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第61話 天翔けるその名は…

―――超常的な力で開かれた『空間』の裂け目から飛び出してきた巨大な黒い物体。


それは流線形のフォルムで空中に浮いている巨大な宇宙船のような物体だった―――


「や、八雲、これは一体何なのだぁあ?」


さすがの黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンも、龍本体化した際の自身の身体より大きな黒い塊に驚きを隠せず、少し声が裏返って動揺している……


「これこそは!あまける船!天翔船てんしょうせん―――黒翼シュヴァルツ・フリューゲルだ!」


「天翔船……黒翼シュヴァルツ・フリューゲル……」


見上げるノワールの瞳が、まるで子供のようにキラキラと輝いている―――


黒神龍の鱗で『創造』した装甲で船体全面を纏い、その表面は鏡面上に輝いている。


全長300m ✕ 全高60m ✕ 全幅100m という巨大な船体には、船底に《無属性魔術》付与重力制御部が設置され、この強大な船体を余裕で空中に浮遊させている。


無属性重力魔術を付与したのは当然八雲だが、制御は艦橋で操作できる設計だ。


船尾には二基の《風属性魔術》付与推進部を設置し、風の魔術で進行する機能を有していた。


ジェット推進エンジンとは違い、完全風属性魔術制御の推進部なのでエンジン音などの騒音も発生せず、その上で速度は最大マッハ1を叩き出す推進力を有し、隠密性も高い設計となっている。


左右側面に《火属性魔術》炎弾放射砲部を設置し、攻撃能力も設置。


艦橋の攻撃管制コントロールで付与された火属性攻撃魔術が種類に応じて発射可能で、魔術コントロールによりホーミング機能も魔術熟練度次第で命中率が向上する。


攻撃力・発射弾数はコントロールする者の魔力量に比例する仕様だ。


艦橋には重力制御と推進部制御、そして攻撃管制コントロールを集中しており艦橋だけで船の全機能をコントロールすることができる。


外部装甲には黄金色に輝く巨大な『龍紋』も刻まれていた。


船内は中心部に居住区として個室・客室やパーティーなども可能なホールにプール、それと船底に向かって内部に大きな格納庫が幾つも並んでおり、物資を大量に搭載可能なスペースがある。


個室にはすべて豪華な風呂とトイレ付で船内に貯水用タンクと汚水用タンクがあり、汚水タンクには浄化機能を設計し、トイレの水や船内の観葉植物の水やり用に再利用できるなど、エコシステムもある。


他にも船内には様々な魔術と八雲の現代日本で培った知識による便利機能が魔術付与などを用いて設計され、まさに科学と魔術の融合した集大成の船だと言える。


「こんな凄い物を造っていたとは……これはドワーフ達もボロボロになるだろうな」


目の前の巨大な空中飛行船に感動をしながら地面にへたり込んだドワーフ達には同情を向けているノワールだったが、そこで八雲が再びノワールの手を取って―――


「まだまだ見せたいもの、あるからさ!中に入ろうぜ!」


―――と八雲が黒翼に駆けだすと、


「あ、当たり前だ!我のために八雲が造ってくれた船だからな!!」


そう言ってノワールも駆け出すのだった―――






―――船内の通路は大理石調で宮殿の廊下のような装いとなっており、幅広く造られている。


その内装に感心するノワールを連れて艦橋に足を踏み入れる。


そこには―――


「―――マスター、ノワール様、ようこそ黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの艦橋へ」


長い黒髪を後ろに纏め、肌は透き通るように白く、海のように蒼い瞳をした女がいた。


―――額部分に『龍紋』が象られた八雲の世界の軍帽を被り、装いも上は黒い軍服風の上着に下はグレーに黒い線のチェック柄をしたプリーツスカート、そして八雲やノワール達と同じ金刺繍が入った黒いコートを羽織っている女性将校風の恰好をしていた。


「ん?誰だ、お前は?」


初めて見る顔に首を傾げるノワールに―――


「私はこの黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの頭脳とも言える存在、マスター・九頭竜八雲様に生み出されました自動人形オートマトタ―――名前をディオネと申します。以後、お見知りおきを」


「八雲が……生み出した……だと?―――おい八雲!お前いつ、こんな大きな娘を生んだのだ!!!」


突然の自己紹介に思わず発狂したノワールが、隠し子疑惑を振り撒いて八雲の胸座へと掴み掛かった。


「落ち着けノワール。そして俺は男だ。コイツは《神の加護》の『創造』にあった『疑似生命の創造』と『疑似生命への自我の移植』で生み出したんだ。この船の事を完全網羅している、言わば船長ってことだ」


