―――今、
葵は空高くに裸のままで舞い上がられて、八雲にお姫様抱っこされているので顔を真っ赤にして八雲に抱き着き少しでも身体を晒さないようにと必死だ―――
「あ、あの
辛うじて局部は尻尾で隠して胸元は自分で隠している葵の姿を見てニヤリとした笑みを浮かべる八雲だが、
「少しだけ我慢してくれ。さっき言った通りの段取りでいくからな」
―――と伝えると、
か細い声で―――
「畏まりました。主様の傍にいられますよう、妾も最善を尽くしまする」
と覚悟を決めた顔に変わった。
―――八雲は
そして―――
「―――ティーグル皇国、エレファン獣王国、エーグル帝国そして商業国家リオンの者達よ!!俺は黒神龍の御子、九頭竜八雲だ!この度の戦争は俺の足下で転がって既に骸となったその『災禍』がすべての元凶だった!!」
突然、全員に響き渡る八雲の声―――
「此方におられるのは地聖神の御使い―――『
八雲により全裸で紹介される葵はコクリと一度頷いてみせる。
「この地聖神を奉る『空狐』の葵御前に、ある時邪悪の使徒たる妖狐が呪術により呪いをかけた!それが―――足元に転がっている『災禍』へと変える呪いだ!!」
八雲の衝撃の説明に地上の一同は驚き騒めく―――
「なんと?!あの『災禍』が呪術による産物であったとは!」
エドワード王は驚愕の表情を見せ、またアルフォンスやラース、ナディアもまた驚きを隠せない。
「そんな話、聞いたことあるか?レベッカ」
「……似たような話の古文書は見たことがあるけど……それが『災禍』なのかは分からない」
ルドルフとレベッカは自身の経験と知識から八雲の話しを検証するが明確な答えは得られない。
―――さらに八雲の話は続いた。
「この戦争は世の大乱を望んだ『災禍』の招いた悲劇に他ならない!エレファン獣王国国王!あなたはティーグル皇国への侵略の野心を抱いていたか?」
この戦争の当事者のひとりであるエレファンの国王レオン王に八雲は問い掛ける。
「……いや、情けないことに意識がハッキリと戻った時、俺は既に此処にいて何をしていたのかまるで覚えていない。不甲斐ないこの身のために多くの兵を、民を犠牲にしてしまった事実を受け止め切れずにいるくらいだ……しかし!隣国に対して侵略行為を行う気など微塵もありはしない!!!」
「だが現に今その足で立っている地はティーグル皇国だ!野心がなかったと、どう証明する!!!」
「ウグッ……それは……」
八雲の問いかけにレオンは言葉に詰まった。
現実にエレファン獣王国は商業国家リオンとエーグル帝国に対して密書を送り、獣人の奴隷制度に対して密かに盟約を結びティーグルに対して圧力をかけようとしていた。
武力侵攻は考えていなかったとしても、その政治的な繋がりを盾にして物申すつもりだったのは逃れられない事実だった。
それに輪を掛けて『災禍』の仕業で無理な徴兵を行い、強引な出兵を行ったのもまた事実なのだ。
しかも八雲の『雷帝矢』により完全に連合軍は壊滅し、この後の戦後処理や国民感情の平定など問題は山積みとなって圧し掛かってくる。
だが、そこに八雲の突け入る隙があるのだ―――
「―――だが、俺は信じる」
「―――エッ!?」
その場にいる全員が八雲の言葉に息を呑んだ。
「あの『災禍』と今回最も戦って、更には体内に囚われていた葵御前を救出した俺はレオン王も他のリオンやエーグルの者達も操られていたことは分かっている。ティーグルに対して思うところはあったとしても、こんな大乱を起こすつもりはなかったのだろう?」
「勿論だ!我が身命に掛けてもそのような考えはなかった!!!」
レオンが必死の形相で空に浮かぶ八雲に声を張り上げて返答した。
「ここからは国家同士、話し合うことが必要だろう。そこでどう話を着けるのかは為政者の努めだ。だが、ふたつだけ俺から提案をしたい!」
