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第45話 獣王国で出会った少女

―――エレファン獣王国の首都レーヴェ


その城壁の門に辿り着いた巨大なキャンピング馬車を見てレーヴェの門兵達は騒ぎ立てる。


「どうか落ち着いてください。私どもはティーグルの商会より依頼を受けて鉱石を運んで参りました。この馬車は大量に荷物を運ぶためのものです」


そう門兵に説明しているのはジュディだ。


八雲やノワールの冒険者ギルドカード―――通称ブラックカードでは目立ちすぎるのでジュディのホワイトカードで身分証明をしてもらうためだ。


本来この依頼はシルバーカード依頼だが、依頼は八雲が受けているのでパーティーを組んでおけば問題ない。


ジュディとジェナのギルドカードを確認して八雲とノワール、スコーピオはギルド未登録ということにして通行税だけ払って首都の中に入った。


「さて、俺は先に荷物を渡してくる。ジュディとジェナ、スコーピオは馬車で打ち合わせしたように一緒に行動開始してくれ」


「了解した。ふたりの安全は俺が保証しよう」


(金髪眼帯美女のスコーピオさんマジイケメンッス!)


そのキャバ嬢みたいな恰好と見た目に反して『おとこ』を感じさせるその台詞に感心しているとノワールの様子がどこかおかしい。


「どうしたノワール?何かあったか?」


八雲はレーヴェに入ってから何かピリピリしたような雰囲気を漂わせているノワールのことが、何となしに気になっていた。


「八雲、我は少し気になることがある……だから別行動するぞ」


「ああ、それは、かまわないけど?」


八雲に断りを入れるとノワールはそのまま大通りの喧騒の中に消えていった。


「……どうしたんだ?」


理由も分からず、気になりはしたものの預かった荷物を届けておかないと八雲自身も自由に動けないので、取りあえず依頼にあった受け取り先の商会へと向かうことにするのだった―――






―――依頼の受け取り商会に到着して『収納』能力から受け取っていた希少鉱石の木箱二十箱を取り出し、受け取り先の主人が目を見開いて驚いていた。


「高Levelの商人でも、この木箱十箱が『収納』できたら凄い方ですが、貴方は規格外ですねぇ。どうです?今度うちからの依頼も受けてもらえませんか?」


と八雲の能力にかなり金の臭いを嗅ぎつけたようだったが、今は依頼を受けるつもりはないと言って商会の主人の受領書を受け取ってその場を後にする。


そうしてどこに向かうかと考えていた八雲に突然―――


「お兄さん♪ 見てたよ、さっきの!スゴイねぇ~♪」


―――明るい声が掛けられる。


「―――え?」


八雲が声に反応してその場で振り返ると―――




―――シャプカと呼ばれる某アニメで宇宙を旅する機関車に乗る美女が被っているような帽子と同じく、フワフワの白い毛で覆われた二十cmほどの高さの帽子を被った少女がいた。




―――髪は金髪に一部赤い髪のメッシュが入り、見た感じ長い髪はその帽子の中に仕舞い込んでいるようで、纏められた髪によって首の後ろの白いうなじが見えている。




―――白いブラウスに赤いネクタイを締め、赤い生地に白のチェックカラーのプリーツスカートはノワールの服装に似ていて、その上から白地に赤い刺繍が鏤められたコートを纏っている。




―――見た目は少女であるにも関わらず、何故か見た目の歳とは思えない雰囲気を醸し出しているように感じさせる少女は茶色い瞳を八雲に向け、ニコニコとした笑顔を見せていた。




何故か初めて会った気がしないような感覚にさせる少女に八雲は思わず魅入られてしまう……


「―――どうしたの?お兄さん」


改めて声をかけてくる少女の声にハッと我に返った八雲は少し照れ臭くなり、


「ゴメン!突然声掛けられて驚いちゃって/////」


と返すのが精一杯になり、改めて自分のヘタレな部分を認識させられた複雑な気持ちになっていた。


「それはゴメンね♪ さっき『収納』から一杯の木箱を取り出してたでしょ?それを見てスゴイなって思ったら声を掛けちゃった♪」


(なにそれ?逆ナンですか?)


