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第54話 プロミス山脈の戦い(3)

―――ラース率いる第一皇国騎士団とナディア率いる第三皇国騎士団はリオン軍を中央突破で分断したその足で南方に転進した。


「―――ラース殿!このままアードラーまで撤退するのですか?」


馬上で追従するラースにナディアが問い掛ける―――


「ああ!これ以上戦っても無闇に兵士を死なせるだけだ!今は撤退してアードラーにいる第四、第五騎士団と合流して立て直す!」


ラースの言葉に頷くナディアだったが、


「それじゃあ、ケツは俺が持ってやるよ!」


と反対側の馬上にいたルドルフがニヤリと笑いながらラースに告げた。


「ルドルフ!お前、殿しんがりはきっと地獄になるぞ!分かってるのか?」


「俺を誰だと思ってるんだ?ラース!『炎槍のルドルフ』だぞ?軍隊の二万や三万、ドンと来いだろうが」


普段実直で手堅い仕事振りで定評のあるルドルフの、そんな自己誇張する似合わない言葉の裏に友であるラースを思って告げたことだということは言われた本人が一番分かっていた。


「そこに『天災のレベッカ』も加われば……きっと城からの褒賞も倍々の法則……」


さらに並走するレベッカまで殿を務めると申し出てきたことに友を危険に晒す心苦しさが沸き起こるラースだったが、今は多くの兵達の命を預かる立場になったその身を疎ましく思わずにはいられない。


「……ふたりとも、すまん。だが!決して無理はするなよ!生きて必ずまた会うぞ!」


「―――勝手に死ぬような雰囲気出すなよ!後で奢れよ!!」


「……それが、ルドルフの最後の言葉だった……」


「おいレベッカ!縁起でもないこと言うんじゃねぇ!じゃあな!ラース!!」


「……また、あとで……」


そう言ってルドルフとレベッカは騎士団の先頭グループから離脱すると馬の手綱を引いて最後尾の殿へと向かっていった。


「……いいご友人をお持ちですね」


笑顔でそう言ったナディアだが、その笑顔は死地に向かうふたりを想い哀しそうな雰囲気を漂わせている。


「ああ見えて英雄クラスのふたりだ。殺しても死なないさ!無事に全部終わったら、あいつ等と一緒にナディア殿も酒を飲みに行こう!」


「え?あ……はい、是非とも、お願いします/////」


少し頬を紅潮させたナディアには気づかず再び前を向いて馬を駆けさせるラース。


今は一路アードラーへ向かって直走るだけだった―――






―――皇国騎士団の最後尾は幸いにもまだリオン軍とエレファン軍も追いついてはいなかった。


しかし距離は離れているものの遠くに舞い上がる土煙は間違いなく大軍がこちらに向かって来ている証拠である。


「おうおう、ありゃあ結構な数だなぁ」


最後尾まで下りてきたルドルフは舞い上がる土煙を見て思わずそんな言葉を漏らす。


「……怖気づいたの?」


相変わらずのゆっくりした口調で問い掛けるレベッカにルドルフは笑って―――


「馬鹿言うな!こんな戦場なかなかお目に掛かれないぞ!これでまた俺の名前が売れるのかと思うとワクワクするぜ!」


「うん……激しく同意」


そんな掛け合いをするふたりの耳に―――もうひとりの声が聞こえる。


「御二人ともヤル気満々ッスね♪」


その声にルドルフとレベッカはギョッとして振り返ると、そこには金の刺繍が鏤められた黒いコートに身を包み、セミロングの水色の髪をポニテ―ルにして緑色の瞳をした美女が立っていた。


曲がりなりにも英雄クラスのふたりがここまで接近を許しても気づかなかった―――


その事実に血の気が引いたが、そこで崩れるわけにはいかない。


「驚いたぜ……こんな戦場に何の用だいお嬢さん?というか、どちら様?」


「……」


警戒しつつ女に問い掛けるルドルフに―――


「初めましてッス!―――自分の名前はジェーヴァッス!黒神龍ノワール様の龍の牙ドラゴン・ファング序列09位の龍牙騎士ドラゴン・ファング・ナイトッス……この度、黒神龍様の御子である九頭竜八雲様がこの戦争への参戦の意を示されました……よって、その臣たる我らもこれより参戦させて頂きます……と、いうことで!ここからは戦友ってことッス!どうぞよろしくッス!」


