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第48話 情報交換

―――イェンリンの屋敷で話し合いは続く。


「―――さて、では次の話だが八雲とノワールはエレファンの不穏な動きについて調べにきたのだろう?」


突然振られたイェンリンの言葉に思わず八雲とノワールは顔を見合わせてしまう―――


「ホント遠くまで見える目と、良く聴こえる耳を持ってますね……」


半ば呆れながらも八雲はイェンリンの話しの先を待つ。


「どうだろう?ここはお互い情報交換といかないか?余もエレファンについて入手した情報を話す代わりに、そちらも余の問いに応えてもらいたい」


イェンリンの提案にノワールと目配せをする八雲だが、ノワールはイェンリンに警戒しつつも普段通り八雲の好きにすればいいというスタンスは変わらず黙って笑顔を向けている。


「……分かった。と言っても俺達には情報なんて殆ど無い。何しろこれから調べるところだったのを襲撃されたんだからな」


嫌味を込めて伝える八雲だったがイェンリンはそれについてどこ吹く風という表情で、


「余が知りたいのは、ティーグルの国内で何があってエレファンに疑いを向けたのか?ということが一つ目だ」


「一つ目って……ひとつじゃないのかよ……」


「―――いきなり全ては出さんよ。だが余は偽りを言わぬとノワールに約束した。此方の質問に応えてくれたなら、此方も其方の質問に応えると誓おう」


「ギブアンドテイクか……だがそれでもこっちの手持ちが少ないな」


「その辺は此方も考慮して『おまけ』しようではないか。それで一つ目の質問に応えてくれるか?」


考えても他に手がないので渋い顔をしつつも八雲は―――


「……分かった」


―――と了承するとそこからティーグルのゴルゴダ山の鉱山に出現したアンデッドのこと、そこに巣食ったリッチの件を話していき、ついでにリッチでLevelを上げるためサンドバック代わりにしたことを話した。


「なんと、まさかリッチにそんな使い方が……」


「イェンリン……真似しようだなんて思わないでよ?」


ちょっとやってみたそうな雰囲気を出していたイェンリンを紅蓮が窘める。


「まあ今さらリッチを嬲ったところで余のLevelは早々上がったりはせん。でもちょっと面白そう……んんっ!……さて、それでは其方の質問に応えようか」


次に八雲の質問する番だが此方から話せる情報が少ない分は核心を突くしかない。


「あんたはエレファン獣王国の不穏な動きっていうのが何なのか知っているのか?」


「いきなり核心を突いてきたな。まあ手持ちの情報が少ないなら当然か……結論を言えば―――知っていると言っておこう」


「は?だったらその内容は?」


「それは次の余からの質問に応えてからだ」


「クッ!―――汚い!まるで悪の王みたいだ」


「いや皇帝だからな?なぁに、そんなに難しい話ではないさ……九頭竜八雲……お前は一体何者か?」


「悪は否定しないのかよ……はぁ?……九頭竜八雲ですけど?」


「―――いやそんな当たり前のことを聞いておる訳ではない。見た目は黒髪に黒い瞳で使っている武器もアンゴロ大陸出身かと思えるが、そんなヤツが態々この西のオーヴェストまで来て御子になるなど俄かには考え難い。それに神々の多大な加護を受けている点も普通ではない。お前の本当の出自はどこだ?」


イェンリンの質問に八雲はノワールを見る。


自分が異世界から来た件については黒龍城の者くらいしか知らず、エアスト公爵家の人間ですら話していない件だ。


ノワールは以前にクリストフ達には八雲が話そうと思ったときに話せばいいと言われているので、この件は八雲の意志次第だがイェンリンにそれを話すかどうかノワールの意見を聴きたい。


「それについてはお前に任せる。どう話すのか、それはお前が決めろ」


八雲の考えを察したノワールは話すなとは言わなかった―――


八雲は自分が殺されたところを見ていなかったのもあるかもしれないが、ノワールは過去にイェンリンのことを殺そうとまでしたと認めている。


しかしその割には三人とも、イェンリンにしても紅蓮にしても思った以上に親しい……というよりも気心が知れている雰囲気がある。


その辺りの関係性は今の八雲には知る由もないが、少なくとも無謀に敵対することは八雲にとっては不本意だが何も得するものがないハイリスクな事態を招くことでしかない。


「なるほど……どう話すのか……そうだな。だが俺のことを話すのに条件を付けたい。それが守られるなら話そう」


「条件?小賢しい真似を……その条件とはなんだ?聴いてから判断する」


八雲が知恵を回しているところがイェンリンの顔を顰めさせるが、話は聴く姿勢を示したことで続ける。


「それほど難しい条件じゃない。まず俺についての話を他人に教えないこと。俺の話を聞いたら此方の質問には今後すべて応えること、そしてその話はイェンリンと紅蓮にだけ話す。だから―――そこの彼女は外してくれ」