と内心驚いていた八雲も漸く落ち着きを取り戻し始めて、


「ああ、ありがと。『収納』は得意なもんだから、輸送の依頼とか受けてるんだ。君は商会の人なのか?」


「違うよ♪ 私は旅行でこの国に来て、この首都には観光目的で来たの!お兄さんはさっき言ってた依頼で来たの?」


無邪気な少女はニコニコと自身が旅行者であり、この国に来たのは観光目的だと話す。


そんな少女の明るさに魅せられた八雲は楽しそうな雰囲気を壊してもなんだと思い話を合わせるように、


「そうそう。それでさっき無事に受け渡しも終わったから、これからこのレーヴェを見て回ろうかなって思ってたところだ」


本来はこの国の情勢を知るために調査を兼ねて街を見て回る予定だったので、嘘をついている訳ではない。


「そうなの?―――だったら!私が案内してあげる♪」


「君が?でも君も旅行者だって言ってなかった?」


「うん♪ でも私、此処が気に入ったもんだから、もう一月も宿泊しているのよ♪ 私ちょっと良い家のお嬢様でね、こっちに家の所有する別邸があるからそこで滞在してるの♪」


「なるほど。でもそんなお嬢様がひとりで街中に出て、危ないんじゃないのか?」


「大丈夫♪ 私、こう見えて強いんだから!」


そう言ってフンッ!と腕に力こぶを作る仕草をする少女に、さすがの八雲も気が抜けて思わず笑ってしまった。


「ああ!酷いお兄さん!今、笑ったでしょ!」


頬を膨らませてプンプンしている少女にますます可笑しくなり、


「ゴメンゴメン。それじゃお詫びに何か昼飯を奢るから、それまで案内を頼んでもいい?」


「お昼ご飯なんかに騙されないんだから!でも―――仕方ないから案内してあげる♪」


再び笑みを見せる少女は八雲の腕を掴んで颯爽と街へ向かって引っ張りだしていた―――






―――レーヴェの街並みはアードラーとは違い、白く塗った土壁の建物が同じくらいの大きさで並んでいることの多い街並みで、下町風の様子をしていたが首都というだけあって道の舗装や商店は数多く並び、人も殆どが獣人で数多く行き交う姿が目に入ってきた。


「お兄さん、こっちこっち♪」


腕を引かれてついて行く八雲と行く先々で、これはこうであれはああでと彼方此方を細かく説明してくれる少女の博識振りに驚かされるばかりの八雲。


「次はあっちを見に行きましょう♪」


服などを見たあとに、今度はアクセサリーを見て回る少女。


エレファン独特のアクセサリーなのか、売られている物はどれも動物の姿をしたものや動物の頭の部分をモチーフにしたペンダントトップなど八雲の目から見ても細部にまで手を掛けている商品が並んでいた。


「凄いなぁ……けっこう細部まで拘って造られていて、見ているだけでも飽きないな」


「お兄さん♪ 見ているだけだと、ただの冷やかしだよ?」


そんなツッコミを受けながらも彼方此方見て回っている八雲達だが、ちょうど昼時になったので八雲はどこか店に入ろうと提案する。


そこで少女おススメを伺うと、エレファン料理の良い店が近くにあると言われてふたりでその店へと向かった。


オープンテラスを置いたお洒落な店で少女と八雲はそのテラスの席に座って、エレファンの名物などを少女に訊きながら店員に注文する。


そこで八雲は、ある重要なことに気がついた―――


「あ―――名前」


「ん?どうしたの?お兄さん」


少女がキョトンとした顔で八雲を見つめている。


「あ、いや今更だけど名前、訊いてなかったなって……」


「もう~気がつくのが遅いよ!お兄さん♪」


どうやら少女は八雲がいつ訊いてくれるのかと、だいぶ前から気になっていたようで、こんなところで鈍感なミスをした自分の愚かさに反省してしまう八雲は、


「それじゃあ俺から自己紹介を。俺は九頭竜八雲だ。名前が八雲な。今はティーグル皇国で冒険者をしている」


さすがに初対面の人間に黒神龍の御子とは言い難いので、無難な自己紹介に止めておいた。


「八雲君かぁ♪ 私はイェンリンっていうの。よろしくね八雲君♪」


「イェンリンか、いまさらだけど、こっちこそよろしくな」


「私はねぇ、ここからさらに北にある国、フロンテ大陸北部ノルドにあるヴァーミリオン皇国から来たんだよ♪」


「ノルドのヴァーミリオン皇国?それって―――」




フロンテ大陸北部ノルドにあるヴァーミリオン皇国―――


フロンテ大陸最大の国家であり、軍事力・技術・芸術・交易・法律・経済とどれを取っても最大最強といえる国であり、皇国と名に付く通り、この地で紅神龍が人と盟約を交わしたことで始まった国である。

だが、この国が真に最大最強である理由は別にあるが、今の八雲はそこまではまだクレーブスに学んではいなかった―――




「―――北部ノルド最大でこのフロンテ大陸でも最大の国家だよ♪ でもぉ、大きいってことはすごく管理も大変で、ちょっと気を緩めると地方で悪いことする人が出てくるんだって……」