「……は、はあ……」


「……どうも……」


途中神妙な面持ちで話しながら最後は笑顔で告げたジェーヴァをルドルフもレベッカもポカーンと呆気に取られながら眺めていた―――






―――皇国騎士団を追って進軍していたリオン軍、エレファン軍そして遅れて到着したエーグル軍は現在思わぬ場所で足止めを喰らっている。


その理由は―――


「そお~れ♪ まだまだ―――いくッスよぉお!!!」


―――そう叫んだジェーヴァはジャンプした空中から地上に舞い降りると同時に両手に装備した黒籠手=黒鉄の右拳を地面に撃ち込むと、まるで水面のように波打った大地が土津波となって向かい来る敵軍へと襲い掛かった。


土津波に飲まれて地中に埋められた兵士は一見で数え上げて数百名は軽く呑み込まれている。


突然の出現から驚愕する戦闘能力を見せるジェーヴァに、ルドルフとレベッカも戦闘中にも関わらず冷や汗を流す。


「すげぇな、あの姉ちゃん……」


「身体能力が……化け物……」


表情の強張るふたりに、


「ああ~!ジェーヴァに言ってやろう♪ ふたりがメスゴリラって言ってたって!」


「誰もそこまで言ってねぇ!!……て、誰?」


「……まさか、あなた達も……」


ルドルフとレベッカの前に現れた新たな声の主は―――


「初めまして♪ おっちゃんにお姉さん!ノワール様の龍の牙ドラゴン・ファング序列11位のヘミオスだよ♪ よろしくね!」


「誰がおっちゃんだ!!俺はまだ25歳だぞ!!!」


「あわわ?!ヘミオスがゴ、ゴメンナサイ!え、えっとジェミオスです。ノワール様の龍の牙ドラゴン・ファング序列11位です。この度、兄さ……八雲様の命により、助太刀に参りました!」


見た目まだまだ年下の子供に見えるふたり―――


―――金髪のショートカットをした美少女のジェミオス。


銀髪をサイドに纏めた美少女のヘミオス―――


―――自己紹介の内容に加えて、着ている豪華な金の刺繍が入った黒いコートを見ると楽しそうに敵兵をぶっ飛ばしているジェーヴァの仲間だということは一目瞭然ではあるが……


「もしかしてお前等も、やっぱあの姉ちゃんみたいに強いとか?」


「えっと、ジェーヴァは一応私達よりも序列は上なので、ジェーヴァの方がちょっと強いですよ?」


「あ、でも似たようなもんなのね……」


ルドルフはもう自分の常識の尺度で、この戦場を推し量ることはやめた。


レベッカはと言えば……


「……ふたりとも……可愛い/////」


まるでお人形のようなジェミオス・ヘミオス姉妹の頭をそっと撫で撫でして喜んでいて、撫でられているふたりも撫でられてニコニコ喜んでいた。


ここが戦場でなければ癒しの空間に見えるのだが、今は周囲で人が吹き飛ばされている……


「おい!和んでねぇで働け!どこだと思ってんだよ!!」


たまらずルドルフがツッコミを入れるも、レベッカは自分の癒しの邪魔をされて大層お冠になったようで―――


「……炎爆エクスプロージョン


ノーモーションからの火属性魔術・上位の《炎爆》発動により、目の前に巨大な火球が現れて敵軍を次々と飲み込み、骨も残さず燃やし尽くしていくと更に地面を這うようにして突き進み、やがて敵軍の中央辺りで大爆発を引き起こした。


