―――アークイラ城からの帰り道にエアスト公爵邸に寄って、クリストフ達を降ろした八雲達は漸く黒龍城へと帰還を果たした。
「お帰りなさいませ♪ ノワール様!八雲様!」
「お帰り…なさい……」
出迎えにきてくれたジェミオス・ヘミオス姉妹とコゼロークが、ニコニコしながら下車する八雲達に近づいてくる―――
「ただいま。ああ~!疲れた……」
「お疲れ様でした八雲様」
大地に降り立ち背筋を伸ばしている八雲に、アリエスが労いの言葉を掛ける。
「ああ、アリエスもお疲れさん。今日はもう飯食って早く寝たい……」
「あの……そのことですが、八雲様/////」
そこでアリエスが珍しく口籠るようにして、ソワソワしだしたので、八雲は?マークを頭に浮かべながら、
「どうした?」
と、問い掛けるとアリエスは意を決したように、両手を強く握り締めて八雲の耳元に近づくと―――
「―――今夜、お部屋に参ります/////」
顔を赤らめながらそう言って、その場をそそくさと去ってしまった。
「今夜って―――まさか……そういうこと?」
アリエスの仕草を見て鈍感系主人公を演じるつもりもない八雲は、色々考えても最終的にすることは唯一つだけ、アリエスを満足させることだと結論に至っていた―――
「ニヤニヤしてどしたの?兄ちゃん」
「大丈夫ですか兄さま?」
「コゼロークが…お薬…持ってくる」
そんな八雲に純粋なメイド三人組は本気で心配してしまい、八雲も慌てて誤魔化すのに必死になっていた―――
―――それから……
アクア―リオの食事を楽しんで、部屋に戻ろうとした八雲にノワールが近づく。
「八雲、今日はアリエスがお前の夜伽をする番だ。泣かせるなよ」
「え?知ってたのか?っていうか夜伽って……」
すでにお見通しだと言わんばかりにニヤついたノワールは従者として序列ではなく、家族愛のような感情を抱いている
「でもそれって自惚れじゃないけど、アリエス以外にもそう願ってくる子が、もしいたりしたら―――」
「―――そのときは全員受け止めんか!我の夫がその程度の甲斐性もなくてどうする!ここにいる者は皆お前のことを憎からず想っているのは確かだ。何しろこれまで一度も御子を迎えなかった我の初めての御子だからな。ずっと期待や憧れを抱いてきた者達にはお前から目が離せないことだろう」
(甲斐性って……俺、今無職ですけど……でも)
「でも知り合ってまだ間もない俺にそこまでの気持ちを抱くっていうのは、どうなんだ?」
八雲は元の世界の恋愛観を参考にして、出会って間もない男に身を任せようなどというアリエスの心理が深く理解出来ていない。
「お前のいた世界の感覚は我には分からん。だが、あの子達の主である我が迎えた夫となれば、従者であるあの子達にとっても主だ。その主が彼女達にとって理想の主であったならば感情も昂ぶるというもの。勿論……雌としても本能も同意だ。後はあの子達本人の気持ちだからな」
それは日本の一夫一妻制とはまったく違う一夫多妻が当たり前の世界では、仕える主に身を捧げるのは当たり前の世界の感覚だった。
「後はお前の決心ひとつで、此処の皆が幸せな家族になるのかどうかだぞ?」
「家族か……」
八雲にとっての家族とは、亡くなった両親と祖父母だけだった。
あとは幼馴染であり彼女でもあった向こうの世界で生きているひとりの少女だけだ。
しかし異世界に踏み込んだことで、その少女とも会うことはもう叶わないだろうと諦めている。
ノワールがいてくれて、この世界で生きてこられたのは間違いないが傍にいてくれたメイド達も、今はもう八雲にとって大切な存在となっていることは八雲自身とっくにわかっていた。
「だからこそしっかりと受け止めて、そして愛するのだ。その先にきっとお前だけの答えが見つかるだろう」
そう言ってノワールは八雲を置いて自分の部屋へと去っていった。
ひとり残された八雲はノワールの言葉を反芻しながら、自分の部屋に戻り風呂に入る支度を始める。
壁から流れるシャワー代わりのお湯を被り、今もさっきの答えを考えて、これから先の自分の道をどう歩むべきなのか自問自答していった。
風呂から出て寝室に行くとそこには、もうアリエスがやってきて待っている。
「もう来てたのか―――」
頭を布で拭きながら近づく八雲より早くアリエスが抱きついて、その唇を八雲のそれに押しつけてきた。
「―――んっ、ちゅ、んん、はぁ、八雲様/////」
「アリエス……」
その激しい行為に面食らった八雲だったが一呼吸して離れたアリエスは再び八雲の首に腕を回して、今度は唇の間から可愛い舌を差し込んできた。
「ちゅ……はぁ……やくもさまぁ/////」
首にしがみ付いて懸命に舌を伸ばして絡ませてくるアリエスの様子に、八雲は普段の凛々しい仕事振りのアリエスとのギャップに頭がクラクラさせられていた。
(アリエス舌使いがエロッ?!)
