―――ティーグル皇国の首都アードラーを出発し、およそ十時間で行程の半分のところにあるプロミス山脈に辿り着いた。
『索敵』のマップから目的地を
「凄い山脈だなぁ……でも道はしっかりと整備されてるんだな」
キャンピング馬車の凹型に設置したソファーに座りながら、窓の外を見て広い道幅でしっかりと地均しもされている道に八雲は感心していたがジュディが、
「確かに道は整備されていますがこの山道には盗賊が出現して、よく行商人や商会の馬車が襲われたりしているんです」
「そうなのか」
盗賊と聞いて八雲はシャルロットが襲われていた時のことを思い出した。
「でも、ジュディとジェナはエレファンからティーグルに来たんだよな?よくこんな危ないところ無事に通れたな?」
頭に浮かんだ疑問を口にする八雲にジュディは説明する。
「私達はエレファンで働いて貯めたお金で、商会の馬車に乗せてもらったんです。その商会のご主人はしっかり腕のいい冒険者に護衛を頼んでいた人だったので、私達が乗った馬車が襲われることはありませんでした」
「なるほど。ジュディは賢いな」
「い、いえ?!そんな/////」
八雲の賛辞に顔を赤くして俯くジュディだが、頭の狼耳はピコピコと喜んで動いていた。
「お姉ちゃんは賢くて美人で、私のこと護ってくれてとっても強いんだよ!」
ジェナは自慢の姉をもっと褒めてと言わんばかりにフサフサの尻尾をフリフリしながら言うと、その尻尾に可愛さを覚えたのか、ニコニコしたノワールがジェナの頭を撫で撫でして、
「お~よしよし♪」
と言い出している。
「ジェナ?!私はそんな……/////」
そんな妹の発言で、ジュディはさらに顔を真っ赤にしている。
そんなとき―――
ソファーに座り足を組んで窓の外を眺めていたスコーピオが、
「御子、どうやらその盗賊とやらが現れたようだぞ?」
と左目の赤い瞳を鋭く細めて窓の外を指差すと同時に、キィンッ!カァンッ!と馬車の外から何かが激突する音が聞こえてくる―――
―――多数の馬に乗った男達が弓矢を飛ばして馬車に打ち込んできているのが見えた。
しかし、元々が黒神龍の鱗で出来た、いわば装甲車のようなキャンピング馬車には盗賊達の弓矢など通るはずもなく、傷ひとつついてはいなかった―――
―――三十人ほどの規模で編成された盗賊団は、
「おいおい!なんだ、あの馬車!まったく弓矢が通らないぞ!どうするんだ?」
先頭付近を走る盗賊のひとりが声を上げる。
すると一番先頭を走っている大柄な髭面をした男が―――
「馬をやれ!馬車が頑丈でも馬を殺られたら、動けやしねぇ!!」
―――部下のような男達にそう命令していた。
そこで加速した部下達はキャンピング馬車の横に回り込んで馬車を引く黒麒麟に弓を向けて放つが、キィン!と高い音を立てて弓矢を弾かれる。
「な、なんだ、あの馬は!?馬じゃねぇのか?」
驚いてからも何度か弓矢を放つが、次々に弾かれて歯が立たない。
「頭ぁ!この馬車、妙ですぜ?馬も馬車も普通じゃねぇ!」
部下が髭面に明らかにおかしいと伝えると、髭面の頭目は逆に笑みを浮かべる。
「それだけ厳重に護るってことは中にはお宝があるって証拠だぁああ!!!野郎共!何としてもあの馬車を止めろぉおお!!!」
そう叫ぶや否や、盗賊達の中から
直撃する
―――キャンピング馬車の中では、
「キャアア―――ッ!!!」
弓矢ならともかく爆発する衝撃が少なからずは伝わってくることに、ジュディとジェナは悲鳴を上げていた。
するとノワールはジュディとジェナの間に座って、ふたりの肩に腕を回してそっと抱き寄せた。
「よしよし♪ 大丈夫だ。八雲……我の馬車がこの程度ではビクともせんのは分かるが、いい加減に外の蝿共をなんとかしろ。ふたりが怖がっている」
そう言ってジュディとジェナの耳から頭から優しく撫で回すノワールに、
(あ、ズルい!)