「提案とは?」
レオンもエドワード達も八雲の言葉を待つ―――
「ひとつ、そこに転がっている『災禍』の骸はエレファン獣王国に引き渡す!国に帰ったときに民に説明するために必要だろう」
「おお……」
思わぬ提案に悲壮感の漂っていたレオンの顔に少しだけ生気が戻った。
「ふたつ目は、ここにいる葵御前は地聖神の御使いだ!今回の戦争で各国ともに国力の疲弊は逃れられないだろう。よって!葵御前による五穀豊穣の力で国の豊作を願い、そのため各国を来訪してもらう!勿論この俺も同行して改めて今回の『災禍』による犠牲者達を慰めるため尽力するとここに誓う!!!」
「御子殿自らが地聖神様の御使いと共に、各国を回ると……」
エドワードは八雲の言葉をそのまま受け止めてはいなかったが、それがティーグルにとって負担となる話でもないため、敢えて異論も反論も唱えないことにした。
「リオン、エーグルの兵士達は国元に戻って、ありのままの真実を国に伝えろ!!!そして―――黒神龍の御子、九頭竜八雲が会いに行くから待っていろとな!!!」
八雲の言葉に、リオン、エーグルの兵達は大地に膝をついて八雲の言葉に平伏した。
同じくレオン王始めエレファンの兵達も、同じくラースとナディアの皇国騎士団の兵達も平伏する―――
だが八雲の言った「待っていろ」という言葉には、「首を洗って」がその前につくことを兵士達は気づいていない……
「これより葵御前による鎮魂の儀を執り行ってもらう!それによりこの地に奇跡の芽を芽吹かせることになるだろう!!!」
そう言い終わると、八雲は抱き抱えた葵と共に地上へと降り立つ―――
すると、葵はどこから取り出したのか白い着物に赤い袴の巫女服を取り出して、その身を風が巻き込むように吹いたかと思うと一瞬でその巫女服を纏った。
そして次に葵の両手には小型の剣の形をして大きな鍔の部分に八個の鈴がついた神器が握られている。
「鉾鈴か……この世界にもあるんだな」
鉾鈴とは―――
八雲の世界で神社の巫女が神楽を舞う時に手に持つ鈴の一種だが、よく見られる鈴は下から七・五・三の数で鈴が付いており、その音で邪なるものを祓い、その音は神を呼び込むことで神を宿らせるものとの意味がある。
葵の持つ鉾鈴は先が剣になっており大きな鍔に八個の鈴が付いて、八雲の世界の鉾鈴はそれで三種の神器を表していると言われていた。
剣は草薙の剣、鍔は八咫鏡、鈴は八尺瓊勾玉を表していると言われている。
そして準備の出来た葵は立っているその場で歌いながら、やがて神楽を舞い始める―――
歌は新たな命を生み出すという内容の歌で、鉾鈴の音が歌と共に鳴り響く度に大地から光の玉が浮かび上がり天に昇っていった。
―――鎮魂の儀を行いたいと言ったのは葵からだった。
『災禍』の体内から出る前に八雲の考えを聴かされた葵はそれならば、と神楽舞いをさせて欲しいと八雲に願い出たのだ―――
―――葵の神楽舞いは続く……その姿を眺めて歌に耳を傾ける兵士達の中には涙を浮かべ泣き出す者もいる。
そして神楽が舞われるその地に、ひとつの芽が芽吹いた―――
「あれは……」
―――八雲がそれに気づくと、その芽は見る間に大きくなり、やがて巨大な木へと成長する。
神楽舞いが続く中、木も尋常ではない大きさにまで伸びていく―――
「ほう……地聖神もこの地の悲しみを慰めようと、あの狐の舞いに力を与えているようだな」
いつの間にか八雲に寄り添うようにして立っていたノワールが、そっとそんなことを呟いていたが八雲は黙ってその木の成長を見つめていた……
そうして高さ百mに届くほどにまで伸びた大木の周辺には『災禍』の炎によって焼かれた枯草の代わりに青々とした緑の草原が生えてきて広がっていた。
まるで戦争など無かったかのように青い草原と神々しい葵の神楽に皆が魅了されていた―――
