―――八雲が野営用に黒神龍の馬車を『収納』から取りだし、鉱山の入口から少し離れたところに見つけた小川の近くに設置する。
【―――という訳ッス。ノワール様】
エアスト公爵邸を出発してから今までの経緯を一通り『伝心』を使って報告し終えたジェーヴァだったが、
【なるほどな―――エレファン獣王国も随分きな臭い動きをしているじゃないか。いずれにしろ、その話は我からクリストフに伝えておこう。お前達は今から戻ってくるのか?】
【そ、それが今からアードラーまで戻りますと深夜になるッス。ですので八雲様と相談して一晩こちらで野営しよう、ということになりましたッス/////】
ジェーヴァの話を聞いた途端にノワールの態度が、先ほどまでのシリアスな雰囲気から一気に揶揄いたくて仕方がない口調に変わっていく。
【ほほう♪―――なかなかやるな!ジェーヴァ。今夜は八雲とふたりきりかぁ♪】
【いや?!その、自分は別に……そういうんじゃないッス!/////】
と言いつつ、顔を真っ赤にしてあたふたするジェーヴァだったがノワールは、
【かまわん!かまわん!お前自身がそうしたいのであれば、存分に八雲に甘えるがいい】
姿は見えなくともジェーヴァの狼狽振りをノワールはすべてお見通しだった。
【あの、ホントにいいッスか?】
【我はお前達が八雲から寵愛を受けることに反対などせん。お前が嫌なのに八雲が無理矢理抱こうとしているなら、制裁してやらんこともないが?】
【いえ!!八雲様はそんなこと絶対しないッス!】
全力で否定するジェーヴァに、公爵邸にいるノワールはニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
【ああ、そうだろうな。だからジェーヴァ、思いの丈を八雲に伝えるがいい。我の夫だぞ!お前を無下に扱うようなことはしないと断言してやる!思い切り甘えよ】
【ありがとうございますノワール様/////……このジェーヴァ、必ず八雲様に自分の気持ちをお伝えするッス!】
【その意気やよし!吉報を待っているぞ。明日はゆっくり戻ってきてかまわんが、公爵邸に戻る様に八雲に伝えておいてくれ。あ、あとあいつは我ですら敵わないほどスゴイからな♡】
最後に意味深なセリフを言って、ノワールの『伝心』は途切れていた―――
「ス、スゴイって何が?……はああ、ノワール様はやっぱり器が大きいッスねぇ……/////」
ノワールは自分の夫である八雲に対して臣下の身であるジェーヴァが慕っていることを伝えているにも関わらす、甘えることも抱かれることも許すと言っているのだ。
実際ノワールは
それは決して強制ではなく、愛しい自分の夫のことを知って欲しいというノワールの想いと、ノワールに絶対の信頼を置く彼女達にとって人としての愛情について知る、切掛けになって欲しいという考えからだ。
それに龍牙人である彼女達は本体であるノワールが惹かれる者に自然と惹かれていくようになるのだ。
現にジェーヴァもまた八雲と時間を過ごしていたこの短い時間の中で次第に魅了されていったひとりである。
「―――ノワールに報告終わったのか?」
「うひゃあ?!や、八雲様!―――は、はい大丈夫ッス!全部報告して明日は公爵邸に戻って来てくれとのことッス/////」
「そうか、それじゃあ今日はふたりきりだな」
「ヒェッ?!―――そ、そうッスね!/////」
八雲の口から『ふたりきり』だなんてワードを聞かされただけで、ジェーヴァは舞い上がって耳まで真っ赤になっている。
「実はこの馬車、俺の世界では『キャンピングカー』っていう乗り物を参考にしているんだ。こうして野営する時には家みたいに使えるっていうのが目的で造られた物で、今回これを使って野営するのが初めてだから楽しみなんだ」
そう言って八雲は少し子供みたいな笑みを浮かべ、ジェーヴァもそれを見て胸の中がほっこりと温かくなるような気持ちになった。
「そうなんスねぇ♪ 八雲様の世界の話、色々聞いてみたいッス!」
そんな会話をしながらキャンピング馬車の中に入っていくふたりだった―――
―――八雲の世界にある高級キャンピングカーをコンセプトに造られた黒神龍の馬車、キャンピング馬車は様々な豪華設備を有している。
