―――装備も整えて八雲とジェーヴァ、それとゴルカは洞窟の前に立つ。
「おい、オッサン―――まず、この坑道の先がどうなっているのか正直に教えろ」
「わ、分かった……」
口籠りながら奴隷商人ゴルカは話し始める―――
ゴルゴダ山の鉱山は希少素材の鉱石が採掘されるため、領地の収入源である。
当然、重要施設といえる場所だったがそこでゴルカが行っていた業とは―――
―――この鉱山に採掘のため、獣人の奴隷も人族の奴隷も男女問わず投入していた。
―――そこでダニエーレ＝エンリーチ侯爵と結託し、鉱山内に特別な部屋を用意した。
―――その部屋には鎖で繋がれて強制的に、獣人や人族の男の欲求を解消するためだけに女の奴隷を性欲の捌け口として拘束し閉じ込めていたのだ。
―――もちろん避妊などはしないため、そこで子供が生まれたら、その子供が育つとまた奴隷として売り払うという誰が聞いても吐き気がする業の深い話しだった。
話を聞き終えてジェーヴァのゴルカを見る目が殺意で染まっていく―――
「―――ヒイイイッ！」
『殺気』にあてられたゴルカは震え上がるが、八雲は構わずに坑内の造りについて問い質す。
「な、中はまず広い通路が続いていて、暫く行くと右に広い部屋がある。そこが……女達を繋いでいた部屋だ。その部屋を過ぎて先に進むと……かなり奥に行ったところに大きな空洞になった広場みたいなところがあって、そこから個別の採掘をする穴が壁に幾つも空いている。採掘はその穴の中で行っていた。それが、このゴルゴダの鉱山の中だ」
洞窟の構造を把握した八雲は入口に目を向ける。
入口から見えるだけでも横幅は十五ｍほどの余裕がある大きな洞窟で奥は当然のように真っ暗であり、まるで巨大な魔物が大きな口を開けているようにも見えた。
「―――それじゃあ、入るぞ」
八雲はふたりにそう告げると、光属性の
落ちてこない照明弾のような光の球で、かなりの範囲が明るく見通せるようになり、『索敵』スキルを展開しながら洞窟内に足を踏み入れると数十ｍ行ったところで正面からガチャガチャとした硬い物がぶつかる音が近づいてくる。
「何か来るな……」
「ヒイイイイッ！―――魔物か？！」
「オッサンうるさい……ん？あれは―――」
―――そこに現れたのは、骸骨。
―――自ら動く骸骨。
死者の怨念の一部や雑霊が乗り移っていたり魔術で動かされたりしている最下級のアンデッドであり、知能は無きに等しいとされるスケルトンの軍団だった―――
「あれはスケルトンの群れッスね。八雲様、ここは自分にやらせて欲しいッス！この
「―――分かった。具合を確かめて、どこか直して欲しいところがあったら言ってくれ」
「―――了解ッス！」
ガシャン！と形のいい胸の前で黒鉄を装着した拳を打ち合わせると、ジェーヴァはひとり前に出ていく。
可変式のナックルカバーは拳の前にセッティングされ、ボクサーのようにかまえて軽くステップを踏みながらシャドウを行って拳を何度か繰り出したあと棘のついたカバーをスケルトンに向けると、そこからジェーヴァが前に飛び出して行く―――
―――およそ三十体のスケルトンが骨だけの手にボロボロの剣や金槌、棍棒を握りしめて反対の手には木の盾を持って近づいてくる。
ジェーヴァは先頭のスケルトンの懐に飛び込んだかと思うと、右腕から繰り出したストレートで盾ごとスケルトンを粉砕する―――
―――その後ろに控えていたスケルトン達も手に持った武器を振り上げてジェーヴァに立ち向かうが、それを振り下ろしたときにはもうそこに彼女の姿はなく、スケルトンの肋骨が粉砕されて空中にバラ撒かれる。
