目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第62話 共和国と八雲と

―――アークイラ城の西側バルコニーから身を乗り出して、接近する黒い物体、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルを凝視するエドワードだったが、バルコニーに衝突する直前にそれは停止した。


「……これは」


そこで漸くこれが八雲絡みの物体だと気づいたエドワードを余所に停止している艦上のハッチが自動的に開いて、その下にある階段から予想通りの人物―――


「やはり、そういうことか……」


―――九頭竜八雲とノワールが登って来た。


「こんにちは。いい天気ですね!」


外の者から見れば黒翼シュヴァルツ・フリューゲルがアークイラ城に突き刺さる直前で停止しているという状況で、八雲は艦上からワザと空気を読まない挨拶をする。


「ああ、その、御子殿……これは、一体?」


「陛下ぁあ!!!―――ご無事ですか!!!」


そこに第一皇国騎士団団長ラースと第二皇国騎士団ナディアが、物凄い勢いでバルコニーへと突撃してきた。


「あ、あれ?……御子様?」


「やあラースさんにナディアさん、こんにちは」


未知の敵が襲撃してきたのかと集まって来た騎士団達だったが空中に浮かぶ漆黒の物体に立っているのは黒神龍の御子、八雲という結果を見てホッと安心するも、その後は乗って来た物体に興味が向いていく。


「あの、御子様、その乗っている物は一体?」


恐る恐る尋ねるラースに八雲はドヤ顔をキメながら―――


「よくぞ訊いてくれたラースさん!!これこそは!あまける船!天翔船てんしょうせん黒翼シュヴァルツ・フリューゲルだぁあ!!!」


「な―――なんだってぇえ!!!」


尋ねたラースのみならず、その場にいた者の殆どが同時に叫んでいた。


「こ、この船?は空を飛ぶ船、ということですか?」


再び恐る恐るラースが八雲に尋ねる。


「イエス!これぞ魔術と科学の粋を結集した船!もうどこでも行けるって船です!!」


その言葉にエドワードが真っ先に反応する。


「ほほう!―――どこにでも!今すぐに!飛び立てるということですな!御子殿!!!」


「お、おう。そうだけど、急にテンション高いな?……なんか怪しい」


「な、何をそんなに疑われるのか!?それより折角ここまで来て頂いたのだ。少し話もあったので丁度いい。どうだろう?このあと少し大切な話をしても?」


「大切な話?……ますます怪しいな」


エドワードの気持ち悪いニヤケ顔で両手を胸の前で重ねて捏ねるような仕草に


(―――越後屋か!)


と時代劇の悪役を思い浮かべる八雲だったが、一国の王が大事な話だというのだから仕方がない。


「それじゃ、話だけでも聴きましょうか……」


そう言って黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの甲板から飛び跳ねてバルコニーへ降り立った。


「我も行くぞ―――ッ!!」


次いでノワールが甲板から飛び降りてくる。


「それでは彼方の部屋へ―――」






―――場所を変え、以前の四カ国会談が行われた部屋に入る八雲とノワール。


「それで改まってどうしたんです?」


早速本題へと入ろうとする八雲に、「まずはこれを」と言ってエドワードが四カ国会談で使用した地図を広げた。


「これは―――」


そこには新しい皇国の名前、八雲が以前に『黒』という意味で何か言葉はないか?と訊かれた時に教えた『シュヴァルツ』が刻まれていて、その広さはフロンテ大陸最大国家ヴァーミリオン皇国に匹敵する領土になっている四カ国を線で取り囲んだ地図だった。


「ほほう♪ なかなか面白いことを考えたなエドワード」


ノワールは地図を見るなり、何かを悟ったようにエドワードにニヤリと笑みを向ける。


「恐縮ですな。先だっての『災禍』の起こした戦争によってリオン、エレファン、エーグルの三国は軍事力をほぼ失いました。ハッキリ言って今、我が国が攻め込めばそのすべてを我が領土にも出来るでしょうな」


エドワードの話を黙って聴く八雲とノワール。


「ですが力を強いて我が国がそんなことをしても、その国の民の中には恨みが脈々と残っていくことでしょう……そうなってはひとつに纏めても、中身がバラバラな張りぼての国になってしまう」


そこで一呼吸置くエドワード。


「だが『共和国』として結ばれるならば、国家間の今まであった問題も解決していく道に繋がるのではないかと儂は考えた。リオンとの貿易摩擦、エーグルとの領土問題、そしてエレファンの獣人奴隷問題……あげればまだまだある問題も、この『共和国』制を足掛けにして解決していきたいのだ」


