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第56話 九尾の妖狐討伐戦(1)

―――ゆらゆらと九尾を揺らしながら構える八雲との間合いを詰める葵御前あおいごぜんだったが、当の八雲は黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹をスラリと抜いて妖狐に向かって構える。


まだお互いに間合いの外だったが、そこで葵の九尾がウネウネザワザワと動きを急に速めたかと思うと、間合いは関係ないというように尻尾が伸びて八雲に高速で襲い掛かる―――


上下左右と斜めから包み込むような八方向と中央直線で襲ってくる鞭のように伸びた九尾が、死角のない凶器となって八雲に襲い掛かる―――


―――だが、八雲は『思考加速』と『身体加速』で九尾の中でも微妙に到達速度が違う尻尾を順番に交わし、刃で受けて逸らす。


襲い来る尻尾が見た目とは裏腹に鋼鉄の様に固い毛と圧倒的な重さとなっており、八雲も少し舐め過ぎたかと正直驚かされた―――


―――そしてその尾にある逆立った毛がまるで針の様に鋭く硬く尖り、擦れただけでも八雲の身から肉を削ぎ落とす恐ろしい威力があることは何度も夜叉と羅刹で受け止めて認識していた。


「―――尻尾だけは思ったよりも立派だな狐」


「ふん!先ほどから上手く捌いていると思っているようじゃが、妾の力はこんなものではないぞ!」


そう言うと葵の尻尾が青白い炎を纏い、そこから猛攻撃を再開して炎の槍のように突きや横薙ぎに幾重も攻め込んでくる。


それらを夜叉と羅刹で受けるも高温の炎に八雲も手の甲や頬など、素肌の見えるところに火傷を受けるがそこは超回復の加護が発動してすぐに皮膚が再生する。


「まさか狐火まで出てくるか。だったらこっちも―――」


夜叉と羅刹に水属性の魔術で水を纏わせると、


「あははっ!!なんだ?それは!そんな水の魔術で妾の攻撃が防げるとでも?」


刃に纏った水属性魔術を笑い飛ばす葵だったが八雲の表情は変わらない。


「ふんっ!ならば―――消し炭になるがよいわ!!!」


業炎を纏った九尾を高速で繰り出す葵の攻撃が迫る中、八雲は夜叉を振るいその尻尾を―――切断した。


「……は?」


いともアッサリと切断された尻尾を見て、葵が間抜けな声を上げる。


「な、何故じゃ!?たかが水を纏わせた程度の刃に、妾の尾が切り落とされるなど!―――貴様!何をした!?」


困惑する妖狐に八雲は落ち着いた表情のまま、


「たかが水属性の基礎魔術さ。気にするな」


と、改めて夜叉と羅刹の二刀を上下に構え直す。


「おのれぇええ!!!―――どこまでも、ふざけおって!!!」


葵の怒りはますます募り、その間に斬り落とされた尻尾は再生を終了する。


「ん?『回復』じゃないよな?だとしたら……自前の『再生』か。だがそれはいつまでもつんだろうな?」


『災禍』の魔物である以上、葵に神の加護はあり得ない……だとすると尻尾を元に戻したのは自身の『再生能力』によるものだが、自前でする再生ならばいつか限りが来るというのが八雲の予想だった―――






―――そのふたりの戦闘を離れて見ているノワールにティーグル皇国の面々達。


「八雲の剣に纏った水の魔術、ありゃあ、どうなっているんだ?レベッカ」


「……分からない……見たところ、《水基礎《ウォーター・コントロール》》の魔術にしか見えないけど……」


魔術においては天災……いや天才と呼ばれるレベッカにも、ルドルフと同じく九尾の尻尾を斬り飛ばせた理由が分からない。


「ノワール様!兄ちゃんの刀はどうしてあの尻尾を斬れたんですか?」


そこでヘミオスがノワールに質問をすると、理由のわからない皆がノワールの言葉を待って視線を集めていた。


「ん?分からんのか?あれはな―――只の水属性基礎ウォーター・コントロールだけではなく無属性基礎カオス・コントロールの無属性魔術も同時に行使している。水に対して無属性の重圧で超圧力を掛けて刃の周囲で回転させるように纏わせているのだ。あれほどの超圧力を掛けられると水であろうが岩をも斬り裂く。タネを明かせば簡単な魔術だ」


