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第30話 首都アードラー探訪(1)

―――朝食を終えた八雲にノワールは声を掛ける。


「さてと―――今日は何をする八雲?」


突然の振りだったが八雲は今日の予定を既に決めていた―――


「今日は首都を見て回りたいと思っていたんだ。店の場所とかギルドの場所とか色々見て憶えておきたい。それに公爵から紹介してもらう商人ギルドの紹介状を貰いに行かないと。古代魚も素材として早く売りたいからな」


「―――おお!確かにそうだな!ならば我も一緒に行くぞ!昔からギルドの場所は変わっておらんが、店は時代が進むに連れて色々と技術が進んでいるからな。今の時代にどんな物があるのか見ておきたい」


ノワールも同行することが決まって、ふたりで出ようとしたところでアリエスから待ったが掛かる。


「―――お待ちくださいノワール様、八雲様。アードラーに行かれるのでしたら、どうかジェーヴァもお連れください」


「ジェーヴァ?」


「はい。龍の牙ドラゴン・ファングの序列09位で左の牙レフト・ファングのジェーヴァは外の情報に詳しく、特に首都の情報収集が任務でしたから案内には適任者です」


アリエスからの人選で龍の牙ドラゴン・ファングで首都に詳しい者の紹介を受けた。


「へえ~それは頼りになりそうだ。人に尋ねながら振らつくより、時間の節約になるしな」


首都に詳しい案内人がいてくれるなら、これほど心強いものはないとばかりに八雲は喜び、ノワールもまた―――


「―――ジェーヴァか。そうだな!今は城に戻ってきていたからな。よしっ!―――案内してもらうとしよう!!」


―――アリエスの人選に賛同した。


そして改めてふたりは準備に向かうのだった―――






―――外出の用意をして、


八雲がいつもの黒いコートをクローゼットから取り出してみると……


「んん?―――ちょっとノワールさぁ~ん!!!……こ、これ、なに?」


「お!どうだ?気に入ったか?カッコいいだろ!!―――やはり夫婦はお揃いじゃないとな/////」


この世界に来てから愛用してきた八雲の黒色生地に金の刺繍が入ったコートの背中には、アークイラ城の塔の上に翻っている『龍旗』にも描かれている円の中央に龍が描かれた『龍紋』が贅沢な金糸の刺繍で描かれているという丁寧な仕事振りを発揮したものになっていた。


まるで八雲の世界でヤンキーが着る上着に入っていそうな刺繍で、厨二臭が増してしまっているコートを抱えて問い詰めようとした八雲。


だが、ノワールは自分のコートの背中にも刺繍されている『龍紋』を八雲に見せつけながら、まるでペアルック気分で満面の笑みを浮かべて子供のようにニコニコしている……


(ダメだ……守らなければ……あの嫁の笑顔……)


仕方ないな……と八雲は自分が納得すればノワールの笑顔が守れると思えば、黙って袖に腕を通して羽織ることに最早一欠けらの抵抗も感じなかった。


「おお!似合うではないか!さすが我の夫だな♡」


「そうか?うん、ありがとな」


気持ちを切り換えようと八雲が思ったその時、アリエスがひとりのメイドを連れ立ってやってくる。


「お待たせ致しました。八雲様、こちらに控えているのが―――」


「―――初めまして!ジェーヴァッス!左の牙レフト・ファングの序列09位ッス!今日はノワール様と八雲様のアードラー探索の案内人にご指名頂いたと聞いたッス。自分の知っていることは何でも案内して質問にもお答えしますんで宜しくお願いするッス!」


ジェーヴァはセミロングにした水色の髪をポニーテールにして緑色の瞳は大きく、龍の牙ドラゴン・ファングのメイド服を着ているが、そのスカートはミニスカートでエプロンもミニであり、その中にある健康的な太腿にはスパッツのようなものを履いているスポーツ少女のようなイメージだった。


「初めまして九頭竜八雲だ。今日はよろしくな」


「はい♪ 因みに、ここは行きたいって場所はあったりするッスか?あればそこに行くことを含めてコースメイキングするッスよ?」


それランニングコースじゃないですよね?―――と思わず心の中で問い掛ける八雲だったが、


「先にエアスト公爵邸に行って商人ギルドへの紹介状を受け取っておきたいんだ。その後の時間は商人ギルドに古代魚を素材として売りに行きたいくらいで特にはないけど、色々な店を見てみたいっていうのが希望だな」


