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第55話 プロミス山脈の戦い(4)

―――広大な地平線が広がる大地の上空二千mに立つ八雲。


『身体強化』の効果によって超常的に上がった視力で眼下の状況を確認する―――


―――際限無く降り注ぐ『雷帝矢らいていし』によって抉られた大地と、


―――その焼け焦げて抉られた大地にぶち撒けられて散乱する人の身体の一部だった物と、


―――『雷帝矢』の爆心地から放電された落雷によって黒焦げになった死体の山と、


そして―――


―――その散々な状況の中で生き残った兵士達は天空に浮遊する八雲を、ある者は神々しい存在を崇めるように、またある者はこの世の終わり『終末』を告げる魔王のように恐怖の象徴として震えながら大地に両膝をついて祈るように見上げていた……


「……ちょっと……やり過ぎ?」


総数七万五千にまで達したリオン・エレファン・エーグル連合軍は今や完全に崩壊して三国残り合わせても、その数は一千にも満たない兵しか残っていない……


未だ彼方此方から煙の上がる大地を見ながら、八雲はジェーヴァ達のいるところへと降下していく。


「―――あ、兄ちゃんが降りてきたよ♪」


八雲が降りてくるのを見てヘミオスが手を振りながら声を上げると、ルドルフとレベッカは緊張感に身体が支配された。


「お、降りて来ていきなり殺されるとか、ないよな?」


「……ルドルフの顔が気に入らなければ……これでお別れかも」


「―――お前ホント俺のこと亡き者にしたがるよね!!!」


そんな会話を飛ばすふたりにジェーヴァが近づいてきて、


「大丈夫ッスよ!八雲様はとってもお優しい方なんで問題ないッス♪」


そう綺麗な笑顔で告げてくるが、ルドルフとレベッカは目の前に広がる焼け野原と死体の山を見て微塵もそうは思えなかった……


やがて八雲がストン!と大地に降り立ってくると、ゆっくりとルドルフ達に近づいてくる。


「やあ、また会ったな。て言っても冒険者ギルドのこと覚えているか?」


「―――あ、ああ、忘れるわけねぇだろ、あんな体験したのは初めてだしよ……」


「……」


ルドルフもレベッカも緊張で身体が硬直しかけていて、普段軽口を叩くルドルフも今は上手く話せないでいる。


「改めて九頭竜八雲だ。これからよろしく」


少し笑みを浮かべての八雲の挨拶にルドルフとレベッカの緊張も少し和らいだところで、


「ルドルフ=ケーニッヒだ。よろしくな、御子様」


「八雲でいいよ。俺もルドルフって呼ぶから」


「いいのか?それじゃあ、よろしくな八雲」


「……レベッカ=ノイバウアー……よろしく」


「こちらこそよろしくレベッカ」


「……うん……八雲……」


ふたりと挨拶も交わしたところで後方から蹄の音を響かせて、土煙を上げる軍団が八雲達に接近してくる。


「お~い!八雲ぉ~♪」


その先頭には黒戦車チャリオットに乗り黒麒麟を駆けさせるノワールの姿が見えて、その後ろには撤退したはずのラースとナディア、それと暗殺者集団から救出したエドワード王にアルフォンス王子が馬に跨り追従して更にその後ろには第一皇国騎士団と第三皇国騎士団の兵士達も追いかけて来ていた―――






「―――これは……」


目の前に広がる惨状にエドワードとアルフォンスは暗殺者達の末路で散々に八雲の強さを目にしたつもりでいたが、まだその上があったのかと放心状態になる。


だがそれはラースとナディアもまた同じであり、この世の終わりのような光景にナディアは気分が悪くなって今にもリバースを起こしそうだったが察したレベッカが声を掛けて宥めていた。


「おお、我が愛しの龍の牙ドラゴン・ファング達!戦に出てみてどうだ?怖くなかったか?んん?」


そんな芝居掛かった風にジェーヴァとジェミオス・ヘミオス姉妹に語りかけるノワールを見て、


(―――いや怖いのはあんたの部下の方!!!)


