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第57話 九尾の妖狐討伐戦(2)

―――巨大な『九尾の妖狐』と化した葵御前。


その前に立ち黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を握りしめる八雲―――


―――後退した場所からその存在感の大きな妖狐と八雲を、固唾を飲んで見守るエドワード王始めアルフォンス、レオン王、ラースにナディアそしてルドルフ、レベッカと皇国騎士団の兵士達。


ノワールは黙って腕を組んだまま八雲の背中を見つめている。


ジェミオスとヘミオスは新たな展開にジェーヴァの両手に左右から手を伸ばして、彼女に身を寄せてノワールと同じく八雲の背中を見つめている。


双子の手を握りジェーヴァもまた八雲の頼もしい背中を見つめながら、


「八雲様……どうぞご無事で……」


と八雲の無事を願うのだった―――






―――巨大な『九尾の妖狐』と対峙する八雲は、


(デカいな……それに生命力も回復しているみたいだし……さて、どうするか……)


およそ体長三十m、九尾の尻尾も含めると五十m近くの全長になるのではという巨体になった葵は、


【どうした?妾の真の姿に恐れをなしたか?だが、もう遅い……その小さき五体を喰い千切ってくれるわ!!!】


重低音の葵の声が八雲に空気を震わせる音の衝撃となって襲い掛かってくる。


「なんだ、お前―――巨大化したら有利になったとか思ってる?」


【―――は?】


「デカくなった的を外すヤツはいない。当たりやすくなってくれてありがと!

―――氷弾アイシクル・ブリット!!」


叫ぶ水属性魔術・中位の《氷弾》を発動して妖狐の真上に展開した多数の魔法陣から鋭く尖る氷の槍が雨のように降り注ぐ―――


【―――ここにきて魔術じゃとぉおお!!!】


―――《氷弾》は広範囲で降り注いでくるため妖狐の身体の彼方此方に突き刺さり、黄金の毛に包まれた巨大な身体のあちこちが鮮血で赤く染まっていく。


【ふ、ふざけるなよぉおお!―――人風情が!!!】


身体を再生しながらその牙が並ぶ巨大な顎を開いた瞬間、喉の奥に燃え盛る青白い炎の塊が見えて八雲は回避体勢を取る―――


―――大きく開いた顎から吹き出された火炎が八雲を狙って広範囲に広がっていく。


「おっと!―――巨大化した分は炎も巨大化しているな」


人の形を取っていた際に操っていた炎とは比べ物にならないほどの巨大な火炎が、プロミス山脈の麓から広がる平野の枯草に延焼し、焼き尽くしていく―――


―――吹き出した火炎の残滓が妖狐の長い口元からまだ吹き出している。


【逃げ足が速いのう……だが、妾の身に傷をつけた以上はこの世の果てまで追いかけてでも、嬲り殺してやるわ!】


「お前ストーカーかよ……」


【―――すとぉかぁ?何か知らぬが、妾の心に良き響きの言葉じゃなぁ~】


「あ、ソウデスカ……」


(まさか異世界で言葉の意味も知らず受け入れる変態がいようとは……)


