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第33話 奴隷商を訪れて

―――獣人の少女と出会い、連れ去られた姉を助けることになった八雲。


「ところで、君の名前は?あとお姉さんの名前と特徴を教えてくれ」


助けた獣人の少女に、そう問い掛ける八雲に対して少女は少し落ち着いて答える―――


「私はジェナ……お姉ちゃんの名前は、ジュディ……私と同じ白くて長い髪の天狼族」


「天狼族?とにかくジェナにジュディだな。よし、ジェーヴァ!」


八雲の声にすぐに近づくジェーヴァに八雲は奴隷商の場所を知っているか問い掛ける。


「バドサ商会のゴルカ=バドサですか……場所は分かるッス。その奴隷商人、自分がアードラーで情報収集している時に何度も聞いたことのある名前ッス」


「―――それはまさか良い噂の情報じゃないよな?」


八雲の言葉にジェーヴァが顔を顰めると、


「まさか。ドロッドロ!の真っ黒な噂ッスよ。今回みたいなアードラーに来た獣人に無理矢理『隷属の首輪』を付けて、属化しては売り捌くのは序の口で他にも奴隷を増やすために……」


「増やすために?」


「……その、牧場のように並べて、縛り付けて、手下に……」


予想以上の酷い話だと悟り八雲は思わず手をジェーヴァに向けて、もういいという意思表示をする。


「そんな―――お姉ちゃん!!」


ジェーヴァの話を聞いて、ジェナは姉を取り戻そうと宛てもなく走り出そうとしているのを八雲が腕を掴んで止める。


「放して!!―――早く行かないと!お姉ちゃんが!!」


涙目になったジェナは暴れて腕を引き離そうとするが、少女が八雲の力から逃れるのは不可能だ。


「落ち着け。場所も分からないのにどうするつもりだ」


「匂いで捜す!お姉ちゃんの匂いは分かるから!」


天狼族と呼ばれる狼の獣人は耳が良く、鼻も効く。


「―――その後は?」


「お姉ちゃんを助ける!!」


「―――どうやって?」


「え?どう、やって……」


そこでようやくジェナの動きが大人しくなる……だが八雲は腕の力を弱めない。


「君のお姉さんが動けなかったら?背負って逃げ切れるのか?もし怪我を負わされて傷が深かったらどうする?『回復』でも使えるのか?そもそも、どうやって潜入する?」


「あう……うう……うえっ……」


矢継ぎ早に質問する八雲にジェナは何ひとつ言い返せないでいると、


「こうして話している時間も無駄だろう。ここは我がふたりを公爵邸まで送っていこう。八雲はジェーヴァと奴隷商に向かえ」


「それでいこう。ふたりを頼むノワール。ジェーヴァ、案内を頼む」


「了解ッス!」


「ジェナ、勇気と蛮勇は違う。気持ちは分かるが俺が連れて帰ってくるから、この人達と一緒に安全なところで待っていてくれ。君に何かあったら、今度は助け出したお姉さんが悲しむのは分かるよな?」


八雲の言葉にジェナは黙ってコクリと頷いていた。


「よし―――行くぞ」


ジェナを納得させて表情を引き締めた八雲はジェーヴァと共に街を駆け出した―――






―――バドサ商会の中にある一室


そこに複数の男達が下衆な笑い声を上げながら話している。


「グフフッ!今日の獣人はけっこうな上玉だ。お前達、これからも頑張って連れて来てくれよ」


パドサ商会の主ゴルカ=バドサは普段から誘拐してきた獣人を売りに来るゴロツキ達に、歪んだニヤついた顔でそう言い放つ。


「勿論ですよ、ゴルカさん。もうすぐ仲間が妹の方も連れてきますから!姉妹揃ってかなりの上玉ですんで、シッカリ色を付けてくださいよ!」


そう言って人差し指と親指で円を作って、報酬を高望みするゴロツキのひとりにゴルカは少し顔を顰めて、


「妹が来てそれを見てからだ―――だが、そんな姉妹獣人なんて、なかなか手に入らんからなぁ~!それなら獣人好きの変態貴族共に教えてやれば、いい値がつくだろう。堪らんな!フヘヘヘッ!!」


商売客である獣人を嬲って潰れるまで楽しむ変態貴族がこのような上玉の、しかも姉妹の獣人が手に入ったと聞けば目の色を変えることは確実だと小太りな腹を擦りながらゴルカは高笑いをキメていた。