「ふ~ん、なるほどな」


八雲は聞き流している風にしているが最大国家ということは、その面積からも端から端まで統制をするのは今のこの世界の文明技術では困難というより不可能だろうことは想像がつく。


イェンリンの言う通りのことが起こっているなら巨大国家は例に漏れず汚職や反乱、隠蔽など国が大きくなればなるほど中央に声は届きにくくなり同時に地方は荒廃していく。


「―――お待たせ致しました」


そこに注文していた料理が運ばれてきた―――


運ばれてきた料理は肉料理とスープに野菜を煮込んだ料理など、どれも香草がよく使われていて独特の風味をしていたが味は基本薄目なので八雲も楽しみながら残さずに食べられた。


「はあ~美味しかった!今度、真似て作ってみようかな?」


「え?八雲君って、料理できるの!?」


驚いた顔で八雲の顔を見つめるイェンリンに八雲は顔を顰めて、


「こう見えて得意だぞ。この前なんて俺の料理が食える食えないってだけで、国がひとつ滅びそうになったくらいだ」


真顔でそう言い放つ八雲にイェンリンは一瞬ポカーンとした表情を見せていたが、すぐに―――


「アハハハッ♪ や、八雲君って見た目と違って面白いんだねぇ~♪ ハハハハッ♪ ハアハア、ああ~お腹痛い!」


と大笑いされたので、カレー戦争起こしたろか!とムッとした八雲だが自分の言ったことを思い返してみても、そりゃそうだなと納得して自分も笑ってしまった―――






―――食事が終わってから少しまた歩いて八雲はイェンリンに質問することにした。


「イェンリンはこの国に来て俺より長いみたいだから訊くけど、この国の良いところと悪いところを参考に教えてくれない?」


「え?う~ん……そう言われると考えちゃうなあ~」


突然の質問にイェンリンは眉間に皺を寄せて、う~んと唸り声を出し始める。


「良いところは一杯あるよ!さっき食べた料理とかも美味しいし他にも美味しい物が一杯あるしね♪ 服とかアクセサリーもセンスがあって夢中になれるし!」


「じゃあ悪いところは?」


「……意志が弱いところ」


「へ?意志が弱いって?」


「ううん!なんでもない!忘れて♪ それより、次は向こうに行こうよ!デートの続き!」


「お、おい?!てかデートって……」


「なあに~!これだけ可愛い女の子に相手してもらっていて、デートじゃないなんて言うつもり?」


少し頬を膨らませて可愛い上目づかいで睨むイェンリンに、負けを認めるしかないと悟った八雲は、


「どこにでもお供致します。お嬢様」


そう言って深々とお辞儀をして自分の左腕を差し出し、機嫌の直った笑顔を見せるイェンリンは、


「わかればよろしい♪」


とその腕に自分の腕を絡ませて観光案内を続けるのだった―――






―――それから有名な名所や公園を回った八雲とイェンリンは街の中央近くにある巨大な建造物、八雲の世界でいうと闘技場コロシアムのような場所に来ていた。


「ここはねぇ~♪ 月に一度エレファンの腕に覚えがある人達が闘う闘技場なんだぁ♪ 私も見に来たことあるんだよ♪」


「へぇ~そんな催しがあるのか。ルールとかあるのか?」


「え~と、武器は使ってもいいけど攻撃魔法の使用は禁止。でも身体強化系の魔法やスキルは使用しても大丈夫!あとは相手が参った!するか失神すると勝ちだけど万一そこで命を落としてもそれは文句言えない、だったかな?」


「おお、文字通り命懸けだな……勝てば賞金が貰えるとか?」


「そうそう♪ 優勝者には、なんと金貨五枚!準優勝でも金貨一枚が貰えちゃうんだよ♪」


「なるほど……」


命賭けて金貨五枚=五百万円は安くない?とも一瞬考えた八雲だが、そもそもこの世界の生活水準と一日で消費する生活費などを考えると、それでも大金には違いないと納得した。