「……いいだろう。だがそれほどの話であればフレイアに四人だけを取り囲んで防音の結界を張らせよう。フレイアも内容は聴かないと誓わせる。これならどうだ?」


「分かった。それでいい」


八雲が納得したのでイェンリンはフレイアに手を翳すと、


「―――畏まりました」


そう言って室内の八雲、ノワール、イェンリン、紅蓮を囲むようにして薄水色のガラスのような結界が突如現れた。


「これで今お前の話が聴こえるのはこの中の者だけだ」


八雲からすれば実はそこまで価値のある話でもないと思っているのだが、それで欲しい情報が手に入るのなら吝かではない。


イェンリンの言葉に頷いた八雲は―――


「俺は……此処ではない世界から来た―――」


―――自分がこの世界とは違う世界から迷い込んだこと、そしてその転移には神々の意図があるのではないかというノワールの推測を語る。


そして御子になってから今までのことを包み隠さず話して聴かせていった―――






―――フレイアの結界の中で八雲とノワールの話は長い時間が使われていた。


ふたりの話をイェンリンと紅蓮は驚きながらも最後まで聞き入っている。




―――ノワールと出会った時のこと


―――黒神龍の御子になったこと


―――そこから練度を上げるために魔物を相手にしてきたこと


―――そうしてLevel.100まで到達しまこと




そうして話していくうちに自分を殺めた相手であるイェンリン達と、吊り橋効果なのかどこか親近感を感じるようになって興が乗って話していく八雲にイェンリン達も驚いたり、笑いを溢したりしていた。


「まさか……異世界から転移させられた者とは余の想像の斜め上を行っている話だった。街中で見ず知らずの只の人間がそんなことを話していれば、戯言だと一笑に付すところだが黒神龍とその御子の話となれば話は別だ」


「ノワール、貴女とんでもない御子を迎えたわね……というか最初食べようとしていたなんて……」


「いや、あの時は何故か無性に美味そうに見えたんだ。今は我が美味しく頂かれているが……/////」


「ちょっと?!ノワールさん!?」


突然モジモジしながらそんなことを言い出したノワールに八雲は思わず声を上げるが、


「そんなこと訊いてない何それ惚気?余の前でよくそんな話が出来るな。普通なら手打ちにしているぞ」


結界の中で突然膨らんだイェンリンの『殺気』に八雲はビクリと震えた。


「フンッ!男日照りが長いのかイェンリン?お前なら王宮にハーレムくらい作れるだろうに?」


ノワールがこれ見よがしにイェンリンに言い返す。


「煩いわ!余くらいの美女ともなれば男が欲しくなれば幾らでも相手くらいおる!何なら八雲に相手してもらってもいいが?」


「―――いえ結構です。おい、話が逸れているぞ……それで、さっき言ったように、この件は―――」


「ああ、分かった!分かった!他言はしないという約束だからな。さて、それでは次に其方の質問の番だが八雲のことを話してもらったのだ。これからは約束通り、お前の質問にはすべて応えよう。余は慈悲深き皇帝だからな」


「どの口がいうか……それじゃあエレファンの動向について知っていることを教えてくれ」


「いいだろう。お前の話にあったエレファンの国王の傍にいる妖しい女……その女は……『災禍さいか』だ」


「災禍?なんだ?それ」


そこでノワールが話に入ってきた。


「八雲にはまだ話していなかったから我から話そう。この世界には魔物がいるということは八雲もとっくに認識しているな?」


「ああ。胎内世界でもこの外の世界でも、ある意味お世話になったからな」


「その魔物の中で特に魔力・智力・戦闘力・凶悪さが段違いに上がった魔物が生まれることがある。冒険者ギルドでも『災害級の魔物』という話が出てきたのを覚えているか?」


そこで八雲は冒険者ギルドで登録した日のギルド長サイモンの話を思い出す。


「ああ、確かにそんな話しをしてたな。その『災害級の魔物』っていうのがまさか……」


ノワールは頷き、そして話しを続ける―――


「そう、それが『災禍』だ。災禍になるのはすべての魔物に可能性がある。お前が倒してきたアラクネ然り、ベヒーモス然りな」


「まさか!―――スライムの災禍も!?」


そんなスライムはいないだろうと思いつつ口にした八雲だったが、


「いたぞ。あれは確か八百年くらい前だったか?」


「え?マジで!?やっぱり王様っぽいスライムになったとか?」


「ん?どうだろう?ただ巨大化して大きな街なんかを覆い尽くして人ごと何もかも溶かして喰っていたからな。大きいから王様と言えなくもないか」


(―――なんか思ったのと違う!たぷん♪ としたボディーに王冠被ってるか、魔物の森の盟主とか想像してたのに!)