しかし、そこに店の入口が勢いよく開かれて―――


「―――こんにちは~!!誰かいませんかぁ?」


―――という男の挨拶がゴルカの耳に届いた。


「んん?なんだ?客か?まったく間の悪い……」


間が悪いと言っても金を払ってくれるなら、どんな相手でも客は客だ。


仕方なく店の側に顔を出して見ると―――


「やあ、こんにちは」


―――そこには漆黒のコートを着て髪と瞳が黒い優男と、変わったメイド服を着た女が入口に立っていた。


「―――いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」


明らかに奴隷を買いに来る貴族共とは一線を画す風貌の若いふたりだったが、その着ているコートの繊細な金の刺繍などを見ても金を持っている臭いがしてゴルカは努めて笑顔を作り接客に入る。


「ここで奴隷が買えるって聞いて来たんですけど、合っていますか?」


漆黒のコートの優男が尋ねてくるのでゴルカは―――


「ええ、うちは奴隷売買を行っておりますゴルカ商会です。因みにどのような奴隷をご希望ですか?」


―――金の臭いに下卑た笑みを浮かべて訊ねた。


「実は奴隷を買うのは今日が初めてなんだ。だからお店のおススメを教えてくれると助かるんだけど?」


「なるほど、そうですなぁ……では、奥の商品をすべてお見せしますので、そこで話しましょう」


「そうか、助かるよ」


そう言うとゴルカが店の奥に繋がる扉を開いてふたりを案内する。


パドサ商会は店の入口から奥にも広い敷地を持っており、入口にある店の受付スペースとは比べ物にならないほど立派で、しっかりした石造りの建築構造になっていた。


日本で言えば学校の体育館より少し大きいくらいの建物で、そこに整理されて置かれた鉄檻の中には貫頭衣だけを着せられて首には金属の首輪を着けられた、見るからに奴隷という獣人達が入っている。


場所が無いのか、天井にも鎖で吊るされた檻に同じようにして奴隷が入っている姿が目に入る。


「うちは他の奴隷商会と違って二日に一度は水浴びさせていますから、身体はまだ綺麗にしている方ですよ!」


(そんなセールスポイントいらねぇよ……)