「なるほどッスねぇ。ノワール様は希望とかあるッスか?」


「我は八雲について行くだけだから特にはないが、今の時代の技術がどれだけ進んだか見たい」


「了解ッス!それじゃ出発するッス!」


今日の目的も大体決まって、城門に『収納』から黒神龍の馬車と黒麒麟を出す。


「オオゥ!首都でも噂になっていたッスが、これがノワール様の馬車ッスかぁ!ジェミオス達が凄い!凄い!って興奮していましたけど、ホント凄いッスね!!」


「―――そうだろう!八雲が我のために造ってくれた馬車だからな!」


ノワールの馬車自慢が始まったので、長くなる前に八雲はジェーヴァに馬車の設備について一通り説明していく。


馬車は自動走行なので、安全運転の中でキッチンの使い方やティーセットの場所、食料保管用の冷蔵庫(水属性魔法の付与で水属性基礎ウォーター・コントロールと同じく風属性基礎ウィンド・コントロールによる氷冷却仕様)について説明しておく。


「なんスかこれ?!こんな魔道具売りだしたら絶対バカ売れッスよ!ガッポガッポ儲かるッスよ!!」


(ホントにジェーヴァってメイドだよね?)


ジェーヴァの喋り方に親近感と違和感が共存している八雲だが―――この馬車に積んでいる冷蔵庫は冷凍室と冷蔵室の2つに分かれている冷蔵庫で、大きさは八雲の世界で飲食店が使っている業務用くらいのスペースを取っている。


一般家庭用でもいいのかも知れないが、八雲のコンセプトは馬車で長距離や長期間の旅行にも対応出来るようにキャンピングカーをイメージして造っている。


そのため容量は業務用に近いもので、いつかは旅行もしてみたいと思っていた。


正直『収納』を使えば大量保存は可能ではあるが、何もかもをそういった能力に頼るのは現実味と面白味が減ると八雲は考えているのだ。


「まあ売るかどうかはこれから考えるよ。他にやりたいことも見つかるかも知れないし」


「なるほどぉ。それを探すための首都探訪なんスね!これは情報員としては八雲様に良いものを紹介したいッスね♪」


あれも紹介したい、これも紹介したいと呟きながらウキウキしているジェーヴァが少し遠足を楽しみにしている子供の姿みたいに可愛く見えて、気がついたら八雲はフッと笑っていた。


「それじゃ、公爵邸に急ごう!」


まずはエアスト公爵邸に向かってキャンピング馬車は疾走していくのだった―――






―――首都アードラーの関所では、


「―――おい!あの黒い馬車は!?」


「ああ!―――あれは、間違いない!黒神龍様の馬車だぞ!!おい!道を開けろ!!黒神龍様の馬車がお通りになる!!どけどけぇ!!!」


関所にいた兵士達は昨日に城から黒神龍の馬車が首都に入場することについて一切止めることを禁ずる命令が届いており、問答無用で街への入口を開門することになっているのだ。


本来は首都へ入場することに対する税があるのだが、それもアークイラ城から無税の指示がきている。


「なんだ?入場税払わなくていいのか?」


税を払おうと馬車を止めて下りた八雲だが、関所の兵士達は止めることを禁じられた黒神龍の馬車を止められてしまっただけで命令違反になるのでは?と生きた心地がしない。


「み、御子様?!―――黒神龍様の馬車には入場の税は不要と、昨日城からの知らせがありまして、お支払いは必要ございません!」


「あ、そうなんだ。王様が気をつかってくれたのか……分かった!すまなかった」


「い、いえいえいえいえいえ!!―――ですので、どうぞ!どうぞお通り下さい!!」


顔を蒼白にして汗だくになっていた門番達の間をすり抜けて馬車は街中に入る。


「エドワードが手配したのだろう。余計な気をつかいおって。だが、ありがたく通らせてもらうとしよう。八雲、今度国王になにか礼を考えておいてくれ」


「そうだな、何か役に立ちそうな物でも造って贈ることにするよ」


そうして四頭の黒麒麟に引かれる空中に浮いた真っ黒な馬車は相変わらず首都アードラーの民衆の間で注目の的になりつつ、中央部の貴族達の屋敷が集中する場所にあるエアスト公爵邸に向かって進んでいた―――






