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第53話 プロミス山脈の戦い(2)

―――黒装束の刺客がエドワードに振り下ろした凶刃。


しかし漆黒に輝く鏡面の刃をした美しい刀で、薄汚い刺客の刃は横から受け止められていた―――




「ああ―――そなたは……」




エドワードの目の前には―――九頭竜八雲が立っていた。


ギャリッ!―――と金属の擦れる甲高い音を立てて刺客の刃を跳ねのけた八雲は、その流れが自然であるかのように瞬時で横一文字に刺客を両断し、鞘に夜叉を戻してからエドワードの元に膝をついて怪我の具合を確認する。


脇腹の傷を見て八雲は『回復』の加護を発動し、エドワードの傷を癒していく。


エドワードから傷の痛みが薄らいでいくと、地面に横たわる若い騎士の亡骸を見つめる……


「儂が生き残って、若い者が命を失った……」


八雲も若い騎士の亡骸を見つめながら『回復』を終えて立ち上がると座り込んだエドワードを見下ろして、


「彼が貴方を護ったのなら、貴方が生き残ることで彼の死は無駄にはならない」


「―――ッ!!」


八雲のその言葉に、エドワードの中で渦巻いていた何かが落ちたような感覚を覚えた……


「さてと……それじゃ後は、返り討ちだけだな」


そう言って八雲は腰のベルトに差し込んだ黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹をスラリと抜き放って刺客達に視線を向ける。


刺客達は突然この場に現れ、異様な強さを見せて仲間を斬り捨てた若者に対して身動きが取れずにいたが、その若者の言葉に自分達へ向かってくることを理解して剣を強く握り直していく。


「ノワール、エドワード王を頼む」


黒戦車チャリオットから降りてきたノワールは、『収納』から出した黒大太刀=因陀羅を肩に担ぎながらエドワードの元までやってくる。


「我も因陀羅の斬れ味を楽しみたいのだがな……」


「そっちに向かってくるヤツがいたら―――お好きにどうぞ!」


と言い放つと八雲は『身体加速』によって刺客の群れに飛び込んでいった―――


「―――ッ?!」


―――その場にいた誰もが八雲の加速した動きに目がついていかない。


気がついたときには五人が斬り裂かれていた―――


―――そして八雲は敵を見渡す。


「まだまだいるな……」


そこで八雲はイェンリンに言われたことを思い出す―――




『ひとつ指南しておこう。お前はあのとき、自分の学んだ剣術などを繰り出してきたが、それは人の域でつくられた剣。それでは人の枠を越えられんのだ。これからはお前のためのお前の剣をつくれ。お前がこれから強くなるために』




―――これから強くなるために。


「俺のための俺の剣……」


ならばこの異世界で自分だけの九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅうを生み出すのだと、そう決意した八雲は改めて刺客達に向き合う。


羅刹を鞘に戻して夜叉だけを握り、祖父から伝承して身に着けた九頭竜昂明流の奥義書を頭の中で広げる―――


―――だが刺客達はそんな八雲の隙だらけに見える状況を見逃すはずもなく十人が一気に襲い掛かった。


九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう八雲式やくもしき剣術―――」


八雲はイェンリンが見せたように付与魔術で夜叉に炎を纏わせると、


「―――『走狗そうくほむら』」


そう言い放つや否や『身体加速』で夜叉を肩口に構えたまま弾丸のように突撃すると、炎が広がりその身に炎を纏った八雲の姿は野を駆ける炎の獣と化して刺客達を次々と炎に獲り込んだかと思うと、刀傷を負って炎に包まれた骸だけが走り抜けたところに転がっていく―――


