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第34話 ジェーヴァの武器

―――八雲はゴルカの蹲っている元に近づき上から見下ろしながら、


「お前……奴隷は此処にいるだけじゃないだろう?」


静かにそう問い掛ける―――


「ハァハァ……い、一体、何のことだ?うう、それより医者を……」


斬られた腕の傷口からかなり血を失ってしまい、ゴルカはもう虫の息に近い状況に追い込まれていたが八雲は続けた。


「正直に答えろ。正直に言えば『回復』を掛けてやらなくもない。さっきの獣人の娘を見ただろう?―――傷が全部治っていたのを」


確かにジュディの傷が綺麗さっぱり治っていたのをゴルカは目にしている。


その事実がゴルカに対して八雲が『回復』を使えることの証明であり、自分の命を繋ぐには八雲の提案に従うしかない。


「わ、分かった……確かに、此処にいる以外の奴隷はいる……いるにはいるが……此処の近くにはいない……」


「―――どこにいる?」


失血で意識が飛びそうになりながら、途切れ途切れに話し出すゴルカ―――


「ゴ、ゴルゴダ山の……鉱山洞窟の、中だ……」


「ゴルゴダ山の鉱山?……その鉱山の洞窟って所有者は誰だ?」


「ゴルゴダ山が……あるところの領主……ダニエーレ=エンリーチ……侯爵だ」


「その鉱山って、もしかして最近アンデッドの巣に変わってなかったか?」


「―――ど、どうしてそれを?」


ゴルカの反応を見て八雲は、


「あ~!……やっぱりか……」


とひとり呟いた。


(つい最近、というか今日受けたゴールドカードのリッチ討伐依頼の鉱山だから依頼人の名前にも聞き覚えがあるわけだ)


「だけど、その鉱山の洞窟はアンデッドの巣になっているなら……そこにいるっていう奴隷も……」


「ああ……確かめたわけじゃないが……おそらく手遅れだろう……だが侯爵は、奴隷売買で上前を撥ねているんだ。だから違法な奴隷売買のために攫った手頃な奴を隠せる場所だった……あの鉱山に後から住み着いたアンデッド討伐を……冒険者ギルドに依頼するって話だった」


「なるほど……だったら、確かめに行くしかないな」


「は?……お、おい、確かめに行くって、まさか―――」


「―――ゴルゴダ山の鉱山へ行くんだよ」


そう言って八雲は立ち上がった―――






―――パドサ商会の正面にて、


そこには―――まるで古代ローマで戦争に用いられた戦闘用馬車のような、そんな『黒戦車チャリオット』が姿を現していた。




黒き戦車、銘は黒戦車チャリオット……そのままだ。


自動人形馬オートマタ・ホースの黒麒麟の一頭引きで箱の部分は後部に囲いはなく、箱の底には黒神龍の馬車にも取り付けた《空中浮揚《レビテーション》》を付与している半球状の素材を付けて、地面から浮いている。

浮遊しているため黒麒麟一頭で引いても荷重が掛からない分、すべてスピードに乗せられるというスーパー戦車だ。




「―――こ、こんなもの、どこから!?」


ゴルカは目の前に突然現れた黒戦車チャリオットに驚くが、これは八雲が黒神龍の馬車を造った際に自分用に試作していたものだった。


古代ローマ時代をテーマにした映画で戦争シーンに登場した戦車を、何となく覚えていた八雲が馬車を造った際に個人用に使えるのではないかと試しに造っておいたものがここで役に立つことになった。


「おい、傷は塞いでやったんだ―――黙って乗れ」


「わ、分かったから!殺さないでくれ!」


腕を治してやったゴルカを強制的に案内人にして鉱山に連れて行くことにした八雲。


黒麒麟に取り付けた手綱を引いて、パドサ商会を出発する―――


「―――ハアッ!!」


―――手綱で黒麒麟に合図すると軽やかな足取りで走り出す。


風を巻き起こして加速する黒戦車は首都アードラーの街中を疾走し、またも街の民達はその異様な黒い戦車に目を奪われていき噂が走り出すのだ。


そんなことは気にせずに、ついにはアードラーの外壁の関所まできた黒戦車を見て門番達が叫び声を上げる。


「なんだ!あれは?!―――えっ?あれは……御子様だぁああ!!!また御子様が来たぞぉおおお!!!」


入った時の巨大な馬車と違って今度は黒い戦車で突進してくる八雲に門番達はまたもパニックに陥り、アワアワと慌てながら城門を開門すると、


「―――ありがとな!!」


通り抜ける際に手を上げて、大きな声で八雲は門番達に礼を伝えながら風のように疾走していく。


門番達は、また見慣れない乗り物で通り過ぎて、街の門から遠のいていく八雲の背中をポカーンとした顔で見つめていた……


アードラーを出発して、平原に到達した八雲はさらに速度を上げていく―――


この世界の道はアスファルトで整備されてなどいないため、小石や酷い時は穴まで空いていることもある。


黒麒麟にもそういったものは回避するように設定してあり、その走行は非常に安定しているので八雲は周辺の緑の草原が続く景色や遠くの山の位置、途中見える小さな集落などを眺めながら場所を覚えつつ先を急いでいった。