―――程なくしてエアスト公爵邸に到着する。


すると屋敷の中から―――


「―――ノワール様!八雲様!」


―――今日も元気な笑顔のシャルロットが窓から馬車を目に止めて、屋敷から出迎えに飛び出してきたところだった。


「おはようシャルロット。エアスト公爵は屋敷にいるかな?」


「私を訪ねて来てくれたのかい?―――もうパパ超感激!」


前半公爵―――後半バカパパのクリストフも屋敷から姿を見せる。


「おはようございます公爵。実は古代魚の売買の件でこの間言っていた紹介状が貰いたいんだけど?」


「もう公爵なんて固いよぉ!パパって呼んでくれていいんだぞ☆」


キラン☆と輝く瞳は無視して、


「ああ、はいはい―――それじゃ公爵、紹介状書いて」


八雲は真顔で変なテンションのクリストフを流しておく。


「クゥ~!!八雲殿マジ辛辣ぅ~!でもさ、うちのシャルロットを妻に向かえてくれたら、ホントのパパになれるもんねぇ♪」


「エ、エエエッ!?お、お父様!!勝手な事言わないでください!それに、八雲様にも……ご迷惑です……/////」


図星を突かれた表情を誤魔化そうとするシャルロットだが本人以外、もちろん八雲にもバレバレな態度だった……


「そうかなぁ~♪ 八雲殿はどうなんだい?シャルロットは可愛くないかい?」


少し悪戯心の見える意地悪な質問だと八雲もわかっていた―――


―――だが、そこはクリストフには一切容赦しないと心に決めている八雲が本音を斬り返す。


「何を言ってるんだ、アンタは?シャルロットが可愛くなかったら、この世は魔物だらけだぞ」


(ん?―――なんかデジャヴ?)


「分かる!!激しく同意するよ!八雲殿!!いやぁ親バカなのは重々承知している上で言わせてもらうけど―――うちの娘、マジ世界一可愛くね?」


「ホント親バカだな。でも分かる!」


「もうもう!お父様も八雲様もやめてください!/////」


ふたりの掛け合いを聞いていたシャルロットは顔を真っ赤にして、自分をどんどん褒め称えそうなふたりの会話を遮る。


「パパは八雲殿ならシャルロットをお嫁に出してもいいと思っているんだけどなぁ~☆」


「え?―――本当ですかお父様?!/////」


クリストフのキラリ☆とした瞳から出てきた言葉に、即行で返事をするシャルロットを見て、


「まあ、こんな話は玄関でするようなものでもないね。兎に角まずは中に入ろうか。紹介状はもう書いてあるから」


そう言って公爵邸の奥へと促される。


「自分は馬車でお待ちしてるッス!」


ジェーヴァは馬車に残ると言って、八雲とノワールは公爵邸の中に―――


―――その間もシャルロットはノワールに寄り添って、今日はこれからどうするのか?など質問していた。


そんな中で進んだ廊下の先にあるクリストフの書斎へと通されて応接用のソファーに四人で腰を掛けると、クリストフが蝋で封印して公爵家の刻印を打った手紙を八雲に渡してきた。


「約束していた商人ギルドへの紹介状だよ。もっとも黒神龍様と御子様が来訪して無理筋を通そうなんて命知らずな商人は、商人ギルドにはいないと思うけどねぇ~♪」


「―――どういうことです?」


クリストフの言葉の意味を確認する八雲に、クリストフはニコリとしながら意味を説明する。


「商人達にとって一番大事なのは、何だと思う?」


「それは……情報ですかね?」


少し自信なさ気に答える八雲にクリストフは笑顔を向けながら―――


「正解だよ―――そんな情報命の商人達がアークイラ城の一番高い塔の上にある王家の紋章よりも上に翻る黒い『龍旗』を目にしたとしたら、どうすると思う?」


「今起こっている状況を把握するために情報を集めますかね?」


「うん、だがそれだけではダメだねぇ。重要なのは―――集めた情報をどう処理して、どう商売に繋げていくか次の段階に向けての対応と対策が大事なんだよ」


八雲はクリストフの話を黙って聞いていた。


確かに収集した情報だけあっても意味が無く、使わなければ無駄なことをしたことになり、重要なのはその収集した情報を精査して分析し、次の行動に役立てて初めて情報は生きることになる―――価値があるのだ。


商人という肩書を持った海千山千の者達が集まるギルドで、この皇国に御子が生誕したという情報はどのような形で生きるのか?


