―――大地に降り立った八雲はブーツの底でジャリッと大地の感触を確かめると、エレファン獣王国の首都レーヴェに向かっている魔物達の背後を一望して見つめる。
「さて、まずは暴走を止めるところから始めるか―――」
そう呟いたところで
「―――
―――眼下に広がる醜い魔物の大群に向かって水属性魔術・上位の《氷陣障壁》を発動し、その大群の中心辺りから左右に向かって巨大な氷壁を大地から隆起させると大群を真二つに分断した。
「アアア―――ッ!!!ズルいぞ八雲!獲物を半分も持っていくなんてぇ!!」
八雲の《氷陣障壁》を見て、ノワールが思わず叫ぶ。
それを見たアリエスは、
「―――うふふ♪」
と笑みを浮かべて、また黒脇差=金剛で魔物に斬撃を喰らわせていく。
八雲は再び大地に降り立つと《氷陣障壁》によって行く手を阻まれた魔物達は押し合いながら、漸くその暴走を止めて今度は背後にいる八雲の姿に目を向ける。
「網を張るのは漁の基本―――それじゃあ大漁旗を掲げようか」
そう言って八雲は腰の黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹をスラリと抜き放つ―――
黒い鏡面の刃が反射した陽射しでキラリと光ると、振り返っていた魔物達は一斉に八雲に向かって暴走を開始した。
「まずはこれを試すか!
九頭竜昂明流・八雲式剣術
―――『
両手に持った二刀を逆手に持って、そのまま大地に突き刺すと―――
―――そこから大地が盛り上がって魔物に向かって盛り上がりながら地を走り、そのまま魔物達に呑まれた瞬間、
地面から刀のような形をした無数の刃が天に向かって突き出してきた―――
一瞬の間で数mも地面から突き出した刃に魔物の大群は一気に串刺しの刑にされて、身体の一部を貫かれた魔物から全身貫かれた魔物まで、大地は血濡れとなって悲鳴とも叫びともつかない断末魔が響き渡り阿鼻叫喚の地獄と化していた……
ノワール達の攻撃で十万の魔物のうち一万近くは葬られていて、さらに半分に分断されたおよそ四万五千の魔物が八雲の側に分断されていたが今の『千本刀』で軽く五百匹ほどの魔物が駆逐されていた。
「これは斬り甲斐があるいい修行相手だな」
地面に突き刺した夜叉と羅刹を引き抜きながら八雲は未だ大群で残っている魔物にそう呟く。
次に右膝を落として左足を後ろに伸ばし前傾姿勢を取ると、そこからさらに腰を捻り―――
「九頭竜昂明流・八雲式剣術
―――『
―――右脚に力を入れ前方に跳び出すと同時に捻った腰に回転を乗せて、同時に
すると中心で高速回転しながら夜叉と羅刹を広げた八雲が突き進む風の砲弾と化して次々に魔物を切り刻んでいく―――
―――魔物の眼には竜巻に巻き込まれていく。
風の中でその身をバラバラにされて地面に肉片がバラ撒かれている光景だけが広がっていった……
―――その頃、空中で待機する
「これは……凄まじいね。数は魔物が圧倒的に多いというのに、黒帝陛下達の力が圧倒的過ぎて……言葉にならないよ」
窓から見る大地の惨状にクリストフは言葉にならない感情が渦巻いていた。
「分かるぞ、クリストフ。儂も暗殺集団から救って頂いた時、黒帝殿は鬼神の化身かと思ったくらいだからな。しかし、その鬼神の如き黒帝殿が我らの敵でなかっただけ幸運と思うことにした」
隣で見ているエドワードも暗殺集団に襲われた時、圧倒的な八雲の戦闘力を目の前にして近衛騎士団長ラルフが早々に敗北したと報告に来た理由がハッキリと分かったことを思い出す。
「親父殿の言う通りだ。黒帝殿の助力がなければ俺も親父殿もあの場で屍になっていた……俺は黒帝殿に恩を返さなければならない」
アルフォンスもまた妻アンジェラの肩をそっと抱きながら呟くとエドワードもまた黙って頷いた。
「ヴァレリアお姉さま、あれが八雲様ですわ。あの風の渦のようなものになっています!」
窓から下を覗き込み、シャルロットがヴァレリアに八雲の位置を指差して教えるがシャルロットもまた自身が盗賊団から救われた際に八雲の強さを目の当りにしているので少し感覚が麻痺している。
「ああ……あんなに魔物が。八雲様、お怪我などなさらないでしょうか?あのように魔物だらけの場所におられて……」
ヴァレリアは八雲の戦闘を始めて見るので、身の毛もよだつ魔物の群れの中で剣を振り次々と切り倒す八雲が怪我でもしないかと不安になり、両手で顔を覆ってはその手の指を開いて見たり閉じたりを繰り返している。
