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第63話 八雲訪問記・エーグル帝国(1)

―――最高速で空を黒く引き裂く黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに搭乗した八雲とノワールに龍の牙ドラゴン・ファング達メイドの面々、そしてアークイラ城で合流したエドワード、アルフォンス、アンジェラにヴァレリアとクリストフ、シャルロット親子のかなり大所帯になった今回のエーグル帝国訪問団。




八雲がシュヴァルツ皇国皇帝即位の承諾をしたことを何より早く伝えるために黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに乗って飛び出したが、艦内は窓の外の景色を眺めながら設置された設備の説明を受けて自分の部屋も割り当てられ、室内の彼方此方を見て回ったりしていると、あっと言う間に全員バカンス気分に変わっていた―――




ディオネから設備について説明を受ける面々を余所に、既にエーグル帝国領に入った窓の外を八雲は見つめていた。




クレーブスの講義の内容にエーグル帝国の国力や特産についての授業があったことを思い出す八雲。




そして窓の外に段々広がって来た景色は―――




「あれは……麦か」




クレーブスの講義では、エーグル帝国の農業についての授業があった。




―――エーグルでは基本的に三年五毛作を推奨して行っている。




―――三年五毛作とは、冬から春にかけて麦を生産し、その収穫が終わって初夏には稲作、そして秋にその稲を収穫して翌年の冬には大豆を生産するという順番の流れを繰り返して作物を生産する。




―――日本でも西日本南部ではそういった農業が行われているが、エーグル帝国は気候・気温・水質・豊かな土地が重なっているからこそできる農法だ。




「何を見ているのですか八雲様?」




そう言って傍に近づいてきたのは、ティーグルの王女ヴァレリアだった。




「うん?いや、あの麦畑を見てたんだ。凄いなって」




「凄い、ですか?」




ヴァレリアは八雲の言った「凄い」の意味がよく分からないのか、首を傾げていた。




「ああ、あの大地に広がる麦畑はこの世界の人達が長い年月をかけて、その農法を編み出した結果なんだ。俺も詳しくはないけど農業の手間暇の掛かり方は素人には想像もつかない苦労がある。病気もそうだし、害虫の発生や魔物の存在だって油断出来ないだろう」




そう説明されてヴァレリアもハッと思い至ったような顔をして、八雲の横に並んで大地に目を向ける。




「普段何気なく食べているパンひとつだって、ああして大地の恵みで育った麦があるから食べられる。まだ色は青いから収穫はもう少し先だろうけど、収穫する頃にはあの麦が黄金色に輝いて、きっと綺麗だ」




「……わたくし、やっぱり八雲様の妻になれてよかったです」




「え?―――なに、どうして?」




「だって、八雲様はこうしてお城では学べないようなことを教えて下さいますもの。きっとお城にいる生活だけでは八雲様とこうして麦畑を見て新しい世界を知ることなんてありませんでした」




微笑みながらそう話すヴァレリアに八雲は照れ臭くなってしまい、




「そんな大袈裟だよ。城で学ぶことでも色々な世界が分かるさ」




「そうですわね。確かにお城で知識は学ぶことが出来るかも知れませんが、こうして貴方の隣で本物の世界を知る喜びは味わえませんもの/////」




ストレートなヴァレリアの言葉は八雲の心に波紋の様に染み渡って伝わってくる言葉で、余計に顔が熱くなってきたのを自覚する。




「そうか、それは……よかった/////」




「ふふふっ、はい。よかったです♪」




どこか懐かしいような幸せな空気を感じて、ふたりはその後もしばらく窓の外の麦畑を見つめていた―――












最高速で飛行する黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは三時間掛からずくらいの時間でエーグルの首都を、その目に映す距離まで来ていた。




