目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第60話 結ばれる四カ国

「―――それでは我がティーグル皇国国王エドワード=オーベン・ティーグル陛下よりお言葉を頂戴致します」


クリストフがエドワードの言葉に繋げる形で挨拶を終えると、エドワードが無表情から口を開けた。


「まずは遠路遥々ティーグル皇国への来訪、感謝する」


エドワードの言葉を四国会談へと集った三国の為政者達は耳を澄ませて一言一句逃すまいと身構えて聴いていた―――






「このような場を設けた理由は、今さら申し上げるまでもないであろう……単刀直入に言おう。儂は今回の件により―――我がティーグルを含む四カ国による『共和国』の樹立を提案する」






―――空気が張り詰めていくのを、その場の誰もが感じていた。


「―――へ?」


その中でゲオルクだけが場の空気に着いて行けず、変な声を上げている……


「共和国制を……その理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


商業国家リオンの代表ジョヴァンニ議長は努めて冷静を装ってエドワード王に問い掛けた。


「理由か―――」


静かに溜めを置いたエドワードの次の言葉を、その場にいる全員が待ち望む。


「儂は常々、昔からの我が国と隣国との関係に頭を悩ませておった。リオンとの商品の物流とそれに伴う関税などの問題、エレファンと燻り続ける獣人奴隷問題、そしてエーグル帝国との領土問題と血縁の繋がり、細かいことまで上げればキリがあるまい」


エドワードが口にしたことは実際に各国と現在進行形で起こっている問題だ。


「だが、今回の件はそれらの問題を一手に解決するのに丁度よいのではないか?と考えたのだ。正直に言うが、今此処にいる四カ国の中で、我がティーグルの騎士団の侵攻に対抗できる国はあろうか?」


「……」


「うう……」


リオンのジョヴァンニとエレファンのレオンとエミリオは閉口し、エーグルのフレデリックは胃の痛みに思わず声が漏れた。


「それは、共和国制に賛同しない国には侵攻する宣戦布告、ということですか?」


ジョヴァンニは重要なその点を確かめるため、慎重にエドワードへ問い掛ける。


「どう取るかは貴国の判断に任せるところだが、儂は共和国制に反対だと言われても何も言わぬ。ただ……」


「……ただ?なんだというのです?」


「共和国制に賛同する国があったならその時はその国と、勿論共に歩んでいくことになるだろう。疲弊した兵力が回復するまで護りもしよう。そして双方の問題となることも全力で改善する方向に向かうであろうな」


その言葉にジョヴァンニは平静を装いつつも、内心かなり焦っていた―――


(してやられた……会談の始めから『共和国』の話を打ち立てられ、完全に流れをもっていかれてしまった。しかも共和制に賛同しない国には何もしないと言っておきながら、賛同する国には関係改善を惜しまないだと!被害者有利とはこのことだな!それで賛同する国としない国が出てくれば、賛同しない国は子供じみた仲間外れではないか!軍事力の回復も外敵からの防御も失った国が、その上で今までの友好関係をも失う危険性を伴うとなれば、エドワード王の言う通り『共和国』の一員となるに越したことはない……だが!)


「私はエドワード王の言われる『共和国』に賛同いたします」


真っ先に賛同する声を上げたのは―――エミリオだった。


「おお、新国王が真っ先に賛同してくれたか」


エドワードはにこやかにエミリオを見ながら、隣にいるレオンの顔を見た。


だが、レオンはエミリオの判断に一切口を出す様子はなく、逆にエドワードに小さく頷いて返した。


「はい、エドワード王のご英断、これから王としての経験を積んでいかねばならない私にとって、この場に呼ばれましたことは誠に僥倖でございました。ですが、一点だけお伺いしたきことがございます」


「何であろうか?遠慮なく申されよ」


「先ほど王は獣人奴隷問題について触れられました。この『共和国』へ賛同した暁には、その問題をどうなされるおつもりですか?」


エミリオの質問に、彼のみならずレオンもまたエドワードを見つめる。


「もちろん奴隷制度は完全に禁止する」


「―――はああ!?」


そこでゲオルクが素っ頓狂な声を上げて視線を集めてしまい、ゲオルクは慌てて平静を装って誤魔化す。


(冗談ではないぞ!!!―――父上め!耄碌されたか!このようなことで獣人奴隷が仕入れられなくなったら、私の好きな狩りは!躾は!拷問はああああ!!!一体どうなるのだ!責任が取れるのか!!!)