―――八雲のいた世界でもダイヤモンドを加工するために水のブレードを使用する加工法がある。


その理屈を八雲は夜叉と羅刹の刃に再現して斬れ味を更に上昇させていたのだ。


「へぇええ♪ そんなこと出来るんですねぇ~♪ さすが兄ちゃん♡」


「流石です兄さま♡」


ジェミオスとヘミオスはノワールの説明から、益々お兄ちゃん子になったようで八雲のことを笑顔で見つめている。


一方でレベッカは、


「ム……お姉ちゃんの威厳が……」


と訳の分からない八雲への対抗心を剝き出すのだが実際のところ八雲のような現代日本の技術などから出る発想は、この世界にはないものなのでそんな八雲に興味もまた増していた。


「だが、狐もこのままでは終わらんだろうよ……」


そう言って戦闘を見つめるノワールは、まだあの『災禍』が何かを隠しているだろうと睨んでいた―――






―――そして八雲と葵御前の戦闘は、


襲い来る九尾の尻尾が八雲に切り落とされては再生し、そしてまた青白い高熱の炎を纏って襲い掛かり、八雲は斬り落とし、躱し、そして本体に詰め寄って攻撃を仕掛けるのを繰り返している。


流石に本体に近づこうと距離を詰めると襲い来る尻尾の数も増えて本体までは届かないといった状況になっており、葵は八雲には攻め手がもうないと考えていた。


そこで―――


自身の開けている着物の間から二本の扇を取り出してくると、その扇は二倍ほどに巨大化して片手ずつに広げてみせる。


「……いやそれ、どこに入ってたんだ?」


胸を開けた着物の間から零れ落ちそうな巨乳とは言え、そんな扇二本も挟んでるとかあり得ないだろうと、戦闘中にも関わらず八雲は思わずツッコミを入れていた。


「うふふふっ♪ 今からでも妾の下僕となると言うのならば、この妾の胸を好きにしても良いのだぞ?ん?どうだ?」


「え?マジかよ?だったらお前が俺に負けたら、それはもう俺のモノと言っても過言ではないのでは?」


まったく負ける気のない八雲は、力づくなら俺のモノ的な強欲ニズムがムラムラと沸き起こってくる。


「は?……あは、あはは!アハハハハッ!!!―――本当にお前は面白いのう!妾を下僕にだと?クックック……よかろうぞ……万が一にも妾が負けを認めるようなことがあれば、妾の身も心も汝に捧げると誓おう。尤も……そのようなことなど万が一、億が一にもありはしないだろうがなぁあ♡」


