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第28話 皇国に御子生誕

―――八雲とノワールが足を踏み入れた玉座の間は、二十メートル以上ある高い天井に床面積は広大な空間を形成している。


壁際には柱が並び立ち、中央奥の壇上に玉座が置かれ、見た目は厳格な国王といった風貌の人物が座し、その左右には八雲が見ても王族と思しき者達が玉座を挟むようにして左右横並びに立っていた―――


玉座の下へ通じる赤い絨毯を挟んで、左右にはこの国の重鎮達と貴族と思しき派手な服を着た男女が百名以上並び立ち、その前には警護のための近衛騎士が整列して立っていた。


事実、参列しているのはこの国の大臣に軍部の各騎士団長、そして首都に住んでいる貴族のほとんどがこの場に集結しており、その中には先日の近衛騎士団長ラルフも参列している。


赤い絨毯は十mほどの幅でノワールは八雲の腕に自分の手を軽く絡めるようにして歩みを進め、見た目だけであれば礼拝堂で結婚式を挙げるカップルの姿にも見える。


ノワールのこの世のものとは思えない美しい容姿を見た貴族達は皆、男も女も「ほぉ~」と息を吐いて見惚れていた。


だが暫くして、そこからまた別の声も聞こえてくる―――


「…あれが黒神龍だと?」


「…どうせペテン師であろうよ」


「…ただのダークエルフではないか?」


集まった貴族達の間から複数のこんな言葉が八雲とノワールの耳に届くが、予めノワールとクレーブスから玉座の間のことを想定して打ち合わせされていた八雲は逆に冷静な気持ちで臨んでいく。


そんな多数に注目される状況の中、ゆっくりと進む二人は―――やがて玉座の前に至った。


だが―――


ここで周辺の者達は更にザワついていく。


それはふたりが国王を前にして跪くことなく立っているからだ。


「貴様らぁ!!―――王の御前だぞ!跪かんか!!!」


しかし、これもノワールから聴かされた話で黒神龍とその御子が人間に跪くなどありえないことだと、なので何を言われても膝はつくなと八雲は言い含められていた。


だが、当然だが皇国第二王子ゲオルクがふたりの不遜な態度に突然怒鳴り声を上げ、そして予め配置しておいた自分の配下に目配せしたかと思うと八雲とノワールに近づいてきた配下がふたりの周囲を取り囲む。


「―――その者達を捕えよ!!」


ゲオルクの命により、取り囲んだ兵士達によって、ふたりの手首に厚い金属のような黒い板に手首を出す分だけの穴が空いた物―――手枷がガチャリ!と取り付けられて、さらに周辺の貴族達はザワザワと騒ぎ立てる。


「フハハ―――ッ!!王の御前で不敬を働く愚か者共!!その手枷は遥か昔、重罪人の捕縛のために初代国王が本物の黒神龍から賜った手枷だ。黒神龍の鱗で造られているその手枷は、たとえ何者であっても破壊することなど出来ん!己の愚かさを思い知るがよいわ!」


ゲオルクの言葉に八雲は『鑑定眼』スキルを発動し手枷を調べてみると、確かに黒神龍の鱗で造られた手枷だった。


ゲオルクの行動に国王も第一王子アルフォンスもその行為には何も言わずに静観しているが、第三王女ヴァレリアだけは口元に手を当てて驚いている。


ゲオルクにより、いきなり手枷を付けられた八雲とノワールだったが実はこうなることも智者クレーブスの想定の中に入っていた。


「……何故、黒神龍である我が人間の王に平伏せねばならんのだ?」


醜く歪んだ笑みを浮かべていたゲオルクの表情が、玉座に美しく響くノワールの声と言葉に硬直した。


「―――き、き、貴様ぁあ!!!立場を弁えよ!貴様達は王に虚言を吐いて玉座にいるのだぞ!!」


ノワールの言葉に今度は激怒の表情に変わったゲオルクだが、八雲もノワールもどこ吹く風といった涼しい顔だ。


「これが黒神龍の手枷だと?たしかにこれは我がマリアに与えた物のひとつだが、黒神龍本人にこんな物が通用すると本気で思っているのなら、皇国の王族もおめでたい奴らだな」