次々と黒籠手＝黒鉄によってスケルトンを粉々にするジェーヴァの拳は魔力を乗せたコークスクリューの乱気流が生まれて、威力の上がった状態となり次々に高速の拳が繰り出されて魔力の波動も合わさり衝突した部位以上に破壊範囲を広げている―――
―――スケルトンは知能が無いのと同時に恐怖心も無いため、ジェーヴァの鬼神が如き破壊の奔流に自ら身を投じて粉砕されていく。
三十体ほどいたスケルトンは武器や防具ごとジェーヴァに尽く粉砕されてガラガラと音を立てて洞窟の地面に崩れ落ちていった―――
「……カルシウム足りてなくね？」
八雲はスカスカのスケルトンの骨を眺めながら、骨粗しょう症の疑いを指摘するも当のスケルトンはすでに骨片へと姿を変えてしまっている……
自身に降りかかった骨片を振り払い、最後に拳の具合を確かめたジェーヴァは―――
「片付きました八雲様！いやぁ～黒鉄、最高ッス♪ まったく問題なしッスよ！！」
―――右腕をビシッ！と伸ばしたジェーヴァを見て八雲も笑みが零れる。
しかし、すぐに気を引き締めて洞窟の奥を睨むと、
「よし―――先進むか」
そう言って歩みを進めていき、ジェーヴァとビクビクと震えたゴルカがそれに続いた―――
―――途中で右側に横道が見えてくると、
「これが例の部屋に向かう道か？」
うしろからビクビクしながら着いてくるゴルカに確認する。
「あ、ああ。そうだ。この先に牧場と呼んでいた広い部屋がある……」
『牧場』という呼び名にジェーヴァが視線に『殺気』を込めてゴルカを睨みつけているが、八雲は無表情でその右の道に入って先に進む。
横道に入って百ｍも進まないくらいの場所に木で造られた扉が見えて三人は扉の前で歩みを止めた……
「あの、八雲様……」
「分かっているジェーヴァ。この状況で此処だけ無事なんて甘い考えはしてないから」
ジェーヴァはこの部屋の中が間違いなく凄惨な状況になっていることを予想して八雲にそんな部屋の中を見せたくないと思っていたが、八雲は既に覚悟を固めている様子のため、もうそれ以上は何も言わなかった。
「開けるぞ―――」
―――ギイイィと木の扉が軋みながら開いていく音が部屋の外にも中にも響いていた。
「ウッ！……」
開いた扉の向うから肉が腐り、排泄物まで混ざったような強烈な異臭が漂ってくる……
呼吸を堪えながら、光の球を先行させて扉を越えて中に入ると、
そこには―――
―――金属の骨組みで造られた独特の台に、まるでギロチン台で両手と首を挟むような木の枷が固定されている。
―――その木の枷が隣同士に十人分設置され、その十個の穴には傷だらけの身体を晒した全裸のままという獣人の女達が後ろ向きに腰を突き出してピクリとも動かなかった。
―――その顔の前には食事を入れていたのであろう容器があり、中には腐った離乳食のようなゲル状の物体が容器の底が見えるくらい少量残っているのが見えたが既に蛆が湧いており容器の中で蠢いている。
その誰からも、静かな部屋の中で呼吸音も呻き声も何ひとつ聞こえてこない―――
「……」
八雲は無言で、その変わり果てた獣人達の傍へと近づいて行く。
死因が何なのかは分からないが食事を真面に与えられている様子もなく、固定されたまま息絶えたという状況だった。
この体勢は鉱山で働く男達の慰み者とするために、無理矢理に枷へと固定して処理をさせていたのが嫌でも理解出来る光景だ……