高速で大地を駆け回る炎の獣を眺めながらエドワードを護るノワールは、


「ほう―――イェンリンに言われたことを実戦しているのか」


八雲のいた世界には魔法・魔術の類いもスキルの類いもない世界だった。


だがそんな世界で生まれた剣では、この魔術が使える異世界では只の剣術の域を超えることは出来ない。


超人的なステータスに魔術という新たな法則とスキルという超能力が備わった八雲にとっては、そのままの昂明流では技が逆に能力の足枷となってしまうのだ。


ならば、この世界に合わせて新たな形に作り変えればいいだけのこと―――


その新たな境地の一歩を踏み出し、炎の獣と化した八雲は次々に黒装束の刺客達を燃え上がる炎に飲み込んでいく。


「―――化け物だぁああ?!」


「―――あんなもの相手に出来るか!!」


今まで声を出すことのなかった刺客達から次々と断末魔の悲鳴が上がり出したのは、もう五十人も残っていないところまで炎の獣に食い荒らされた後だった。


端で見ているアルフォンスとエドワードは呆気に取られながら八雲が化身した炎の獣を見つめている―――


「親父殿……」


「何も言うな、アルフォンス……」


言いたいことは分かると言うようにアルフォンスの言葉を止めたエドワードだったが、八雲の強さを始めてその目にして改めて御子の力というものに驚愕せずにはいられなかった。


―――やがて最後に刺客がふたりだけ残ったとき、その身の炎を掻き消して八雲の姿が現れると怯えて震えるふたりに向かって少し腰を屈め、一息にそのふたりの両脚を斬り飛ばした。


「ギャアアアアアア―――ッ!!脚がああ!!」


「オアアアアアア―――ッ!痛えええ!!ぐおおおお!!!」


一瞬で両脚を失くして地面に転がりながら鮮血を噴き出す両膝を見てショック死寸前の刺客達に、八雲は片足ずつだけ『回復』の加護でつけ戻して見せてやると―――


「俺が『回復』使えるのはこれで分かったよね?じゃあこの暗殺の経緯と誰の差し金なのか、先に話した方だけ助けてあげる」


笑顔で見下ろす八雲だが、男ふたりには悪魔にしか見えない……


だが、この逃れられない状況を瞬時に理解した刺客達は、我先にベラベラと今回のティーグル王族暗殺の経緯を語り出した。


そしてその証言を聴いたエドワードは―――


「まさか……そんなことが……」


と信じられないという表情で刺客達を見下ろしている。


どうやら最後まで生き残るだけあって、このふたりは暗殺組織の中でもかなり上の地位にいる者らしく国家間にあったことの詳細まで詳しく知っており、それらに八雲の抱えていた疑問を解決する内容も含まれていた―――


「―――それですべてか?ちゃんと全部話したか?」


確認する八雲に刺客は間違いなくすべて話したと縋るような目を向けていたので、


「それじゃ特別にふたりとも『回復』してやるよ」


と、ふたりとも足を『回復』で元に戻してやった。


そして背中を向けて離れようとした八雲が、再び振り向き狭間に―――ふたりの首を跳ね飛ばす。


何が起こったのか分からなかったエドワードとアルフォンスだが、八雲の指差した刺客の遺体はその手に投げナイフを握ったままで斬首されており、背中を向けていたのに刺客の動きに対応した八雲に戦慄を覚えた。


「八雲!―――最後まで我の因陀羅の出番がなかったぞ!」


そう言って頬を膨らませてぷりぷりと怒っているノワールを見て、よしよしと頭を撫でている八雲の様子を見てもエドワードとアルフォンスは戦慄を覚えた……


それはそうだろう―――


アークイラ城の玉座の間で天井にポッカリと穴(現在補修工事中)を空けるほど、その正体は巨大な黒神龍であるノワールの頭を撫でる八雲に最早尊敬の眼差しすら送っていたのだった。


「―――改めて黒神龍様、御子殿、我ら親子の窮地をお救い下さり心より感謝を申し上げます」


そう言って首を垂れるエドワードとアルフォンス。


「八雲が助けると決めたこと。我は着いてきただけだから気にするな」


とノワールは特に恩に着せることもなく聞き流す。


「それじゃあ、今起こっている事とこれからの事を話しましょう」


八雲は自分が入手した情報をふたりに話していく―――


エドワードとアルフォンスが城を出発してから後にエーグルとリオンの軍がティーグルの国境を越境してきたこと、そして今現在ティーグル皇国騎士団が三国の軍と戦闘に突入していることをジェミオス・ヘミオス姉妹とジェーヴァの『伝心』を踏まえながら説明していった。


