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第67話 八雲訪問記・エレファン獣王国(2)

―――目前に見えてきた魔物の大群


エレファンの大地を醜く無造作に覆わんばかりになっている、それほどの大群だった―――


軍隊ではないため隊列を組むでもなく様々な魔物が混ざり合う集団が只一方向に向かって来て猛然と前進していく。


上空二千mから降下中に見えていたのであろうノワールはパラシュートも何も装備していないが、何事もないように平気な顔をして大地にストンッ!と着地して降り立つと―――


【―――あれは魔物暴走スタンピードだな】


―――と一言呟く。




―――魔物暴走スタンピード


大型の魔物の集団が、興奮や恐怖などの起点によって突然同じ方向へ走り始める自然現象だ。


八雲のいた世界でも、大型動物により発生する同じような現象を『スタンピード』と呼ぶ。




魔物暴走スタンピード―――よくあるのか?】


八雲の質問に対してクレーブスが返答する―――


【―――魔物暴走スタンピードは過去にも多数発生しています。発生の原因は様々で火山の噴火や地震、山火事などの自然現象によることが原因での発生が考えられていますが、ここ三十年ほどは聞いていなかったですね。発生する間隔もバラバラなので反復して定期的に起こる訳ではありません】


【なるほど……よし、原因は兎も角こっちの攻撃を始めるけど、そっちにも行くと思うから狩り損ねないようにな】


【―――誰に言っている。我にそのようなことある訳がない♪】


楽しそうに返事するノワールの弾んだ声を聞いて、八雲は黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの火器管制コントロール用のパネルに手を置く。


「炎弾放射砲スタンバイ―――」


『火器管制コントロール起動確認』


パネルには火器管制起動の文字が表示された。


八雲は自身の魔術スロットを脳内に表示し、スロットの中から火属性魔術炎弾《ファイヤー・ブリット》を選択する―――


「―――魔術炎弾ファイヤー・ブリット装填!目標情報入力インストール!」


八雲は管制コントロールを通じて火属性魔術の炎弾ファイヤー・ブリットを魔術弾として込め、同時に『索敵』マップにマーキングした攻撃目標マップをパネルに付与する。




「いくぞぉお!―――全砲門砲撃開始!!!」


全砲門攻撃フル・バースト




パネルにそう表示された瞬間、船体前方の甲板にある攻撃放射砲から無数の《炎弾》が、地表の魔物達に降り注いだ。


『索敵』マップで指定されたポイントに的確に全弾漏らさず着弾し、轟音と共に炎の柱が立ち上がり周囲の魔物も広範囲で爆炎と衝撃に飲み込まれていく―――


魔物達からは悲鳴なのか断末魔なのか判別出来ないような鳴き声が響き渡り、だがそんなことは気にも留めずに八雲は黒翼シュヴァルツ・フリューゲルから砲撃を続ける。


大地が炎に飲み込まれていく―――


「再装填!全弾砲撃」


全砲門攻撃フル・バースト


―――さらに上空からの砲撃は続く。


発射された《炎弾》は追尾機能も付与された魔術により、索敵マップのターゲットに確実に命中していき魔物の断末魔が響き渡っている。


推定でおよそ三十万はいるだろう大地を覆う魔物の大群の彼方此方に炎の柱と爆発が起こっていき、ものの見事に大半以上が黒焦げになって大地にバラ撒かれていった―――


【うおぃい!―――八雲!!それ以上減らしたら我の獲物がなくなるではないか!】


黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの激しい攻撃で見る間に減っていく魔物の数に、ノワールが痺れを切らせて『伝心』してきた。


