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第40話 九頭竜八雲の策謀

―――エレファン獣王国の動向を調べる件について玉座での会議は続く。


「―――まず始めは『五事』の確認だ」


「……ごじ?とは?」


エドワードが問い掛けると八雲は孫子の兵法に基づいて語り始めた―――


「まず『五事』っていうのは、道・天・地・将・法の五つの基本事項のことで―――」


八雲の語る『五事』について、その場にいるエドワードや王族の面々と大臣や騎士団長達にも確認する。




―――『道』とは、


国民の心を上に立つ君主とひとつにさせること。

君主と国民が生死を共にすることに疑いを持たないようにすること。


これについてはティーグルの国民から国王への支持は高く、纏まっているという話だった。

八雲としても国が有事の際に纏まれるだけの結束力があればいいと思っていた。




―――『天』とは、


四季といった季節の状況や気温の寒暖といったものについて、その推移はどうなっているかということ。


エレファン獣王国の気候はティーグルよりも土地が痩せており、気温も北部なのでティーグルよりも少し低いが、そこまでの差はないということだった。

現在どちらも春先に入り、雨季もまだ遠いと聞いた。




―――『地』とは、


敵との距離とそこまでの地形の険しさや平坦さ、地形が有利か不利かということ。


ティーグルの首都アードラーからエレファン獣王国の首都レーヴェまでは距離にしておよそ千kmあり、その間はほぼ平坦な土地が続いているが国境となっている山脈が途中あって、高さはそれほどでもないが道のりの中では一番の難所となる。




―――『将』とは、


智力・誠実・寛容・勇気・厳格さといった将の能力はどうかということ。


ティーグルでは近衛騎士団を除いて軍部には五つの騎士団があり、近衛騎士団のラルフ団長と同じくそれぞれの騎士団に五人の騎士団長がいる。

五人とも人望・智力・武力と揃った人材を登用しており、ティーグルの国防を担っている。




―――『法』とは、


軍の編成・各人の職権・将の指揮権に対する軍律は確立しているかということ。


先ほどと同じく軍部は五つの騎士団があり、団長以下、副長、千人隊長、百人隊長と職位があって軍律も厳しく取り締まっているとのことだった。




そこまで確認して八雲は―――


「なるほど……」


―――と今説明された内容を『思考加速』を発動させた頭の中で整理する。




因みにティーグル皇国軍部の五つの騎士団は―――


第一皇国騎士団


第二皇国騎士団


第三皇国騎士団


第四皇国騎士団


第五皇国騎士団


と呼ばれており、各団長の元に副長が二名、その下に千人隊長が十名、その下に百人隊長が百名と騎士団辺り一万人で編成されているので軍事力の総力は五万名となり、これに近衛騎士団がラルフの元に二千名存在し、国の保有軍事力は五万二千名となる。