―――その後、
葵がゆっくりと八雲とノワールの元に歩み寄る。
「西の龍……黒神龍とお見受けする。妾はアンゴロ大陸にて地聖神様より稲荷大社を任されていた白面金毛九尾狐『空狐』の葵と申すもの。汝の御子……九頭竜八雲様により『災禍』の呪いから救われることが出来た。感謝申し上げる」
「東の狐か。大陸東部にいる
「よいのか?妾は……その、汝の御子と契りを交わしてしまったのだぞ?」
断りなく八雲と関係を結んでしまったことを後ろめたく思っていた葵が申し訳なさそうに問い掛ける。
「―――ああ、そのことか。我は八雲が女を抱くことを咎めたりはせん。我が一番であるならば狐だろうと狼だろうとな」
「おいノワール、狼って……」
「んん?勿論ジュディとジェナのことだぞ?ふたりともお前のことを憎からず思っている。中途半端なことをするくらいなら抱いてやれ!特にジュディはな」
「ふむ、
「そうだぞ!そうなりたくなければ一晩しっぽりと可愛がられるがいい。我でも敵わんくらいに―――凄いぞ……」
そのノワールの言葉に、葵は顔を赤らめて……ゴクリと喉を鳴らしていた……
―――こうして、『災禍』によって引き起こされた大乱はここに終戦し、これからは各国の間で政治的な交渉へと移っていくことになる……
「なあ……あの戦争で一番兵士を吹き飛ばしていたのって―――八雲だよな?」
終戦後、首都アードラーへと帰路に着いていたルドルフが隣のレベッカに問い掛ける。
「それを口にすると……これがルドルフを見た……最後の姿になる……」
無表情だが青い顔をしたレベッカの言葉を聞いて、ルドルフはこのことは墓まで持っていこうと心に誓った……
戦後処理はエレファン、リオン、エーグルのどの国も激しく厳しい状況となり、各国に残兵が戻り報告をして既に三日が過ぎようとしていた―――
―――エーグル帝国では、
「どうするのだ!!!―――ティーグルへの出兵など余は許可しておらんぞ!それなのに何故出兵した後で、しかも二万の軍が壊滅したなどと!どうなっている!!!」
エーグルの首都ティーガーにあるティグリス城にてエーグル帝国皇帝フレデリック=エル・エーグルの大声が玉座の間に響き渡る―――
「恐れながら陛下!陛下と同じく我ら一同もあの『災禍』の女に
玉座に集う重臣のひとりがフレデリックに進言するも、
「戯けが!―――聞けば『災禍』の狐は恐れ多くも地聖神様の御使いだと言うではないか!そのような御方を寄こせなどと言ってみろ!この国に豊穣神の加護は今後一切訪れぬかも知れんのだぞ!!そうなったら、民も我らも共に飢え死にだぞ!!!」
浅はかな進言にフレデリックは怒り心頭となる。
その上に八雲のあの言葉である―――
「待っていろ」と言われたのを、兵士達からの報告で聴いたフレデリックは二万の軍勢を壊滅させた黒神龍の御子がこのエーグルに乗り込んでくると考えただけで漏らしそうなほどだった。
皇帝フレデリック=エル・エーグル
今年で32歳となる彼は先代皇帝ユベール=ド・エーグルの病死により即位したばかりの皇帝である。
銀髪の長髪で細身の高身長という姿は一見モデル風ではあるが、その中身は―――
元々先代が帝王学を地でいく皇帝であったため、自身も厳しい教育を受けてきたのだが常に父の顔色を窺う人生だった彼の性格は内向的、悪く言えば臆病な性格だった。
だが臆病であるが故に自身の危機管理能力は非常に高く、『災禍』の《魅了》までは防げなかったが、その後の軍の大敗や国力の低下に対して持ち前の危機管理で最悪の国家瓦解は防ぎ、なんとか凌いでいた。
しかし、問題は―――黒神龍の御子である。
いつ頃訪れるかなどの明確な予定もなく、それこそ日に日に八雲がいつ来るのかと精神的に追い詰められていった。