説明が面倒だった八雲は心の中でそう考えていた……


【さて、戯言もここまでよ……大人しく逝くがよいわぁあ!!!】


そう叫ぶと大きく開いた口から青白い業炎を吹き出す九尾の妖狐―――


―――だが、八雲はひらりと業炎を回避して次の攻撃に移ろうとしたところで、


「ウオオッ?!―――」


回避した先に炎を纏った尻尾が待ちかまえており、さらに残りの八本も次々と青白い炎を纏って八雲を襲撃する―――


―――人サイズの頃と違い巨大な姿に変わり丸太のような太さに変わった尻尾が予想出来ない高速の連撃を繰り出すことで八雲は回避に集中している。


『思考加速』と『身体加速』を駆使してスローモーションのように見える世界で襲いくる尻尾を回避する―――


―――妖狐は伸ばした尻尾を器用に高速で振り回し、口からは業炎を吐きながら八雲を狙い続ける。


そんな攻防を繰り返していると―――


「―――何だ!?」


一瞬ガクンッ!と身体が停止したことに自分の左足首を確認すると、地面の下から白い触手が飛び出してその足首に巻き付いて八雲の動きを封じていた―――


そこには尻尾とは別にして何千という触手が尻尾と同じ辺りからウネウネと生えてきている。


【油断したのう~!さあ!これで終わりじゃあ―――!!!】


そう言って身体を固定された八雲に向かい、咆哮とともに吹き出す業炎、オールレンジから攻撃してくる九尾の尻尾と別に湧き出た白い触手が狙う。


それら全てが八雲に届く瞬間―――




「ああ、俺もこれを試したかった……

―――極凍アブソリュート・ゼロ!!!」




―――次の瞬間、妖狐もその周辺も、全てが凍てついた……


―――九尾の妖狐が吹き出した業炎も、


―――炎を纏った尻尾も、


―――白くうねっていた触手も、


―――そして大きく顎を開けた九尾の妖狐本体までも、


八雲の発動した魔術―――


水属性魔術・極位極凍アブソリュート・ゼロによって一瞬で凍結、分厚い氷に包まれ微動だにしない―――


―――水属性魔術の最高位である極位魔術の発動により、絶対零度(Absolute zero)となる絶対温度の下限、理想気体のエントロピーとエンタルピーが最低値になった状態、つまり 0ゼロKという状態を対象に発生させる。


その温度は、

―――セルシウス度で−273.15 ℃

―――ファーレンハイト度で−459.67 ℉である。


その絶対の温度の中で生命活動出来る生物はいない……


八雲の足に巻き付いていた触手も完全に凍りつき、それを夜叉の峰で叩き砕いて足を自由にする。


完全に氷結化した九尾の妖狐は、その赤い瞳から一切の光も感じられない。


己の魔術の出来栄えに八雲は九尾の妖狐を確認しながら威力の具合を検証していく。


「このサイズの魔物でも完全に凍結できるか……しかし炎まで凍結させるとか、どんな理屈だ?」


まるで時が止まったかのように口から吹き出す炎の周囲も氷に覆われていて、まるで氷の標本のようにそのまま炎が残っていることに、物理や化学の範疇を越えている魔術という時点で八雲は考えるのをやめた。