これは西部オーヴェスト各国の中では、かなりの軍事力となることを付け加えて八雲は説明を受けた。


またエレファン獣王国の軍事力は約二万名とのことで、これは国外に仕事を求めて出ていく若者が多いために徴兵も儘ならないという裏事情が反映されていた。




「―――大体分かりました。それじゃ次にエレファン獣王国以外のティーグル皇国を取り囲む六つの諸国との国家間の関係、状況について、簡単でいいので教えて下さい」


「では、まずはエーグル帝国だが―――」


八雲の質問に答える外交大臣やエドワードの所感も込みで説明を受けていく―――




―――エーグル帝国


エレファン獣王国の隣国となり、ティーグルとも隣接する国家。

現在皇帝の崩御のあとで次期皇帝が即位したばかりのため、国内はまだ不安と期待で動揺している。

ティーグルの王族とは大昔に縁戚関係にあり、国交も交易も盛んに行っており関係は良好な国家。




―――商業国家リオン


エレファン獣王国から見るとエーグル帝国の反対側にある隣国でティーグル皇国とも隣接する国家。

名前の通り商業で栄える国であるため、隣国や海の向うのシニストラ帝国とも貿易を行っている国家。

ティーグルとも、もちろん交易は盛んで関係も良好を保っている。




―――その他のエレファン獣王国と隣接しておらず、ティーグル皇国と隣接する国家


ウルス共和国


フォック聖法国


イロンデル公国


フォーコン王国


これらの国々とも国交・交易はあり現状問題は起こっていないとのことだった。




―――話を聞いた八雲は黙っていたが、やがて口を開く。


「なるほど……それじゃまずはエーグル帝国と商業国家リオンに使者を出して下さい」


突然の提案にエドワードは訝しげな表情を浮かべるも、


「使者とは?エレファン獣王国が万が一にも我が国に攻め込んでくるようなことがあれば援軍を約束してもらうのか?」


と八雲に問い掛ける―――すると八雲は、


「いいえ違います。エーグルにもリオンにも、エレファン獣王国の動向に不審な点があり、貴国に何らかの行動を起こすかもしれないから国境に注意しろと伝えてください」


「なっ?!そんなことを伝えれば、エレファン獣王国は!」


「孤立するでしょうね。リオンもエーグルも不審を抱いて視線はエレファン獣王国に向くでしょう」


サラッとエレファン獣王国を孤立させる策をこの場ですぐに献策する八雲に、玉座の間の空気はピリッと緊張の渦に巻き込まれる。


だがアンジェラ王女だけは―――


「―――そんなことをされては故郷が隣国の脅威に晒されます!」


―――と反論を述べるが八雲はその点については冷徹に言い切る。


「既に向こうはどんな理由であれ、こちらの国にリッチを送り込んで国土を侵略する行為を行っていた。それはエレファンの国王とリッチの契約云々や怪しい女のことなど不明瞭な点を除いたとしても、紛れもない事実だ。それはティーグルの感情としては容認できない事態だろう?」


完全に論破してしまうが、アンジェラの感情も収まらない。


「確かに御子様のおっしゃることは分かります!ですが……」


「手を出しておいて痛みを伴わないのは不公平だ。これは別にエーグルやリオンに攻め込めと煽る訳じゃない。あくまで注意を促す程度だ。そう伝えておけば、少なくともエレファン獣王国に注意が向いて万が一にもティーグルとエレファンが戦端を切ることになったとしてもエーグルとリオンはこちらの忠告にあった通りエレファンがやはり、という考えになって余計に疑心暗鬼になる」


八雲の説明を玉座の間に集った者達は黙って聴き入る。


「簡単には参戦しようなんて自国の軍を動かせないはずだ。注意を促したティーグルに恩はあっても仇はないし、ティーグルが戦闘状態になったとしても此方に刃を向ける真似はさせないという布石に必要な措置だ」


それは戦争という最悪の事態に陥ったとしても、隣国の介入を防ぐため策を巡らすことだった。


「調べてみて原因や動機が判明して問題が解決したなら、それはそれでティーグル皇国とエレファン獣王国の連名でリオンとエーグルに公式な書簡を出せばいい。間違いでした!解決しました!とでも言っておけば向こうも下手に出てこられないだろう」


次々と出される八雲の策にエドワードも他の者も何も言えない。


「―――ウルスやフォック、イロンデルとフォーコンにも知らせるのかね?」


エドワードは他の4カ国にも同様に対処するのかと八雲に尋ねる。


「いや、そっちは何も知らせず、変な動きをしないか監視だけ厳しくするのがいいでしょうね。エレファン獣王国の反対側の南に隣接する国は関係が良好だとしてもティーグルとエレファンが戦争になれば、隙だらけのティーグルの背中を刺されることが絶対にないとは言えない。こっちから隙を作るようなことを知らせる必要はないし、むしろ黙っていた方がいいでしょう。まあ、彼方だって曲がりなりにも国家ですから情報員はいるんでしょうけど」


こうして八雲の各国への采配は決まった―――


「―――それじゃ反対がないならこれでいきます。そして俺は準備が整い次第エレファン獣王国に行きます」


「御子殿が!?エレファンへ直接乗り込まれるというのか!?」


エドワードは八雲がエレファン獣王国に向かうという言葉に驚く。


「別に突撃しようって訳じゃないし、さっきから言ってるけど俺は調べに行くだけです。国の政は国の偉い人達がすることでしょう?さっきの策も俺が動きやすくしたいからっていうだけだ」