ジェーヴァは口を抑えて目を背けるが八雲はその遺体の顔を確認すると、ある者は苦悶に満ちた表情で息絶え、またあるものはすべてを諦めたような影の差した表情で息絶え、そして……涙の痕を残した遺体は妊婦だったようで腹が大きく膨らみ、しかし当然だが母体が息絶えた時点で、その腹の子供も生き残っているといった奇跡はこの惨状で望めはしなかった……
生き残りがいないことを確認して静かにその場を離れようとする八雲。
しかし、その背後から突然―――ガタガタガタガタッ！と女達の遺体を拘束していた台や木の枷が小刻みに振動し始めて、遺体から一斉に呻き声が上がり出す。
【ＵＧＥＥＥＥＥ―――ッ！！】
それが人の言葉ではないことは八雲とジェーヴァ、そしてゴルカも即座に理解した……
「八雲様！彼女達はゾンビになっています！！」
―――ゾンビ……それは動く死体。
死者の怨念の一部や雑霊が乗り移ったり、魔術で動かされたりしている下級のアンデッドのことだ。
メキメキッ！―――バキバキバキッ！！とゾンビと化した獣人の女達は、自らを拘束する木の枷をバキバキと引き剥がし、白く濁った瞳を向けながらゆっくりと八雲達へ近づく。
「ヒイイィ？！く、来るな！―――た、助けてくれ！！」
余りの光景にゴルカは、その場で腰を抜かして喚いているが、
「お前がしたことだろう。自業自得だ……お前を連れて来たのは、此処で奴隷がアンデッドになっていたら―――お前のことを好きにさせるためだ」
そんなゴルカに八雲は生かして連れてきた理由を言い放つ。
「なっ？！そ、そんな！！―――頼む！助けてくれ！金なら幾らでも出す！！」
醜く歪み涙と鼻水を垂らすゴルカに八雲もジェーヴァも同情する気持ちは勿論まったくない。
そう言っている間にも腰を抜かしたゴルカに向かって、ゆらゆらと身体を揺らしながら十人のゾンビが近づく……まるでゾンビに堕ちてもゴルカへの恨みを忘れていないかのように……
「幾らでも金を出すなら、それで彼女達を説得したらどうだ？」
「そ、そんな―――ギャアアアッ！！！か、噛みつくな！やめろぉ！！！嫌だぁ！生きたまま喰われるのは嫌だああああ！！！―――アガアアアアアッ！！！ゴボッ！グハァ！！……やめっ……ゴボッ……」
その叫びを最後にゾンビの群れに呑まれたゴルカの声は途絶えて、ピチャ！グチュ！と肉を咀嚼して血を啜る音だけが部屋に響き渡っていた……
そのゾンビの中で、あの腹が大きな妊婦の獣人がフラフラとした足取りで八雲に近づいてくる。
ゾンビとなってはいるが彼女の瞳はまだ生きているような虚ろな瞳で八雲を見つめており、ジェーヴァは警戒しているが八雲はまるで無防備で接近を許している。
「どうした？俺に何か伝えたいことでもあるのか？」
答えるはずのない妊婦のゾンビに八雲は優しく話しかける。
【Ｕ……ＵＧＡ……ＡＧＡＮＢＯＵ……あか……ん…ぼ……】
もはや動く死体となり知能は無く、その顔は無表情なはずなのに必死になにかを伝えようとしているように見える妊婦のゾンビの姿と、片言だが確かに伝えようとしている『赤ん坊』という言葉に、ジェーヴァは思わず口元を押さえて涙が浮かび溢れる。
「そんな……こんなことって……」
アンデッドが喋ったことが、それも赤ん坊と告げたことにジェーヴァは心揺さぶられる。
八雲もその言葉に思わず悲しい瞳を見せるが次の瞬間―――
―――女の腹が、まるで沸騰した湯のようにボコボコッ！と何度も何度も波打つように変形していく。
ドボアッ！！と液体が漏れ噴き出すような音と共に、女の腹を裂き内臓と共に何かが飛び出してきた―――
そこに飛び出したのは―――赤ん坊のゾンビだった。
その赤ん坊のゾンビは女の腹から飛び出して八雲が身体の前に構えるように出した左腕に噛みついた。