【―――え?まだ五万くらいいるけど、大丈夫か?レーヴェに向かったら大変だぞ?】


【誰がそんな下手をするか!それにお前も後ろから追いかけてきたらどうだ?こんな魔物暴走スタンピードなんてlevel UPのチャンス、なかなか来ないぞ】


確かにノワールの言葉も一理ある。


だが首都レーヴェに被害が出ては元も子もないのだが最終防衛ラインにはスコーピオも控えているし、ここはノワールの自信にノッてみることにした。


【分かった!俺は魔物のケツから追い上げるから、後で会おう】


その八雲の言葉に、


【ふふん♪ 魔物を倒す数で、我に勝てると思うなよ八雲!!】


【ベッドの中では完勝してるけどな】


【う、うるさい!!―――バカ!/////】


黒焦げになった魔物が大量に積み上げられる前で、惚気話をしているふたりに『伝心』を聴いていた他の者は苦笑いしていたが、


【う、コホン!……では皆の者―――狩りの時間だ】


因陀羅を肩に載せたノワールが鋭い目つきに切り替わり、そう言って一歩前に踏み出していった―――






―――ノワールを先頭にして歩みを進める龍の牙ドラゴン・ファング達。


ノワールは以前通り上はノースリーブの黒いブラウスに首には白いネクタイを締め、下は黒の生地に赤いチェックラインの入った短いプリーツスカートを履いて足には黒のニーソックス、そして上着には女性用の黒い生地に黄金の刺繍が鏤められたコートを着ていた。


それに突き従う龍の牙ドラゴン・ファング達はメイド服の上に八雲、ノワールと同じ金糸の刺繍が施されたお揃いの黒いコートを戦闘服のように纏っている。




黒大太刀=因陀羅いんだらを抜刀して、肩に置いて突き進むノワール―――


黒脇差=金剛こんごうをコートのベルトに差し込み、ゆっくりと抜刀するアリエス―――


黒細剣=飛影ひえいを携え、普段の白衣から黒のコートに代えて進むクレーブス―――


漆黒槍=闇雲やみくもを脇に構えて、楽し気な笑顔を浮かべるレオ―――


黒大剣=黒曜こくようを背中に背負って、レオと同じく笑顔のリブラ―――


黒鞭=雷公らいこうを手に纏めて、ビシッ!と鞭を引いて鳴らすフィッツェ―――


黒包丁=肉斬にくきり骨斬ほねきりを両手に握って、うふふ♪ と笑みを浮かべるアクアーリオ―――


黒戦斧=毘沙門びしゃもんをブン!ブン!と振りながらトテトテと歩くコゼローク―――




この景色の容姿だけを切り取って見てみれば絶世の美女達が黒いコートを羽織り、まるでモデルのように進んでいる姿だがその手に武器を持った絵面と全身から迸る黒い殺気は、常人であれば失神してもおかしくはない『威圧』が込められていた―――


「さあ!我が愛しの龍牙騎士ドラゴン・ファング・ナイト達!目の前に向かってくるは我らが手にする黒き武器の餌食になることを望む獲物だ!どいつもこいつも狩り放題だ!我と共にこの戦場を駆けよ!疾く駆けよ!!!」


ノワールの号令と共に全員がノワール・シリーズを手にして一斉に駆け出していった―――






―――そして魔物暴走に対峙するメイド達。


アリエスは魔物の群れの中からミノタウロスの前に立ち塞がる―――


「ミノタウロスですか……」


―――牛の頭をしていて巨大な体躯をしたミノタウロスは鼻息荒く上からアリエスを見下ろし、有無を言わせぬと拳を頭上からアリエスに突き下ろした。


しかしアリエスにとって鈍重な動きにしか見えないその拳を軽々とした動きで躱す―――


―――ミノタウロスはアリエスの動きに目が追いついていなかったが、突き出した腕を裏拳のようにして払い上げる。


さらに空中に跳び上がって、その腕を躱すと同時にアリエスが黒脇差=金剛を一閃振り抜くと―――


―――ミノタウロスの首が空中に舞い上がる。


残った胴体の首元から血飛沫が吹き出して大地に倒れていった……




クレーブスは目の前のサイクロプスに向かい合って、溜め息を吐いていた―――


―――巨人で一つ目をしたサイクロプスは旅人などを喰う巨大な食人鬼であるが知能が低い。


クレーブスはその知識欲の塊という性格から、既に生体など知っている魔物には興味が湧かないのだ―――


―――だがサイクロプスの一つ目には目の前の獲物は食い物にしか見えておらず、その手をクレーブスに伸ばす。


そんな動きは止まっているように見えるクレーブスは眼鏡をクイッと上に上げると―――


「―――嵐弾ストーム・ブリット


―――黒細剣=飛影の切っ先から発動させた風属性魔術の《嵐弾》がサイクロプスのドテッ腹に向かって発射される。


ドオンッ!―――と衝撃音が立った後にサイクロプスの腹部には向こうの景色が丸見えになるくらいの大きな穴が空き、サイクロプスは口から鮮血を吐き出しながら大地に倒れた……