ゲオルクの内心は暴風のような感情が渦巻き、もはや表情も誤魔化せていないほどだった……


だが、そんなゲオルクなど放置して、エドワードは続ける。


「共和国としてひとつの価値観に寄せ合う仲となれば、それはもう既にひとつの国なのだ。国がひとつであれば、そこに住む民達もまた同じ国民である。奴隷問題はこれまで長きに渡り因習となっている事柄故、すぐには払拭できぬかも知れぬ。だがどこかでその因習に終止符を打つことを始めなければ、いつまで経っても終わりはしないのだ、若き王よ」


そのエドワードの言葉に、エミリオも感嘆の息を漏らす。


「感服いたしました。改めてエレファン獣王国は、ティーグルとの共和国制の話をお受け致します」


エミリオの賛同が流れを加速させる―――






―――この一国が真っ先に『共和国』に加わったことで、ここから流れは大きく変わっていく。


「ではエレファンとは今後時間を作り、交易や関所の撤廃など両国の関係をより良くするため個別に相談させて頂くとしよう」


「ハッ!今後のティーグル皇国との、より良き関係を築いていけるよう努力して参ります!」


「頼もしいことだ。先代のレオン殿も良き後継者を、息子を持たれたな」


横に控えるレオンにそう言って目線を送ると、レオンは穏やかな表情ではあるも、


「まだまだ未熟な新米の王だ。だが、国と民への想いはしっかりと教え込んでいる。エドワード王、この度の計らい心より感謝する」


「何の事であろうか?儂はティーグルと隣国とのより良き関係を築くための切掛け作りしたまで。これからのことは若者達が長く続けていくことが必要であり重要なのだ。険しい道のりとなるだろうがな……」


エドワードもレオンも、本当はお互いの可愛い我が子夫婦の行く末を案じていることから、レオンはこれがエドワードの息子夫婦ふたりを想いやる策であることは分かっていた。


アルフォンスもまた当事者として父に感謝をしていた。


だが、そこで尻に火が着いたのはフレデリックとジョヴァンニだ―――


四カ国の中央を貫くようにエレファンとティーグルが共和国となれば、巨大な『共和国』という国家に阻まれて、リオンとエーグルの商売がやり辛い地形となる。


またエレファンの関所の関税を品物の流通頻度から安くさせていた情勢が、エレファンの後ろ盾としてティーグルが着くとなるとそんな圧力も通じないし、何より原料・資材のエレファンからの仕入れも関税の変動が起きることは必定だった。


所謂、発展途上国扱いだったエレファンが一気にオーヴェストで最大国家の一員となるのだ。


ジョヴァンニの商人としての血が、この難局に何とかしなければと騒ぎ立てる。


だが、難局を感じているのはジョヴァンニだけではない―――エーグルのフレデリックもまたエレファンの国家としての格が上がることで、様々な対応を変えていかなければならない。


リオンとの商売についても間のエレファンを通過させて流通を行っていたが、それも今度からは関税など変動する可能性がある。


それだけではなく、地理的な状況でもエレファンとティーグルに囲まれた自身の帝国が、相手の胸先三寸で物流の停止や両面からの侵攻の危険まで孕むこととなるのだ。


さらにリオンまでがこの共和国に賛同すれば、それこそ自国は孤立無縁で八方塞がりとなってしまう。


(くうぅ……やはり来るべきではなかったか!いや、しかし来なければ我が帝国を除いて共和国を組まれることになっていたやも知れん。うう……胃が、胃がぁああ!)


青い顔をしながら、フレデリックはエドワードに質問する。


「その共和国制とした後、それぞれの国の……統治はどうなされるおつもりなのか?」


エドワードは一瞬鋭い眼をフレデリックに向けるが、次にそれを和らげつつ、


「各国の統治についてはその国の為政者が行うのが当然であろう」


「そ、そうか。そうでなければ混乱を来すであろうしな」


エドワードの言葉に一安心するフレデリック―――だが、


「だが、ひとつの国民として見るとも儂は言った。つまり国民が嘆き苦しむような行為をする国があったなら、それは同じ共和国として放置するわけにもいかぬであろうな」


「うう、そ、それは―――」


フレデリックは治まりかけた胃の痛みがまたぶり返してくる。


エドワードが言っているのは、共和国各国は今までの統治を進めながら国民を虐げるような統治をすれば、他の共和国参加国が連合で是正を勧告するか、最悪『共和国』として出兵する事態もあると暗に含めているのだ。


だが、それと比較しても自国の孤立状態を招くのは将来的に考えてもフレデリックには暗い影しか見えない……


「商業国家リオンは共和国制に参加させて頂きます」


「―――なぁああ!!!」


フレデリックが苦悩している横で抜け駆けするようにしてジョヴァンニが共和国制に参加を表明し、これでエーグル帝国は四国間で孤立状態が自動的に確定してしまったことに思わず声を上げる。


