目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第32話 首都アードラー探訪(3)

―――冒険者ギルドの三階


応接室で気絶したエディスが目を覚ますと―――


「―――おお、ようやく目を覚ましたかサポーター!」


「ヒィィイイ?!―――こ、こ、黒神龍様!?」


「ああ、黒神龍だ」


―――その瞬間、エディスは椅子から床に飛び降り、ゆっくり深々と見事な土下座の姿勢を取った。


―――そして八雲は土下座の際にエディスの胸元に出来た谷間に目が釘付けになった。


―――その視線に気がついたシャルロットが、ぷうぅ!と可愛く頬を膨らませて八雲の腕にしがみ着いた。


そして、ジェーヴァはニコニコとその様子を楽しんでいた―――


「まさか母から聞かされていた我が儘で非情で性格が悪い黒神龍様だったなんて、本当にすみません!!」


「ちょっとエヴリンのこと滅殺してくる……」


一気に殺意に包まれた表情でノワールがソファーを立ち上がる。


「待て待て!ちょっと待ってノワールさん!話進まないから!―――兎に角エディスも死亡フラグを立てるのやめろ」


「す、すみませぇ~ん!!」


「はぁ……とりあえずサポーターとして、しっかり働いてもらうから。まずは俺に依頼をひとつ見繕ってくれ。こう見えて初仕事なんだ。希望としては時間の制限が長い依頼で、それなりの難易度と報酬って感じの依頼はあるか?」


「えっと、少しだけお待ち頂けますか?」


「ああ、いいぞ」


それからエディスは一旦部屋を退室して、そこから10分経つかどうかで手に一枚の紙を持って戻って来る。


「こちらの依頼なんですが―――」




【ゴールドカード依頼】


◆依頼内容:

ゴルゴダ山にある採掘場の奥に住み着いたリッチの討伐。

採掘場にはグール・スケルトン・スピリット等の、リッチに呼び出された魔物も住み着いているため、それらも全て討伐を依頼する。


◆討伐日数:

4月5日から1ヵ月以内


◆報酬:

大金貨1枚


◆募集人数:

希望者拒まず。但し報酬はリッチ討伐者に支払うものとする。


◆依頼主:

鉱山所有者 ダニエーレ=エンリーチ侯爵




―――という内容の討伐依頼だった。


「これでしたら報酬もなかなかですし、期間も今から1ヵ月近く余裕もあります」


「鉱山に住み着いたリッチねぇ……リッチって確か、高位のアンデッドだっけ?」


八雲は自分のゲーム知識の中から引っ張り出した認識で間違いないのか、サポートのエディスに確認する。


「はい。ヴァンパイアに次ぐ高位のアンデッドと言われていますね。ですがブラックカードの八雲さんなら、準備を怠らなければ難しい依頼ではないと思います」


「―――どんな準備をすればいい?」


「まずはアンデッドの対策として光属性の魔術が使えるメンバーがいるかいないかで、この依頼では達成難易度に大きく差が出ます。それが無理なら光属性を付与した武器や聖水といった、対アンデッド対策の道具を用意することですね。『回復』の加護は八雲さん自身がお使いになれるようですし、その他は食料、水、解毒薬などの薬、野営用の道具の準備が必要だと思います」


万年成績ビリとか言っていたわりに、知識もあるし助言も理路整然としていて間違っていないことは確かで、


(思った以上にちゃんとサポートしているじゃないか)


と八雲は内心で感心する。


「なるほど。教えてくれてありがとな」


「いえいえ!このくらいは!私、八雲さんのサポーターですから♪」


「依頼の達成はどうすれば証明になるんだ?」


「依頼を受領するとお持ちのカードに依頼内容が表示されます。討伐が依頼内容の場合は討伐対象を倒したら、その対象の亡骸にカードを触れさせるとカードが達成を読み取って、此方の冒険者ギルドにいる私の受付カードに依頼達成を知らせてくれます。それで依頼完了です」


「何そのピンポイントなハイテクノロジー?!ホント便利だな、このカード。素材の採集なんて依頼もあるのか?」


「ありますよ。その場合は素材を持ち帰ってもらって検分することになりますが」


「なるほど、分かった。それじゃあ討伐依頼を受ける」


「畏まりました!ですが、くれぐれも油断せずに自分の命を第一優先にして下さいね。無事の帰りを祈って、お待ちしております」


そう言って深々と頭を下げるエディスから依頼を受諾した八雲のカードには名前とクラスの下にある空白部分に、今回の討伐依頼が書き込まれている。


依頼を受けたことを確認して、八雲達は冒険者ギルドを後にした―――






―――冒険者ギルドの外に出て、そろそろ昼時だと思った八雲は、


「そろそろいい時間だし、ここで昼飯にしないか?」


と、ノワール、シャルロット、ジェーヴァに提案すると皆も賛成した。


「だったら、ちょうど近くに良い感じのお店があるッス!そこでどうですか?」


「ジェーヴァが言うなら俺はそこでいいよ」


「我も構わんぞ。シェルロットはどうだ?」


「―――はい!わたくしも行ってみたいです☆」


実はシャルロットは公爵令嬢という箱入り娘のため、こうして外を楽しむ機会が殆どなく、ましてや友人達と食事のために店に行くなんて経験などありはしなかったので、胸の中はドキドキワクワクしていて首都で八雲達と見るもの全てが別世界に見えていた。