「―――やはりサイクロプスはつまらん」


不満気に向き直るクレーブスは次には珍しい魔物がいないかとキョロキョロしながら戦場を進んでいった。




レオは構えた漆黒槍=闇雲を目の前のゴブリンの群れに向けていた―――


―――人の膝ほどの身の丈と灰色の髪の毛とあごひげなどを生やした醜い小人族であるゴブリン達は、単独ではなく集団行動を常とする。


頭の上でブンブン!と闇雲を回転させてから、チャキッ!とゴブリンに向けてかまえを取るレオ―――


―――集団でいい気になったゴブリン達は、


【GYAHAHA!】


と醜い笑みを浮かべてレオに群がるように飛びつく―――


―――しかし『身体強化』『身体加速』を発動したレオの槍捌きが冴える。


跳び付いてきたゴブリン程度の魔物に認識出来るものではなかった―――


「―――散りなさい」


―――レオの囁きのあと、空中に跳ねていたゴブリンの五体がバラバラと崩れ落ちる。


仲間が目の前でバラバラに崩れ落ち、汚い血溜まりだけが広がっていくことに醜く笑っていたゴブリン達の顔色が変わり少ない知能で撤退しようと判断するが―――


―――すでに動き出していたレオは、数百匹はいるだろうゴブリンの群れを闇雲の嵐のような回転斬りで次々に切り刻んで進んでいった……




リブラは、トロールの群れと対峙していた―――


―――巨大な体躯に怪力で深い傷を負っても体組織が再生出来る。


切られた腕を繋ぎ治せるほどで醜悪な容姿を持ち、あまり知能は高くないという凶暴粗暴で大雑把というトロールがリブラを集団で見下ろして手に持った棍棒を振り下ろす―――


―――問答無用のその攻撃をリブラは黒大剣=黒曜の腹で軽々と受け止める。


すると一撃でリブラを潰せなかったトロールは首を一瞬傾げながらも再び次々と棍棒を振り下ろす―――


―――その棍棒を両手に握った黒曜で軽く受け流すリブラは、そのまま棍棒を斬り飛ばしてやる。


持ち柄だけになった棍棒を地面に投げ捨ててトロールはその巨大な拳をリブラに振り下ろす―――


―――だが、その腕を斬り飛ばして一歩下がるリブラだがトロールはニヤケた顔で堕ちた腕を拾って再生しようとする。


しかし切り落とされた腕も身体の斬り口にも両方を突然赤い炎が吹き上がり再生を阻害する―――


「―――再生なんかさせない」


静かにそう告げるリブラにトロール達は歪んだ顔を向けながら戦慄していた―――


―――そんなトロール達に、


自慢の黒曜に炎を纏わせながらリブラは次々に斬り伏せていく……




ビシッ!と大地にその黒鞭=雷公を叩きつけるフィッツェ―――


―――対峙しているのは蝙蝠の皮膜のような翼を具えて顔つきは人より雄ライオンのそれに近いが、それでも耳の形と位置は人間のそれであり、また一方で蠍に似ていると伝えられてきた尾の毒を武器とするマンティコアだった。


その場面だけを見るとフィッツェがまるで猛獣使いのようで雷公で地面を叩き衝けると、その爆乳もぶるん♪ と同時に揺れ動く―――


―――雷公の地を叩く衝撃音に、マンティコアは警戒するがしょせんは獣、その顎を大きく開きフィッツェに襲い掛かる。


迫り来るマンティコアにフィッツェは遠距離から黒い鞭を横薙ぎに打ち込み、マンティコアの顔に鞭を打ち込む―――


―――その攻撃に怯んだマンティコアは後ろに引き下がるが、唸り声を上げて再び猫のように背中を撓らせる。


マンティコアの構えを見てフィッツェは雷公に風属性の派生となる雷魔術を流し込み帯電させていく―――


―――雷を纏った黒い鞭に警戒しつつ獣の本性には抗えずフィッツェに向かって噛みつくために大きな口を上げたマンティコア。


その開いた顎を離れた場所から真横に雷公を打ち付けると、そこから全身に巻き付いた雷公に纏わせた雷によって一瞬で感電するマンティコアが暴れるが、やがてすぐに煙を上げながら地面に打ち捨てられた―――