しかし、これでやっと『災禍』の件は片がついて、やれやれと思ってノワール達の避難した方向を向いた八雲の後ろから―――


「な!―――こいつ!!まだ生きて!?」


背中を向けた瞬間に凍った本体の腹の部分が裂けて、そこから帯のような布がその腹の中から何本も八雲に獲りつき物凄い力で裂けた腹の中へと吸い込んでいった―――






―――着物の帯によって妖狐の胎内に引き込まれた八雲の身体には既に帯の姿は消えていた。


そして今いる場所も生物の体内とは思えないほどに広く、ただ赤黒い空間だけが広がっている異様な場所に立っている八雲は『空間』を操作する術か何かだと推測する。


八雲自身も黒神龍の加護で『空間創造』という加護を持っている。


それと似たような感覚を覚えていて、だとすればこの空間を造った者がいるはずだと周囲を警戒していると、気がつけば白い光を放つ場所が遠くに見える。


その場にいても仕方がないので光の方に進んで行くと八雲の目の前には―――


―――金色の光に包まれた全裸の葵御前が眠る様にして空中に漂っていた。


「これは……本体なのか?」


眠っているように瞳を伏せた美しい裸体は生きているのか死んでいるのか分からない……だが、そんなとき八雲の耳に、というよりも頭に響いてくる女の声があった。


【そこにおられるのは……西の龍の御子様でいらっしゃいますね?】


「うわ?!―――まさか、お前が話してるのか?」


目の前の眠ったような金髪の美女に問い掛ける八雲。


【はい……改めまして妾は『白面金毛九尾狐はくめんこんもうきゅうびのきつね』その空狐くうこの位を地聖神様より賜りました、名を葵と申しまする】


「……空狐って確か稲荷神の狐の位だったけ?」




八雲のいた世界、つまり日本でいう稲荷神とは―――


稲を象徴する穀霊神であり農耕神のことである。


稲荷神社の祭神は穀物の神である『宇迦之御魂神うかのみたまのかみ』であり、稲荷信仰で狐は五穀豊穣、稲の豊作を知らせる『神の御使い』とされている。


ちなみに御利益としては五穀豊穣、産業振興、商売繁盛、家内安全、芸能上達等があるといわれる。


そしてそんな神の御使いである狐にも位があり、『空狐』とは―――


齢三千年を超え、神通力を操れる最強の大神狐の位のことをそう呼ぶのだがこの異世界で同じような意味があるかは不明だ。




【……流石、稲荷神という言葉をご存知とは御子様は博識でございますね。妾は齢三千年を超え、地聖神様より空狐の位を賜わりし狐にございます】


こんなところで八雲の世界と異世界の神話級の話しが繋がっている、という違和感を八雲は覚える。


加速した思考の中で八雲が立てた推論は繋がっているのではなく、八雲の世界に現れた『九尾の狐』はこの世界の九尾の狐が転移して現れたということ、つまりふたつの世界で共通点があるのではなく、この世界から来た特異点たる九尾の狐によって八雲の世界のアジア圏に伝説を残したのではないか?という突拍子も無い推論だ。


殺生石に変わったかどうかは別として日本、中国など大陸まで股にかけた数々の伝説も、この世界の九尾の狐なら生み出してもおかしくはない。


だが今この状況ではどうでもいい推論で本題はこれからだ。


「地聖神の御使いか……だがそれなら善狐のはずだ。何故こんな妖狐に化けた?何か理由があるのか?」


【はい。妾は遥か東の端、アンゴロ大陸の稲荷大社のひとつを任された空狐でございました―――】


葵の話しを要約すると、


―――アンゴロ大陸の豊穣神たる地聖神の御使い『葵御前』として五穀豊穣の神通力をもって、その地に豊作などを齎していた。


―――だがある日突然、強力な妖力を持った狐が自分に『呪術』をかけた。


―――その呪いこそ『災禍』を憑かせる『呪術』であり、巨大な妖力に呑まれた葵は身体と意識を乗っ取られた状態となる。


―――そしてアンゴロ大陸を飛び出して、流れ流れてこのフロンテ大陸西部オーヴェストまで来たというものだった。


【―――ですが妾の肉体と魂は未だこの『災禍』の呪いに獲り込まれて身動き出来ずにいるのです。ですから、どうか龍の御子様の御力で妾を解放して頂けませぬか?】


八雲は黙って最後まで話しを聴いていたが、


「結論を言おう―――断る」


と、綺麗サッパリ断った。


【何故でございますか?―――理由を!理由をお伺いしてもよろしいか?】


「まず、お前の話が本当だとしても俺にはそれを確かめる術がない」


【それは……】


「まあ最後まで聴いてくれ。それに助けるにしても、どうやって助ければいい?どうすれば助かる?」


【それは……妾の……身体を、だ、抱いて下さいませ】


「―――は?露出プレイに飽き足らず、そんな性癖まで晒すなんて気は確かか?」


【違います!!!……これは龍の御子様にしかお願い出来ぬことなのです。今、妾を獲り込んでいるこの『災禍』の呪いを解くためには、『災禍』以上の強さをもつ龍、そしてその神龍の御子様の精を受けることで妾の身は解放されまする。誰でも出来る御業ではございませぬ】


『災禍』以上の力を持つ八雲に抱かれることで『災禍』の呪いを断ち、自由になれるというのが葵の説明だったが八雲はそこである提案を持ちかける。


「話は分かった。だが、お前を助けて俺に何の得がある?解放して暴れないという保証も何もないだろう?」


【妾も三千年の時を生きてきた『空狐』です。御子様の身体から感じる御力、これは西の龍から頂いた加護、その中には寵愛を与えた女子おなごに御印をつけるものがあるはず。それで妾のことを支配下におくことが可能でしょう。無事救って下さったあかつきには、貴方様の僕となりまする】