向こうは商人―――ならば最初にすることは八雲を値踏みすることだ。


「俺を値踏みして利益になると踏んだら接近してきて、敵になると思えば距離を取る、そんなところかな?」


「うん、ほぼ正解だろうねぇ♪ ま、よっぽど面倒くさい相手に絡まれでもしたら、遠慮なく言ってくれて構わないから☆」


「はは、頼りにしますよ。それじゃこれで―――」


そう言って席を立とうとしたとき、クリストフが呼び止める。


「ああ、ちょっと待ってくれるかな?どうだい?シャルロット。八雲殿とノワール様に同行させて頂いたら?外に出て世の中を見ることは、お前にとっても決して悪いことじゃない」


「ええ?……で、でも八雲様のお邪魔ではありませんか?」


妙に遠慮するシャルロットだったが見るからにシュンとしているその姿は、八雲にペットショップのチワワを思い浮かべさせる……


(やべぇな、これ……キュ~ンとか鳴かれたら悶え死ねる……)


口では遠慮しているものの、断れば絶対宝石みたいな瞳に涙を溜めるシーンが八雲の脳裏に浮かんで来ていた。


「いいぞ!我もシャルロットと街に出掛けてみたかったからな!我が何かしたら八雲が何とかするから安心しておけ!」


「え?何そのフラグ?ちゃんと大人しくしてくれよ?まあシャルロットも一緒の方が俺も楽しいし、ちゃんと身の安全は保障するから」


「―――ありがとうございます♪ ノワール様!八雲様!それではお父様、行って参ります☆」


嬉しさが全身から溢れるようなシャルロットを見てクリストフに八雲、そしてノワールまでが、ほわ~ん♪ とした幸せ空気に呑まれた。


「八雲殿……何ならそのまま黒龍城にお持ち帰りして頂いて―――グボラォ?!」


「―――婚姻前のひとり娘に何をさせようとしているのかしらぁ~♪」


八雲に囁いていたクリストフの背後に気配を消して現れ、愛用の木槌で後頭部を殴りつけたアンヌは相変わらずの美しい笑みを浮かべていて同時に足元のクリストフは痙攣して床に転がっていた。


「うふふ♪ この人の言葉はあまりお気になさらないでくださいね♪ でも……シャルロット本人の気持ちも、ちゃんと受け止めてあげてくださいませ」


そう八雲に囁くアンヌもまたシャルロットの気持ちを第一にと考えているようで、両親のいない八雲にとって少し羨ましいような、温かいような気持ちが胸の内に湧き上がっていた―――






―――エアスト公爵邸を出た黒神龍の馬車が次に向かったのは、


「次は冒険者ギルドで良かったッスか?」


ジェーヴァが八雲に確認する。


「ああ。今どんな依頼が出ているのか、この世界に暮らしている人の脅威がどんなものなのか知っておきたいんだ。商人ギルドはたぶん時間が掛かるから最後くらいでいいよ」


八雲自身そこまでゲームにのめり込む性格ではなかったが、現実にこの異世界で生活する以上は身近な脅威になるものは早めに知っておきたいと考えていたのが理由だが、やはり異世界といえば冒険者ギルド!という気持ちも否定出来なかった。


因みに馬車の中ではジェーヴァがシャルロットに自己紹介をして、今は車内のソファーに腰掛けている八雲、ノワール、シャルロットに冷蔵庫から飲み物を出して給仕している。


「冷たい?!これ、すごく冷たくて美味しいです☆」


「冷蔵庫って言うんだ。食べ物を冷やして、長い間保存出来る様にしておく道具だよ」


「そのような道具があるのですね!」


「違うぞシャルロット、これは八雲が造った特別な物で他にはないんだ」


冷たい飲み物に驚いていたシャルロットに、ノワールはさらに八雲が造った道具だと説明すると、


「八雲様は本当に何でもお造りになられるのですね☆わたくし尊敬いたします/////」


ますます八雲を見る瞳がキラキラと、それでいて頬を赤らめ始めた。


「ああ~これは、時間の問題ッスね♪」


ジェーヴァのフラグ確定を意味する余計な一言を八雲は聞こえない振りをしつつも、黒麒麟の引く馬車は冒険者ギルドへと向かって進んでいくのだった―――



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