「―――さすがは八雲様の鞭♡ とっても良い感じ////」


ウットリとした表情で次の獲物に向かって行くフィッツェだった……




アクアーリオは悩んでいた―――


目の前にいるのは首から上と下肢は雄鶏、胴と翼はドラゴン、尾は蛇という異形の生物コカトリスだった―――


「困りましたわ……こんなに色々と混ざっていると、どうやって捌きましょう?」


―――黒包丁=肉斬・骨斬を携えたままアクアーリオの眼は、コカトリスの各部位を如何に解体するかということに集中していた。


そんなコカトリスの口から毒霧が吐き出されてアクアーリオに襲い掛かる―――


「―――あらあら、大変」


コカトリスの毒霧がアクアーリオの全身を覆い尽くした―――


―――だが毒霧はアクアーリオには到達せずに、両手の黒包丁が回転して繰り出される乱気流のような風に舞い上げられていく。


その状況に動きが止まるコカトリス―――


―――その隙を逃すわけもなく、アクアーリオの包丁が唸りを上げてコカトリスの身体を通過していった。


すると首、下肢、胴体、翼、尾と生物に沿ってその身体が一瞬で解体されていた……




手に持つ戦斧をブンブン振り回すコゼローク―――


「―――うん……毘沙門くん……今日も絶好調……」


そんなマイペースの彼女を囲んでいるのは、黒い犬の群れヘルハウンドである―――


―――唸り声を上げるヘルハウンドの群れに黒戦斧=毘沙門を振り回すコゼロークの周囲には、すでに幾つもの黒い犬の死骸が転がっていた。


仲間を殺されても引かないヘルハウンドの群れは、唸り声を上げて今にもコゼロークに跳び掛からんとしていた―――


―――勢いよく回転させていた毘沙門を、ドンッ!と大地に打ち付けるとヘルハウンドは一斉に襲い掛かった。


小柄で幼く見えるコゼロークだが序列入りしている龍牙騎士ドラゴン・ファング・ナイトである―――


「―――毘沙門くん、いくよ……」


空中のヘルハウンドが次々に身体のあちこちを切断されながら、ボトボトと鮮血に塗れながら大地に堕ちていく―――


―――空中から地面から後ろから前からと、四方から統率の取れた攻撃を仕掛けるヘルハウンド。


しかし軌道の定まっていない変幻自在のコゼロークの戦斧捌きに、統率も規律も無駄に肉片へと変えられるのだった―――




そして、黒大太刀=因陀羅を抜き身で肩に載せ、戦場を闊歩するノワール―――


「―――皆なかなかいい戦働きだ!八雲もそろそろ大地に降りてきた頃だろう……こちらから会いに行ってやるとするか!!!」


因陀羅の柄を握る両手に力を込め、刀身には『龍気』と呼ばれる独自のオーラを纏わせるノワール―――


ブゥンッ!という風切り音と共に、因陀羅を振り抜くとスカートの後ろが捲れて美しいヒップラインと黒の紐Tバックの下着が見える。


そしてそのまま大地に平行にして横薙ぎに振り抜いた因陀羅の剣圧と斬撃が黒いオーラと共にノワールを中心に広がっていく―――


―――その斬撃の範囲にいた魔物、およそ千体の身体が一斉に横一文字で真二つにされてその場で血飛沫を上げる。


魔物千匹を一刈りで薙ぎ倒す驚異的な力を見せるノワール―――


「皆の者!どんどん狩り獲っていかないと、すべて我が喰ってしまうぞ!励めよ!!!」


圧倒的な力で魔物を狩り尽くそうと、ノワールは笑みを浮かべながら戦場を進んで行った……






―――魔物暴走スタンピードの最後部になる場所に、八雲は静かに降り立った。


【ディオネは空中から状況観測を頼む。何かあったら報告を入れてくれ】


【―――了解しましたマスター】


ディオネの返事を聞いて『収納』から取り出した黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹をコートのベルトに差して、突き進む魔物の大群を後ろから見つめる八雲―――


「それじゃあ、Level UPの経験値を稼ぎますか」


『身体強化』と『身体加速』を発動して、魔物に向かって八雲は駆け出していった―――



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