「―――艦長だ!マスター。そこは間違えないでもらいたい」


「ああ、悪かった。ディオネ艦長。と言う訳でこの船とは文字通り一心同体の存在だから、分からないところがあれば何でも聴いてくれ」


「『疑似生命の創造』と『疑似生命への自我の移植』だと……ほほう!それは凄いな!我は黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンだ!八雲の妻だからよろしく頼むぞ!しかし……『自我の移植』はお前が考えた自我なのだろう八雲?ならばディオネの自我はお前の―――」


「あああ!ディオネ!ほらノワールを案内してあげて!!」


ディオネの自我が八雲の願望によって生まれたものか確認しようとするノワールを遮り、八雲は慌ててディオネに案内を促す。


「了解した。では我が分身、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの中を案内するとしよう―――」


八雲の様子は意に介さず艦橋から案内を始めるディオネだった―――






―――案内中、艦内の端々に見える八雲の世界に準じたテクノロジーがノワールを興奮させた。


各部屋の自動ドアも電力の代わりに魔術を付与して稼働させていて、水道などのライフラインなども全室に完備していた。


部屋の内装も黒龍城に似た造りをしており、ベッドなども高速飛行や揺れに対して動じないよう固定されている。


何よりこの黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの中は全体が無属性魔術の付与により、マッハの高速移動をしていてもG(加速度)によって生じる血流不全によるブラックアウトなどは発生しない。


それに加えて艦内は魔術付与で一定温度に調整されており、極寒の地でも灼熱のマグマの中でも深度数万mの水中による水圧地獄でもビクともせず中は安全という徹底振りだった。


その辺りの科学的設計は八雲が『空間創造』内の開発ドックで何度も別空間の飛行テストを繰り返し、問題点をシュティーアとドワーフ達で改善していくという身体を張ったローラー作戦を展開し、あらゆる問題点を見直しては潰して改善してきた。


その結果が―――疲弊し切ったドワーフ達である……


そして中央に位置する重要防御区画バイタルパートは広いホールになっており、賓客のもてなしから仲間同士でのパーティーまでこなせるほどの設備が完備され、その隣りの区画にはプールまで設置してあるというナイトプール仕様で設計されていた。


「す、凄い……凄すぎるぞ八雲♡ もう、こうしてやる!チュッ♡ チュッチュ~♡/////」


「んちゅっ、ちょ、ノワールさん!見てる!ディオネが見てるからぁ!/////」


「いいえマスター。私は見ていないので、どうぞ続きを」


と言いつつ、顔を覆った両掌の人差し指と中指がV字に開いていて綺麗な蒼い瞳が覗いている。


「いや見てんじゃねぇか……ちゅっ!ノワール、続きは今夜な」


「チュウ♡ 絶対だぞ!約束だからな!嘘ついたら龍崩壊撃砲ドラゴニック・バースト一万発だからな!」


「―――何その技!?ちょっと見てみたいんですけど!」


「それでは次の区画へ―――」


ブレないディオネに何も無いかのように促されて、


「ああ、やっぱ俺が造った性格だわ……」


とディオネの自我の出来にある意味納得した八雲だった……






―――そうして一通りの設備を見て回り、艦橋に戻ってきたノワールは、


「では―――これを動かせ八雲!!」


と、当然の如くこの世界での初飛行を言い出した。


「ちょっと待てノワール。折角の初飛行なんだから、皆も乗せてやろうぜ。シュティーアに皆を連れてくるように言ってあるからさ」


「おお、そうだな!初航海は大勢で楽しみたいからな!」


ノワールなら動かせと言うだろうと予想して、八雲はシュティーアに前もって手の空いている者に声を掛けるように伝えておいたのだ。


そして―――


「……おお、これは一体なんだ?クレーブス」


「いや、私もこんなもの見るのは初めてです御前……」


「おっきい!!!―――なにあれ?お姉ちゃん」


「わ、私もわからないわよジェナ。でも八雲様が造ったって聞いたけど……」


「お兄ちゃんが!スッゴいねぇ!!あんな大きなのが浮かんでるよ!!」


城から表に出てきた面々は宙に浮かぶ巨大な天翔船を見上げて、口々に驚きの言葉や八雲の凄さを囀っていた。


「皆、早く乗れ!―――出発するぞぉお!!」


魔術付与で拡声器を船外に設置しているので、ノワールの急かす声が大きく響く。


「では皆さん、行きますよ」


一番最後に城から出てきたアリエスが、全員を引き連れて船から降ろされてきたタラップに向かう―――






「―――オオオオッ!!!なかなか早いぞ!やるではないか八雲!!」


黒龍城から離れ、大空に出た黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは一気に速度を上げて雲の中に突入すると、そのまま突き抜けて雲の上の雲海へと飛び出た。


快晴の空に白い雲海―――


天の海を進むかのようにして雲を斬り裂きながら進む黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの艦橋で外の景色を見ていたノワールとメイド達、そして葵も感動していた。