「今マスターのLevelは120で戦闘を行っている現在も更に上昇しています。間違ってもあそこにいる程度の魔物では致命傷を与えるのは不可能です」
そんなヴァレリアの不安を解消しようとディオネがとんでもない発言をするとエドワード、クリストフ、アルフォンスの顔は引き攣る。
「Level……120……だと?」
「今も……上昇中?」
「どこまで上がるんだ……黒帝殿は……」
三人共がポカーンと呆気に取られて、しかしシャルロットはマイペースを保ちながら、
「Level.120ですってヴァレリアお姉さま!八雲様は本当に凄い方ですね☆」
「え、ええ……そのような凄い方の妻にわたくしがなるなんて、本当にわたくしでいいのかしら……」
まだ常識の感覚が残っているヴァレリアは八雲のLevelを聞いてスゥーと頭から血の気が引いていく。
「気にしたら負けですよ?ヴァレリア王女殿下。マスターは普段の生活習慣は一般的な男性と変わりません」
至って冷静な
―――程なくしてノワールとアリエス達
「ノワール様。こちら側はほぼ制圧致しました。残りは《氷陣障壁》の向こう―――八雲様側に残っている魔物だけです」
金剛を鞘に納めたアリエスがノワールに現状報告を行うと、因陀羅を肩に載せたノワールが目の前にある氷の壁を見上げる。
「―――八雲め!欲張りおって。このまま指を咥えて見ているのも癪だろう?向こうに乗り込むぞ!」
そうアリエスに告げたノワールは、目の前の高い氷の壁の頂上まで一気に飛び上がっていく。
アリエスも他の
「あいつめ。また面白い技を使っているな。よし―――行くぞ!」
ノワールは真っ先に跳び出して、まだ大群を成している魔物に向かっていった―――
―――それから暫くして、
「漸く最後の一匹になったな―――」
「―――やはり最後は
八雲とノワールが挟むようにして対峙しているのは、九つの首を持つ巨大な蛇―――『ヒュドラ』だった。
「まさかこんなところでヒュドラと対峙するとは、どうも九頭竜です」
「自分の名前で遊ぶな八雲。だがしかし……お前の一族はヒュドラと関係があるのか?」
「―――いやまったくもって関係ない。ていうかヒュドラなんて想像の生き物でしかなかったからな」
巨大な体躯に九つの首を持つヒュドラは警戒心と闘争本能に従ってそれぞれの首を八雲とノワールに向ける。
「俺の知っているヒュドラと同じか試させてもらうぞ―――
九頭竜昂明流・八雲式剣術
―――『
居合いの構えから抜き放たれた夜叉は影のように刀身が黒く伸びていき、ヒュドラの首をひとつ切り落とす。
すると―――
その斬り落とされた首の傷口から新たに二本の首が生えてきて八雲を睨む。
「伝説通りってか……」
「ヒュドラはしぶといからな。それで、どうやって倒す気だ?」
「伝説通りでいいのなら―――
九頭竜昂明流・八雲式剣術
――『影一閃・
次の居合いで鞘を走った夜叉の刀身は先ほどの影で伸びた刀身に炎が纏われていた。
その居合いで斬り飛ばされた首の傷口には刃に纏われていた炎がメラメラと燃え上がり、傷の再生を完全に阻害していた。
「―――これも伝説通りか。英雄ヘラクレスに感謝だな」
「誰だ?それは?そんな英雄なんて我も聞いたことがないぞ?」
「いや、こっちの話しだ。気にしないでくれ。さて、それじゃ真ん中の不死身の首以外は同じやり方で斬るとしようか」
「おお!―――我もやるぞ!傷口を燃やせばいいのだろう?」
頷く八雲にノワールは黒大太刀=因陀羅の刀身に黒い炎を纏わせる。
「我のは『
ノワールの掛け声と同時に八雲も飛び出し、炎を纏ったふたりの刀がヒュドラの首をひとつ、またひとつと次々に斬り飛ばしていく―――
「オオオオ―――ッ!!!」
「ハアアア―――ッ!!!」
そうして、周りすべての首を斬り落とされて最後に残ったヒュドラの本体である不死身の首の蛇だけに表情はないはずなのに、この状況に眼が泳いでいて明らかに動揺していた。
周りの首はすべて傷口を燃やされ、首の再生をすることもできない……
そんな危機的状況のヒュドラに八雲とノワールは容赦なく前後から同時に斬りつけて、その黒い刃が交差すると最後に残った不死身の首が斬り飛ばされた―――
「しかしあの首は不死身だぞ!どうする八雲?」
そう問い掛けるノワールに八雲は夜叉の切っ先を空中に投げ出された最後の首に向けると―――