と思ってしまう八雲だが、ふたりを怖がらせる蝿(盗賊)共の退治は大賛成だった。
「確かにいい加減煩いな……それにこの先の山脈を越えた辺りで野営しようと思ってるから、そこまで着いて来られても迷惑だし。街道清掃といくか」
「御子、ゴミを処理するなら俺も行こう。丁度いい試し斬りになる」
隣に控えていたスコーピオが黒短剣=奈落を握り締めて赤い片目が妖しい光を放っているのを確認した八雲は、自分も『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を出して腰のベルトに差すと馬車の速度を上げて一旦盗賊達と距離を開けた後に扉を開けて外に飛び出す。
スコーピオが降りて次に八雲が降りる際に、
「ノワールはふたりのこと頼む」
と言って降りると、
「ああ♪ ふたりのことは我に任せておけ!おお~ヨシヨシヨシヨシ!」
と動物大好きなオジサンみたいな声を上げながらジュディとジェナを撫で回していたので、ウラヤマー!と心で叫びながらも、
(まあ大丈夫だろう……)
と無理矢理納得して八雲も外に出た。
「一番槍は貰ってもいいか?」
そう問い掛けるスコーピオに向かって、
「勿論かまわないぞ。奈落の具合を見て気になるところがあったら言ってくれ。あとから調整するから」
と先方を譲ると、珍しくニヤリとした顔を見せたスコーピオは―――
「了解した。これより―――殲滅する」
―――と言うが早いか『身体加速』を発動して、接近する盗賊団の渦中へと突撃していく。
「ッ!?―――か、頭ぁ!誰か来まし―――グボォア!!!」
スコーピオの接近を伝えようとした先頭の盗賊が、叫ぶ間に一瞬で首と胴体が別れを告げていた。
「なんだぁ!?何が起こった!!!」
『身体加速』で次々と盗賊共の首を、腕を、足を、そしてまた首を跳ね飛ばすスコーピオの攻撃に盗賊団は一気に混乱を来たしている。
元々は軍隊でも何でもない盗賊が突然襲撃されたときの対処などすぐにできる訳もなく、彼方此方で上がる悲鳴と鮮血に頭目の髭面も見る間に顔が蒼白になっていった。
「か、頭ぁ!あっちは凄腕の護衛が就いてるみたいだ!ヤバいですぜぇ!!」
そんな声を上げた部下もいたが、次の瞬間―――その部下の首も宙に舞ってゴトリッ!と地面に転がり落ちていった。
淡い月明かりだけの暗い山道で、ひとつだけ揺らぐ赤い光……
ゆっくりと目の前に現れて立つ返り血に塗れた姿で闇の中、月明りに照らされる金髪の美女―――
普段の盗賊達ならこんな美女を拝んだ瞬間に飛びついて襲っているところだが、目の前にいる血濡れの美女からは血の気が失せるほどのドス黒い恐怖しか感じない……
「ひ、ひ、ひ―――退くぞぉおお!!」
髭面の頭目が長年の盗賊生活から感じ取った『手を出しちゃいけねぇ相手』だと判断して盗賊達に撤退の指示を出すも、既に仲間は自分も入れて十人も残っていなかった。
馬の踵を一斉に返して撤退を開始する盗賊達だが―――
「状況判断が―――遅い」
そう呟くスコーピオの言葉が言い終わるかどうかというところで、最後尾の盗賊が悲鳴を上げていた。
更に次の盗賊、その更に次の盗賊と悲鳴が上がるが頭目は恐怖で振り返ることもできない。
スコーピオは首を狩った盗賊の馬から馬に飛び移って、先頭を直走る頭目の男を目指して行く。
(―――な、何が起こってんのか振り返りたくねぇええ!!!)