「これが、ぬし様の造ったあまける船……天翔船。妾が今まで見てきた物の中で、これほど驚かされたことはないぞ」


龍牙騎士ドラゴン・ファング・ナイトには個室も用意してるから。あ、ジェミオス・ヘミオスは一緒の部屋にしたけど。あとジュディとジェナの部屋もあるぞ」


「え?わ、私達にまでお部屋を!?」


「ホント!!やったー!よかったね!お姉ちゃん♪」


部屋が用意されていることにジュディは驚き、ジェナははしゃいで喜んでいた。


「もちろん葵の部屋もあるから。それに葵の部屋はちょっと特別な部屋になっているから、気に入らなかったら造り変える」


「わ、妾に特別な部屋を!?ぬ、主様……妾には勿体ない。感謝こそすれ、それを気に入らないなどと言うはずがございませぬ」


「まあ、そう固く考えずに、ちょっとこうして欲しいとかだけでも言ってくれたらいいから」


「そうだぞ葵!ここは八雲に甘えておけ!それが女の特権だからな!」


「西の龍……いやノワールよ。その言葉、心より感謝しよう」


そう言って葵は受け入れてくれたノワールを始めて名前で呼んだ。


「クレーブスの部屋も特別仕様にしておいた。葵の部屋の隣にしてあるから、勉強もしやすいだろう」


「私にまで特別な部屋を?ありがとうございます八雲様―――それでこの船について色々とお伺いしたいことが、まずこの浮遊させる力は付与魔術を施した船底の部分がこの船を空中に浮遊させ―――」


「―――ディオネ!!代わって!説明代わって!クレーブスに説明してあげて!!」


「了解した。初めまして皆さん。私はこの黒翼シュヴァルツ・フリューゲルの頭脳とも言える存在、マスター・九頭竜八雲様に生み出されました自動人形オートマトタ―――名前をディオネと申します。以後、お見知りおきを。マスターによりこの艦についての説明を指示されたので、質問には私が応えていこう。あと私のことは『艦長』と呼ぶように」


「はい!艦長!!」


真っ先に手を上げて質問したのは、ジェナだった……


そして出遅れたクレーブスがジェナの後ろで両手の指をワナワナさせて襲いそうになっていたが、そこは葵がまぁまぁ、と止めた。


「この船はどうしてこんなに速いんですか!!」


「いい質問だ。この船の推進部と呼ばれる箇所は風属性の魔術を付与して―――」


ディオネはひとつひとつの質問に丁寧に答えていく。


クレーブスも興味が尽きないといった感じで次々と質問を投げかけ、それにディオネも理路整然に分かりやすく説明していく。


艦橋での説明会も一通り終えた頃、テスト飛行していたが八雲は行先までは決めていなかったのでどこに行きたいかノワールに聞いて見ると―――


「だったら、あいつ等を驚かせに行こうではないか♪」


まるで悪戯っ子のようなニヤニヤとした笑みを浮かべて、ノワールが示した目的地とは―――






「―――大変です陛下!!!外を!―――外をご覧ください!!!」


四カ国の『共和国』樹立により忙しい毎日を送るエドワードやアルフォンス、それにクリストフの元に慌てふためいた衛兵騎士が飛び込んで来る。


「何事だ!!!そのように慌てるようでは国家の危急の折に対応出来んぞ!しっかりせんか!それで、何があった?」


「く、口で説明するのは難しく、まずは西側の外をご覧ください!!」


「……分かった。向かおう」


尋常ではない騎士の様子に、咎める前に自らの目で確かめようと考えたエドワードは、アルフォンス達と共に西側の外が見える通路のバルコニーに向かい、そしてそこで見たものは―――






―――漆黒の鏡面に輝く装甲、流線型のフォルムをした巨大な物体。


―――首都アドラーの上空をアークイラ城に向かって突き進む空飛ぶ物体。


―――首都の街中では、上空の巨大な漆黒の物体にどよめき、ある者は悲鳴を上げ、またある者は恐怖して震えていた。






それを見たエドワードは―――




「な、な、な!―――なんじゃこらぁああ!!!」




どこかの黒神龍さんとまったく同じリアクションを見せ、絶叫していたのだった……


「……陛下、そんなに慌てるようでは国家の危急の折に対応出来ませんぞ?」


絶叫して動揺するエドワードに対して冷ややかに諫めるクリストフは、飛んでくる物体の先端に輝く黄金の紋章『龍紋』を目にしてすぐに、


(はぁ、また八雲殿か……まったく……パパはいつも君には驚かされちゃうよ……フフッ)


と暫くは動揺して八雲の仕業だと気づけずにいるエドワードを、笑って見ているのだった―――



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