「さて、まずは使者を立てますかな。八雲殿、どこか広いところで船を下りましょう」




艦内あちこちを見学していたクリストフが艦橋に戻って来て八雲に相談する。




「え?このまま行けばいいんじゃね?」




―――え?それでよくない?何かおかしいこと言った?という空気で八雲が返すと、クリストフはいやいや!という表情に変わる。




「いや!いくら何でもそれは不味いでしょ―――」




止めようとしたクリストフの言葉を遮って、そこにエドワードが割って入り―――




「―――それはよい!フレデリック皇帝もきっとその方が喜ぶぞ!」




―――と八雲に賛成したが、そのニヤケ顔はどう見ても驚かそうという魂胆しか見えてこないことにクリストフは頭を抱えて、それでも最終的には、




「分かりました。でも、抗議があった場合は兄上と八雲殿で責任を取るようにして下さいね」




と言い捨てて、クレーム対応はお前等がやれや!というオーラを出していたが八雲もエドワードもどこ吹く風だ。




「よし!それじゃディオネ!あの城のバルコニーがあるところにビタ着け停止で!」




「マスターは本当に無茶を言われる……だが、そこがいい―――」




無表情なのに何故か楽しんでいるように見えるディオネ艦長の操舵が試される場面だ。




黒翼シュヴァルツ・フリューゲル目標まで五千m!―――速度このまま!」




ディオネはそう叫んで最高速を維持しつつ、既に黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは首都ティーガーの上空をティグリス城に向かって疾走していった―――












―――その頃、エーグル帝国首都ティーガーにあるティグリス城内、玉座の間では、




「本当にこれでよかったのだろうか……」




戦後処理のために出向いたティーグル皇国でエドワード王に提案された『共和国』制に賛同し、巨大国家の一国となったわけだが、その場の空気と勢いに呑まれた感情も湧いてきた。




いざ自国に戻ると再び優柔不断な性格が顔を出してきたフレデリックは、玉座に腰掛けつつ独り言を呟いていた。




軍事力が削ぎ落とされたエーグル帝国には、エドワードの提案は渡りに船といってもいい賠償逃れになったのと同じく、今後の関係によっては属国化されないとも限らない。




エレファン獣王国は新国王に代がわりしたところで同じく軍事力を失っているため、エーグルに対して動くことはないだろう。




むしろエミリオの即決した意志の強さを羨ましくも思っていた。




だが、リオンのジョヴァンニは別だ。




軍事力こそ失ったものの、リオンには世界各国と繋がる商売という武器がある。




このエーグルの農業作物の流通にもリオンは絡んでいる。




共和国制の四カ国の中では最も厄介な相手であることは、フレデリックも会談の前から認識していたことだ。




これからの国の行く末を想うと憂鬱な気分が次々に湧き上がってきて、フレデリックは天井を見上げるしかなかった。




そんな鬱屈としたフレデリックの元に、近衛兵が飛び込んで来てフレデリックを現実に戻す。




「報告致します!西側の空より、物凄い勢いで接近してくる黒い塊がございます!」




「は?なに?空からだと?何を言っておるのだ。分かるように申せ」




「―――そ、それが、空から接近するものがあるとしか説明する言葉がございません!急ぎ城の西側までご足労願います!」




「なんなのだ一体!まったく仕方のない……」




考え事を邪魔されたフレデリックは憤慨する気持ちを抑えつつ、近衛兵と共に西側の景色が見えるバルコニーへと足を運んだ。




すると、そこに―――




「なあああ―――ッ!!!」




バルコニーに出た瞬間、巨大な黒い塊がバルコニー目掛けて飛び込んで来る直前で動きを止めた。




急制動により吹き荒れた衝撃波のような風は、フレデリックを吹き飛ばさん勢いで押し寄せてきて、思わず後ろに倒れ込んでしまったのを近衛兵が必死に支え起こそうとしていた。




「なな、なんなのだこれは!こんな、大きな黒いもの……見たことも聞いたことも……」




呆然となっていくフレデリックだったが、そこで黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの甲板にあるハッチがプシュ!と音を立てて開くと、その下の階段から顔を出したのは―――