「ヒイイイイッ!!!―――は、速過ぎるぅ!?」


ゴルカは今まで体感したことのない速度に、醜い顔面を蒼白にして戦車の箱部分にある手摺りにしがみ付いていた。


八雲の体感で普通自動車の一般道以上にはスピードが出ていると思えたので、凡そ時速70km/hだろうと考えていた。


しかしそんな速度で陸を行き交う乗り物など、この世界には存在しないので現時点で世界最速と言っても過言ではない。


だが、黒戦車に追いつき追い越さん勢いで接近してくる影が後方にあった―――


「―――ただいま戻りましたッス!八雲様♪」


「ジェーヴァ?!―――お前、どうして此処に!?」


―――綺麗なランニングフォームを継続しながらミニスカートを翻し、健康的な太腿を包むスパッツが眩しい健康的美女のジェーヴァが走って追いついてきたことに八雲は驚愕していた。


「ジュディさんを公爵邸に送り届けてから―――」


走ってきたジェーヴァはあれからのことを語り始めた―――






―――時を少し遡り、ジュディを抱えてジェーヴァは公爵邸まで疾走した。


「―――お姉ちゃん!!」


「―――ジェナ!!」


公爵邸の正面玄関で再会し、姉に飛びついていくジェナ……


「うわあぁあああ!よがっだ~ぁ!もう、会えないがど、おもっだぁ!―――あぁあああうぅ!!」


姉の胸に顔を埋めて只々泣き声を上げるジェナ……


「うん……うん、そうだね……ほんと、もう会えないと思ったね……ゴメンね……う、うううぅ……」


そんな妹を抱きしめて、二度と抱きしめられないと思っていた温もりに涙が零れるジュディ……


泣きじゃくって涙でグチャグチャになった顔で抱き合う姉妹をノワールと公爵夫妻、そしてもらい泣きしてしまったシャルロットが笑顔を浮かべて見つめている。


だがジュディを送ってきたジェーヴァだけが、どこか浮かない顔をしているのをノワールは見逃さない。


「どうしたジェーヴァ?それに八雲はどこだ?」


「ノワール様……八雲様はまだやることがあると言って奴隷商と一緒にいるッス……それに―――」


「それに?―――なんだ?」


「あの奴隷商の商会には確かに奴隷がいましたが、自分が情報収集の時に聞いていたような酷い扱いを受けている奴隷の姿は、あそこにはなかったッス」


「八雲にはそのことを話したのか?」


「どんな酷いことをされているかって話は少し話したッスけど、そんな奴隷があそこにいなかったことは気づいていると思うッス」


ジェーヴァの話を聞いてノワールは自身の『索敵』を首都アードラー郊外周辺まで広げて発動すると、八雲の反応が公爵邸の方向ではなく首都の外壁の更に外へと向かっているのが分かった。


「ジェーヴァ!―――八雲が外壁の東門から外に向かっている!恐らくは奴隷商を問い質して、さっき言っていた奴隷のいる場所に向かっているのだろう。お前は此処から急ぎ八雲を追って支援しろ!何かあれば『伝心』で我に送れ」


「―――畏まりッス!」


言うが早いかジェーヴァは公爵邸の玄関前でクラウチングスタートの体勢を取り、腰をクイッと上に向けて形のいいお尻を持ち上げると―――


「―――フウッ!!」


一呼吸した瞬間、『身体加速』により土煙が立ち昇ったその場所にはもうジェーヴァの姿はなかった―――






―――時間を戻し現在


首都アードラーの郊外にて。


「―――それで、自分が此処まで追いかけてきたって訳ッス!」


そんな回想を話している間も、ジェーヴァの健康的で美しいランニングフォームと呼吸はまったく乱れていない。


「そうか、悪いな。気をつかわせて」


「いえいえ♪ ところで八雲様……そのゴミをなぜ八雲様の戦車に乗せているんスか?」


疾走しながらゴルカに殺意の籠った鋭い視線を突き刺すジェーヴァ。


「―――ヒイアアッ?!」


その人外の『殺気』を放つ視線にゴルカはガタガタと震えが止まらなくなった。


「ゴルゴダ山の鉱山に行って案内させるためだ。そこの奴隷達は正直……もう手遅れだろう……だけど、そこに巣食うリッチの討伐の依頼受けてただろ?だからさ」


「なるほど。では、このジェーヴァも微力ながらお手伝いさせて頂きます!」


「微力なんてよく言うな。頼らせてもらうからよろしく!」


「―――了解ッス!」


戦車の箱の部分に乗せられているゴルカは、


(何故コイツ等はこんな高速移動している中、あんな風に普通に話せるんだ?)