内心そう思った優男は入口からずっと檻の中に、助けた少女と似た女がいないか探しているが見当たらない。


「―――これだけか?」


優男がゴルカに問い掛けるとゴルカは一瞬顔を顰めた。


「ええ、他には入荷したばかりでまだ『隷属の首輪』を着けて間もないのが、もうひとり奥にいるくらいで―――」


「―――見せてくれ」


「え?―――ですが、まだ礼儀も躾も出来ていないので失礼なことをして、気分を害されるかも知れませんよ?」


「かまわないよ。全部見てから決めないと気がすまない質でね。金はちゃんと払うから」


そう言って男はコートのポケットから、大銀貨と金貨を何枚か取り出して、まるでトランプのカードのように重ねてから広げてゴルカに見せびらかすように振る舞う。


「あ、ああ~そうですかそうですか♪ いやぁ!そう仰って頂けるのでしたら、分かりました!―――おお~い!!!」


金を見るや目の色を変えたゴルカは、奥にいるゴロツキに大声で呼び掛ける。


「今日のあの娘を連れてこい!―――いますぐだ!!」


こうなったら早く見せて、どれでもいいから買ってもらおうとゴルカも必死で声を張り上げた。


―――すると奥から四人のゴロツキに身体を拘束されて動けない獣人の娘が連れて来られた。


だが娘の姿を見た瞬間に優男の―――いや九頭竜八雲の空気が変わったことに気づけたのは同行したジェーヴァだけだった。




その連れて来られた娘は―――


―――顔中が赤く腫れあがり鼻血はまだ止まっておらず、両目の瞼は内出血で青くなって、その蒼い瞳がほとんど塞がっていた。


―――両方の手は全ての指が変色して曲がるはずのない方向へ全て折られ、その爪も剥がされている。


―――両脚は鉄の足枷を五十cmほどの棒で歩けるくらいの間隔で繋がれ、歩くのも不自由な状況だ。


―――ポカンと空いて血を流す口には上下とも前歯も犬歯もなく、その血が止まらずに唇の端から零れ落ちてきている。


―――股の間には、おそらく恐怖で失禁したのであろう染み跡が残っていた。




そして腫れ上がた娘の目からは、ただ静かに涙が流れていた……




―――ジェーヴァは、思わずそのジュディと思われる娘の姿から目を逸らした。


「どうも見苦しいものをお見せしましてぇ。入ったばかりの商品は初めにシッカリと躾ておかないと主人に牙を剥いてくることなど、あってはなりませんから。グフフッ!」


そんな下卑た笑いを浮かべるゴルカに、


「ああ……本当に見苦しいな―――お前達は」


「―――え?」


八雲の言葉に反応しようとした一瞬、ゴルカの目の前を何かが飛んでいった―――


「ア、ああ……アア、アアアアア―――ッ!!!」


―――ゴルカの絶叫と同時に床に落ちたのは、ゴルカの右腕だ。


「お、おおお?!俺の、俺の腕がぁあああ!いでえぇえええっ!―――痛ぇええよォオオオッ!!!」


絶叫のままに右腕の肩口から失った腕のあった場所を、ゴルカは必死に抑えながら息も絶え絶えに八雲を睨みつける。


「はあはあ!!―――お、お前、お前えええっ!!!こ、こんなことして、ただですむと思ってるのがあああっ!!!」


その状況に呆気にとられていたゴロツキ達もゴルカの号泣と絶叫で、漸く事態に追いつき八雲に向かって剣やナイフを抜く。


ゴルカの腕を斬り飛ばしたのは一瞬の『身体加速』で『収納』から取り出した八雲の黒刀=夜叉だった。


さっきまで丸腰だった八雲がいつの間にか抜いている夜叉を目にして、ゴロツキ達も只ならぬ相手だという空気だけは感じ取り額には嫌な汗が浮かび上がっていた。


―――ここで八雲は『威圧』を使っていない。


こんなゴロツキ程度では『威圧』をかけた瞬間、失神するか死ぬかのどちらかになるだろうが八雲はそんな楽をさせてやるほど優しくはない―――


「どうした?雇い主が苦しんでいるぞ?―――助けなくていいのか?」


「おぁあああ!!お、お前等!何をしているぅう!!―――早く!はやぐぅごいつらを殺れぇええ!!!」


―――ゴルカの叫びにゴロツキのひとりが剣を持って八雲に突撃する。


すると残りの三人も続いて八雲に飛び掛かってきた―――


―――次の瞬間、構えを取ったジェーヴァだったが自分に向かって制止するように手を出して、振り返った八雲の眼を直視した途端その場から動けなくなる。


八雲の眼は―――


「……」


―――どこまでも深い闇の色に染まり、


(全て俺が斬るからお前は手を出すな)


とジェーヴァに伝えてきていた。


アードラーを一緒に回っていた時の八雲とは明らかに別人と言える殺意の塊になってしまった姿に、ジェーヴァは龍の牙ドラゴン・ファングとして改めて八雲を畏怖した―――


―――そんな後ろのジェーヴァを見ている八雲に向かって、チャンスとばかりに間合いを詰めて剣を上段から振り下ろす一人目のゴロツキ。


しかし八雲は何もないかの如く夜叉を横薙ぎに振り抜いた―――




―――振り下ろしたゴロツキの剣と、そのゴロツキの身体をすり抜けた夜叉。


次の瞬間一人目のゴロツキは動きを止めて、そのまま断ち斬られた剣と身体はズルりと前方に滑り落ちて鮮血を周囲に撒き散らす―――


――――続く二人目のナイフを躱して八雲は横をすり抜けた狭間に左脚を斬り飛ばし、さらに振り返り際に後ろから横薙ぎにその男の首を跳ねた。


立て続けにふたりを斬られたが三人目は背中を見せた八雲に対して、出来るだけ気配を消して剣を突き刺そうと突進する―――


―――当然その突撃に気づいている八雲は『身体加速』を使って一瞬で横に移動し、突き出された剣を握っている男の両腕を直角に真横の位置から切断し、二人目と同じくその首を跳ねた。


そうして四人目の前に立った八雲を見て死神にでも出会ったみたいな蒼白の顔をする男だったが剣を手放すことなく八雲に向けていた―――


「あ、アババ……アワワワ……」


―――震えながら剣を向ける男に八雲も正眼に構え、そして全く動こうとしない男に向かって上段に振り上げた夜叉を何の躊躇もなくビュンと振り下ろし、男の身体を左右真二つに両断すると四つの汚れた魂はわずか十秒で地獄に送られることになった。