「息子夫婦のことを想ってのこと、というのもあるのだろう?」


ノワールがそう問い掛けるとエドワードは一言、


「―――否定はしません」


と答えた。


八雲も敢えて口にはしなかったが、やっぱりそうかと内心で納得して、


「でも共和制にしても四カ国はそれぞれの王達が統治するんでしょう?」


「いや、統治はそうだが我らの上に、ちゃんと皇帝を仰ぐことになる」


そのエドワードの言葉に思わず八雲は驚いた。


「え?―――皇帝?共和国なのに?そうなんだ?……それじゃ、やっぱりエドワード王が皇帝に?」


「いや、儂ではない」


「え?それじゃあ、アルフォンス殿下が皇帝位に就くとかっていう話?」


とアルフォンスの顔を見るが、そこで肩を竦めたアルフォンスは、


「いや八雲殿、俺なんかが皇帝なんて相応しくないだろ」


「え?それじゃ……まさかゲオルク殿下?」


「絶対にありえんな!」


そこは真っ先にノワールが応えて周囲の人間も、その意味は分かったのか気まずい顔になっていた。


「じゃあ他の国の王様が皇帝になるとか?」


自分で言ったものの今の他国との情勢やパワーバランスを考えても、他国の人間に皇帝なんてポジション譲る理由がないし、まさかヴァレリア王女を擁立して女皇帝なんて、ぶっ飛んだ提案もしないだろうと八雲は考えた。


「―――今の情勢でそれは正直ありえんな。平等な共和国制を唱えたのは儂だが、その上で皇帝位を他国の者に譲るなどと」


「それじゃあ、それに相応しい血縁者がいるとか?」


「これからなるのだ、御子殿」


そう言って見つめてくるエドワードと目が合って、八雲の背中にキュピピーン!と電のような閃きが走るのを感じた瞬間、


―――ここは撤退しろと頭の中の誰かが八雲に囁いた。


「これから?……んん……ノワール、そろそろお暇しようか?」


「待て!八雲。どこへ行く気だ?これから面白くなるというのに♪」


180°ターンをキメて部屋から出ていこうとした八雲の首根っこを捕まえて、強制停止させるノワールの笑みに八雲は嫌な予感しかしない……


「御子殿、どうかこの『シュヴァルツ皇国』の皇帝になっていただけまいか?」


「―――無理!」


八雲は即行で断る―――


「いや、それおかしいだろ!俺なんて完全に部外者だよ!エキストラだよ!村人Aみたいなもんだよ!……そんな流れ者みたいな俺が国の、それも四カ国纏めた共和国の皇帝なんてどうかしてるぜ!」


「確かに今は部外者かも知れん。だが、部外者が部外者でなくなる方法がある」


静かにエドワードの言った言葉を八雲は考えるが意味が分からない。


「は?―――そんなものどこにあるって言うんだ?」


「―――入るがよい!」


ドアに向かって少し大きめの声を上げるエドワード。


その開いたドアの向こうに立っているのは―――


「御機嫌麗しゅうございます。八雲様」


ティーグル皇国第三王女ヴァレリア=テルツォ・ティーグルと、


「お久しぶりでございます八雲様♪」


ティーグル皇国エアスト公爵家令嬢シャルロット=ヘルツォーク・エアストのふたりだった。


「王女様とシャルロット?どうしてここに?」


「―――勿論、ふたりを八雲殿に嫁がせてもらうため」


「パパもついにシャルちゃんをお嫁に出すときがきちゃったよ……グスン」


エドワードはサラッと言ってのけて、クリストフはいつの間にかパパモードに入っていた……


「いやちょっと待って!いきなりふたりとも俺の嫁に出すってこと?」


「そう言っておるが?何か問題でもあるのか御子殿?」


「いくら八雲殿でもシャルちゃんを気に入らないなんて言うと、パパも本気で怒っちゃうからね!」


「嫁に出すの嫌なら出さなきゃいいだろ!」


思わず八雲が怒鳴ってしまい、それから鼻を啜る音が聞こえ、ふと見るとシャルロットが突然ポロポロと泣き出していた。


「や、八雲様、そ、そんなに、わたくし、のこと、エグッ、お嫌い、ヒック、ですの?/////」


両手でスカートの裾を握って涙を堪えようとしつつも、堪えきれていないシャルロットの涙する姿に八雲は精神的な警報がヤバいよ!ヤバいよ!と心の中で鳴り響く。


「や、や、やくもぉお!!!シャ、シャルロットが、ご、号泣してしまったぞ!!!ど、ど、どうするんだお前ぇえ!!!まずは龍崩壊撃砲ドラゴニック・バーストを撃てばいいのか!?」