「―――以上が現在の状況です。件の『災禍』についてはエレファン軍で国王と同行しているって話です」


「なんと……ではやはり、先ほどの刺客達の証言は間違いないということか」


刺客達の証言は―――


―――この刺客の集団はエーグルとリオンが合同で用意した刺客であったこと。


―――以前から獣人の奴隷問題を抱えていたエレファンは密かにエーグルとリオンに奴隷制の改善・撤廃について協議するため接近していた。


―――そうして密かに密約を交わし、ティーグルへの包囲網を敷くことで奴隷問題に対して皇国に圧力を仕掛けることに協力体勢を構築した。


「リオンは元々獣人の差別に対しては反対派の国家だったからな。それに、あそこには獣人の大商人もいると聞く」


「でもエーグルは縁戚関係じゃありませんでした?」


八雲は以前少しだけ聞いたそんな話しを持ち出すと、


「ああ……確かに縁戚関係ではあるんだが……」


アルフォンスが歯切れの悪い返事をしてくることに八雲が疑問を抱いているとエドワードが、


「儂が王を継ぐよりも過去の話しだが隣接する領地の権利についてかなり揉めた時期があったようで、表面上は交易もしているし良好に見えるのだが外面ほど内情は仲が良くない、というか悪いくらいでな。今では王族同士はほぼ絶縁状態という訳なのだ」


何とも、そんな裏事情までは八雲も予想出来なかった。


しかし―――


刺客の話しでは恐らくそこから『災禍』が関係してくるようだ。


―――エレファンからリオンとエーグルに、なんとティーグル皇国国王の暗殺について提案を持ちかけられた。


―――しかしエーグルの皇帝も代替わりしたところでそんな大それた陰謀など断ろうとしたが書状を届けにきた獣人の女に、まるで魅入られるようにして皇帝も大臣達も賛同した。


―――リオンは商業国家と言われるだけあって王はおらずに大商人が評議員となって組織される評議会の議長が実質の王という地位にあたり、国家運営の方針はすべて評議会で採決されるのだがエーグルと同じく、使者に来た獣人の女がやって来た途端に評議会全員が暗殺案に賛同の意を示したという。


―――最後の刺客ふたりが、たまたまエーグルとリオンの刺客がひとりずつ残ったので裏を取る必要もないくらいに必死に内情を詳しく話してくれて相互確認も取れたのだった。


「どうやら、その使者の獣人が『災禍』の狐女か、もしくはその配下と見て間違いないだろうな」


元々裏でそんな繋がりがあって、さらに輪を掛けて『災禍』が介入した形跡があるのなら八雲の外交工作が空振りしても仕方のない状況だったのだ。


「魅入られたような状態というのは、おそらく魅了チャームという精神に影響を与えるスキルだろう。『災禍』に神の加護はありえんからな」


ノワールがエーグルの皇帝や大臣達とリオンの評議会の状況を推察するが今から両方に行って解除する暇はない。


「そのスキルは原因となった『災禍』を倒せたら解けるのか?」


「そうだな。常に精神を支配するには魅了で繋いだパスから常に精神干渉をしていなければ維持できない。だから本人がもう必要ないと魅了のパスを切るか、その元を始末して強制的に切ることができれば解除できるはずだ」


ノワールの言葉に少しだけ現状の希望が出てきたが最前線の戦況はそう言ってはいられない。


「こうなったら、最後まで付き合うか―――この戦争に介入する」


―――そうして八雲は北の空を見る。


戦場の方向を見つめて戦争参加を決意するのだった―――






―――そして、戦場のラース達は今、大軍となった敵からの追撃を逃れていた。


戦場は緊迫した状況が続いていた―――




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