全長二十五m・全幅五mの巨大なフルコンバージョンのキャンピングカーで実は収納型の二階も存在し、収納時は高さ六.五mで天井を伸ばした際の展開時は高さ八.五mにもなるという大型高級車だ。
そもそも高級キャンピングカーには車内で快適に過ごすために多くの設備が整えられ、コンロやシンク、冷蔵庫や電子レンジなどが揃ったキッチンは料理好きのキャンパーには欠かせない。
もちろんこの世界に電力はないが、その代わりに魔力が存在する―――
本来の高級キャンピングカーには、二口以上あるコンロや収納力に優れた大きな冷蔵庫も完備されているが、この世界のキッチンには魔力で熱を放射する魔法陣を刻印した付与魔術の鉄板がコンロ代わりに使用されている台所が殆どだ。
冷蔵庫は発想がなかったのか存在しなかったが以前に八雲が水属性魔術を駆使した冷蔵庫が、このキャンピング馬車には完備されている。
また冷暖房どちらにも対応可能なエアコン代わりに青いスイッチ・赤いスイッチの付いたエアコンサイズの箱があり、その中にスイッチに連動している温風、冷風の付与魔術を施した魔力刻印の入った鉄板と風魔術を付与魔術とした部品を入れた魔力エアコンを設置しているため、夏の暑さに苦しむことも冬の寒さに凍えることもなく快適な空間を生み出す。
そして大きなベッドが設置されていることも高級キャンピングカーの醍醐味であり、ここにはドワーフの職人特製キングサイズのベッドが設置されていた。
ほかにもシャワールームというよりも大きな浴室やトイレもあるため、キャンピングカーにいながら自宅にいる時と変わりない時間が過ごせることが八雲の目標だった。
入口から入るとまず馬車の前方向をぐるりと囲むように凹型にソファーが設置され、その真ん中のスペースに固定したテーブルが設置されている。
そこから馬車後方に向かうと付与魔術を施された二口のコンロがある広いキッチンとシンクがあり、向かい側には大型の冷蔵庫が設置してあった。
その先にはそれぞれ個室型になっているトイレと風呂場が設置されていて、その隣には展開した際に二階に上がるための階段が見え、そして最後部にはキングサイズのベッドルームが設置されてカーテン付きの大型の窓が取り付けられている。
二階部分を展開すると階段を上ったところにはお茶会が出来るテーブルと椅子があり、さらに壁で区切られた個室が前方・後方に二部屋あり、それぞれにダブルベッドが設置されている。
これほどの高級キャンピングカーで車幅など交通規制を気にせず造られているので八雲とシュティーア、そして工房のドワーフ達が腕によりをかけて造り上げた傑作なのだ―――
―――八雲はこのキャンピング馬車が完成した時アクアーリオとフィッツェに調味料や食料を分けてもらっていて、冷蔵庫の調味料用の棚の中も満載状態にしていた。
「さて、腹も減ったし、飯でも作るか」
「え?八雲様が作ってくれるんスか?」
「ああ!こう見えても、こっちに来るまでは自炊してたんだぞ。そういえば……こっちに来てから自分で作るのは初めてだな」
「え……それって……八雲様の手料理をこっちでは自分が初めて食べさせてもらえるってことッスか?/////」
「まあ、そうだな。あ、心配しなくてもちゃんと作れるからな!ちょっと待っていてくれ」
そう言って八雲はキッチンスペースへと向かう。
「―――い、いえ!自分も何かお手伝いするッス!/////」
はじめ八雲の手料理を誰よりも先に食べられることに感動していたジェーヴァだが、さすがに自分の仕える八雲にだけ料理をさせて自分が何もしない訳にはいかないと思い立ち、八雲の背中を追ってキッチンに向かう。
「そうか?それじゃ野菜を出してサラダを作ってもらっていいか?」
「―――了解ッス!」
そうしてキッチンに立った八雲は―――
コートと黒いシャツも脱ぎ、Tシャツに黒いパンツ姿になって『収納』から出した黒い生地のエプロンを出すと身体の前に纏った。
キッチンに立った八雲は冷蔵庫から出した野菜や肉を用意し、まな板で順番に下拵えしながら二口コンロのひとつに土鍋のような鍋を火にかけて蓋をして熱していた。
その間に調理を進める八雲は寸胴鍋に炒めた肉と一口サイズに切り分けた野菜を煮込み始め、その間にすり鉢を用意してアクアーリオから分けてもらってきた香辛料を棚から取り出し、擦り潰していく―――
