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第41話 第一次カレー戦争

―――ふたりを獣王国への道案内のために(強制で)雇った八雲は、ジェナとジュディを連れて黒龍城へと戻ってきた。


「んぅ―――ッ!ハァ……漸く帰ってこられたな……」


背伸びをして一息ついた八雲を見て、アリエスがニコニコとした表情で出迎えに来る。


「お帰りなさいませ。八雲様」


「ただいまアリエス。本当に疲れた……少し横になりたいよ」


疲れた顔で答える八雲の隣にいたノワールは、


「一晩中ジェーヴァを可愛がって寝てないからだろう?」


「―――ノワール様?!/////」


ノワールの一言にジェーヴァはボッ!と湯気が出そうなほど真っ赤な顔になり、そして次の瞬間その場の空気がピキン!と凍りついた……物理的に。


「……八雲様」


アリエスの周囲には肉眼で視認できるブリザードが渦巻いている―――


「……ア、アリエスさん?」


(ヤベぇ……文字通り氷の微笑……)


少し後退った八雲に一歩また一歩と近づくアリエスの冷笑した姿に、事情も何も知らないジェナとジュディは抱き合って頭の上の耳をペタンと寝かせると、ぷるぷると震えていた。


「―――冗談はそのくらいにしておけ、アリエス」


そこでノワールが割り込むとアリエスの周囲からさきほどまでの吹雪が突然ふっと消えた。


「はいノワール様。それと、おめでとうジェーヴァ。良かったわね♪」


「アリエス……あ、ありがとッス/////」


どうやらアリエスの悪戯だったようで、ホッと胸を撫で下ろした八雲だったがアリエスはそっと近づくと耳元で、


「レオとリブラが絶対拗ねますから、ご自分で慰めてあげてくださいね♡」


と囁かれて思わず、


「あ、はい……」


と力なく返事をするしか選択肢がなかった……






―――たった一日外泊しただけなのに久しぶりに感じる自分の部屋に戻ってきた八雲は、ソファーに腰を下ろして連れて来たジェナとジュディを向かいのソファーに座らせる。


ノワールとジェーヴァもそれぞれ自分の部屋に戻るということだったので今は三人で部屋に入った。


黒龍城に来てからジェナもジュディも借りてきた猫(実際は狼)のようにシュンと大人しくしていたが、意を決した顔でジュディが問い掛ける。


「あ、あの―――御子様!その、私達にエレファン獣王国の道案内をしろというのは……」


「ああ、ちゃんと説明するからそんなに心配しなくてもいいよ」


緊張して声を発したジュディに八雲はその心情を汲み取って落ち着く様に語りかける。


「実はエレファン獣王国に行く用事が出来てさ。俺はまだエレファンに行ったことがないんだ。だから君達を道案内として雇いたいってことなんだけど、もちろん報酬も出す。どうだ?ちょうど仕事を探していたんだろ?」


実際はアンジェラ王女がアルフォンス王子と離縁してまでエレファン獣王国に同行すると言い出したのを断るための方便だったが、実際にエレファン獣王国に住んでいて、此方に働き口を探しに来たというジェナとジュディの姉妹を道案内に雇うのは八雲としても丁度良かったのだ。


「確かに仕事は探していましたので、私達にしてみればとてもありがたいお話なのですが……私は助けて頂いたとはいえ……一度は奴隷に堕ちて、あそこにいた男の人達に……酷い……ことをされて汚れています……なので、御子様にお仕えするのは……」


「お姉ちゃん……」


ジュディはゴルカの奴隷商会で拷問を受けたり、歯を抜かれたりとボロボロにされたことで自分が汚れてしまったのだと思っていた。


被害者の立場になって考えれば、女性の身では堪えられない屈辱と悲しみであることは八雲も汲み取れる心情だ。


ノワールに状況確認とフォローのためジュディのされたことを訊いてもらったところ、まだ犯されるところまではされていなかったとのことだったが、何の慰めにもならないだろうし、ジュディ自身が八雲にも無意識に怯えたような雰囲気を見せているのは初期的な男性恐怖症の兆候が出ていると見て取れた。


「ジュディ―――ここは現実的な話をしよう」


「はい?現実的……ですか?」


突然の八雲の言葉にジュディは困惑するが八雲は構わず進める。


「まず君とジェナはエレファンから出てきたところで職がない。これからティーグルで仕事を探さなければならない。そしてふたりで安心して暮らす家も金も今は無い、ここまでは合っているか?」


「はい……確かにそうです」


八雲は努めて優しい口調で問い掛け、ジュディに生きるための道を示そうと心掛ける。


「うん、そして今から君達は仕事を探すことになる訳だけど、どこかに宛てはあるのか?」


「それは……これから探すことになります」


―――そう言い切らぬ前に俯いていくジュディ。


「だったら、さっき俺が言ったエレファン獣王国への道案内の仕事を、此処を出発してから此処に戻ってくるまでの日数で一日当たり、ふたりに大銀貨1枚払うと言ったらどうする?」