ジョヴァンニはというと―――


(エーグルが悩んでいるうちに先に参加を表明して、此方が孤立することを防ぐ。突然の話ではあったが内容を考えれば『共和国』として各国への商品流通に、より迅速な対応が出来る体制構築の話しをもっていけばいい。関所の廃止や関税の撤廃も後々には可能だろう。これほど巨大な市場を自由に動けるようにすれば、リオンの勢力は広げ放題だ)


―――と、自己中心的な野心を燃やす。


そして、もはや逃げ道のないエーグル帝国皇帝フレデリックは、


「ほ、本国に戻って、重臣達とも、よく検討を……」


「―――ああ、無理にとは言わぬ。共和国は賛同出来る国だけで取り組むこととするので、エレファンとリオンが参加するからエーグルは無理する必要はないし、気にしなくてよいぞ」


とエドワードにあっさり突き放すような言動をされて既に三国の意志が固まった今、エーグルの参加・不参加は差して大した問題ではないのだと言われているようにフレデリックは認識した。


これがもしリオンより先に自分が共和国参加を宣言していれば、今の自分の状況はジョヴァンニだったはずだ。


「うぅ……」


呻き声が漏れるフレデリック。


―――そのとき、


「―――もういいだろう?フレデリック。皇帝という立場の重圧は儂も同じ立場だけに理解しているつもりじゃ。長年領土問題を抱えてきたが、元を辿れば同じ血筋がお互いに流れておるのだ。そんな問題もお主の代で完全に終わらせたくはないか?もしも共和国となったなら、領土で揉める領主達にも共和国という立場で我ら連名により押さえつけて解決させることも出来よう。そうなればお主の悩みの種も幾分か減ることになると思うが、どうか?」


―――エドワードの諭すような言葉にフレデリックは即位してから今までの短い間にも、家臣達から突き上げられてくる自国の貴族達からの汚い問題にほとほと嫌気が差していたのは事実だ。


だが共和国に参加すれば、こうしてエドワード王のように同格でありながら問題の解決に向けて話すことが出来る相手がいると知ったフレデリックは―――


「エーグル帝国は、エドワード王の提唱する共和国に参加させて頂こう」


―――大英断を下すのだった。


「よし!これで次の段階に向けての話ができる」


エドワードは自分の膝を叩いて、次に侍従に命じて、大きな紙を持って来させていた。


円卓の机上に広げられた、その大きな紙は―――


―――このオーヴェストの各国が記載されていた地図だったが、ただティーグル、エレファン、リオン、エーグルが黒い線で囲まれていて、その四ヵ国すべてに被るようにして、


「……『シュヴァルツ皇国』……エドワード王、この名は?」


「それこそは『黒』を意味する御子殿の国の言葉だ」


ここで黒神龍の御子が話題に出たことに、ジョヴァンニとフレデリックはピクッと顔をヒクつかせて反応する。


「ほう、御子様の国の?黒神龍様は黒の象徴、であれば御子様の言葉が共和国の名につけられるということはお喜びになるでしょうな」


ジョヴァンニは当り障りの無い返事を返す。


「フフフッ、だが同じ地図でもこの地図を見れば皆のこの大陸に対する見方も変わるであろう」


エドワードはさらに次の地図を広げさせた。


そこには先ほどと同じようにオーヴェストの地図が描かれているが―――


「これは……」


―――その地図には北部ノルドも含まれた地図であり、それを見たレオン、エミリオ、フレデリック、そして誰よりも商売人であるジョヴァンニが食い入るように見つめていた。


そう、そこにある新たな共和国『シュヴァルツ皇国』は、明らかに北部ノルドにある大陸最大国家ヴァーミリオン皇国に匹敵する領土面積だった。


「なるほど……我らは今この場で、大陸最大のヴァーミリオンに匹敵する巨大国家を生み出した、という訳ですかエドワード王よ」


ジョヴァンニの頭の中では既にこの地図により自身の商会がどこに何を運んで、何を仕入れて作って売るのかまでビジョンが形成され始めていた。


「ああ、その通りだ。今我らは巨大国家を形成した瞬間に立ち会ったのだ。どうだ?ワクワクして来ないか?」


あからさまにニヤニヤとした顔つきでエドワードが興奮気味で話す姿を見て、クリストフは……


(あのときゲオルクの話に乗るような振りをして、本当はこんなこと考えておられたのか……さすがは我が兄。御見それ致しましたよ)