「とにかく!ティーグルには余の書簡を送り、まずは謝罪の意を示す!その後はティーグルからの返答次第で動くぞ!」
「―――畏まりました!!」
玉座の重臣達が皇帝の決定を元に忙しなく玉座を出ていく姿を、胃の痛みを感じながら黙って見送るフレデリックだった……
―――エーグルのフレデリックが胃を痛めていた同時期に商業国家リオンでは、
首都レオーネのアサド城にある評議会議事堂に評議会委員全員が揃っていた―――
「一体この度の件、評議会議長は―――どう収めるおつもりなのか!!!」
「黙れ!若造が!!お前もあの時、出兵に参加の調印を押しているのだぞ!自分だけ外野のような顔をするな!」
「あの女が『災禍』と知っておれば議会になど通さなかった!!!そもそも何故あのとき議事堂まで通したのか!」
「あの力は『災禍』の
「なにを―――!!!」
「なんだ!やるのか―――!!!」
議事堂の中は、《魅了》の力が解けてから一万五千もの軍を出兵させたことに評議会全員が青ざめ、すぐに撤退の指示を伝令で送るも、そのときは既に後の祭りだった。
『災禍』は討ち取られていて地聖神の御使いである葵は救出され、後に残ったのは他国への侵略行為という商業国家として一番信用を貶める行為だけだった。
彼方此方から飛び交う罵声の嵐の中で―――
カンカンッ!と机に木槌を打ち込んで響いた音で場を沈める男がいた。
議事堂の中でも雛壇になった上に座る中年の男はこの商業国家リオンの評議会議長を務め、実質的に王と言っても過言ではない地位にいる男―――ジョヴァンニ=ロッシである。
木槌の音に先ほどまでの喧騒は消え、全員がジョヴァンニの顔色を窺う。
ジョヴァンニはこの商業国家リオンで最大手の商人であり、このリオンはロッシ商会の元で運営されていると言っても過言ではない―――
それに加えてロッシ商会のコネクションは各国の王族貴族達にまで及び、その販売ルートの確保や関税そして裏では汚れ仕事までも手広く行っている。
ティーグルのエドワード王とアルフォンス王子が襲撃された暗殺者集団も実は彼の子飼いの集団であった。
しかし、《魅了》に掛かっていたとは言え、その子飼いの暗殺部隊も八雲により壊滅、そしてその八雲自身が「待っていろ」と伝言をしている……
ジョヴァンニは現在41歳だが、この地位に就くまでの人生はそれこそ光と影を見てきた男だ。
そう、八雲の言った言葉が言葉通りではないことも充分に読み取っていた―――
「そろそろ建設的な話し合いに入ろうじゃないか。諸君、今回我々は過去に例のない苦境に立たされている……『災禍』の術にハマっていたとはいえ一国の国家に三国で共闘して攻め込んだ上に一万五千もの兵を犠牲にしてしまった。もしも立場が逆であったなら諸君は相手に対して操られていたんだから仕様がないなどと慈悲の言葉で慰めて何も取らずに許すことができるだろうか?」
「―――否!!!」
議事堂にいる全員が一斉に否を唱えた。
「聡明な諸君であればそう答えるだろうと思っていた……ならば、何を求める?」
「相応の賠償を求めます!」
「―――確かに」
「今後の我が国との関税など外交的に有利になるよう動きます!」
「―――確かに」
「商品の販売価格を大幅に下げさせます!」
「―――確かに」
評議会委員の言葉にジョヴァンニはひとつひとつ肯定していく。
茶色い髪をオールバックに決めて口髭を綺麗に整えたジョヴァンニは目の前の評議会委員達の意見を全て肯定した後に―――
「だがその全ては最終的に黒神龍様の御子、九頭竜八雲様に繋がっていくと私は睨んでいる」
議長の言葉に議事堂内はシーンと静まりかえってしまう……
それは誰しもがジョヴァンニの言葉に疑いも反論もない証拠だった。
こうして、大乱のあとの戦後処理に対して、八雲は知らぬうちに巻き込まれていくのだった―――