「大銀貨1枚?!……本当にそんなたくさん頂けるのですか?」


大銀貨1枚は日本円換算で十万円相当に値するこの世界でも大金だ。


ジュディが驚愕するのも尤もな労働内容に対して破格の金額提示である。


「こっちが頼んで雇わせてもらうんだから多少の色は付けるさ。道案内と言っても途中の道中はこっちで馬車を用意するし、食事の準備の手伝いや向こうに着いてからの細かい道の案内を頼むくらいなんだけど危ない目には遭わせないと約束する」


八雲はひとつひとつ不安要素になりそうなところを説明していく―――


「その仕事をまずはやってみて、手元に纏まったお金を用意してからティーグルでの生活基盤を作ることを考えてみないか?勿論こっちで生活について困ったことがあったら相談にのる」


八雲の破格の提案にジュディは逆にその条件に遠慮する気持ちが生まれて難しい顔をして考えているが、そんな彼女の手をそっとジェナが握る。


「―――やろうよ、お姉ちゃん!お兄ちゃんは絶対に酷いことなんてしないよ。それに私達、お兄ちゃんに恩返ししないとダメだよ」


手を握ってきたジェナの強い意志が溢れる瞳に見つめられたジュディは、そこで自分の意志を固めて八雲に視線を移す。


「ジェナ……分かりました。御子様からの話をお受け致します」


ジュディはジェナの手を握り直すと八雲からの仕事を受けると返事した。


「改めまして、ジュディ=天狼・サデンと申します。天狼族の十八歳です」


「お兄ちゃん、私はジェナ=天狼・サデンです!天狼族の十六歳です!」


「改めて、九頭竜八雲だ。十八歳だからジュディとは同い年だな。ところで、獣人の人達のミドルネームは何か決まり事でもあるのか?」


アンジェラ王女のミドルネームも『天獅』と名乗っていたことを思い出し、ジュディは八雲の疑問に答えていく。


「ええ。獣人族はそれぞれ原初の獣を崇めていて、天狼族や天馬族、天猫族に天兎族など、自分が連なる原初の獣をミドルネームに入れて子孫としての誇りを大切にしているんです」


「なるほどなぁ~」


「お兄ちゃん、アハハッ♪ くすぐったいよぉ~♪」


ジュディの説明を聞きながら気がつくと立ち上がってジェナの後ろに立った八雲は、モフモフとしたジェナの狼耳をモフりながら撫で撫でし倒すと、ジェナがそのくすぐったさに堪えられず笑い転げていた。


「ハッ?!―――気がついたらモフリストに?!ジェナ、恐ろしい子……」


「―――お兄ちゃんが勝手に撫でてきただけでしょ?」


自分の耳を撫で倒されてプンスコッ!と頬を膨らませているジェナを見て、改めてほっこりした気持ちになる八雲だった―――






―――そこから明日は準備に使って明後日の朝に出発すると説明してふたりのことを、廊下の近くにいたメイドにノワールから割り振られた部屋へと案内してもらい、漸く落ち着いてベッドで横になった八雲は溜まった疲れが出てきてそのままウトウトと眠りについていた……






それから気がつけば、夕方になっていた―――


「さすがに……腹減ったな……」


まだ少し寝ぼけ気味の八雲はTシャツとズボンの姿で食堂へと移動して、アクア―リオに何か作ってもらおうと廊下をトコトコひとりで歩いて食堂の扉を開けると―――


―――そこには、


ノワール、アリエス、クレーブス、シュティーア、アクア―リオ、フィッツェ、ジェミオス、ヘミオス、コゼローク、レオ、リブラが巨大な長テーブルの席に座り、俯いて暗い空気を漂わせている。


そして何か気まずそうな顔をしたジェーヴァが苦笑いをしていた。


同じく食堂にいたジュディとジェナ姉妹は何がどうしたのか、まったく分からずにいてオロオロしているのが少し可愛いと不謹慎にも思ってしまった八雲。


「どうしたんだ、これ?お通夜みたいに……何かあったのか?」


八雲は一番説明ができそうなジェーヴァに問い掛けると、


「八雲よ……お前、ジェーヴァと一晩過ごした日に、手料理を食わせてやったそうだな?」


代わりに上座のお誕生席に座っていたノワールが八雲に恨めしい表情を浮かべながら訊ねる……


心なしか黒いオーラを噴出しているのは見間違いではない。


「ん?ああ、カレーライスのことか―――」


「―――そう!それだぁああっ!!!その『かれぃらいす』なる料理を!妻である我よりも先に他の女に振る舞うとはどういう了見だ!事と次第によっては……この国を今夜、灰燼へ帰すことも辞さないぞ……」


「おい、料理ひとつで物騒にもほどがあるわ!……たかがカレーライス如きで国を滅ぼされるなんて、国とは……」


(ノワールの世界滅亡計画の発端がカレーライスとか、後々の歴史学者でも理解出来んわ……)