しかし八雲よりさらに妹のように可愛がっていたノワールは、シャルロットの号泣姿に突然壊れたロボットみたいな動きになってしまい、逆にその姿を見て八雲は冷静さを取り戻してしまった。


「―――その技好きだな!ホント今度見てみたいわ。よし、まずは落ち着こうノワール。ふたりに確認するんだけど、俺の嫁になれだなんて親からそう言われて結婚することは、その、嫌じゃないのか?」


八雲は努めて冷静に、優しい口調でシャルロットに確認すると、


「わたくしは、ヒック、シャルロットは、八雲様に助けて頂いた、あの時から、エグッ、クスン……八雲様のことをお慕いしています/////」


「―――よく言ったシャルちゃん!!!もうホント最高!!世界一可愛い!!パパも泣けるぅ~!!!」


「オッサンうるさい」


パチパチパチッ!と拍手しながら感涙するクリストフに罵声を軽く浴びせながら、次にヴァレリア王女にも同じことを尋ねる。


すると―――


「わたくしは、まだ八雲様とは、しっかりとお話した時間も短いですし、よく存じ上げません」


「だったら―――」


「ですが、お父様に命じられたといったお話ではなく、わたくしはわたくしの意志で八雲様に嫁ぎたいと想っています。初めてお会いしたあの玉座の間の時から、わたくしはあなたに惹かれていたのです/////」


「―――良く言ったリアたん!!!やっぱ最高!!世界一可愛い!!父上泣けるぅ~!!!」


「アンタもかよ!!似た者兄弟だな!」


クリストフ、そしてこのエドワード……流石は兄弟か……と半ば呆れた八雲だったが、ふたりの気持ちには真面目に答えてあげたいという想いが込み上げてくる。


しかし、こんなお姫様と公爵令嬢を一気に嫁なんて話は御伽話でも小説でもなかなか見ない展開だ……


それに加えてさっき言っていた皇帝の問題もある……いやむしろ皇帝より嫁問題の方が大きくなってね?と八雲は心の中でツッコミを入れるがここは黙って考えた。


しかしどうしたものかと考え悩んでいると、そこに先ほど取り乱していたノワールがいつの間にか正気を取り戻しており、八雲の様子に大体の予想がついて―――


「どうした八雲?皇帝などなってやればいいではないか?小娘の頃は元々汚くて貧乏だった炎零イェンリンでさえも皇帝になって、今まで六百年もやっているんだぞ?お前に出来ない訳がないだろう!嫁だって、今さらふたり増えるのが何だ!我の夫だろう!男の甲斐性を見せろ!!!」