「いやあ~驚かせてすまんのう、フレデリック殿!儂じゃ!」




「エ、エドワード王!!!な、何故その中から?いや、そもそも、それは一体……」




すると次に八雲とノワールが顔を出した。




「……その者達は?」




そう問い掛けるフレデリックに、エドワード王はニッコリと良いスマイルをキメながら―――




「黒神龍様とその御子にしてシュヴァルツ皇国の皇帝―――九頭竜八雲様だ」




「こく、しん、りゅう……様と、御子……皇帝……陛下……」




人の姿をした黒神龍とその御子には初対面となったフレデリックだったが、衝撃的なことが重なり過ぎて、その場で後ろ向きに倒れて失神してしまった。




「へ、陛下!お気を確かに!!―――誰かぁあ!!!誰かぁああ!!!回復の加護持ちを!すぐに呼べぇええ!!!」




と大騒ぎとなり、ティグリス城内は騒然として収集を着けることが出来ないレベルにまで陥っていた。




その様子を見たクリストフは、




「だから言ったのに……知りませんからね」




とひとり呟いていた―――












―――それから暫くしてようやく騒動も落ち着き、




ティグリス城の大きな広間にて意識を取り戻した皇帝フレデリックと重臣達、エドワード王とアルフォンス王子、そしてクリストフが長机の左右に振り分けて座り、一番先端の席にはノワールと皇国皇帝となる九頭竜八雲が着席していた―――




「まずはこちらから謝罪をさせて頂きます。突然の訪問で驚かすようなことをして、本当に申し訳ありませんでした。改めまして九頭竜八雲といいます」




八雲はエーグル帝国側に向いて頭を下げると、すでに黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの出現だけでお腹一杯になっていたフレデリックと重臣達は、恐縮して表情が固まっている。




「そ、そう気にされることはない。驚かされたが、それでまた皇帝陛下の御力がわかったと思えば、余等にとっても得るものがあったというもの。こちらも名乗らせてもらおう。エーグル帝国皇帝フレデリック=エル・エーグルである。この度はエドワード王の提案された『共和国』という形に組み入ることを決めた。そして、御子殿をこの新たな皇国の皇帝として迎えようという話にも賛同している。今回の突然の来訪は、その件であろうか?」




フレデリックは努めて冷静に話をしているが、内心は冷や冷やしており、また胃が痛み出してきた。




「その件に関しては儂から説明しよう。先に話していた通り、九頭竜八雲殿が新皇国の皇帝になることを承諾下さった。これにより、我ら共和国体制の国々に巨大な抑止力が出来ると同時に、八雲殿はシュヴァルツ皇国の発展にも手を差し伸べたいと考えておられる」




エドワード王がゆっくりとした口調でフレデリックとその重臣達に語りかける。




「皇帝陛下が皇国の発展に助力を?」




「まだ構想的なところで、ここで詳しく言うのも難しいんですが、フレデリック皇帝はこの国の生産国としての価値をどうお考えですか?」




「どう、とは?」




八雲の問い掛けの意味が掴めていないフレデリックは首を傾げた。




「この国にくるとき、あの広大な麦畑を目にしました。素晴らしかった!」




「そ、そうであるか?それはどうも……」




突然、麦畑を褒められてもフレデリックにしても重臣にしてもそれが当たり前の景色でピンとこないでいた。




「この国は三年五毛作を推奨されていますね?今が麦で夏前には稲作、そして冬に大豆、そしてまた稲作になって冬には麦に戻る。それはこの国の農業の発展と、この国の気候、水質、そして何より豊かな大地との共存を実現していることは、この国の民達による努力が招いた素晴らしい結果だと思います」




―――正直、フレデリックは驚いた。




まだ年端も行かぬ若造に見えていた目の前の御子が、この国の生命線である農業生産について学んでおり、何よりその農業を素晴らしいと言ってくれているのだ。




このとき、フレデリックの八雲に対する見方が変わり出したのだ。




「八雲皇帝陛下はとても博識であるな……余等にとっては当たり前の景色となったあの麦畑をそうして褒めてもらえると、改めて余も自国に対する誇りと愛国心を思い出すことが出来た。こちらこそ感謝を申し上げる……我が子にも、そのくらいの教養があれば余も苦労せぬのだが……」