そう言って高笑いを扇で隠す葵御前を見て八雲はニヤリとしながら―――


「言質は取ったぞ……覚悟はいいか?狐の妖怪……ちょうどいい実験台だ……お前には俺の下僕になってもらう!」


そう言い放つや否や八雲の姿が五人になる―――


「なぁ!?こ、これは―――」


突然のことに葵御前は驚愕しているが、これは以前に八雲が敗北したイェンリンの『剣聖技』の見様見真似だ。


あの時イェンリンは十人に分身していたが、今の八雲はその半分の五人がやっとだった。


それでも五人が二刀をかまえて攻撃に転じることで八雲の刃は尻尾に護られた葵にも届く―――




―――分身の超加速からさらに『身体加速』をフル回転させて攻勢に撃って出る八雲。


九尾の尻尾と手にした扇、その鉄扇で対応する葵御前―――


―――ひとり目の八雲が襲い来る尻尾を二本、夜叉と羅刹で抑えると、


ふたり目の八雲が、さらに二本、そして三人目の八雲がさらに二本の尾を抑える―――


―――思わぬ攻勢に防戦一方となる葵だが、四人目の八雲もさらに二本の尻尾を刀で抑えて、


最後の五人目の八雲が葵の懐に超加速で飛び込むも、残り一本の尻尾と葵の鉄扇により阻まれる―――




「残念だったのう♪ あと一歩が届かぬ。確かに驚かされたが所詮はそれが人の子の限界というものよ!」


「ああ、そうだな……俺が五人だけ、だったらな―――」


「……何を戯けたことを―――ッ?!」


―――その瞬間五人目の八雲の後ろからすべてを躱して迫る六人目の八雲が現れ、その手の二刀は間違いなく葵御前の心臓がある胸元に突き刺さっていた。


「ガアッ?!アギャアアアア―――ッ!!!」


奇声のような悲鳴を上げる葵御前―――


「き、きさまぁあ!ゴホッ!ゴボッ!!―――ご、五人に見せておったのは、妾を騙すためか!!!」


二刀を心臓に突き刺され、真っ赤な鮮血を口から吐きながら葵は八雲を睨みつける。


「いつから五人だと勘違いしていた……残念六人でした。しかし狐が騙されるとか、御伽話にもならないな」


葵の心臓に刺さった夜叉と羅刹を握った手首を捻って傷口を広げるように抉ると、葵の左右の脇腹に向かって二刀を開くように斬りつける。


「ガアアアアア―――ッ!!!」


致命傷と言っていい傷を受け、奇声のような悲鳴を上げながら、葵はゆっくりと背中から地面へと向かって倒れていった……






その光景を見ていたエドワード王とアルフォンス王子、そしてラースやナディアといった皇国騎士団の兵士達は一瞬の静寂のあと『災禍』の最後を見届けて―――


「やった、やったぞ……オオオオ―――ッ!!!」


と歓喜の勝鬨があちこちから上がり前方の勝鬨は騎士団の後方へと波のように伝わって今や全体で勝鬨と御子を讃える声で大地は埋まっていった。


そんな声に、エレファン獣王国の国王レオン王は―――


「……此処は?一体……俺は何故、鎧など着て……こんなところにいるのか?」


―――と正気を取り戻していた。


「義父殿!!正気を取り戻されたのか!?」


「むっ?そなたはアルフォンス?……一体何が、どうしてお前が此処に……ってエドワード王!!!どうしてあなたも此処におられるのだ!?」


目の前にいる娘の婿たるアルフォンスにティーグル皇国の国王であるエドワードまでいることに、レオンはますます意識が混濁するのだった。


「すべてはあの『災禍』の女狐が招いたことだ、レオン王……しかし、そうだとしても多大な犠牲を生んでしまった……これからエレファンのみではなくリオンやエーグルも『戦災』の後始末に追われることになるであろう……」


「なに?……『災禍』……だと?」


まだ記憶の混濁するレオン王は周囲の戦争と呼ぶには余りにも悲惨で残酷な景色の広がる周囲に、息を呑むことしか出来ないでいた……


そんな王達の様子とは別にして―――八雲は『災禍』の倒れるその場から動こうとしていない。


そして―――


「エドワード!―――騎士団に命じて、この場から更に下がらせよ!!!」


ノワールがエドワードに向かってそう叫ぶと、アルフォンスが反応良くすぐに―――


「―――ラース!ナディア!黒神龍様の言う通り軍を下がらせよ!!!」


と、ふたりに命じる。


「黒神龍……様だと?」


意識が戻ったばかりのレオンはアルフォンスの言葉に思わずノワールを見つめていた。


「義父殿!!説明はあとだ!今は我らの指示に従って下がってくれ!!!」


「わ、分かった」


アルフォンスの迫力に圧されてレオンも馬を操り後退の流れに入る―――すると、


「―――来るぞ!!」


ノワールの言葉が周囲に聞こえた瞬間、


倒れていた『災禍』九尾の狐、葵御前の心臓を引き裂いた胸の傷から猛々しい勢いの青白い炎の柱が、天に向かって立ち上がっていった―――






―――八雲はその炎の出現と同時にバックステップで数m後退し状況を眺めている。


「……オノレ……オノレ、人ノ子風情ガ……コノ妾ノ身体ニ……傷ヲツケオッテェ!!!」


天に立ち上がった炎はその周囲へと大きさを広げ、すでに半径数十mにまでその範囲を広げていく。


広がる度に後ろへと下がる八雲だが、やがて―――


ゴオオオオ―――ッ!!!と勢いを増す業炎が渦巻く。


―――そうして辺りを焼き尽くさん勢いで広がった青白い炎の中から、全身を黄金の毛で覆われ、顔に白い毛で隈取のような模様が入った巨大な獣―――




―――『九尾の妖狐』が本性を現したのだった。




「……やっぱり奥の手があったか……けど、そうじゃないと飼うに値しない。それじゃあ―――第二ラウンドといこうか狐!!!」


両手の夜叉、羅刹を上下にかまえながら、八雲は巨大な妖狐にそう叫んでいた―――



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