と尋常ではない存在に、身を小さくして恐怖することしか出来なかった……






―――時速70km/h前後で移動を続ける八雲とジェーヴァ。


途中ジェーヴァに休憩しようと声を掛けるが、超人ランナーと化したジェーヴァは必要ないと最後まで走り抜いていた。


五時間くらいの時間で目的のゴルゴダ山に到着した八雲達は、そこが緑の少ない岩山だということを初めて知ったが採掘現場であればこういうものか、とも思って八雲はひとり納得する。


首都アードラーから東に約三百五十kmの位置にある岩山の連なるところに依頼にあった鉱山洞窟は魔物が口を広げたような入口から、奥はすぐ影になって先が見えずにその洞窟の奥からは何かが蠢くような、引き摺られるような音が微かに聞こえてきていた。


「―――おい、此処で間違いないか?」


強制的に連れて来たゴルカに八雲はドスの効いた声で問い質す。


「は、はい!ま、間違いないです!……ですが、以前はあのような変な音はしていませんでしたが」


そこでジェーヴァが勢いよく前に飛び出す。


「八雲様、ここは自分が先頭で入るッス!」


「待て待てッ!さすがに丸腰とかダメに決まってる!そうだな、ジェーヴァはどんな戦闘スタイルなんだ?」


「え?……戦闘ッスか?そうッスね―――大体は拳で分かり合ってるッス!」


「お、おお……鉄拳タイプね……分かった。ちょっと待ってくれ」


そう言うと八雲は『収納』の中から、二枚の黒神龍の鱗をドスン!ドスン!と外に出してくる。


―――そこから『創造』を発動し、二枚の鱗はどんどんその姿を変えていく。


そうして圧縮されるようにふたつの物体へと纏まり、その姿を現した―――




―――漆黒の籠手、銘を黒鉄くろがね


手の甲、手首、前腕部分を守る防具であるガントレットだが、この黒鉄は鏡面のような黒き輝きと拳の部分にはメリケンサックのような可変式カバーが付いており、そこには三本の円錐型の棘が付いている。

戦闘時にその棘を拳の前に設置して戦えば砕けぬモノはこの世にはない。




「これが黒神龍装ノワール・シリーズなんスね!クゥ~!―――ようやく自分も貰えったッス!!」


黒籠手=黒鉄を受け取ったジェーヴァは、早速装備しながら飛び上がらん勢いで喜ぶ。


「そんなに欲しかったのか?」


するとジェーヴァがムッとした表情をしながら―――


「当たり前じゃないッスか!!ヘミオスとかコゼロークなんて滅茶苦茶自慢してくるんスよ!ムカつくったらありゃしないッスよ!」


「―――コゼロークも?そんなイメージないけどな?」


あの無口な美少女が武器を自慢とか……八雲には想像出来ないでいた。


「ああ……あの子の場合は無言のまま人の目の前で、あの戦斧をブンブン振り回して何か勝手に妙な達成感を感じて去っていくんス……」


「あ、そうなんだ……うん、なんかゴメン」


「あと、アクアーリオとフィッツェも口では言わないでしょうけど、絶対に待ってるッスよ?そのうちに料理に変な物が混ざり出したら危険の兆しッス」


「怖いこと言うなよ……城に帰ったら何が欲しいか訊いてみよう……」


さすがに毒は盛られないだろうがあの料理の味が落ちたら大変だと思い、八雲はふたりへの贈り物を帰ってから必ず実行しようと胸に誓った。


「あ、あんた……一体何者なんだ?」


八雲の『創造』まで見せられたゴルカは、驚き過ぎて感情が一周回って落ち着きを取り戻してしまっていた。


「ちょっとランクの高い冒険者ってだけだ。気にするな。さてと―――それじゃ鉱山の洞窟でアンデッドの討伐といきますか」


訝し気なゴルカの視線は無視して、八雲はこの世界で冒険者になって初めての討伐依頼に挑むのだった―――



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