「勝敗の賭けとかもあるのか?」


「お!―――鋭いねぇ八雲君♪ 予選が終わって本戦に入ってから優勝する人を予想する賭けはあるみたいね。私は賭けたことないけど♪」


そう言って中を見ようというイェンリンに引かれて、今は静かな闘技場の中へと入って行くふたり。


薄暗い通路を暫く歩いて行くと、明るい陽射しに照らされた闘技場の中央部に出てくる。


八雲の見た感覚では野球場くらいは余裕で入りそうな中央の丸い闘技場と、その周辺を円で囲むようにして段々に設置された観客席。


今は当然闘いも行われていないので観客席は誰もおらず、シーンと静まり返っている―――


八雲の先を歩くイェンリンが闘技場の中央くらいまで来たところで歩みを止めたので、八雲もその場に止まる。


「この広い闘技場で、我こそは!と思う者が闘って勝利を掴む……それってとっても単純だけど、最もシンプルな勝敗を決める方法だよね」


「そうだな……でもそれで死んだら意味ないけど」


「ふふっ♪ 八雲君はそういう風に考える人なんだぁ♪……ねぇ少しお話聞いてくれる?」


「うん?別にいいけど……」






イェンリンは背中を向けたまま話し出す―――


「昔むかし、あるところにとっても汚くて、惨めで、何も持っていないひとりの女の子がいました」



背中を向けたままのイェンリンだが、雰囲気が変わっていく―――



「その子は親もおらず、友達もいない、ましてや助けてくれる人なんてひとりもいない女の子で、ときに人から石を投げられ、ときに何もしていないのに人から殴られ、ときに人扱いされず馬車馬のように働かされ、そして泥のような食事しか与えて貰えませんでした……」



「……」



イェンリンの話を八雲は黙って聴いていた―――



「女の子は思いました……ああ、どうして私が私だけが、こんな思いをしなければいけないのだろう。どうして皆、自分を見る目がこれほどまで憎しみに染まっているのだろう。どうして誰も助けてくれないのだろう。どうして、どうして、どうして―――と少女はずっとそのことだけを自分自身に問い掛けて、でもいつまでもその答えは出ませんでした」



どこにでもありそうな、それこそ八雲のいた日本でもありそうなドス黒い話がふたりきりの闘技場に響き続ける―――



「ですが、そんな少女の前に―――突然一匹の龍が現れたのです」



「ッ?!」



突然、龍という言葉を聞いて八雲は一瞬狼狽える―――



「その真紅の龍―――紅神龍は少女に御子になって欲しいと伝えます。少女は逆にどうして自分を御子にしたいのかを問い掛けます。そこで紅神龍が伝えた理由に……少女は今までとは違う涙を流しました」



「その話は……」



それがフロンテ大陸北部ノルドを縄張りとする紅神龍の御子の話だということに気づく八雲……



イェンリンは続けて話していく―――



「そこから紅神龍の御子になった少女は、その与えられた御子の力を使い様々な戦いを繰り広げていきました。何度も死ぬほどの苦しみと痛み、傷を負いながらも、いつか自分の手に入れたい国を、理想の国を夢見て戦い、走り続けました」



八雲は話に呑まれて、動くこともできない。



「そうしていつの間にか彼女は『剣聖』とまで呼ばれるフロンテ大陸最強の剣士となり、この世界に並び立つ者のいない強者にまで昇り至りました。それまでに長い長い年月が過ぎて、気がつけばもう百年の時が流れていました」



「それは紅神龍の御子の……」



「その御子は、ヴァーミリオン皇国でのちに王となる当時の王子に見初められ、その後は王妃の位に立ちます。ですが御子は龍の加護により、その龍と同じ寿命を与えられるため愛した人も、仲良くなった友人も皆、寿命を迎えて彼女を置いて逝くのです。そうして何度も大切な人達を看取った悲しみに暮れる彼女に、周辺国がこれ見よがしに戦争を仕掛けてきます。彼女は誰かに自分を殺して欲しかった。でも、彼女は強すぎた……剣の腕も、生きることへの執着も。それから彼女は皇国で皇帝の地位に就きます」



「……イェンリン」



「その彼女の名は―――」



そこで背を向けたまま語っていたイェンリンが被っていた帽子を脱ぎ去ると、纏められていたメッシュの紅の髪が混ざった長い金髪が広がっていき、そして八雲に振り返る―――






「―――余がヴァーミリオン皇国の剣聖にして皇帝の炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンである」






完全に振り返ったイェンリンの手には、いつの間にか真紅の直剣が握られていた。


広がった紅の混ざったメッシュカラーの金髪が靡き、先ほどまでの茶色掛かっていた瞳が今は静かに燃える炎のように真紅に染まっていた―――


「黒神龍の御子……九頭竜八雲よ。剣聖である余が直々にその腕、確かめてやろう。もし生き残ることができた暁には、汝に―――『天璽てんじ』を授けようぞ」


ふたり以外に誰もいない闘技場の中で剣聖炎零イェンリンの確かな存在感のある声だけが響いていくのだった―――



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