絡み合う舌の感触を楽しみながらアリエスの腰にそっと手を回して、さらに膝の裏にもう片方の手を回して彼女を持ち上げて、所謂お姫様抱っこでベッドに向かっていく。
移動する際にも八雲の首に腕を回したアリエスは、吸いつくように八雲の唇を貪り続けていた。
そんな激しいキスを繰り返すアリエスを抱えながら大きなベッドに登った八雲は、中央にゆっくりとアリエスを降ろし、そして赤らめた頬をそっと撫でた。
「随分と激しいな?アリエス」
「……だって、ノワール様が結ばれてからというもの、次は私だとずっと思っておりましたのに……八雲様はノワール様と一緒に外に出てしまわれて……私、本当に寂しかったのですよ?」
少し拗ねたような表情になったアリエスが可笑しく思えて笑いそうになった八雲だが、ここで笑えばアリエスはもっと拗ねてしまうだろうと考えて自制した。
「悪かった。けど言い訳になるだろうけど、俺のいた国じゃ一夫一妻制だから、こうして一夫多妻の世界に来ても感情がついてきてないんだ。しかも皆、美人ばかりなんだから余計に怖気づくさ」
「私のことも……美人と思ってくださっているのですか?」
「アリエスが美人じゃなかったら、この世界は魔物しかいない……」
「まぁ!……フフ、ウフフッ!/////」
一頻り笑い合ったあと、再びふたりはお互いの唇を近づけていった―――
―――エプロンを取りメイド服を脱いだアリエスは白いレースの下着に、白いガーターベルトから繋がる白いニーソックスと純白で纏められていた。
着やせするのかブラジャーに包まれた白い素肌の形のいい胸は、谷間が強調されて八雲は視線が離せない。
銀髪の蒼い瞳をしたこの世のものとは思えないほどの美女の下着姿で白い素肌は、八雲の神の加護『理性の強化』を即発動させる破壊力だった。
「あ……あまり、見ないでくださいね/////」
頬を赤く染めてベッドに横になるアリエスに八雲は愛おしさを溢れさせるのだった―――
―――それから……
ふたりは互いの身体を重ねて、そして熱い初夜を迎えた……
アリエスは満足気にベッドに横たわり、そして隣の八雲を恍惚とした表情で見つめている。
「うふ♡ 八雲様、いっぱい愛して下さって……ありがとうございます/////」
「疲れただろ?もう、このまま一緒に寝よう」
八雲は腕枕をしつつ、アリエスの頭を撫でながら、汗ばんだ銀色の髪を下ろしたアリエスが少し幼く見えることにグッときていて、思わずもう一度襲ってしまいそうなのを堪えていた。
「八雲様……他の
「そうだな。うん、もしその子が望んでくれるなら、俺は全力で応える」
八雲の返事を聞いて、微笑みを浮かべたアリエスはそのまま八雲の胸の中に顔を埋めて、
下腹部に刻まれた『龍紋』をそっと撫でるアリエス―――
―――ノワールに続いて二人目の『龍紋』の所有者となったアリエス。
「これからもずっと一緒です……」
彼女はそう呟くと、ふたりは微睡みの中でいつの間にか眠りに就いていた……
―――その夜、アークイラ城の一室では……
「クソ!本物の黒神龍だとっ!!そんなものがなぜ今さら御子など連れて来たのだ!!!」
豪華な部屋で葡萄酒を呷ると、そのままグラスを床に投げつけて派手な音を立てたグラスは粉々の破片へと姿を変えた。