「ッ？！―――八雲様！！！」
突然の事態にジェーヴァは油断した自分を責めるが今は噛みつかれた目の前の八雲のことが大事だ。
八雲のもつ知識ではゾンビに噛みつかれた者はゾンビに変わる……それはこの世界でも同じ呪いの連鎖なのだ。
「―――大丈夫だ、ジェーヴァ。この子に歯はないよ」
ゾンビとしての本能で噛みついた赤ん坊だが腹の中いた胎児であるため、まだ歯は生えていなかった。
「そうか。この子を救って欲しかったんだな……ごめんな……俺は日本でも、この世界に来ても追いつけなくて、いつも手遅れだ……」
八雲の言葉の意味は、ジェーヴァには分からなかった。
だがゾンビと化した赤ん坊を、深い夜の闇のようにどこまでも悲しみに沈んだ黒い瞳で見つめている八雲の姿に、過去に何かあったであろうことだけは想像がつき、だがそれについてジェーヴァは問い掛けることなく黙って見つめる。
そこで八雲は魔術の構築展開に入る―――
―――八雲はLevelが上がるにつれて明確な形で脳裏に魔術編成スロットが浮かび上がるようになった。
その数々の魔術が並ぶ魔術スロットには、この場にいるゾンビに堕ちた者達を救うための光属性魔術も然りで搭載されており、光属性魔術の検索を開始する。
そして、その編成スロットから―――
「―――
光属性魔術の中位魔術・
一切の不浄を許さない浄化の光―――
その光に包まれたゾンビ達から青白く淡い光の球がゆっくりと飛び出すと浄化の光と共に天井へ向かって次々と消えていく。
八雲の左手に噛みついていた赤ん坊のゾンビからも、そして赤ん坊を腹に宿していた獣人の女からも同じように光の球が飛び出してきたが、その彷徨っているように浮遊している赤ん坊の光の球に母親の光の球がスゥッと近づいていき、やがてそれはひとつに重なるようにして他の光の球と同じように天に向かって昇っていった―――
静かに昇っていく光の群れを八雲とジェーヴァは黙って葬送して、やがて部屋の中は元の薄暗い部屋に戻っていた。
ゾンビとなった女達や赤ん坊の遺体はそこにはなく、地面に転がっているのはゾンビ達に身体の彼方此方を喰い千切られて、息絶えているゴルカの屍だけだった。
「―――
そのゴルカの死体に火属性魔術・《火球》を繰り出して焼却する八雲にジェーヴァは一瞬驚いたが、
「こいつがゾンビになって襲ってきたりしたら、ウザいだろ？」
その八雲の言葉に、
「ああ、確かに……」
とジェーヴァも納得していた―――
―――そこからふたりは坑道の奥を目指して突き進んでいく。
途中に鉱山の採掘で働いていた獣人や人族の男達であろうゾンビやレイスといった亡霊・悪霊達も出現したが、それら全てを八雲とジェーヴァで遭遇する度に次々と駆逐していく。
そして坑道の最奥に足を踏み入れると―――
そこにはドームのような高い天井の空間が広がっていて、幾つも棚方に段を築いて削られた壁に幾つもの横穴が並んでいる。
「此処が、一番奥にあるって言っていた採掘現場なんだろうな。だとしたら此処に―――」
―――八雲がそう呟くや否や、広間の中央辺りにドス黒い瘴気が集束していくのが目に映る。
渦巻く黒い魔力の奔流に、八雲とジェーヴァは武器を手に、警戒を高める―――
【ＨＡＵＵＵＵ……我が領域に足を踏み入れた愚か者ども……】
―――黒い奔流の中から広間全体に響き渡る重低音の声が響く。
「鍵が掛かってなかったからな。勝手に上がらせてもらった。ほんと不用心だな」
声の主に恐れることもなく八雲は冷静に、しかし揶揄っていることが分かる言葉を返したのだった―――