と半ば呆れながらも笑みが零れて『共和国』化には賛成であった。


「ところでエドワード王、それぞれの国名まで少し変わっておりますが?」


「そうだ。これより四ヵ国でひとつの皇国を名のる上に、皇帝を擁するのだから国名も変わるのは必然であろう?」


確かにそれぞれの国名が―――


ティーグル公王領

エーグル公王領

エレファン公王領

リオン議会領


―――と地図では変わっている。


「皇帝ですと!?い、いや、余には四ヵ国の皇帝を務めるなどという大任は?!/////」


「―――いやお主ではない」


この四国の中で皇帝の地位を名のるフレデリックが慌てて固辞しようとしたが、ジト目のエドワードにあっさりと否定される。


「では……誰が皇帝位に?」


嫌な予感がしつつも、そう聞かずにはいられないジョヴァンニ。


「それは勿論―――黒神龍の御子、九頭竜八雲殿だ!」


エドワードの口から出た名前に、一瞬静まり返った会場、そして改めて一斉にその場の全員から―――


「エエェェエエ―――ッ!!!」


という叫び声が響き渡ったのだった―――






―――そんな話が進んでいるなど、まったく知らない黒龍城では、


「おいお前達、八雲がどこにいるか知らないか?」


庭先のテラスでアリエス仕込みのお茶の用意をしているメイド服姿をしたジュディとジェナに問い掛けるノワール。


「八雲様ですか?いえ私はお見掛けしておりませんが?」


「ジェナも見ていませんよ?」


と天狼姉妹が応えると、ノワールは余計に八雲の行動を不審がる。


ノワールと八雲には《黒神龍の加護》による『位置把握』の加護があり、世界中どこにいても正確に位置を把握できるのだが今現在、八雲の消息がハッキリとノワールに把握できない。


このような状況に陥るのは、どちらかが『空間創造』など別次元の空間に移動している場合に起こりやすい現象だということはノワールも承知している。


だが、問題は何故そんなところに八雲が行っているのか?ということが疑問なのだ。


そこでクレーブスのところを訪ねてみたノワールだが、そこには葵御前が机に着いて椅子に座り熱心にクレーブスの講義を受けていた……


「八雲様ですか?いえ、私は存じ上げませんが?」


「お前も知らないのか?」


「申し合分けございません。朝のうちは御前と一緒にお勉強をなさっておいでだったのですが、昼からは用事があるからと……」


「そうか、葵は何か聞いていないか?」


「妾も詳しくは聞いていないのだが、ぬし様がドワーフ達とよく一緒にいるところを見かけることがある」


「ドワーフ……ということはシュティーアなら知っていそうだな……助かった葵」


「妾が役に立てたのなら嬉しい限り。ここでは世話になりっ放しであるからな」


金髪で巫女服を着て学校の授業机のような席に座る違和感満載の葵だが、オーヴェストに来て此方の文化や生活に興味を持ち、八雲の仲介でこうしてクレーブスに講義を開いてもらっていた。


「御前は私にアンゴロ大陸の細かな知識、生の文明文化、生活習慣などを教えて下さっていますから、私こそ大助かりですよ。御前のお話は八雲様のお話に匹敵するほど―――興味深い」


そういって眼鏡をクイッと上げるクレーブスに葵もニコニコと笑顔で返していた―――






―――クレーブスと葵のところを出たノワールは、真っ直ぐにシュティーアの工房へと向かう。


だが、普段は製造する武器や防具のことで意見をぶつけ合い、喧騒としているはずの工房に―――


―――ひとりとしてドワーフがいない……


もちろんシュティーアの姿もだ。


だがここまで明確な状況であれば、工房の全員が八雲に加担して何かを造っていることだけは明白だった。


気になりはするが八雲も自分に言ってこないのは何か考えがあるのだろうと、ノワールは八雲が言ってくるまでは訊かないでおくと心に決めた―――






―――そして、そこからさらに二週間ほど過ぎた頃、


「ノワール!!ついに完成したんだ!!!さあ、早く起きて来てくれ!!!」


朝早くから叩き起こされるようにして、寝室にやってきた八雲に寝ぼけ眼を擦りながら―――


(漸くか、この戯け者めが)


長い間待たされた怒りよりも、嬉しそうにして部屋から引っ張り出す子供の様な八雲にノワールは思わず笑みが零れていた。


そして城の外にまで引っ張り出されると―――そこには、


目の下に隈を作ってグッタリとなり、まるで歩く死体のようになっているドワーフ達の姿とタフなところはドワーフとは段違いのニコニコしたシュティーアが待っていた。


「おいおい……ドワーフ達よ、大丈夫か?」


あまりの惨状に思わず声を掛けてみたが、ドワーフ達は力ない笑顔で、このくらい平気ですと口々に呟くだけだった……


そんな皆を無視して、八雲が加護の力、『空間創造』により空に開けた次元の隙間から―――


―――空中に開いた『空間』の裂け目から、ゆっくりと進み出る流線型のフォルムをした巨大な物体。


―――流線型の表面は漆黒の鏡面で輝いており、どんどん空間からその正体を見せる。






「な、な、な!―――なんじゃこらぁああ!!!」


黒神龍ノワールが絶叫するほどの巨大な黒い塊が、目の前にその雄大な姿を現すのだった―――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?