次々と後ろから聞こえる部下の断末魔に髭面をグシャグシャにして子供のように叫びながら逃げる頭目の耳に最後の部下、自分の腹心の部下の断末魔が聞こえた時―――
頭目は見てはいけないと思いながらも、振り返ってしまった……
「―――お前で最後だ」
「はあああああ?!―――ば、化け物ぉおお!!!」
その言葉を最後に―――
髭面の頭目の首が闇夜の空に舞って落ちていった……
キャンピング馬車からかなりの距離を離れてしまったスコーピオは『伝心』を使ってノワールと八雲に―――
「―――こちらスコーピオ……状況終了」
盗賊の殲滅完了を静かに報告していた―――
―――キャンピング馬車に戻ってきたスコーピオを見て
「お疲れさん」
と声をかけた八雲だったが今のスコーピオの姿を見ると、
「その恰好のままだと、ふたりが怖がっちまうな」
血塗れのスコーピオを見て八雲が、フゥ…と小さく溜め息を吐く。
ふたりとは、勿論ジュディとジェナのことだ。
「む?そうか……困ったな……」
スコーピオも流石にあのふたりを怖がらせたい訳ではないので、どうしたものか?といった表情を見せ首を傾げてしまう。
「大丈夫だ。任せてくれ」
八雲はそう言うが早いか風属性魔術の
「御子は凄いな。こんな魔術の使い方を考えるなんて。これなら洗濯いらずだな」
「黒龍城の傍にある湖の水を頭から被ったことがあってさ。その時に考えついた」
「湖の水を頭から被る状況とは一体……」
八雲の説明に困惑した表情を浮かべたスコーピオだったが、かまわず八雲は―――
「それで、奈落の使い心地はどうだった?」
「悪くない、いや最高と言っていい斬れ味だった」
「それはよかった。けどスコーピオ、それもう一本あった方が戦いやすくないか?」
「ああ、確かに二本あれば攻守に長けて、状況によっては一本投擲にも使えるな」
それを聞いて八雲は『収納』から黒神龍の鱗を取り出して、もう一本の奈落を『創造』した。
「いいのか?二本も頂いて」
「戦闘を見せてもらって、ああ、もう一本あればそこで斬れるのに、と思う場面がけっこう見えたから。気にしないで受け取ってくれ」
「そうか……感謝する/////」
普段から無表情なことが多いスコーピオだったが、薄明るい月明りの下で頬を少し赤らめている美女を見て八雲は思わず胸の奥がドキリとするのを感じた。
そうして、ふたりで馬車の中に戻って山の麓にある川の近くへと移動し、そこで野営の準備をすることにした―――
―――夜も更けて八雲は晩御飯の用意を開始する。
今夜の八雲はキャンプの醍醐味のひとつ―――BBQの準備を始めていた。
前回ジェーヴァとの夜にはカレーを作ったが、今回はキャンプ道具として『創造』したBBQコンロを試してみたくなり、下ごしらえも黒龍城のアクア―リオに頼んでおいて出発の朝に受け取ってきたのだった。
馬車の外に設置したコンロに炭を入れて更に薪の先を羅刹で削り、クルクルと巻き型になった薪の表面部分を花のように本体に残して作った種火用のそれに
その上にBBQ用の金網を置き、充分に火が起こったところで、肉・野菜・肉・野菜と順番に刺さった長い金串を載せて並べていく……
因みに野菜は玉ねぎやトウモロコシ、キノコも刺してあった。
「御子、これは変わった調理だな。この道具は野営用として特化した道具なのか?」
「ああ、俺の故郷ではバーベキューコンロといって、こうして炭で火を起こして、その上の金網に具材を載せて食べる野営料理の定番みたいなものなんだ。この形は色々な火を通す料理に応用出来て汎用性が高いのも魅力だ」
「お兄ちゃん♪ お兄ちゃん♪ これお肉?何のお肉?じゅる☆」
ジェナが目の前でジュ~!と良い音と肉の焼けるいい匂いに、瞳をキラキラ輝かせて八雲に纏わりつく。
「これはベヒーモスの肉だな。黒龍城で準備しておいたんだ」
「ベヒーモス?!それって超高級食材でしょ!!すごーい!!!」
「―――え?そうなの!?」
(ベヒーモスってそんな高級食材なの!?いや美味いけどさ……)
まさかあのベヒーモスがそんな高級食材とは知らずにBBQの具材にしている八雲だが、それならそれでと目の前の金串を火加減に気をつけながらひっくり返していく。
「これが『ばあべきゅう』というやつか!八雲の世界は本当に色々な料理があるなぁ♪」
ノワールはカレーで味を占めてしまい、八雲が料理するとなると必ず傍にいると心に決めていた。
「まあ、これは串に具材を刺して気をつけて焼けば出来るから誰にでも出来るよ」
そう言って焼けてきた串に城で作っておいたBBQソースを刷毛で塗りながら焼き上げ、次々と皆の皿に乗せていく。
「それじゃあ―――いただきます!」
「―――いただきまぁす!」
八雲がパンと手を合わせて挨拶すると、ノワールとジェナが早速その串に喰らいついていた。