「随分と荒れておいでですな?―――ゲオルク殿下」
「これが荒れずにいられるか!今まで生きてきた中でこれほどの恥辱を与えられたことなどなかった!!貴殿も見ていたのであろう!エンリーチ卿!」
「まさかあのような事が起こるなど、誰も想像すらできませんでした」
―――この男、ダニエーレ=エンリーチ侯爵という。
地方に広大な領地を持つ諸侯のひとりで、ゲオルクの支援者として癒着をしている貴族のひとりであった。
背が低く小太りで頭の中央が額まで繋がるハゲ頭をしており、髪はこめかみから後頭部にかけてしかない。
鼻の下には頭の不毛地帯を補うかのように髭を生やしている。
金をこよなく愛するこの男は貪欲で冷酷な性格は他者には覆い隠して、少しでも儲け話のあるところへ絡みつく蛇のような男であった―――
自身は首都アードラーで屋敷を構えており今回の国王の招集にも馳せ参じていたわけだが、ペテン師かと思っていたノワールと八雲が本物の黒神龍と御子であったことで、首都に住まう貴族全員の前で恥を搔いて荒れているゲオルクを慰めるため、王子の部屋を訪れているところだった。
「黒神龍は人が手を出せるような代物ではない……だが、あの御子は黒神龍が述べた通り人だ。人であるなら―――やりようは幾らでもあると言うもの!」
ゲオルクは黒神龍自体をどうこう出来ると思うほどには愚かではなかったが、その御子である八雲ならと考えを巡らせていく。
「確かに、あの御子は見た目からしても、ただの優男にしか見えませんからねぇ」
そう言って葡萄酒を新しいグラスに注ぎ、ゲオルクに手渡すダニエーレ。
「殿下、それとは別にエレファン獣王国の件ですが……」
ダイエーレの言葉に怒りに震えていたゲオルクの表情は突然、曇った表情へと変わる。
「あん?ああ……奴隷売買の……たかが獣が集まった国のことなど気にする必要などなにもない!卿は今まで通り事を進めていて問題無い!」
「殿下がそう言ってくださるのであれば、我らも何も憂いなどはございません。殿下にも再びいい土産をご用意させて頂きます」
「ふん!それは精々、楽しみにしておくとしようか」
まだ昼間のことで不機嫌さの残るゲオルクを見ながら、その取り巻きのひとりとして汚れた金を貪る男、ダニエーレは醜悪に満ちた笑みを響かせていた……
―――翌朝
チュンチュン♪ と窓の外で囀る小鳥の鳴き声に、ふと八雲は目をゆっくりと開き、腕に感じる重さに視線を向ける―――
「―――おはようございます。八雲様」
そこには横向きになって八雲を見つめている頬を赤らめたアリエスが、熱い瞳をジッと向けて微笑んでいる。
「おはよう。先に起きてたのか?」
「少し先に目覚めましたので、お顔を見ていました。眠っている八雲様のお顔を/////」
「そ、そうか。それはちょっと照れるな/////」
(なんでこんな可愛いの?俺のこと好きすぎでしょ?……尊い)
幸せそうなアリエスの微笑みに、八雲は顔を近づけておはようのキスを交わすと、
「それじゃ、一緒に朝食に行こう」
「はい♪」
八雲は身体を起こしてアクアーリオの朝食を目指して清々しい新たな朝に、アリエスと共に部屋を一緒に出るのだった―――