と心の中でツッコミを入れる八雲だが脱線した話を戻すことにする。


「それで、今の獣王国の王様の近くにいる女ってのは何の魔物なんだ?」


八雲の質問にイェンリンは少しニヤリとしながら―――


「―――『狐』だ」


―――ただ一言、そう答えた。


「狐ぇ?……なんだそれ……」


その言葉に益々困惑する八雲だった―――






―――イェンリンとの話もある程度終わり、今後も動きがあれば情報交換する約束を交わしてイェンリンから屋敷を好きに使っていいと言われたが、まだイェンリンに少し蟠りのある八雲は広い庭だけ貸してくれと言って、そこにキャンピング馬車を設置した。


「なんだ?これは!!馬車なのか!?」


ようやくイェンリンの素で驚いた顔を見られた八雲は小さくガッツポーズをしながらノワールの馬車について、これ見よがしにその性能を説明してやる。


キッチンに冷蔵庫に魔術エアコン、風呂場まで見せて回り隣で聴いているノワールも鼻高々とした表情で、うんうん♪ と八雲がイェンリンに自慢の馬車を説明するのにご満悦の表情をしていた。


すると―――


「―――余にも造れ!八雲!!!」


と当然羨ましがって地団駄を踏む皇帝に八雲はニヤニヤが止まらない。


ここまでずっとイェンリンにやられっぱなしで気に入らなかった八雲も、ここぞとばかりに揶揄う素振り満載でイェンリンに返す。


「ええ~!どうしよっかなぁ~♪ 俺、お前に殺されたしなぁ~♪ そんな相手に造る義理もないしな~♪」


と子供のような態度でニヤニヤしていると―――


俯いたイェンリンが八雲の懐に入ってそっと顔を上げると、うるうるとした瞳で見つめながら―――


「お願い八雲君。イェンリンにもこの馬車造ってほしいの……もちろん、造ってくれたらイェンリン何でもしてあげちゃうよ♡/////」


―――頬を赤らめて迫るイェンリンの変わりっぷりに八雲も虚を突かれて狼狽える。


「私だけじゃないよ♡ 紅蓮もぉ~フレイアのこともぉ~全部八雲君の好きにして、い・い・ん・だ・よ♡/////」


そう言いながらそっと八雲の股間にイェンリンは指を持っていき、そのまま撫で上げて摩り、指先で形を確かめるように動かすその指先が―――


(―――剣聖技!?)


と呼べる程のテクニックで繰り返し撫で上げてくる。


「ちょ、ちょっと!クソ皇帝モードからのギャップヤバいなこれ!?ああ、もう、分かった!とりあえず離れろ!/////」


「いいの!やった~♪ ありがとう八雲君♡……おいノワール、こいつ変な女に騙されるぞ。気をつけよ。あと誰がクソ皇帝だ」


「そうやって経験を積むのも必要だからな!」


何故かそう言ってムフーッ!と納得しているノワール。


「お前が、その変な女だって自覚あるのか?」


すぐに八雲も冷たく切り返すが―――


「その変な女に逆ナンされて、あちこち連れ回されて最後にはギャフン!て言わされちゃっていたのは誰かな♡ 『終末』も余のLevelを越えねば、余を完全に滅することは出来んからな♪」


「―――クッソ腹立つ!!!」


確かにイェンリンに振り回されて殺られたのは自身の警戒心の無さが原因であり、異世界を舐めていたから受けた戒めなのだ。


だがそんな天涯孤独な異世界だからこそ、このイェンリンという強者にして権力者という存在は人脈として持っておいても損はないとリアリストな一面で割り切って判断する八雲。


自分でも強くなったと自覚していたがイェンリンという自分以上の存在が敵でなくなると考えれば知らない世界で生きていくために、これから死なないために必要な関係、必要な手段だと割り切れる。


味方でなくとも敵でなければ生き残れる―――


そんな考え方をしておかないと、これからは生き残れないと八雲は改めて認識する。


イェンリンも八雲を利用する考えはあるはずなので此方も友好的な顔で敵にならなければいいだけだと決めた。


そうして馬車を強請られた八雲は最後には結局この馬車は八雲ひとりでは造れない、黒龍城のシュティーアやドワーフ達の協力が必要だと伝えると―――


「なるほどシュティーアとドワーフ達か……ならばすぐに黒龍城に―――」


「―――行く訳ないでしょう!どれだけ本国を空けていると思っているの!」


と紅蓮の一喝でイェンリンもこの場は渋々諦めたが八雲は内心で彼女が暴れていたら、また死んでいた……と思って正直ホッとしていた―――






―――そこから一旦スコーピオとジュディ、ジェナの三人に『伝心』で連絡を取り、イェンリンの別邸の庭に置いたキャンピング馬車まで呼び出し合流を果たす。


八雲が眠っている間にノワールから事情を説明されたスコーピオは殺気を露わにしていて、しかしイェンリンの態度はその時も相変わらずの皇帝モードだったので八雲も頭が痛くなった。