折角助かるというのに助けた相手の下僕になるなど八雲からしてみれば、そんな人生真っ平御免だがこのまま獲り込まれたままで終わる葵の立場から考えれば、それはまた別の話だ。


「……分かった。だけどさっきのその条件、絶対に忘れるなよ」


【はい。『空狐』葵御前あおいごぜんの名に懸けまして】


そうして八雲は目の前の葵をそっと抱きしめるのだった―――


―――話がついて葵を抱きしめた後で、八雲はその美しい身体を改めて確かめた。


【妾は、まだ、最後まで致したことがございませぬ……その、ですのでどうか、優しく、してくださいませ……/////】


「大丈夫だ。痛かったりしたら、ちゃんと痛みも消してやるから安心して俺のモノになれ葵」






―――そして、


何も無い空間で身体を重ねるふたり―――


―――当初動けずにいた葵の身体も、熱く重なり合うことで少しずつ反応を取り戻していく。


時間が存在するのかさえも分からない空間でふたりは肌を重ね合う―――


―――女として熱い寵愛を受ける葵御前。


そうして動けなかった葵の下腹部にも『龍印』の加護による『龍紋』が浮き出していた―――


すると、同時にゆっくりと葵の両瞼が開かれていく……


「あ、ありがとう……ございます……主様ぬしさま……」


「意識が戻ったのか?―――って言うか主様って?」


突然の主様呼びに少し驚いた八雲だったが、


「妾をこうして『災禍』の呪いから解き放って下さって、それにこの身も捧げました……ですので、主様と……いけませんか?/////」


目覚め立ての赤い瞳でそう伝える葵の桜色の唇を黙って奪う八雲―――


「ん!ちゅっ―――ちゅ……ん……んちゅ……」


―――少し驚いた葵も、すぐに舌を絡めて八雲に抱き着いて放さない。


しばらくお互いの唇を楽しんだところで―――


「ん!ちゅ!―――それじゃあ、そろそろ外に出るぞ。葵」


「はい主様。ですが……妾のせいでこのような大乱が起き、表に出ても妾は捕らわれるのでは……」


妖狐となってこんな戦争を起こした件について葵は責任を感じ、今出ては捕まって良くても死刑となるのではないか不安に考えていたが、


「それについては俺に考えがあるから、俺の言う通りにしてくれ」


八雲はそう言って葵を全裸のまま、お姫様抱っこで持ち上げるのだった―――






―――その頃、動かなくなった氷漬けの九尾の妖狐に近づいて来たノワールとエドワード王達、それと正気に戻ったレオン王とその配下の獣人達だったが、


「兄ちゃん、大丈夫だよね?」


「兄さま、大丈夫ですよね?」


そう言って手をつなぐジェーヴァに問い掛けるも、ジェーヴァ自身も一抹の不安を抱えた表情をしている。


だが、そんな不穏な空気の中でひとりニヤリと笑みを浮かべているノワールは、


「待たせおって―――来るぞ!」


と声を上げると巨大な九尾の妖狐の背中から炎の柱が立ち上がり、妖狐の背中に空いた穴から―――


―――正確には『異空間』の穴から葵をお姫様抱っこした八雲が空中に飛び出してきた。


「―――兄ちゃん!」


「―――兄さま!」


「―――八雲様!!……って、ん、あれって……」


笑みを浮かべて喜ぶジェミオス・ヘミオス姉妹達だったが、ジェーヴァが八雲の抱えている存在があの葵御前だと気づく。


そして八雲は空中に《空中浮揚《レビテーション》》で浮遊して空中に止まると、そこから後に全員へ伝えられた八雲の話しに戦場が驚きを隠せず、そして葵の運命の転機となるのだった―――




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