ノワールの口にしたマリアとは―――


ティーグル皇国初代国王にして女王マリア=ハイリヒ・ティーグルのことである。

四柱の神龍が初めて人と盟約を交わした地が『皇国』と呼ばれると同時に、それには当然であるが盟約を交わした相手がいる。

マリアは黒神龍の縄張りであるこのフロンテ大陸西部オーヴェストで初めて黒神龍と盟約を交わした人類であり、ティーグル皇国の国母こくぼと呼ばれる存在なのである。




「―――国母様を呼び捨てにするとは不敬にもほどがあるぞ!この下賤のペテン師めが!!」


入場するなり、いきなり難癖のような態度をして手枷で拘束し、ノワールの言葉を聴いて更に激怒して顔を真っ赤にするゲオルクは冷静な八雲から見て、


(コイツ、完全に反撃されるヤラレキャラだよなぁ……ワクテカしてくるぞ)


と逆に少し同情しながらも、この後起こることを楽しみにするくらい今のゲオルクは反って酷く醜いものに見えていた。


「ふんっ!ではこの手枷、外せれば文句はないんだな?」


ノワールが両手を上げて、さらに上から目線を被せてゲオルクに言葉で迫っていくと、


「―――なんだとぉ!お前のようなダークエルフのペテン師に、偉大な黒神龍の手枷が壊せるわけがなかろう!弁えよ!この屑どもが!!」


未だに国王は何も言わず、ゲオルクの好きにさせていることに八雲は何か意図的なものを感じなくもないが、ここは怒鳴り捲ってくるゲオルクが煩くて何とかしたい思いが先行する。


(公爵は何してるんだ?)


と思って振り返ると公爵家は国王の御前で三人とも膝をついて平伏しており、顔を上げて八雲を見ていたクリストフは『このくらいは自力でなんとかできるでしょ?』と言いたげにニヤニヤしながらウィンクをしてきた。


目線でそう伝えてきたことに少しイラッとする八雲だったが、不安で泣きそうな顔になっているシャルロットの顔を見ると何も言えない。


「おい八雲……もう、そろそろいいだろう。これ以上長引かせるとシャルロットが泣き出すぞ」


なんだかんだと言って、この短い期間で姉のように慕ってきてくれるシャルロットのことをノワールはメイド達以外で気さくに接してくれる同性の人族として、かなり気に入っていった様子で彼女もシャルロットのことを妹のように接しているのだ。


それ故に何よりもシャルロットが涙目でいることにノワール自身、我慢が出来なくなってきたという訳だった。


「そうだな……」


そう言って、八雲は手枷の付いた両手を目線の高さまで引き上げると―――


パキン―――ッ!ガシャン!と甲高い金属音と共に、八雲の両手を拘束していた手枷は上下に再び分断され、玉座の間の床へと静かに落下して激突した音が辺りへ響き渡る。


シーンと静まり返り、一言も聞こえてこない玉座の間で八雲は両手を振って手首の調子を確認する。


黒神龍の鱗で出来ているとしても、八雲の『創造』に掛かれば分断することなど児戯に等しいことだ。


「―――なぁ?!」


ゲオルクは息を詰まらせて二の句が継げない。


エドワード王とアルフォンス王子、そしてヴァレリア王女も勿論一言も発せず呆気に取られていた。


そこでノワールが―――


「次は我の番だな―――」


と言葉を発した瞬間、煙のように現れた漆黒のオーラに全身を包み込まれたノワール―――


「―――後ろに下がって!!」


―――クリストフ達に八雲は振り返って声を上げると、すぐそれに反応してアンヌとシャルロットを抱えながら遥か後ろに飛ぶクリストフ。


そのクリストフの一般人とは思えないほど俊敏な動きを見て、


(……喰えないオッサンだ)


と、八雲は内心思った。


黒いオーラに包まれたノワールはシャルロット達が安全な場所まで下がったのを確認すると、更に濃い漆黒の巨大化したオーラに包まれ、もはやその姿も完全に見えなくなると、益々オーラが大きさを増していく。