「お子様がどうかされたんですか?」




「ああ、実は―――」




フレデリックが話そうとした瞬間、会談している広間の扉が、いきなりドオーンッ!!!と大きな音を立てて開き、そして廊下からドカドカと中に入る者がいた。




八雲達は呆気に取られていてフレデリックとその重臣達は皆、青い顔をして掌で顔を押さえていた……




「ほおお~!お前があの黒い大きな塊に乗って来た黒神龍の御子か!!余はこの国の次代の皇帝となる第一王女フレデリカ=シン・エーグルだ!!」




現れたのは身長はノワールよりも少し低めだが、全身をこの世界にもいる虎の革で造った上着で胸は開けて、下はジーンズのような青いショートパンツを履き、少し青みがかった銀髪のボサボサした癖だらけの髪を頭の上にひとつに纏めた赤い切れ長の瞳と派手な化粧の美少女だった。




この国の第一皇女フレデリカと名乗るその美少女にフレデリックの怒声が飛ぶ。




「フレデリカ!!!―――なんだその恰好は!!!来賓の皆さまに失礼であろう!すぐに下がれ!このうつけ者が!!!」




「何を言うか親父殿!黒神龍とその御子が城に来て、しかもあのような面白い物に乗って来たのだぞ!!それに御子は新たな皇国の皇帝と聞いたぞ!これが会わずに終わったら一生ものの大損よ!!!」




「―――であれば!もっと真面な格好をして参れと申しておるのだ!この馬鹿者!!!」




突然始まった親子喧嘩に、エドワードは普段オドオドした様子を見せるフレデリックの変わりように




「ほおお~」




と感心し、八雲は八雲で―――




「どの世界にも傾奇者かぶきものっているんだなぁ……」




と違う意味で感心していた。




その恰好もその素振りも見たところはまるで若き日の織田信長のようだが、はたしてこの姫は、ただの『うつけ者』か、それとも『時代の寵児』となるのか、そんな八雲の目線に気がついたフレデリカはニヤニヤした顔つきで八雲に近づく。




「あ、コラ!―――待たんかフレデリカ!!!」




不躾に八雲へと近づくフレデリカを制止しようとするフレデリックだったが、席を立って追い縋ろうとした瞬間、彼女の肘打ちが鳩尾に決まり、その場に蹲っていく……




「随分と余の顔を眺めていたな御子殿、いや皇帝陛下か。余の顔がそんな珍しいか?」




八雲の真横に来て顔を近づけるフレデリカに、ノワールは特に何も言わない。




基本的に八雲に近づく良い雌の存在にノワールはワクワクこそすれ拒否したりはしないのだ。




「言いたいことがあるなら、言ってみたらどうか?余のことを妃にしたいとかな!」




その言葉を聞いて蹲っていたフレデリックは文字通り血の気が引いて、また倒れそうになる。




これからシュヴァルツ皇国の盟主とならんとする八雲に対して、これほどの不遜をはたらけば本当に国ごと消されかねないのだから。




だが、八雲はここでフレデリカを、ひとつ試してみようと考えた。




「―――人をいたして人にいたされず」




「……」




八雲の言葉を聞いて黙り込んでしまい、ニヤけた顔から急に真剣な顔へと変わったフレデリカを見て八雲は確信した。




周りの者達は皆、八雲の言葉の意味がわからず頭の上に?マークを飛ばしているかのようだった。




しかし、そんな中でフレデリカだけは八雲の言葉の意味を感じ取っていたのだ。




「これは余の予想以上の男よ……今回は余の負けであるな。ここはサッサと退散するとしよう」




そう言って踵を返すと、本当にサッサと部屋から出ていってしまった。




フレデリックとその重臣達は、普段手を焼いているフレデリカをたった一言で退散させた八雲に驚愕していた。








八雲の言った言葉、それは―――




孫子の虚実論に出てくる一節であり、




『戦功者は自分が主導権を取り、相手の思惑では動かされない』




という意味だ。




フレデリカだけがその言葉の意味を感じ取り、すぐに部屋を出ていったことに八雲は内心で感心していた。




それと同時にあのような傾奇者の振る舞いをしているのにも、何か意味があるのだろうと考えていた―――












―――それから、娘の不祥事を何とか挽回しようと、もてなすので一晩だけでも泊まっていって欲しいというフレデリックの進言を断るのも気の毒に思えて、それを察したクリストフからの執り成しもあり、今夜一晩はこのティグリス城に宿泊することに決めた。




だがその夜、八雲は新たな『龍紋』を刻むこととなるのだった―――





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