八雲がそう説明するとアンジェラが前に出て、


「―――御子様!どうか、わたくしを道案内にお連れください!」


「アンジェラ!何を突然言い出すんだ!!」


突拍子のないアンジェラ王女の願いに、その場にいる誰よりも夫であるアルフォンス王子が大声を上げる。


「いいえアルフォンス様!わたくしの故国の大事となれば、ジッとしてはいられません!どうか……わたくしを今すぐ離縁し、御子様との同行をお許しください!」


「―――アンジェラお姉様!?」


「―――アンジェラ王女!早まるではない!」


アンジェラはアルフォンスに向かって膝を着き離縁を願い出て、その頭を深く下げる姿にヴァレリア王女もエドワード王も思わず声を上げた。


愛する妻から離縁などという言葉を聞いてアルフォンスは更に激昂したが、しかしゲオルクだけは顔を逸らしてニヤついているのを八雲は見逃さない。


【―――ジェーヴァ、あのゲオルク君はなんであんなに嬉しそうなのか分かるか?】


『伝心』で後ろに控えている国内情報に詳しいジェーヴァに八雲は問い掛けた。


【ああ~それはですね、ゲオルクは獣人を……というより自分達王族以外は全て見下している選民主義の塊みたいなヤツだからッスねぇ……ゲオルクのところに雇われた獣人はいつの間にか姿を消すって巷ではかなり有名な話しッス】


【……つまりアイツは下衆ってことでいいか?】


【―――はい。獣人の姫を正室にしている兄のことも、そしてその妻のことも以前から気に入らなかったという話です】


ジェーヴァの情報に八雲はゲオルクに嫌悪感を覚えたが、そんなことで一々その人間を消し飛ばしていたら八雲自身がそのうち討伐対象にされてしまう。


【―――なんだ?あの小僧を消し飛ばせばいいのか?】


そこにノワールが『伝心』にひょっこり割り込んでくるが、


【それは状況によって俺が喜んでやるから今は泳がせておこう】


そう『伝心』で答えて自分とノワール達に害さえなければ、ある程度は様子を見ることにした。


そんなことを考えている間にもアルフォンスとアンジェラの話は平行線になっていて、八雲としても人妻を同行させて隣国に赴くなんて御免だ。


「ああ~申し出はありがたいけど王女では目立ちすぎる。それに道案内だったら心当たりがあるから、アンジェラ王女は吉報を待っていてください」


「心当たり?獣王国のことを知る者がお知り合いにいるのですか?」


アンジェラは顔を上げて八雲に視線を移し問い掛けると、


「ええ、ふたりもいますから大丈夫です。そうでしょう公爵?」


「えっ?……ああ、なるほど~♪ 確かに最近、可愛いふたりと知り合ったねぇ~♪」


八雲の意図に気がついたのかクリストフは納得し、その場は八雲の提案に沿って動くことがエドワードの勅命として発せられ、玉座での会議は終わり、八雲はようやく放免となった―――






―――アークイラ城から公爵邸に戻った八雲達をシャルロットとアンヌ、そして誘拐から助けたジェナとジュディが待っていた。


ジェナもジュディも出会ったときとは見違えて汚れていた身体も小綺麗になり、服装もしっかりした作りのシャツと膝丈のスカートに変わってスカートの後ろ部分からはフサフサの尻尾が飛び出している。


「お帰りなさいませ!八雲様☆」


シャルロットはジェナとジュディを連れて八雲の傍にトコトコと寄ってきて、瞳をキラキラさせて元気に出迎えてくれた。


「あの……御子様!この度は本当にありがとうございました!」


「お兄ちゃん―――じゃなかった?!御子様!お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」


ジュディとジェナはペコリと頭を下げて、八雲に助けてくれたことへの礼を伝えるが、


「別にお兄ちゃんでいいぞ―――むしろそっち推奨」


「ふえ?そ、それじゃ……お、お兄ちゃん/////」


ジェナが照れ臭そうに―――お兄ちゃんと呼んでくれたことで萌えによる清涼飲料のような爽快感を覚えて、八雲が城で受けた疲労感は消え失せていった。


「あの、御子様。この御恩をどう返せばいいのか……」


そこで八雲はふたりの肩に手をトン!としっかり掴むように置いて、


「気にするな、とは言ったけど……やっぱ、ふたりには働いてもらいたいんだよねぇ♪」


不敵な笑みを浮かべて顔を近づけてくる八雲にジュディもジェナもやや引き気味になっていたが、命の恩人である八雲が働けというのであれば身を削る覚悟をした。


そんな真剣な顔立ちをするふたりに八雲は、


「ちょっとエレファン獣王国まで行くから、道案内やってくれ」


「……え?」


そう言って白き狼の少女ふたり、獣王国への道案内として雇うことにしたのだった―――



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