―――と背中をバシンッ!と叩いて押してやる。


「痛ってぇ!……ああ、もう!わかった!ここまで来たら、もう何でも来いだ!それじゃあ、ふたりとも!覚悟はいいか!」


「―――は、はい!」


「―――はい♪」


「結婚を前提にして―――よろしくお願いします!!!」


そう言って八雲はヴァレリアとシャルロットの前に片膝をつき、深々と頭を下げて宣言した。


「こ、こちらこそ!不束者ですが、末永く宜しくお願い申し上げます/////」


「―――よろしくお願い申し上げます八雲様☆」


ヴァレリアとシャルロットもカーテシーで八雲に礼をしてから、お互いの顔を見合わせて笑顔になっていた。


「よし!これで皇帝の件も最終的に決定だな!これにより四カ国の共和制は更に平和で盤石に近づいたのだ!」


「でも皇帝って言っても……俺には政務なんかたぶん無理だぞ?」


日本で普通の高校生だった八雲が皇帝なんて務まるはずがないと思っていた。


「なに、政務は元々いる、その国の為政者が行うから御子殿は何もしなくてよい」


「それじゃ意味無いんじゃ……まさか?」


「―――そう、御子殿には有事の際にあの『神の雷』を落としてもらう、というのが四カ国を纏める要であり、抑止力となってもらうのじゃ。畏怖の象徴ということだな」


エドワードの考えを察した八雲は、『雷帝矢』による畏怖の対象になれというのが少し引っ掛かったのでここで考え込む。


「畏怖の対象で抑止力か……だが国のためになる、人のためになると思ったことはしてもいいんだよな?」


「それは無論だ。だが、出来ればそれをする前にこちらには伝えて欲しい」


「勝手にはしないさ。もしかしてこの話、他の三ヵ国にはもうしているのか?」


四ヵ国の会談に立ち会っていない八雲はそれをエドワードに確かめると、


「話はしたが、八雲殿が引き受けてくれない場合もあるとは言っておいた。その場合はまた国がバラバラになる可能性もあったが。しかしあの『雷』の威力を知っている者からすれば御子殿が皇帝の位に就いてくれるのが一番丸く収まる」


「なるほどな。それで、これから各国に知らせを出すってことか?」


「うむ、引き受けてもらえたことを各国に急ぎ伝えねばならんからな」


そこで八雲はニヤリとしながら、


「だったら、馬よりも早い乗り物知ってるんだけど、乗ってく?」


そう聞いたエドワードは呆気に取られたが、すぐに「ああ、なるほど!」と納得の笑みを見せていた―――






―――上空六千mの青い空に白い雲、


「八雲様、ノワールお姉さま!見て下さい!人や家がまるで蟻のよう♪」


「……それ人によっては悪者の台詞だから絶対言っちゃダメ」


「ええ―――?」


外の景色を眺めながら、よく小物の悪役が民衆を高いところから見下して漏らす台詞を言ったシャルロットに、八雲がダメだしするとシャルロットがなんで?と言わんばかりに表情を顰めていた。


「ダメよシャルロット。八雲様を困らせては。これからは貴女も八雲様のよき妻になれるようにしないと」


「はぁい、ヴァレリアお姉さま」


傍にいたヴァレリアがシャルロットに実の姉のように諭している。


「うんうん、シャルロットは本当に良い子だなぁ♪ よしよし♪」


「くすぐったいですわノワールお姉さま」


みんなに可愛がられてアイドルみたいだなぁと八雲が見ていると、後ろの方に控えていたメイドのジェナが哀しそうな表情を向けていた。


(なにあれ?まるで捨てられた子犬みたいな顔してるんですけど!?)


「……ノワール!ノワール!あれあれ!なんかジェナが恨めしそうにこっち見てるぞ!」


小声ながらハッキリとノワールに伝わるようにジェナを指差しながら囁くと、


「んん?……ハッ?!―――ジェナァア!!お前も当然可愛いぞぉお!!!」


と慌ててジェナに駆け寄って頭を撫でていた―――


「ノワールさん可愛いもの好き過ぎっしょ……でも可愛いは正義」


そんな八雲の言葉を遮るかのようにして―――


「うおおおおお!!!―――兄上!!!空ですぞ!我らは空を飛んでいますぞおお!!!」


「落ち着かんかクリストフ!!!あああ!!!―――あれはエーグルとの国境手前にある『オスト砦』ではないか!!!もうこんなところまで……信じられん速さじゃ……」


―――エドワードとクリストフもまた流れる外の景色を見下ろしながら、あれは!あそこは!と騒いでいる。


「大丈夫かアンジェラ?怖くはないか?」


「はいアルフォンス様。でも本当にお空を飛んでいるのですね♪」


「ああ、まったく御子殿には、いや皇帝陛下には驚かされてばかりだな」


別の窓の傍ではアルフォンスと共にアンジェラも搭乗していた。


どうせエーグルに行ってからその後エレファンに向かう予定なので、それならいっそアンジェラ王女を里帰りでもと誘ってみたら、とアルフォンスに伝えてみると、本人も喜んで!と即答で返ってきた。


今はふたりの夫婦空間を作っているため八雲も邪魔をするような野暮はしない。


「マスター、航路は現在のままエーグル帝国首都ティーガーのティグリス城で問題ないだろうか?」


ディオネが改めて航路の確認をする。


この黒翼シュヴァルツ・フリューゲルも黒馬車同様に艦橋にある航路マップに目的地を指定した索敵マップを付与すれば、目的地まで自動的に飛行してくれる。


「ああ、全速出して飛んでくれ!よろしく艦長!」


すると自動人形オートマタのディオネが少しだけ微笑んだように見えた。


「了解―――黒翼シュヴァルツ・フリューゲル全速飛行に移行する」


黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは黒い弾丸のような速度で、一路エーグル帝国へと向かうのだった―――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?