「だったら誰もいない次元の狭間を永遠に彷徨ってもらうことにする―――
九頭竜昂明流・八雲式剣術
―――『
―――その構えた切先に突如、次元の狭間が生成されて、その狭間の穴に急激な吸引力が発生して極小のブラックホールの如くその不死身の首を吸い寄せる。
首だけではなく、周囲にある魔物の死体や土や岩まで吸い込むほどの吸引力を見せる次元の狭間―――
―――ノワール達ですら危険を感じてその場から大きく距離を取った。
「死ぬに死ねないなら、誰にも迷惑が掛からないところで永遠の闇を彷徨いな!!」
まるで暴風のような風に巻かれてヒュドラの首はやがて次元の狭間へと呑まれていき、吸い込まれると同時に八雲は次元の狭間を閉じて夜叉を一振りすると静かに鞘へと納めた……
「ふう……なんとか片づいたな……」
周辺は魔物の死体が広がる地獄の惨状と化していた―――
【―――マスター、レーヴェの方向から土煙を確認。『索敵』によると騎馬の集団がおよそ五百騎で接近して来ている】
ディオネの『伝心』を聞いて八雲は《氷陣障壁》を解除し取り除くと、確かに首都レーヴェの方向から騎馬の土煙が立っているのが見えた。
接近してくるその集団の先頭を来るのは新国王エミリオだった―――
―――八雲達の傍まできたエミリオはすぐに下馬してノワールと八雲の元にやって来ると膝を着いて深々と頭を下げた。
「黒神龍様とその御子、九頭竜八雲様とお見受け致します。私は先代国王レオンの息子、エレファン獣王国国王のエミリオと申します」
するとそれを聞いた八雲が―――
「ああ!アンジェラ王女の弟さん?」
と問い掛けると、笑顔で顔を上げたエミリオが答える。
「はい。左様でございます。此度の
「だったら美味い飯でも食わせてよ。動いたら腹が減ってきたからさ」
八雲の何気ない返事にエミリオは呆気に取られてしまう。
「それは勿論ですが、他には何かご希望はございませんか?」
随分と簡単なことを八雲に希望されてエミリオは困惑して再度尋ねた。
「別に
そう言って大空で浮遊する
「天翔船?あれにエドワード陛下や姉上も乗っているのですか?……そもそも、あれは一体?」
ここまで向かってくる途中、見えてきた時から気にしていた疑問を八雲に問い掛けるエミリオだったが、
「ま、その辺は城に行ってから話そうか。あと此処にある魔物の素材、全部あげるよ」
周辺に横たわっている魔物の死体を見回しながら八雲がそう言うとエミリオは驚きを隠せず―――
「エエエ―――ッ!!!こ、此処にある魔物の素材……全部ですか?あの……こう言っては何ですが、かなり高額で取引されるような素材もありますが……本当に宜しいので?」
と問い掛けるが八雲には特に使い道はないため、欲しければ魔物を狩りに行けばいいと思った。
「これからエレファンの復興にも役立つだろ?人手もいるし、いいから貰っといて。人を呼んで早く回収した方がいいよ」
屈託のない笑顔でそう答えられたエミリオは再び頭を深く下げて―――
「エレファンに御来訪されましたのはティーグルの会談で話のありました『黒帝』の件をご承諾頂いたということでございましょう。重ね重ねエレファンにご助力頂きましてこのエミリオ、黒帝陛下には今後も『共和国』の一国を担う国王としてこの命続く限り忠誠を誓わせて頂きます」
―――と八雲に自身の身命を賭した誓いを打ち立てたのだった。
「そんなに気にしなくていいから。それじゃ俺は先にレーヴェまで向かうよ」
照れ隠しするようにして八雲は『収納』から大きな黒い塊を取り出してきた。
「んん?何だ?何なのだ、これは?」
隣で不思議そうに可愛く首を傾げるノワールに、八雲はドヤ顔をキメながら、
「よくぞ訊いてくれましたノワールさん!これこそは俺の新作!」
「その名も―――
そう言って八雲は
「なんと……浮いている……」
それを見たエミリオは再び呆気に取られて、浮くところを見ていたノワールはというと―――
「我も乗せろぉお!!」
と叫んで八雲の後ろにすかさず飛び乗った。
八雲の腰に腕を回してしがみ付き、豊満な胸を押し付けてくるノワールに笑みを浮かべた八雲がハンドルを強く握るとエミリオに振り返って―――
「それじゃエミリオ陛下。レーヴェで再会しよう!ディオネ!アリエス達を回収して城まで来てくれ!」
そう言い残すと八雲は
上空からその様子を見ていたディオネは、
「これより
無表情で艦橋にいるエドワード達に告げるのだった―――