飛び散る炎はマグマ流となり、人から馬から構わず燃え移る。


そして大地まで赤黒い火の海へと変える―――


「危ねぇえ―――!!こっちまで焼けちまうだろう?!」


「ちゃんと……飛ばす方向は確認していたわ」


無表情でそう答えるレベッカに傍で見ていたヘミオスは、


「ねえちゃんスゲー!カッコイイ!!」


と言って、キャッキャとはしゃいでいると無表情だったレベッカが、またヘミオスを撫で撫でし始めた。


「……もう好きにしてくれ」


諦めたルドルフは混乱している敵軍の中に突っ込み、次々と槍で斬り倒していく。


「えっと、それじゃ私達も働きますね!いくよヘミオス!」


「えへへ♪ あ―――っ!待ってよ!ジェミオス!」


そうして敵に向かって行きがてら黒直双剣=日輪を両手に抜くジェミオスと、黒曲双剣=三日月を抜くヘミオス。


そこからは―――


戦場に黒い残像が走り抜けては双剣で斬られた敵兵が次々と地を噴き出して倒れていく。


ノワール・シリーズの刃は大盾だろうと鎧だろうと兜だろうと、有って無きが如しといった具合に鋭い斬れ味を証明していく。


双子ならではのコンビネーションでお互いの背中を護りながら、全方位に向けて刃を振るい高速移動しているふたりを見てルドルフは、もう好きにしてくれ……と呆れ過ぎて最早なにも感じなくなった。


―――黒鉄で敵軍を吹き飛ばすジェーヴァ。


―――日輪を持って『身体加速』で黒い疾風と化したジェミオス。


―――三日月を持ってジェミオスと同じく『身体加速』でジェミオスと背中合わせに敵軍を斬り捨てるヘミオス。


そんな三人にルドルフも炎を纏った槍を振るい、レベッカも魔術を連発で繰り出す―――


そんなリオン・エレファン・エーグル連合軍は前線で地獄絵図を引き起こしていた……






―――エレファン軍後方


御前と呼ばれる『災禍』の乗り込んだ御輿の中では……


「あ、あ、御前さまぁ……も、もう……」


「なんじゃ?もう果てそうなのか?駄目だぞ、まだまだ我慢するのじゃ♡」


絨毯の上に座る妖狐の女は自分に背中を向けて座る少年に後ろから覆い被さり撫で回していく。


「そ、そんなぁ……もう、ほんとうに……うっ」


虚ろな瞳の少年は女の巧みな手の動きに我慢など出来ようはずもなく、開いた口から涎を垂らしながらその刺激でビクビクと身体を震わせている。


「ほうら♡ どうじゃ?気持ちいいか?んんっ?」


《魅了《チャーム》》の術で従順に従う少年をニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら―――


「―――ああ!ダメ!!ごぜんさまぁ!も、もう!!!」


「ああ♡ 駄目だと言ったであろう。これはまた……お仕置きじゃなあ♡」


肩で息をする目の前の少年に、また手を伸ばしていった瞬間―――


「―――ッ?!」


『災禍』の妖狐は遠くに突如現れ出でた、いくつもの強烈な存在感を放つ者達に気づく。


少年を弄んでニヤついていた顔が殺気の籠った冷徹な表情へと変わっていく……


「この気配は……そうか……龍の下僕じゃな……思ったより早く動き出したが、ふっふっふ……それでもまだ妾の想った通りに事は運んでおる。このままアードラーまで一気に―――ッ!?」


―――その瞬間、ドオオオオオ―――ッ!!!と響き渡る轟音に笑顔が消える。


軍の前方から今まで聞いたこともないほどの轟音と衝撃が『災禍』の御輿にまで響き轟いていた―――






―――巨大な衝撃音の少し前に皇国騎士団の最後尾ではルドルフ、レベッカ、それとジェーヴァ、ジェミオス、ヘミオスがそれぞれ迫り来る敵連合軍の兵士達を次々に吹き飛ばして斬り倒し、燃やし尽くしていくがまだまだ数は減らない。