そしてその香辛料の粉を加え入れた寸動鍋をオタマでかき回しながら、他にはリンゴ、蜂蜜、生姜、にんにく、そしてトロみ付けのために小麦粉を混ぜながらかき回していると土鍋の蓋がグツグツと吹き零れだした―――
「八雲様?!―――お鍋が!!」
そう言って蓋を開けようとするその手を握って止める八雲に、その手を掴まれてドキッ♡ とするジェーヴァ。
「初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」
「……へ?」
八雲が土鍋で炊いていたもの、それは―――米だった。
火を止めてしばらく蒸らしていたそれの蓋を開けた瞬間、ツヤツヤした白米が表面に蟹の巣を作って炊きあがっていて、白い湯気とともに炊きたて独特の白米の匂いが広がる。
「これ、米ッスか?米ってこんな風にして食べられるんスねぇ!てっきり飼料にしかならないかと思っていたッスよ!」
「アクアーリオとクレーブスに訊いたら、アンゴロ大陸だと主食で食べられているそうだぞ?」
「そうなんスねぇ~♪ それで、こっちの鍋は何を作っているんスか?」
そう言って寸胴鍋の中から漂ってくる食欲をそそる香辛料の香しい匂いに、ジェーヴァは口の中に唾が湧いてくる。
「ああ、これはキャンプの定番、みんな大好き、その名も―――」
―――可変式の二階を展開して階段を上がったところにあるテーブルと椅子
そのテーブルにジェーヴァが作ったサラダと八雲渾身の一品である『カレーライス』を並べて、ふたりで席につくと―――
「いただきます!」
―――と元気に挨拶をして、ふたりで食事を楽しむ。
「ふああっ♪―――八雲様!八雲様!このカレーライスって料理、とっても美味しいッスね♪ 最初お米にカレーをかけだしたときは、かなり驚いったッスけど!でもこうして合わさることで凄く食べやすくて、お米もふっくらしてカレーの際立った存在をまったく邪魔してなくて、お互いがひき立て合って最高に美味しいッス!!」
「そこまで喜んでくれたら作った甲斐があるよ。ジェーヴァのサラダも美味しいよ。このドレッシング、自分で合わせて作ったのか?」
「え?そ、そうッスか?/////普段自分で食べるときに、調味料合わせて適当に作ってるやつなんスけど/////」
「そうなんだ?いや丁度いい具合だからさ。今度戻ったらふたりでまた何か作ろう」
「は、はい♪ ぜひ!今度は八雲様の国の料理を、お、教えてほしいッス/////」
(やった!ふたりでまた料理する約束の言質取ったッス!)
「ああ、そうだな。そう言えばアクアーリオ達にも教える約束していたから一緒に作ろう」
「は、はいッス……」
(いや、そうじゃないッス!八雲様!そこはふたりがよかったッス!!)
内心、そんなことを思いながらシュンとするジェーヴァの様子に気づかない八雲は食事を終えると、
「それじゃ、風呂入って休もう。明日はアードラーに帰らないとな」
「そ、そうッスね!明日は早いですし!」
後片付けをした後に八雲はそのまま風呂に向かうが、その背中を見てジェーヴァは顔を赤くしながら自分自身に覚悟を決めた。
(このまま別々に夜休んで終わりなんて絶対嫌ッス!ノワール様にまで許可を頂いて機会を得たのを活かせずして何が序列09位ッスか!!)
フンスッ!と鼻息荒く拳を強く握ったジェーヴァは、決心を固めて八雲の向かった方向へと突き進む―――
―――カポーン♪……キャンピング馬車の浴場には、シャワーは勿論のこと大きい湯船も設置されていた。
「アアア~♪ キャンピングカーにゆっくり浸かれる湯船を設置するとか贅沢だよなぁ。お湯も水さえあれば付与魔術ですぐお湯沸かせるし、シャワーも洗い場もあるしクリストフさんが『世界最高』って言っていたのもホント嘘じゃないと思うよ」
この世界には道路もなければ車幅等の規制もないので、八雲の世界にある高級キャンピングカーと比べてもこれほどのものは無い。
そんなことを満足気に考えながら湯船に浸かっていると―――
―――ガラガラ!と風呂場の扉が開く。
「―――え?」
「八雲様、お背中を流させて欲しいッス/////」
振り返った八雲の目の前には一糸纏わぬ健康的な裸体で入って来たジェーヴァが顔を赤くして立っていた。
そして、それを見た瞬間に八雲の身体もすぐに雄として正しい反応を示していた―――