と心の中で盛大に突っ込むルドルフとレベッカだが勿論そんなこと死んでも口にはしない。


「ノワール様!ノワール様!僕はジェミオスよりも敵兵を倒しましたよ♪」


「あ、嘘言わないでヘミオス!ノワール様!私の方が多かったですよ!」


「おお、そうかそうか♪ ふたりとも頑張ったなあ~♪」


頬を膨らませてぷんぷん言い争いに発展していたジェミオスとヘミオスの頭を、ワシワシと撫でながら褒めるノワールにふたりは猫のように目を細めて喜んでいる。


「いやほんと恐ろしいくらいに強かったからなぁ……あのふたり」


ルドルフは内心、斬り倒した兵士の数が尋常ではないふたりに恐怖すら感じていると、


「……強可愛い/////」


「えっ!?」


猫の様に撫でられるふたりを眺めながら訳の分からない造語を呟き、恍惚とした顔でそう言い放つレベッカにもルドルフは恐怖を覚えた……


「御子様!この度はご助力を頂きまして、心より感謝を!」


八雲の前に膝を着いてそう言い放ったラースと追従して膝を着いたナディアだったが八雲は少し困り顔の笑顔で、


「そんなに気にしなくていいから!えっと、それより、これからのことだけど―――」


―――敵軍の兵達は、もはや戦意喪失状態でこちらの指示に従って捕虜になっていく。


―――生き残った者は八雲の指示で怪我の有無、重症度で振り分けられ、騎士団直属の回復術師達にある程度の回復を施されていく。


だが、そこに連合軍の後方に控えていた御輿と、エレファン獣王国国王レオン=天獅・ライオネルが静かに接近してくるのが見えて、全員に緊張が走った。


中が見えないはずの御輿から何やら得体の知れない気配を感じた八雲は、同じく警戒心を上げるノワール達とアイコンタクトを取る。


そこにエドワード王が一歩前に出た―――


「レオン王!!!―――もはや雌雄は決した!!大人しく投降せよ!!!」


御輿の横で馬上にいるレオン王に対して投降を促すエドワードだったが虚ろな瞳をした巨体はまるで動じない。


「返事をせよ!レオン王!!!」


再度大声を上げて問い掛けるエドワードの言葉を無視するかのようにしてレオン王とその横で静かに佇む御輿が、ゆっくりとした動きで前進してくる。


その前進にラース、ルドルフ、レベッカ、ナディアも警戒心を上げるが周囲の兵士は動かずに黄金の鎧を身に纏ったレオン王と御輿を担ぐ従者だけが前進してくる異様な風景となっていた……


「親父殿……」


「油断するでないぞ。アルフォンス」


アルフォンスは、かつて妻との結婚式で見た義父の陽気で豪快な姿とはかけ離れた今の姿に、困惑して歯を喰いしばることしか出来ない。


やがてエドワード達に数十mといったところまで近づいてきた御輿が止まり、その隣のレオン王がゆっくりと口を開いて―――


「久しいな……エドワード王、アルフォンス王子……よもや、こんなところで相見えることになるとはな……こちらの御輿に乗っている方は……我らエレファンの導き手……葵御前あおいごぜんなり……」


レオン王が告げるや否や、御輿にお付きの従者が正面についた階段の下に20mほどある赤毛の絨毯を広げて伸ばしていく。


そして御輿の扉がゆっくりと開かれると、そこには―――


「妾の出迎え、苦労」


そう言い放つ長い金髪に狐の耳があり、透き通るような白い肌に真っ赤な血の様な瞳、紫の開けた和服様の着物と狐の尻尾が一本腰から垂れている絶世の美女が歩み出てきた。


「妾が葵じゃ。それにしても……何とも此処はまさに地獄よなぁ~♪ そうは思わぬか西の龍よ?」


赤い瞳を細めながらノワールに視線を送る葵だったがノワールは腕を組みながらニヤリと笑って、


「あん?もしかして今、我に話し掛けていたのか?さすがの我も獣の言葉は分からんなぁ!アハハハ―――ッ!!」


と高笑いで返すところに、


「ノワールさん、マジ最高ッス」


と八雲は感動していたが言われた当の本人である『災禍』の妖狐―――葵御前は顔面が別人のように青筋を立て捲り魔力なのか妖気なのか最早判断出来ないオーラが全身から噴き出している。