「ハフハフッ!美味しいぃ~♪ このベヒーモスのお肉最高☆」
「ちょっとジェナ!お行儀が悪いわよ!」
「ハフハフッ!美味ぁいぞおお!このベヒーモスの肉は最高だな☆」
「ジュディ……こっちもこんなだから気にするな」
(なんかもうホントにうちの黒神龍がすみません……)
そんなことを思ったが、ふたりが幸せそうにパクついている食べっぷりに八雲は新しい串を載せていく。
「これは、しっかり準備さえしておけばバーベキューとは楽しめる食事だな」
スコーピオも気に入ったようで、肉と野菜を小さな口に運びながら感心して食べていた。
「さあ、まだまだあるから!ドンドン食べてくれよ!」
次々と網の上に載せていく串を皆で楽しく頂いていき、明日はエレファン獣王国の首都レーヴェへと入るのだった―――
―――BBQセットを片付けたあとは、一階の寝室を八雲とノワールが、馬車の二階を伸ばして、そこに出来る二部屋のひとつをジュディ・ジェナ姉妹が、残りひとつをスコーピオが使って休んだ。
スコーピオは自分が見張りに立つと言っていたが、
「黒神龍の鱗で出来たこの馬車を、誰が襲って来て壊せるんだ?」
と八雲が言うと、「あ……」という感じで納得した。
馬車の鍵だけしっかりと確認してベッドに入るとノワールが猫のように甘えてきて、今日は二階に三人が休んでいるからと八雲とノワールはキスだけ交わしてからそのまま抱き合って眠った―――
―――朝起きて八雲はジュディに手伝ってもらって軽くパンと目玉焼きの朝食を馬車の中で作り、皆で食事してからその場を出発する。
エレファン獣王国に入ってからは徐々に草原が見えなくなり、やがて土と岩だけの大地になった所々に針葉樹のような木々が少し見えるだけという景色に変わっていった。
窓の外の景色を見るジュディとジェナは複雑な表情をしている。
無理もない―――
一大決心で国を出て、無事に着いたティーグルではいきなり誘拐されてそれから紆余曲折あって、またこうして故郷に戻っているのだ。
「さてと、もうすぐ首都レーヴェが近いと思うんだけど?」
「―――はい、もうすぐ行けば首都の城壁が見えてくると思います」
そこで八雲はジュディとジェナについて訊いてみる。
「ふたりは首都に住んでいたのか?」
「あ、はい。レーヴェには様々な獣人が住んでいます。そんな種族ごとに住居が固まっていて、お互いに助け合いながら生活していました。ですが……私達の母はジェナが小さい頃に亡くなって父も働きに出ていた先で事故があって亡くなってしまい、このままではと考えて少しずつお金を貯めて漸くティーグルに働きに出ました……でも、そこで……あんなことに」
「そうか……俺も両親と祖父母まで失ったから、気持ち分かるよ」
八雲の言葉にジュディ、ジェナも驚いていたがノワールもまたそこで悲しげな瞳を八雲に向けてくる。
「聴いてくれ。ジュディとジェナにはレーヴェに着いたらやってもらいたいことがある」
「はい?何でしょうか?」
「着いたら、まず自分達の住んでいた辺りに行って、こう話して欲しい―――」
八雲の話は、こうした内容だった―――
―――前に住んでいた辺りに行って知り合いがいれば、自分達はティーグルで仕事を見つけて生活も安定してきたと説明。
―――そこで一度此方に片付けなければいけない用事を片付けに戻ってきた。
―――最近、エレファンでは特に変わりはなかったか?
―――護衛にスコーピオをつけるので何か変わったところがあったら、それはスコーピオに伝える。
―――スコーピオは八雲とノワールに『伝心』で報告。
―――ノワールと八雲は別行動で自分の目で不審な点がないか調査。
「―――という訳なんだが」
八雲の説明を聞いたジュディが困惑した顔をしているが当然だろう。
「あの、私達は道案内ということで雇われたはずですが……それは、何のために?」
「そう思うよな。詳しくは言えないがこのエレファン獣王国で何かが起こっているのかも知れない。そしてそれはエレファンとティーグルにとって最悪の事態を招くかもしれない。だからそれを調べる。信じて欲しいが、決して悪いようにしたい訳じゃない」
真剣に伝える八雲の目を見てジュディは信じることに決める。
「私は、私達は八雲様に出会えなければ此処にこうしていることなんて出来ませんでした……ですから、私は八雲様を信じます」
『御子様』からいつの間にか『八雲様』に変わっていたが、八雲は信じてくれると言ってくれたジュディに一言ありがとうとだけ答えた。
「私も!お兄ちゃんを信じてるよ!」
姉に負けじと返事をするジェナの耳をモフりながらジェナにも
「ありがとな!」
と応える八雲。
そう話している間にエレファン獣王国の首都レーヴェが地平線の先に見えてきていた―――