「―――なんだ!!これは何が!!!」


「―――魔術の類いか!!危険だぞ!!!」


「―――御下がりください!!!」


玉座の間は大臣や貴族と、その夫人達の悲鳴が彼方此方から響き渡って警備を預かる近衛騎士達はそれらを庇うように前に出る。




もはや天井まで突く勢いで大きくなったその漆黒のオーラの中から―――



―――そのオーラを突き抜けるようにして生えた巨大な翼。



―――玉座の間の床を貫く巨大な脚と巨大な爪。



―――同じくオーラを突き抜けて現れた、強力な筋肉で揺れ動く太くて黒い尻尾。



―――そして黒き二本の角を額から生やしたドラゴンの頭が現れて、天井にぶつかりガラガラと崩れた天井の瓦礫を床に落下させる。



最後に爆発するように散った漆黒のオーラの衝撃がその場にいる全員を襲うと―――



……衝撃により舞い上がった空気が、黒い煙のようなオーラの残滓を徐々に薄めていく。



―――そして、そこに現れたのは、


雄大で漆黒の力の象徴たる黒神龍の姿だった……



【……我は黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴン】



―――重低音の効いたノワールの声が玉座に響き渡っていった。




国王始め王族も貴族達も、近衛騎士にエアスト公爵家の三人も、全員が天井を突く巨大な漆黒のドラゴンの姿に誰一人として声を出すことが出来ない……


【……それで?どこの誰が……ダークエルフのペテン師の詐欺師だと?】


ノワールの声に、本当に無意識であったのだろうが貴族も近衛騎士も全員がゲオルクに視線を集中させる。


その糾弾するかのような視線を感じ取ったゲオルクは―――


「―――ウッ?!」


と息を詰まらせて顔面がみるみるうちに蒼白となり、大量の汗を浮かべ始めた。


【……どうした?ティーグル皇国王家は、ついさっき言った言葉も忘れるほど頭が足りんのか?であればマリアも草葉の陰で泣いていることだろう】


まだ恐怖で息も整わず、目を見開いて黒神龍をただ見上げているゲオルクを見てエドワード王は無言で玉座を立ち上がったかと思うと、ゲオルクに近づくなり右腕を引き絞り―――


「父うぇ―――ゲボァッ!!」


―――その刹那、


人の身体が空中に浮き上がり、そして玉座の壇上から落下していく―――


―――ゲオルクの左頬にエドワード王は拳を思い切りメリ込ませて、玉座の下段まで吹き飛ばしていた。


突然の国王の行動に貴族達も大臣も騎士団長達も呆気に取られていたが改めて黒神龍の姿を見ると、この後は更にこの程度で済むはずがないと、殺伐としたその場を動けずにゴクリと喉を鳴らして息を呑む。


殴り飛ばされて倒れたままのゲオルクを尻目に、エドワード王は玉座を下りて床に立つとすぐに片膝をついて黒神龍に頭を下げる。


それに従うようにしてアルフォンスとヴァレリアも横に並び、膝をついて黒神龍に礼をしていた。


「ご拝謁を賜り、恐悦至極でございます。ティーグル皇国建国の際、国母マリアと盟約を交わされました御身に対し、此度の我が愚息の無礼極まる行いは偏に我が身が招きましたこと。責めはどうか我が身ひとつでご容赦頂けます様、伏してお願い申し上げます」


頭を下げながらアルフォンスとヴァレリアは父の言葉に目を見開いて驚愕する。


ゲオルクは父の本気の拳に意識が朦朧として倒れながらも、父の言葉に後悔と怒りと悲しみと恐怖と屈辱と羞恥心がドロドロと混ざり合って、それら感情が胸の中で暴れ回っていた。


【―――すべて、お前が責を負う、と言うのだな?エドワードよ】


「はい、その通りで―――」


「―――お待ちください黒神龍様!此度のこと、第一王子として途中で止めることもしなかった私にも責はあります!父を裁かれるとおっしゃるなら、私もどうか、その半分を負わせてください!」


エドワード王の横に控えていたアルフォンスが父の言葉を遮り、自分にも責があると声を張り上げる。


「控えよ!アルフォンス!!」


突然そのようなことを言い出した息子アルフォンスを諫めるエドワード王だったが、


「わたくしもゲオルク兄さまを止めませんでした!どうかわたくしも父上と共に裁いてくださいませ」


今度は愛娘が伏して黒神龍に頭を下げる姿に、エドワードは困惑する。


「ヴァレリア……お前まで!」


エドワードは息子達の気持ちは父として痛いほど伝わってくるが、ここでこのふたりまで黒神龍の裁きを受けさせるわけにはいかないと考えた。


【ほう、殊勝な心掛けよな。黙っておったから王家は全員、不埒者へと堕ちたかと思っていたが、どうやらまだ真面な考えは持っているようだ。我は直接、人に裁きを与える行為は好まぬ。ここは我が御子であり、人である八雲に裁いてもらうとしよう―――】


