―――エーグル帝国を出発し、一路エレファン獣王国へと
航路を算定し、艦橋のルート管理させている設備に『索敵』のマップから航路を付与する―――
再び広い地平線に躍り出た
「マスター、エレファン獣王国の首都レーヴェへの到着はおよそ2時間後の予定だ」
「了解、車掌さん」
「艦長だ!あと、『しゃしょう』とはなんだ?」
「いや気にしないでくれ……」
艦橋でディオネとの軽快な冗談を楽しみながら、八雲は艦橋を出て葵の部屋を覗きに行くことにした。
個人の部屋はそれぞれ自動ドアとなっており、葵の部屋もそうなっているのだが彼女の部屋は特殊で自動ドアを開くとそこは土間のようになっており、そこには綺麗に並べられた草履が置いてあった。
「お邪魔します」
丁寧に挨拶をして土間にブーツを脱いで板の間に上がり、そこにある仕切り、いわゆる襖を開けるとその先には畳の間、つまり『和室』が広がっていた。
「あ、
畳の間で座布団の上に正座して、おそらくクレーブスから借りたのであろう書物を読んでいたようで八雲に気づくと途端に笑顔を浮かべて嬉しそうに尻尾が揺らいでいる。
「お邪魔します。どうだ?部屋の使い勝手は?」
八雲の記憶と知識だけで再現された『和室』について、不便なところがあればそこはこの世界風に手直しするつもりだった八雲だが、
「はい♪ まるでアンゴロ大陸に戻ったような、とても懐かしい気持ちになります。でも主様は妾の生まれ故郷のことは知らないと言っていたのに、どうしてこのような部屋が造れたのか?不思議で仕方がございません」
「ああ、まあ俺も似たようなところに住んでたからさ。不便なところはないか?」
「ございません。むしろ快適すぎて部屋から出たくなくなるほどでございます♪」
「そう言ってもらえるなら、この部屋を造った甲斐があったな。ん!あああ~!……畳の部屋はやっぱ落ち着くな」
身体を伸ばして畳の上に横になる八雲を見て、葵は、
「まぁ~♪」
とまるで子供を見るかのような視線で笑いながら八雲を見ていたが、
「お使いになられますか?」
と自らの膝をポンポンと叩いて見せる。
「ああ~、それじゃ遠慮なく……」
八雲はノロノロと葵の傍まで近づき、その膝の上に仰向けで頭を乗せるとゆっくりと目を閉じる。
「うふふ♪ 到着したら妾が起こします故、主様はどうぞお休みください」
「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」
巫女姿の葵からは、どこか懐かしいような甘い香りがして八雲はその香りと葵の温もりに包まれて眠りに就いた。
障子が取り付けられた窓からは蒼空の陽射しが差し込んできて、八雲を深い眠りに誘う陽気が包み込んでいた……
―――八雲が眠りに就いている頃、
ヴァレリアとシャルロットは八雲との婚約もあってか、
アリエスは序列01位として完璧な業務と礼儀作法をこなし、王女達の対応も完璧にこなすためヴァレリアとシャルロットからの信頼と信用を勝ち取るのに時間は掛からなかった。
レオとリブラは八雲の専属メイドとなり、そこから普段は八雲の生活のフォロー全般を行っていて普段の八雲の様子などについて話すのがヴァレリアとシャルロットには新鮮な話で食い気味で色々尋ねたりしていた。
ジュディとジェナはいきなり王族の接客はどうかと八雲が心配したが、ティーグルの王族はひとりを除いて皆、獣人に偏見もなく、それに獣人のアンジェラ王女には同郷の女の子ということで優しく接してもらっているので楽しく過ごせている様子だった。
アルフォンス王子も妻のアンジェラがジュディとジェナがいることで旅を楽しんでいるようで何よりと安心している。
そんな乙女達のお茶会の話題といえば……
「そこで八雲様が『やっと起きたか。餌にしていた人間に待ってもらって、恥ずかしくないのか?』と鋭い視線でオーガに言われて、そのあとには―――」
八雲が黒神龍ノワールの胎内世界で生活していた頃の話しを、リブラが八雲の口調を真似して台詞を入れて解説した―――
「八雲様が手作りしてくださった『カレー』という食べ物をお作り下さって、ノワール様も皆も取り合いになってしまい大変でしたが、それでもとっても美味しくて―――」
レオが第一次カレー戦争の惨状を楽しく話していた―――
「―――アンジェラ様は嫁がれてからエレファンにはお帰りになっていないのですか?」
「ええ。わたくしはティーグルに嫁いだ身ですから。おいそれと故郷に帰るなど父が許してくれませんでしたわ」
「ええ!レオン王ってそんな意地悪言うんですか?」
「コ、コラッ!!なんてこと言うの!ジェナ!!」
「うふふ♪ 意地悪ではないのよ。ティーグル王家のお嫁さんに入ったのに故郷に戻るようなことをすれば、ティーグル王家の皆さまが何かわたくしに不満でもあったのかと御心配なさるでしょ?だから父はそう言ったの」
「そうなんですねぇ。私もお姉ちゃんのこといつも心配していますよ!」
「あら♪ ジェナはお姉さん想いの良い子ね♪」
「もう、申し訳ありませんアンジェラ様/////」
そうしてマイペースなジェナに振り回されて、顔を赤くするジュディをアンジェラはクスクスと笑みを溢していた―――
―――そんな乙女達の会話が弾んでいる頃、八雲は、