「ここから近いッスから、このまま歩いて移動しないッスか?」


「いいな。自分の脚で街を歩くのも、ゆっくり周りが見られていいしな」


八雲の言葉に皆楽しそうに頷いて街路樹の並ぶ街道を皆で歩き、周りの店頭の商品や景色を楽しみながら進む。


―――程なくして、ジェーヴァお薦めの店に到着すると、


店はオープンテラスを何本かの緑樹で囲まれたオシャレな雰囲気の店で、何組か先客がいてテーブルはかなり埋まっているものの、まだ空いているテーブルがあったので席に着く。


「いらっしゃいませぇ~♪ オープンカフェ『ブルースカイ』へようこそぉ~♪」


店員と思われる若い女性がメニューを手に八雲達の席にやってきたので、メニューを受け取り皆で覗き込む。


「このお店は何がおススメなんだ?」


八雲が店員におススメ料理を聞くと、


「お昼の時間帯はランチメニューがおススメですよぉ♪ 三つの種類から選べます」


「これか……へぇ~!肉、魚、麺のセットメニューから選べるのか」


「我は肉!肉にするぞ!」


ノワールが鼻息荒く『肉』を強調して注文する。


「わたくしは、このトマトスパという麺のお料理が食べてみたいです☆」


シャルロットはスパゲティーと思われる挿絵のついたメニューを選んでいた。


「俺はこの焼き魚のメニューにする」


八雲は久しぶりに魚が食べたくなり、魚の切り身を焼いた挿絵のメニューを指差す。


「それじゃ自分も麺で、クリームスパを」


ジェーヴァは名前からしてカルボナーラのようなイメージのスパゲティーを注文した。


「畏まりましたぁ~♪」


全員のメニューを聞いた店員は、カフェの厨房へと戻っていく―――


―――暫く待たずして次々と料理がテーブルへと並べられていった。


「おお~!いい匂いだ!」


「これは……香草を使って素材の臭みを消してるんだな。丁寧な下ごしらえをしているみたいだし美味そうだ」


それぞれのメニューの特徴や調理の仕方を話したりしながら昼食を楽しむ。


「このスパゲティーとっても美味しいです☆」


シャルロットもフォークにパスタを絡めながらニコニコして小さな可愛い口に運んでいく。


「この肉は柔らかい上に脂がのっていて、ランチメニューにしてはガッツリと喰わせるメニューだな!」


ノワールもご機嫌で肉をモキュモキュ♪ と口に運び皿の上を平らげていく。


八雲の魚料理も淡水魚と思われるが、香草とバターを使ってソテーにした料理で魚独特の臭みもなく、バターで調理した白身と添えられたパンとを交互に口に入れていく。


―――食事をしながら、


八雲はこの世界の料理や調味料について考察する……


黒龍城でアクア―リオとフィッツェに自分の料理を披露する話をした際に、この世界の調味料について訊いていたのだが、この世界には砂糖・塩・醤油・酢など味も名称も同じ物が存在している。


それだけではなく、料理名も同じ品が存在している―――例えばシャルロットやジェーヴァが注文したスパゲティーなどがそうだ。


おそらくこれは『言語解読』スキルの恩恵だと八雲は推察していた。


八雲の元いた世界と、この世界とで同じような料理をスキルが同意と同名で解読してくれているのだと。


気づかないところで恩恵を受けていることを、改めて感じる八雲だった―――






―――そして皆、満足といった顔で一服しているところに、


「キャアア―――ッ!!!イヤ!離して!!」


突然悲鳴が響き渡る。


悲鳴の聞こえた方向にすぐさま視線を向ける八雲の目に四人のゴロツキ風の男達に捕まり、手を引かれて連れ去られそうになっている少女の姿が見えた。


人通りの多い街の中で空気を引き裂くような少女の悲鳴は明らかに人攫いの状況だが、周囲の人間は視線を向けていても助けるような者はいない。


「どこかから逃げ出した奴隷じゃないッスかね?あの子、獣人みたいですし……」


顔色を曇らせつつジェーヴァが八雲に囁く。


「奴隷?奴隷って何か特徴とかあるのか?」


「所有されている奴隷には首に『隷属の首輪』をしているッス……あれ?でも、あの子の首には『隷属の首輪』がないッスね?それなら、あの子は一般人の獣人ッス!―――本物の人攫いッスよ!」