「―――え?俺!?」


そんな話は事前の打ち合わせにはなかったので、無茶振りされた八雲は思わず変な声を上げた。


突然話を振られても、この世界に来て間もない八雲にこの国の不敬罪も法律も分かりはしない。


そんな八雲に膝を着きながら見上げるエドワード、アルフォンス、ヴァレリアの視線が集まって居心地が悪い事この上ない。


「……本当に俺が裁きを言い渡して、反論しないんだな?」


黒神龍の姿をしたノワールに、八雲は確かめる。


【―――黒神龍の名にかけて、お前の言に従おう。たとえ全員を斬ると断言したとしても】


重低音で響く黒神龍の声に王家のみならず周辺の大臣、貴族達まで震えあがりながら青い顔をして八雲の言葉を聴き逃すまいと固唾を飲んで待ち構えていた。


「そうか……それじゃ今回のことは―――」


―――全員が息を呑んだ。


しかしその先の言葉は―――


「―――ノワールが悪い!!」


……玉座の間は八雲から放たれ響き渡った言葉に全員呼吸を止めた。


シーンと静まり返り、誰一人声を上げない……


【はぁ!?―――おい八雲!我が悪いだと!?どういうことだ!!】


―――次の瞬間、巨大な龍の顎から怒号のような重低音の声が城を揺らす勢いで飛び出してきた。


「―――反論しない約束だろ?約束を破るのか!」


そんな黒神龍に厳しい言葉を浴びせる八雲を国の重鎮達も貴族達も、ラルフでさえ動かずに今の状況を静観していく。


【い、いや!そういうわけではない!ただ理由は何だ!?】


足元にいる八雲にちょっと困ったような声で問い掛けるノワール。


「理由か。それは今の今までエアスト公爵にも、その姿を見せなかったことだ」


そう言って八雲が黒神龍の巨体を指差す―――


「―――人が人を信用するには誠意と証明が必要だ。でなければ人の猜疑心を拭うことは難しい……エアスト公爵は娘のこともあって俺とお前のことを信用してくれた。だが此処で傅いている王家の人達は疑いを持って当然だ!俺が逆の立場でもお前を疑う!そういう訳で今回はノワールが悪い。誰も裁くことなどできない。それが―――俺の結論だ!」


【……】


面と向かって黒神龍が悪いという言葉を突きつけ、王家を裁くことなどないと言い切って見上げてくる八雲をノワールは黙って見つめていた。


やがて―――


再び黒いオーラに包まれた黒神龍はシュンシュン―――と小さくなり始めたかと思うと、やがて玉座にいた元のノワールへと姿が戻った。


「確かに……八雲の言葉は尤もだな。エドワードよ。我も少し遊びが過ぎたようだ。許せ」


そう言ってゆっくり頭を小さく下げたノワールを見て、今度は王家の面々が驚愕してしまう。


「―――い、いえ!どうぞ頭を御上げください!!黒神龍様!」


エドワードが慌てているが、アルフォンスとヴァレリアは厳格な父の慌てる姿に思わず吹き出して笑っていた。


何のことはない、ノワールも本心からティーグル王家の人間を裁こうなどとは考えていなかったのだ。


八雲が無下に人の命を理由なく奪うことはないと見通していたのもあったが、八雲もまたノワールが自分に任せた時点でこれは何かあると推察していた。


要は茶番だったとも言えるふたりのやり取りに王家は振り回されたのだった―――






「―――黒神龍様、どうぞ玉座に」


その後にエドワードは自らの玉座を明け渡してノワールに差し出す。


ノワールは玉座の壇に上がり、ゆっくりとその座に腰を下ろすと美しい脚を組んで下段にいる人間達を見回していく。


「―――改めて我がこのオーヴェストを縄張りとする黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンである。遥か昔この地でマリア=ハイリヒ・ティーグルと盟約を交わした神龍なり!」


ノワールの美しい声が天井の一部崩れた玉座の間に響き渡る。


「盟約の内容は口外出来んが、我が友マリアと此処で交わした約束を果たすため、我は―――今再び戻ってきた!」


「国母マリアとの……約束とは?」


エドワードが顔を上げてノワールに問い掛ける。


「マリアはこう言った……自分の時代よりこれから先の時代、ティーグル皇国の王が国の民を虐げる存在となったときは、黒神龍の黒き炎でその王を焼き尽くして断罪して欲しい。そして、我が御子を迎え入れた暁にはこの約束を王家に伝え、その戒めを胸に国と国民の尊厳を護る者となって欲しい、とな。だが……我が八雲と出会うまで御子を迎えなかったため、今日まで伝えられずにいたことは謝ろう」