「ん……んん……」
昨夜はノワールとシュティーアを相手にほとんど眠れていなかったため葵の膝枕でついウトウトと居眠りをしていたのだが、妙に下半身が……いやダイレクトな指の動きを感じて目が覚めてきた。
「ウフフ♪ お目覚めになられましたか?主様/////」
可愛らしい笑みを浮かべる金髪狐耳の葵が八雲を見下ろしていた。
「……これ、どういう状況?」
覚醒したばかりの頭で目の前の出来事を整理しようと葵に尋ねると、
「主様があまりに気持ちよくお眠りだったので♡ はぁい主様♡ 葵のおっぱいですよ/////」
と顔面を豊満で柔らかな膨らみに覆われる八雲。
「あ、ありがとうな。葵」
膝枕から葵の胸に顔面を覆われて夢のサンドイッチで癒された八雲は、途端にその状況に気恥ずかしくなるが、それでも笑い合って会話しながら到着までの時間を過ごす八雲と葵だった―――
―――それから少し経って
もうすぐエレファン獣王国の首都レーヴェに到着するとディオネが『伝心』で連絡してきたので八雲は艦橋へと向かう。
だが、その途中で突然の『伝心』が八雲の頭に響いて来た。
【―――御子!聞こえるか?スコーピオだ】
突然響いてきた『伝心』に八雲は一瞬驚いたが、すぐに―――
【ああ聞こえてる。どうしたスコーピオ?】
以前の『災禍』の戦争が起こった際に後詰めとしてスコーピオには、そのままエレファン獣王国に残留してもらっていた。
戦後は密かにエミリオの周辺で不穏な動きがないか探ってもらっていて、『共和国』に対して反対勢力や危害を加える者がいないか監視の役目も頼んでいたのだ。
戦後そういった動きもなくエミリオの周辺は平穏だったと思っていたが、そのスコーピオからの急な『伝心』に八雲は嫌な予感がしていた。
【現在首都レーヴェの北方五十kmに魔物の大群が確認された。首都の警備隊にも既に伝えておいたが如何せん数が多い。俺だけでも時間を掛ければ殲滅出来るだろうが、その間にレーヴェで被害が出るのは確実だ。指示を乞う】
エレファンに来た途端に今度は魔物の大群とは八雲は頭がクラクラしてきたが、今は対処しなければレーヴェが壊滅してしまう。
【―――スコーピオはレーヴェ北部で待機。大群にはこっちで先制攻撃を仕掛けるから撃ち漏らしたヤツがいればそれに対処してくれ。こっちから応援も中間地点に降下させる。スコーピオは最終防衛ラインを任せる】
【―――了解した】
歩みを速めた八雲は艦橋に登ってすぐに、
「ディオネ!航路変更!レーヴェ北方五十km先に魔物の大群が発生して首都に接近中とスコーピオから連絡が入った。そちらの殲滅に向かう!」
「イエス・マスター。進路変更!
索敵マップからのルート設定から艦橋に設置してある舵輪を手に取り、勢いよく右に振り切るディオネ。
その操舵に合わせて
【ノワール聞こえるか!】
【―――おお!スコーピオから報告は聞いている。進路を北に向けたのだな】
さすがはスコーピオ仕事が早いと感心する八雲だったが、
【これからコイツで殲滅に向かうが数が多いと撃ち漏らすかも知れない。それを中間位置で迎え撃つ
すると、アリエスが『伝心』に入ってくる。
【―――八雲様、出撃には誰を?】
【アリエスの自由!お前に任せる!】
【ご信頼を頂きまして感謝の極み―――レオ、リブラ、クレーブス、フィッツェ、アクアーリオ、コゼローク。今こそ八雲様より賜った
【畏まりました。レオ出撃準備致します】
【了解致しました!リブラ出撃します!】
【ああ~私は出る必要あるのか?アリエス】
【出なさいクレーブス。あなた最近本当に引き籠り過ぎです。八雲様にお願いして個室を没収しますよ?】
【―――すぐに出る!!】
【わたくしとアクアーリオも参戦なんて久しぶりですわね♪】
【―――ええ、そうね♪早速この包丁が魔物に対してどのくらいの斬れ味かを試せるわ♪】
【毘沙門くんと……出撃できる……コゼローク……がんばる】
皆それぞれ個性的?なコメントで出撃準備に入るのを確かめて八雲は前方の魔物の大群とやらを確認する。
すると―――
激しく土煙を舞い上がらせるものが地平線の近くに見えてきた。
「マスター。目標までおよそ十kmだ」
ディオネが魔物達との距離を伝えると、八雲は『伝心』を飛ばす―――
【第一攻撃は
【畏まりました八雲様】
アリエスの返事を確認して―――
【距離が二kmまで接近したら降下開始!】
それからディオネの残り距離カウントダウンが始まる。
「目標まで残り五km」
「目標まで残り四km」
「目標まで残り三km」
「目標まで残り二km―――」
【―――降下開始!!】
八雲の号令と同時に、艦底にある搬入用ハッチがスライドして開くと黒い軍団が上空二千mなど気にせず地上へと降下していく。
そして、その先頭に飛び出したのは―――
「ハハハハ―――ッ!!!遅れるなよ!我が
―――ノワールだった。
「あいつ……まぁいいか。
「イエス、マスター……」
無表情で見つめてくるディオネから八雲には何故か「尻に敷かれてんじゃねぇよ」という意志がその視線から感じられたが、気のせいだろうと思い込むことにした……
―――地上に向かってダイブしたノワールと、それに突き従って降下していく
それを見送って前方の魔物達に改めて視線を向ける八雲だった―――