ジェーヴァが言うが早いか、八雲の姿がカフェから消える。


「―――オラッ!大人しくしろ!この雌犬!」


「へへへっ♪ これだけ綺麗な獣人なら、けっこうな値段で買い取ってくれるぞ!」


ゴロツキ達は下衆な笑顔を浮かべて捕まえた獣人の娘を引き摺って行こうとするが、少女は必死で抵抗して助けを求める。


……しかし、見ず知らずの獣人の少女を助けてゴロツキ達を相手にしようなんて人間はいなかった。


―――ただひとりを除いて。


「―――そんなに儲かるのか?」


「あん?なんだお前?関係ない奴は引っ込んでろ!!」


突然話しかけてきた青年……


八雲を訝しんだゴロツキの一人が、散れと言わんばかりの鋭い視線で睨みつける。


「いやなに、そんなに儲かる話なら俺も働きたいと思ってさ。その子みたいな獣人を連れていったら買ってくれる場所があるのかい?」


鋭い視線のゴロツキ達など、どこ吹く風といった感じで話を進める八雲。


「なんだお前?同業か?ふん!儲け話をみすみす教えてやるわけないだろ!失せろ!!」


どうやらこれ以上聞いても聞き出せそうにないなと思って、八雲は少女に視線を向ける。


フード付きのマントで覆っていた真っ白な長い髪、どこまでも澄みきった空のように蒼い瞳をして頭の上には狼のような犬のような耳があり、ジェーヴァの言った通り首に首輪のようなものはなかった。


「この子には『隷属の首輪』は付いていない。ということは、この子は誰のモノでもないんだよな?だったら、俺が貰っても文句はないよな―――」


「お前何を―――ゲヴォアアアアッ!!!」


八雲のセリフに言い返そうとしたゴロツキが街道の人と人の間をすり抜けて、そこにある建物の壁に向かって一直線で真横に飛んでいき、背中から叩きつけられると壁にはクレータのような亀裂がビシッと走る。


「て、てめぇ!!なにしやが―――ウッ?!」


次の瞬間、残ったゴロツキ達にはすぐ近くに立つ八雲の強烈な『威圧』スキルの放射が直撃し、恐怖が一気に身体を包み込み震えが止まらない。


まるで鉛に全身が飲み込まれたように身動き出来ず、心の底から震えが起こる異常事態にゴロツキ達は愕然として、


「アウウウウウウ……」


「アゴガガガガガ……」


一歩も動けず、むしろ動けば命がないという恐怖から中には失禁している男もいる。


「あ~あのおじちゃん!お漏らししてるよ~ぉ!」


「シーッ!指差すんじゃありません!!」


周りで見ている人混みの中から子供が指差して大声で言っているのを、隣の母親らしき女性がその手を取って注意する姿が微妙にシュールな雰囲気を醸し出していた。


『威圧』の放射対象から外されている獣人の少女は目の前で起こっていることの訳がわからず、地面にペタリと座り込んだまま八雲のことを見上げていた。


そんな八雲は―――


「さて、それじゃあこの子をどこに連れて行くつもりだったのか、教えてくれるかな?」


見た目にこやかな笑顔で問い掛けている八雲だが『威圧』を受けている当人達は、これから自身を八つ裂きにしようとしている悪魔の微笑みにしか見えていない。


「い、い、―――言う、言いますから!」


命乞いを始めたゴロツキ達の『威圧』を少しだけ緩めて少女を襲った経緯を聴くと―――


―――街中を獣人の女ふたりが振ら着いていたので、仲間と一緒に攫おうという話になった。


―――どうやら姉妹のようで、元々八人仲間がいたゴロツキは姉が突き放して逃がした、此方の走り去った妹をこの四人で捕まえに追い掛けてきて、その場に残った四人が捕まえた姉を先に奴隷を買い取る取引相手のところに連れ去ったとのことだった……


「―――おい……その奴隷を買い取るっていうのはどこの誰だ?」


「ああ、そ、それは、街の東側で、奴隷商をしているバドサ商会の……ゴルカ=バドサって男のところだ」


「そうか。それじゃあ、お前等は、もう用済みだな……」


「ヒ、ヒイイィ?!―――た、助け―――?!」


―――次の瞬間、ゴロツキ達に圧倒的な強さで濃縮した『威圧』が降り注いでくる。


常人が受ければ間違いなく脳細胞が破壊されるレベルのプレッシャーに、ゴロツキ達は全員が目と鼻から血を噴き出して倒れる。


「ヒッ!―――な、なにが?」


突然顔から血を噴き出して倒れたゴロツキ達を見て獣人の少女は驚愕した表情で固まってしまい、そんなへたり込んだ少女に八雲は腰を屈めて目線を近づける。


「別に死んじゃいないさ。ただ自分で考えたり、身体を動かしたりすることが出来なくなっただけだ。それよりあいつ等が言っていた、もうひとりの女の子っていうのは君のお姉さんなのか?」


言っている内容は恐ろしいが、その声色は優しく少女の耳に奏でられて、この人なら!と懇願するように縋りついて叫ぶ。


「―――お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けて!!助けてくれたら、何でもします!だから……だから、お願いします!!」


そう言って額を地面に擦りつけて土下座する少女の肩に、そっと手を置く八雲。


それに気づいて涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を上げる少女。


すると八雲は―――


「今の言葉、絶対に忘れるなよ」


ケモミミ少女の『何でもします』という言質を取って八雲は、その瞳を妖しく光らせていた―――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?