「国母様が、そのようなことを……」


エドワード達王家の者はゲオルク以外、複雑な表情をしている。


「歴代の王の中で……忽然と姿を消した王が何人かいたのは、まさか……」


「さて、どうだろうなぁ?だが我は友との約束をこれまでも、そしてこれからも違えるつもりはない、とだけ言っておこう。努々《ゆめゆめ》忘れないことだ」


ノワールの重い言葉にエドワードは再び頭を下げ―――


「只今のお言葉、この胸に刻みまして後世にも必ず伝えて参ります」


―――その場にいる全員に聞こえるように誓いの声を上げた。


「よし!その言葉、しかと聞き届けた!では我は玉座を返すとしよう。それとエドワードよ。お前に渡したいものがあるから我の馬車まで付き合ってくれるか?」


「渡したい物?―――ハッ!お供致します」


それから玉座まで来た廊下を再び通って黒神龍の馬車が停車している正面まで戻ってきた。


「―――これは!?馬車なのですか?」


エドワードが驚愕の声を上げた時、


「陛下!これを造られたのは御子である九頭竜八雲様ですぞ!私も黒神龍様の城から同乗させて頂きましたが世界最高の馬車です!車輪もないのに空中に浮いていて一切揺れないのです!スゴイでしょ!!」


「……何故お前が得意気なのだ?」


まるで自分のことのように自慢するクリストフに、エドワードも思わずツッコミを入れずにはいられなかった。


「―――何なら中も見てみますか?」


八雲が気軽に誘ってみるとヴァレリア王女の傍にいたシャルロットが、


「行きましょう!ヴァレリアお姉さま!八雲様の造られたこの馬車は本当に凄いんですよ♪ ビューって速いのに、まったく揺れなくて、中で飲み物も頂けたりするのですよ!」


「シャルロット、慌てないで!あの馬車は黒神龍様の馬車なのでしょう?勝手に中を拝見するなんて失礼なことですわ」


「別にいいよ。むしろ自慢の馬車を見て欲しいくらいだから」


「キャッ?!み、御子様……よろしいのでしょうか?/////」


シャルロットと話していたら、突然八雲がやってきて驚くヴァレリア。


「―――いいだろうノワール!皆お前の馬車が見たいってさ!」


「なに!そうかそうか♪ 八雲に造ってもらった自慢の馬車だからな!好きに見るがいいぞ!」


その言葉を聞くや否やエドワードとアルフォンスが競って入口に向かう。


「大人気ないぞ!親父殿!そのようにはしゃいで歳を考えたらどうなんだ?」


「―――フンッ!そのままそっくり返すぞ!バカ息子よ!王を退けようとするなど不遜の極みぞ!」


どちらも大人気ない行動によって入口で詰まっているのを見兼ねた八雲が、


「俺の国ではレディーファーストって言葉があって、ご婦人から先にエスコートするものなんだけど、この国はどうやら違うようだな」


「―――うっ?!」


「―――御子殿?!」


八雲の言葉に退いて固まった国王と第一王子の間を、


「さあ、お姫様方―――お先にどうぞ」


「ありがとうございます八雲様☆」


「あ、ありがとうございます、や…八雲…様/////」


シャルロットはキラキラした瞳で乗り込み、ヴァレリアは頬を赤らめて八雲の名前を囁くと馬車に入っていった。


それから内装や設備に驚きの声を上げる国王達にメイド達が飲み物を振る舞い、エドワードの懇願でアークイラ城の広大な庭を馬車で移動して夢の様な浮遊構造と効果を披露し、ノワールは終始自慢気にふんぞり返って八雲を讃えるという謎の時間が過ぎ去っていった……


「―――ではエドワード、これを渡しておこう。意味はわかっているな?」


「はい。これは『龍旗りゅうき』ですな。御子の生誕を世に知らしめる旗……そう伝え聞いております」


「ああ、そうだ。では頼んだぞ」


「承知致しました」


そうして黒神龍がアークイラ城を去る時には城の一番高い塔の上に翻っていた王家の紋章が描かれた国旗の上に、新たに黒い無地の布に黄金で描かれた『龍紋』の旗がはためいているのがノワールと八雲の目に映った―――


―――それは、


神龍が御子を迎えたとき、皇国の城に掲げられる御子生誕の証し―――


―――大陸歴1010年4月4日


フロンテ大陸西部オーヴェストの地に皇国建国以来、初めて城に『龍旗』がはためき、御子の生誕を祝うと歴史に記される日となった―――



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