「こりゃキリがねぇな……オラアアッ!!!」


「魔力にも……限りがあるんだけど……」


まだまだ余裕はあるルドルフとレベッカのふたりだが敵は元々が兵数七万五千という大軍だ。


普通に考えればこの五人で抑えるのは当然無茶な話で押し返すことなど出来はしない。


だが、そんな心配をしているふたりを余所にジェーヴァが声を上げた―――


「ああ!―――もう大丈夫ッスよ♪」


何かに気づいたようにして笑顔をルドルフ達に向けている。


「―――何が大丈夫なんだ!?むしろ目の前の厳しい現実しか俺には見えねぇぞ?」


そう言ったルドルフに対して、


―――ジェーヴァは空を指差す。


その指差された先に見えるものは―――






―――戦場の上空、


およそ二千m……何もない空のはずだったそこには、まるで床に立つかのようにしている―――




―――九頭竜八雲が立っていた。




《空中浮揚《レビテーション》》で空に上がり、蒼天に吹く冷たい風が頬を撫でる。


遥か彼方まで続くフロンテ大陸の地平線を見て八雲は、


「―――この世界も惑星なんだ……」


と今の状況とはかけ離れた感慨に耽る。


「そう言えば……実戦でお前を使うのは何気に初めてだったな」


呟きながら『収納』から取り出したのは―――黒弓=暗影あんえいだ。


『創造』したはいいものの弓を得意とする者がいなかったので今まで八雲がそのまま保管していたのだが、そうして取り出した暗影を八雲は同じく『収納』から取り出した黒い矢を番えて弦を引き絞った。


九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう八雲式やくもしき弓術―――」


構えと同時に黒い矢に魔術を付与すると黒い矢の周囲に小さな紫電が走り出す。


「―――『雷帝矢らいていし』!!」


放たれた紫電を帯びた矢が放たれると迸る紫電が大きくなり、一直線に地上のリオン軍の集中する大地に突き刺さると同時に―――


……ドゴオオオオ―――ッ!!!―――と地上で紫電の爆発が発生する。


大地に突き刺さった瞬間、軽くその周囲数百mが真っ白な光に覆われるや否や、その中心から衝撃と轟音を伴って紫電が四方へとさらに数百m地走り、巨大な消滅の奔流に呑まれていった者や大地を走る紫電に感電して黒焦げになった者とこの世の終わりのような光景がそこには広がっていた……


爆心地を見て八雲は―――


「まあ、本物の雷帝インドラの矢だったらこれくらいじゃすまないだろうけど」


―――と呟くが八雲の言ったインドラとはバラモン教、ヒンドゥー教の雷神のことであり、そしてインドラの矢とはマハーバーラタ等の神話的叙事詩に伝わる英雄達の超兵器のことを意味する。


ノワールが持つ黒大太刀=因陀羅いんだらの由来となった神がインドラであり天帝、帝釈天とも呼ばれている神の王の名だ。


八雲の『雷帝矢』は次々と大地に放たれるとおびただしい数の死が拡大していき、地上を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えていくのだった―――






―――八雲の神々しい矢が降り注ぐ地上では……


「……俺達は今、何を見せられているんだ?なあ……レベッカ」


「……あれと、同じ英雄クラスと思われたら……もうやっていけないわ……」


超高度の上空からの無差別雷撃投下により、大地の形すら変わるのではないかという衝撃と爆音、そして雷の感電付きという攻撃は集団で密集する大軍に対して凄まじい殺傷能力だった。


「―――兄ちゃんスッゴーイ!!雷落としてる!!!」


「―――兄さま凄いです♪ さすがです♪」


「―――えげつない攻撃ッスねぇ♪ 爆心地の周りまで雷撃で感電死させるなんて♪」


八雲の攻撃を眺めながら隣ではしゃいでいるような感覚が違う龍の牙ドラゴン・ファング達には呆れることも馬鹿馬鹿しくなってくるルドルフとレベッカだった……






―――そして、


御輿の中で前方に広がる地獄絵図を見つめる『災禍』は……


「ああ……ああああっ……見事じゃ!ああ……なんと見事な地獄絵図か♡ あああ!あの者こそ妾の求めるモノ!!!……欲しい……あの男、妾のモノにしたいのう♡」


恍惚とした表情で遥か上空の八雲をただ一点に見つめて、息を荒げながら紅潮していくのだった……



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