『身体加速』による一瞬の攻防に、いや一方的な殺戮を目にしたゴルカは無言のままただ震えていた―――




―――余りの出来事にゴルカは腕の痛みを忘れ、呆然とその状況を見ていた。


そして八雲は痛々しい姿となって床に座ったまま光を失った瞳を向けて泣き声も上げず、静かに涙を流している娘の前にゆっくりと片膝を着いた。


「―――俺は九頭竜八雲。君は、ジュディで間違いないか?」


「……」


―――娘は、まるで屍のようで何も反応しない。


「君の妹のジェナに頼まれて来た。遅くなって……すまない」


「……ジェ……ジェ…ナ……」


妹の名前を聞かされて漸く反応をしたジュディだったが、恐らく噛みついて抵抗されないよう無理矢理上下の前歯と犬歯を抜かれたのだろう……


痛々しい傷で喋り難い状態になっており殴られて鼻血が固まり鼻呼吸も辛いため、ヒューヒューと口で呼吸をしているほどだった。


「ああ、そうだ。心配いらない。ジェナは無事だ。今は安全なところに匿ってもらっている」


ゆっくりと優しい声でそう伝える八雲の言葉に、少しずつジュディの意識が戻ってきているのか腫れ上がった瞼の下から大粒の涙が溢れ出してきていた。


「よ、よがっだ…ジェナ……無事だっだ……」


「ああ、君が妹を……守ったんだ。君は頑張った……本当に」


自分の妹が安全に匿われていること、そして自分の行動が正しくて、此処で受けた痛みが無駄じゃなかったことを八雲から感じ取ったジュディは、大声を上げて座り込んだまま形振り構わずにその場で泣いていた。


そんな泣き続けている彼女の頭に、八雲はそっと手を置いて『回復』の加護をかけていく。


仄かに薄緑の光に包まれたジュディは身体中の傷が急速に癒されていき、遂には腫れ上がった瞼も両手の折れた指も剥がされた爪も、そして失った前歯や犬歯までもが次々に元へと戻っていった―――


「ワアアアッ!ア“ア”ア“ァ”!!……アアア……あ、あ…あれ……わ、私の……私の……身体が?」


大声で涙を流していたジュディはいつの間にか自分の身体から痛みが消えていることに気がつくと、その両手の折れた指や爪に腫れていた瞼、失くした歯まで生え戻っていることに驚き八雲を呆然と見つめていた。


「身体の傷は全部治した。けど、心の傷までは『回復』じゃ治せない……本当にすまない」


そう言って頭を下げてくる八雲に、ジュディはどうすればいいのか逆にパニックになる。


「あ、あの、頭を上げて、ください……傷を治して頂いただけでも、心から感謝しています……本当にありがとうございます。あの……貴方はどうして此処に?……その……妹とは?」


混乱しながらもジュディは気になっていた妹との関係を問い掛ける。


「あのゴロツキの仲間に追いかけられて、助けを求めているところに偶然出くわした。そうしたら先に攫われたお姉さんがいるって話を聞かされて、助けて欲しいって頼まれた」


「そ、そうだったんですか……で、ですが、私達には……お礼が出来るほどのお金は……」


元々、貧しい生まれだったため、妹と住み込みで働ける場所を探して出稼ぎのためにエレファン獣王国から、このアードラーまでやってきたジュディ達には八雲にお礼を払えるほど金の余裕など全くなかったのだ。


「いや、そんなこと気にしなくていい。それよりも、これ―――」


八雲はジュディの首にはまった『隷属の首輪』に触れて『鑑定眼』スキルで確認する。




―――『隷属の首輪』


奴隷身分の首に取り付ける首輪。

主人の命令に逆らおうとすると首が締まり苦痛を与える魔術付与あり。

無理に取り外そうとした場合、内包された魔術付与の『火球』が輪の内側に発生して頭が燃え尽きる仕掛けになっている。




「これは……なんともえげつない仕掛けしているな……ちょっと待っていてくれ」


「はい?」


立ち上がった八雲は、地べたに転がって斬られた腕の傷口を必死に塞いでいるゴルカに近づく。


「おい、あの首輪の外し方を教えろ」


冷淡に語りかける八雲の言葉にゴルカは痛みと恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


「グウウウウッ……く、首輪に登録された主人が……外せば……魔術を発動させずに……外せる」


「本当だろうな?もし嘘だったら、その傷口を塞いでいる腕も、両脚失うことになるぞ?」


まるで暗闇から響いてくるような八雲の低い声の脅しに、


「―――う、嘘じゃない!本当だ!俺も死にたくはない!!」


「よし、ジュディ。此処に来てくれ」


八雲に呼ばれて、立ち上がって近づいてくるジュディをゴルカの前に座らせて、


「外せ―――今すぐにだ!」


「―――リ、解除リリース……」


ゴルカが首輪の拘束魔術の解除を行うと同時に―――


「……あっ!」


―――ガチャリ!と外れたジュディの首に巻かれた『隷属の首輪』が音を立てて床に落ちた。


「ジェーヴァ。お前はジュディを連れてジェナのいる公爵邸へ先に向かっていてくれ」


「それはいいッスけど……八雲様はどうするんスか?」


ジェーヴァの質問に―――


「俺はまだ―――この男に用事がある」


そう言って八雲は再び、ゆっくりとその闇を湛えた瞳をゴルカに向けていた―――




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