「見てみろ八雲♪ 狐が化けるみたいだぞ♪」


「煽り方が気持ちいいなホント。それにしてもあれが『災禍』ってヤツか……なんだ?大したことないな」


八雲の一言にノワール達以外の普通の人間達は、えっ!?と叫んで八雲に視線を集中させる。


「……おお、そこにおるのはこの地獄を生んだ張本人の龍の御子か……随分なものの言い方よな。所詮は人の子か……だが、そんなところも愛い奴よ。今からお主は―――妾のものじゃ!」


言うが早いか葵御前の瞳から妖しい光が放たれる―――


「―――人族はあの目を見るなよ!意識を乗っ取られるぞ!!」


魅了チャームの発動を感じたノワールがエドワード達に叫び、彼らもそれに従って目を腕で覆い隠して防ぐ。


だが―――


八雲は微動だにせず、その光を見つめて止まっている。


「ふふふ、あはははっ!!!ああ、手に入れた♡ この世を地獄に変えるため妾が手にすべき男♪……さあ、妾の元に来やれ」


八雲はゆっくりとその場から歩みを進めて葵御前の元へ近づいていく……


「―――御子殿!!!」


エドワード達は八雲の異様な様子で《魅了》に掛かったことを知って驚き、名を叫んで止めようとするも、


「もう遅い♡ さあ、妾の新たな下僕よ♡ 忠誠の証しに妾に接吻を♪」


目の前に来た八雲に口づけを要求する葵に八雲は―――


「ん?―――な、なにを!?」


―――葵の開けた着物の襟元を左手で掴んだところで盛大にパアシイ―――ンッ!!!と高い音が響き渡る。


戦場に響き渡ったのは八雲の右手で思い切り叩かれた葵の左頬の音だった―――


「な……お前!?―――妾の《魅了》が、効いていないのか!?」


驚愕の表情を見せる葵は八雲を《魅了》に獲り込もうと、さらに瞳を赤く光らせるも、


「ああ、効いてきたよ―――」


と今度は握り込んだ拳を―――


葵の左頬に思い切り撃ち込み、めり込んだ拳の勢いで葵は絨毯の上から吹き飛ばされて戦場の土の上をゴム鞠のように弾んで土煙を上げながら転がっていく。


八雲はそのステータスに『精神耐性』=『あらゆる精神攻撃に対する耐性』を会得している。


従って並みの人間なら容易く操れる《魅了》であろうとまったく効かないのだ。


「クックックッ!―――なんだあれは!まさしく勘違い女ではないか!ククッ!あっははは!!!」


その様子を見ていたノワールは葵の滑稽な姿に笑いが止まらない。


だが周りのものは『災禍』の受けたあれほどの惨状に笑う気力も出てこず、


「うわぁ……」


と痛いモノを見る視線だけを向けていた。


「あの狐の姉ちゃん、キメ顔で何か言ってたくせに兄ちゃんに張り倒されててカッコ悪い!」


「めっ!……見ちゃいけません……」


無邪気な感想を漏らしたヘミオスに隣のレベッカがその目を覆って見るなとの仕草をしていると……


「……き、き、きさま、貴様はあああ!!!―――女の顔を殴りつけるとは!!!許さん……許さんぞおおお!!!」


もはや美しさなど何処へ行ったのか醜く歪みきった顔を上げて立ち上がる葵御前。


「―――俺は男であろうと女であろうと、容赦なく拳も蹴りも入れられる男だ」


と葵を指差して言い切る八雲に、


「あいつ絶対友達いないヤツだぞ……」


「……可哀想……私達が仲良くしてあげよう……」


後ろでヒソヒソと話すルドルフとレベッカが相談しているのが八雲にも聞こえてきて内心ちょっと図星を突かれて凹んだ。


「ふざけおってぇええ!!!もはや、貴様など要らぬわ!!!―――妾に手を上げた報い……しかと受け止めよぉおお!!!」


そう叫んだ葵御前の背中から更に多くの尻尾が生えだし、そこには九本の金色の尻尾がゆらゆらと揺れながら現れていた。


「まさか本当に九尾の狐とはな……」


八雲は呆れるように吐き出した言葉と同時に『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を取り出し、腰に差すとジッと九尾の狐を見据えて―――


「とっとと片付けて帰りたいから、早く終わらせるぞ」


―――目の前の災害級の魔物『災禍』を、まるで路傍の石のように軽く言い放った。


妖気を放ち怒れる九尾の狐との戦闘準備に入る八雲だった―――



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