そう心の中で突っ込む八雲だがノワールは真剣だった……


「出来ないと思っているのか?我は黒神龍だぞ!我がちょっと本気を出せば国のひとつやふたつ―――」


「―――そのカレーまだいっぱいあるけど?食べたくないのか?」


「ホントかああ!?―――し、しかし、しょせんは昨日の残り物ではないか!」


一瞬揺らいだノワールだったが、そこで八雲は『カレーの魔法』をこの異世界で詠唱する―――


「フフフッ……ノワールさん、カレーの名言を教えてやろう……


『カレーは二日目が美味い』


これがすべてだ」




―――カレーは二日目が美味い……




―――二日目が美味い……




―――美味い……




「なん……だと……」


食堂に響く八雲の声に誰もが動けずにいる……


昨日そのカレーを食べたジェーヴァでさえも。


「カレーは様々な具材を煮込むことで、それぞれの具材の旨味を引き出して融合させることによって生まれるパパもママもお子ちゃまも皆大好き料理!!その調理の工程から次の日も具材にルーを浸透させるという、どこまでも旨味を追求する特性を崩さない完成された至高の料理!!―――というわけで食べたい人は手を上げて」


その言葉に0.005秒で全員の手が衝撃波をシュバッ!と巻き起こして真っ直ぐ天井に向けて突き上げられたのを見た時、八雲はこの戦いに完全勝利していた―――


手を上げていなかったジュディとジェナにも八雲は一緒に食べようと誘うと、遠慮するジュディと大喜びのジェナを見て八雲も思わず笑顔が零れてきた。


それから黒龍城に戻ってくるまでに火を通して熟成させて『収納』に仕舞っておいたカレーの入った寸胴鍋を取り出し、アクアーリオとフィッツェに手伝ってもらいながら大量の米を日本式での炊き方と蓋を取るタイミングまで教えて、今後またカレーを作る際に米も用意してもらえるように頼む。


大きい寸胴鍋で作っておいたカレーを火に掛けて掻き混ぜながら今の鍋だけでは足らないかも知れないので、黒龍城の厨房にある寸動鍋に新しいカレーを仕込みながらアクアーリオとフィッツェに調理法を教えた。


そうしてふっくらと炊けた白い米を見てアクア―リオとフィッツェはジェーヴァの時と同じく驚きの表情になり、そこから温まった二日目のカレーを上から垂らして皿を全員分テーブルに用意すると―――


「―――いただきます!!」


と手を合わせて叫ぶ八雲に倣って、全員で「いただきます!」をして食事を始める。


「―――なにこれ?!美味しいぃ!!!」


「辛みがあるけど、それとこの米がうまくバランスを取っていてすごく美味しい!」


「これが八雲様のいた世界の料理か……興味深い、というか美味しい♪」


「兄さま!これって兄さまの世界のお料理なんですよね?すごく美味しいです♪」


「確かに昨日頂いたカレーよりも、さらに美味しくなってるッス♪」


「僕、色々な国に行って美味しい物食べてきたけど、こんなの初めてだよ!」


「……モキュモキュ……辛い……モキュモキュ……美味しい/////」


「我はおかわりだ!アクアーリオ!すぐにおかわりをもて!!」


どうやらカレーライスはジュディとジェナも含め全員に好評のようで、これからは香辛料の分量なども新しいカレーを仕込んだ時に教えたことによりアクアーリオが作ってくれるだろうと考えつつ、八雲もカレーを食べて腹を満たしていった。


この国の存亡に関わったカレーライス……たったひとつの料理が世界の崩壊を招くことになるかも知れない。


八雲はその脅威と恐怖を第一次カレー戦争と名付けて胸に刻んだのだった……






そうして一頻りカレーライスを堪能したあとに、八雲の元にレオとリブラが近づいてきた。


「八雲様。お休みの前に少しお話してもよろしいでしょうか?」


レオからこんな提案は初めてだが、そこで八雲はアリエスの忠告が脳裏に浮かんだ。


「分かった。部屋で聴くとするよ」


そうして八雲は自分の部屋に戻ってからしばらくして、部屋にレオとリブラがやってきた。


「それで、話っていうのは……」


「臣下の身で差し出がましい事を話しますこと、お許しくださいませ。この度のジェーヴァの件……私もリブラも八雲様の専属メイドでありながらジェーヴァが先に寵愛を頂いたことを羨ましく思っております」


レオの言葉に八雲はアリエスの忠告から何となく察していたので、そう言われるのは八雲自身にも配慮が足りないところがあったと反省している。


「八雲様は、レオと私では抱きたいとは思われませんか?」


「―――抱きたいに決まってる!」


リブラの言葉に八雲は思わず声量を上げてしまうが、後悔はない。


「でしたら、どうか今夜……私達ふたりに『龍紋』をお与えくださいませ」


そう言って深々と頭を下げるレオとリブラに八雲は嬉しさが込み上げるのを感じていた。


「ふたりの気持ちはわかった。それじゃあ先に風呂に入ろう。もちろん一緒に」


全員で風呂に入ろうという八雲の提案に、レオとリブラは最初驚いた顔をしたが、


「―――はい♡/////」


すぐに赤らめた頬で笑顔を見せながらメイド服を脱ぎ捨てていく姿を見て、八雲もTシャツを脱ぎ捨てていた―――



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