ただろう。天翔船、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルだ。あんな船を造れる技術を持つこの黒帝に、農業改革が出来ないと?―――答えは否だ!」


そう叫ぶと両手で脇を抱えた幼子を皆に向けて高く持ち上げる八雲。


「この子の、この子達の未来を共に築こう!この子達が腹いっぱいに飯を食えて、その子も!その孫も!この先の未来に生まれる子供達が安心して暮らせる世界、俺が望むのはそんな安心がありふれている世界だ」


八雲の言葉に必死に追い縋ろうと聞いていた豪族達も最後の言葉にふと自分達の家族を思い浮かべていた―――


―――生活に困窮することのない国、出稼ぎで若い者達が出ていくことのない国、そんな安心して暮らせる国をもたらす……『共和国』の盟主はそんな夢の様な話をしたが、外に停泊した天翔船を見れば目の前にいる黒帝ならば農業改革など簡単な事のように見えてしまう。


そんな中で、ひとりの拍手が響き渡る―――エミリオだった。


そうして拍手が広がり響き渡り、いつしか広間の客達全員が笑みを浮かべていた。


八雲は胸元に抱いた幼子を母親の元に連れていく。


「黒帝陛下。この子がとんだ粗相を致しまして申し訳ございません」


先ほどの話を聴いて八雲への畏怖の念は少し収まったものの、それでも強烈な力を持つ者であることに変わりはない。


警戒心をもつ母親の気持ちを察した八雲は―――


「気にしなくていいよ。俺が話している間もこの子は大人しくしていた。本当に良い子だね」


母親に抱かれた子供の頭をそっと撫でていると、その子はニコニコとした笑みを返してくるので八雲も笑顔を浮かべた。


「明日は早速治水工事を始める!見に来たいと思う人はどうぞ見に来てくれ!」


そう言って夜の宴は締めくくられたのだった―――






―――今夜も夜は黒翼シュヴァルツ・フリューゲルで休むことにした八雲は自室に戻ってきた。


そして期待半分にしてベッドを見ると―――


誰もいない……


「こんな日もあるよね……」


挫けない心!明日に向かう勇気!そんな言葉を胸に抱いてサッサと風呂に入って明日に備えてベッドに潜り込んだ……






―――だが、そんな寂しい夜を過ごすことになった八雲がベッドに入った頃


「―――さあジュディ、ジェナ、我の傍まで来るのだ」


ベッドの縁に座って目の前のケモミミ娘ふたりを呼び寄せるノワールは笑みを浮かべながら手の指でクイクイと自らに向けて誘うように動かす。


「はい、ノワール様/////」


「は~い!ノワール様♪」


ノワールとお揃いのデザインをした服を着たふたり。


ベッドに座るノワールの傍まで来たジュディとジェナの顔を見ながら、ノワールはふたりのピチピチした太腿に手を伸ばして触れた。


「あう/////」


「あん♪ くすぐったいですよ」


ジュディは今から何をされるのかある程度想像がついていて、ジェナは無邪気に笑っていた。


「我の可愛いメイド達。これからすることはお前達の気持ち次第だ。どうだ?ふたりとも八雲に抱かれる気持ちは固まったか?ん?」


そう言いながらもゆっくりとふたりのスベスベした太腿を堪能するノワール。


「え~と、ジェナは八雲様好きです!」


手を上げてハッキリと宣言するジェナとは真逆にジュディは顔を赤くしたまま俯いている。


「お姉ちゃん?」


その様子に心配になったジェナがジュディの顔を覗き込む。


「ジュディ、お前はあの時のことを今でも気にしているのだな。だがな、お前は何も悪くはないし、最後の一線は超えていなかった。お前はきっとこれから先もそのことを引き摺るのであろうが、それとお前が幸せになることは別の話しだ」


ノワールが告げているのは奴隷商に囚われた際の話しだ。


「幸福は誰しも必ず機会が与えられている。それは不幸もまた同じだが、お前自身がその手を伸ばさなければ幸福は手に出来ない。そしてお前の不幸はジェナの不幸であることも忘れてはならない」


ノワールの言葉をジュディは黙って聴いていたが―――


「もう自分自身を許せ。ジュディ、我はお前が八雲を慕うことを許す」


「ノワール様……」


ノワールの言葉に、涙ぐんだ瞳をしたジュディが顔を上げた。


「私は……ここから、やり直します/////」


そう言ったジュディにニコリと笑みを浮かべたノワールは―――


「では今夜からふたりには我の特訓を受けてもらう!異論、反論、質問は一切受け付けん!」


言い放つノワールはふたりの太腿を這わせていた手を、スゥ~ッとスカートの中へと忍ばせるのだった―――



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