ジュディとジェナは目覚めた八雲を見ると、うるうると涙を一杯に貯めた瞳で見つめてくるので八雲が怯んでひたすらに謝った……それと頭と耳を、ぐるん♪ ぐるん♪ に撫で回した。


そこからふたりの里帰りについて状況を確認する。


「それで、何か分かったことはあったか?」


「―――はい。以前住んでいたところに戻ってお世話になった方達や友人に訊いてみたところ、つい最近に今までなかったおかしな事があったそうです」


「おかしなこと?それってどんなこと?」


報告してくれているジュディによれば―――


―――八雲達がエレファンの首都レーヴェに到着する一週間ほど前に、国からの命令で各種族の集落に徴兵令が出された。


―――今までそんな強制的な徴兵などなかったので、どの種族も反対しようとしていたが反対する者は一族纏めて滅ぼすという信じられない命令まで発布された。


―――国王の変わりように誰もが驚いたが、中でも宰相の地位に新しく就いた女が中心でそれらを命じているとの話だった。


それらの話をジュディから聞いた八雲とノワールは、イェンリンの話に出てきた『災禍の女狐』の話と合致することにお互い頷いた。


「それで、これからどうする?八雲」


「どうするもこうするもエドワード王達との約束はあくまで調査するという約束だ。その災禍の女狐宰相や国同士のことは国の偉いさん達に片付けてもらう案件だろ」


「ではティーグルに戻るか?」


「ああ、此処にいると幾つ命があっても足りないからな……」


そうしてティーグルへと戻る準備を整え、スコーピオには引き続き情報調査のためエレファン獣王国に残ってもらうことにして屋敷の主であるイェンリンの元を訪ねて別れの挨拶をすることにした。


彼女の元を訪れると―――


「なんだ?もう帰ってしまうのか?と言って余達もそろそろ本国に戻るところだったがな」


一ヵ月も自国を空けているので皇帝としての執務が溜まっているらしい。


「ああ、八雲よ。事が収まったら一度ヴァーミリオンまで遊びに来るがよい。余が直々に稽古をつけてやろう。勿論、余の義姉妹達には充分歓迎させるぞ」


「ハハッ……前向きに検討した上で審議して今後の件を慎重に考えさせて頂きます……」


絶対に行かない言い回しをして、誰が行くか!と内心ドス黒い毒を吐く八雲だったが―――


「来なかったら、此方から行っちゃうからね♪ 八雲君♡」


(目が笑ってない……)


そう言われて、


「あ、はい……」


と生返事を返すしか出来ない八雲だった……


「そうだな……ではひとつ指南しておこう。お前はあの時、自分の学んだ剣術などを繰り出してきたが、それは人の域でつくられた剣。それでは人の枠を越えられんのだ。これからはお前のためのお前の剣を創れ。お前がこれから強くなるために」


「俺のための剣……」


イェンリンの言葉が八雲の中で何度も響いていた……


そうして挨拶も終わり、早々に馬車に乗った八雲達は一路ティーグルに向けて馬車を進めるのだった―――






「―――ほほう♪ 言っていた通り馬車本体が浮かんでいるのだな♪ う~ん、ますます欲しい♪」


走り去る浮遊した馬車を見送りながらイェンリンは益々あの馬車が欲しくなった。


「……ねぇ?言わなくてよかったの?」


そこで紅蓮がはしゃぐイェンリンに問い掛ける。


「……ティーグルの件か?聞かれておらぬからな。そもそもそのことを調べ切れておらんのは自分達の怠慢であろうよ。今回も中途半端に首を突っ込むような真似をするから危険な目に合ったり国で一大事が起こったりするのだ。一々そんなことまで教えてやるほど、余は優しくなった覚えはないぞ?紅蓮よ」


そう言ったイェンリンの顔は先ほどまでの笑顔とはまるで別人の冷酷で冷血な皇帝の表情になる。


「でも、このままだと……」


「ああ、間違いなくエドワード王とアルフォンス王子は……」


不吉な予言のように呟いたイェンリンを、どこか悲しげな瞳で紅蓮はいつまでも見つめていた……


だが、このイェンリンはこの先に八雲と運命的な結びつきを持つことになるとはこの時の八雲もイェンリンも、誰もが思いもしていなかった―――



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