目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第26話 騎士団長への手土産

―――足元の血溜まりで倒れ伏した近衛騎士団長ラルフ=ロドルフォに近づき、膝を着く八雲。


さきほどまでの一騎打ちを、息を呑んで観戦していた近衛騎士団も前進を開始して黒龍城の城門前に集結していた―――


「ラルフ団長!!―――」


恐らく騎士団の副官らしき人物が、数人の騎士と共に下馬して八雲の元に駆け寄ってくる。


「―――大丈夫だ」


仰向けにしたラルフの胸にあった誇り高い近衛騎士団の鋼の鎧は、無惨にも横一文字に刻まれた八雲の放った『一閃』の傷跡が深く確かに刻まれていた。


「しかし、先ほどの一撃……この鎧の傷からして、団長はもう……」


不吉な言葉を言い掛けて、副官が俯いたところで―――


「―――『回復』を掛ける」


跪いた八雲から薄緑の淡い光が放たれ、その光が足元に横たわるラルフの全身を包み込んでいくと胸に刻まれた深手の傷が瞬く間に塞がっていく。


「こ、これは!?―――なんと!あなたは『回復』の加護もお持ちなのか!では団長は!!」


「ああ、傷はもう塞がってる。けど、一応は安静にして栄養のある飯でも食べさせてくれ」


八雲の話しを聞いて、近衛騎士団一同が一斉に―――


「ウオオッ!!―――御子様!ありがとうございます!!」


口々に八雲を御子と呼び、感謝の意を高らかに叫んでいた。


「いや、こうなったのも俺のせいだし、それにラルフ団長は剣士として尊敬できる剣士だった。それにアンタ達の慕い方を見たら、死なせる訳にはいかないよ」


「それでも普通は一騎打ちをして破れた者は命を落とすことが当然なのです。『回復』の加護の持ち主が常に傍にいるとは限りません……団長は幸運でしたな」


「胸を斬り裂かれておいて幸運はないと思うけど……」


犯人は俺です状態の八雲からすれば悪意のない人間を平気で死なせるようなことは避けたいという自分勝手な理由ではあるが、抱き合って喜び合う騎士達を見ていると良かったと心から思っていた。


「ウ……ウウッ……ん……わ…私は―――」


その時、ラルフがゆっくりと目を開き徐々にその意識も覚醒を始めると、その場にいて覗き込む八雲と騎士団の副官の姿を見つめた。


「団長!目が覚めたのですね!今、御子様が『回復』の加護で治療して下さったのです」


騎士団の副官が涙を流す勢いで、ラルフの傍に近寄って跪いた。


「……なに?……八雲殿、いや……御子様は『回復』の加護までお持ちなのですか……」


「八雲でいいよ。御子様って呼ばれるのは、なんだかむず痒いから」


御子と呼ばれることにまだ慣れない八雲は、はにかみながらそう応える。


「ハハ…ハハハハッ!ではお言葉に甘えまして、八雲殿……此度の一騎打ちは完全に私の負けです。最後の一撃、私の目を以てしても止めること敵わず……自分の不甲斐なさを、未熟さを思い知らされました」


起き上がったラルフは静かに頭を下げる。


「それこそ謙遜し過ぎだと思うよ。団長の剣は日々の鍛錬の重みがしっかりと伝わってきたし、俺はそういう剣を振るう人間は好きだ」


「勿体ないお言葉です。それに……ここまで立派な土産を頂けましたし、我らは急ぎ城に戻らせて頂きます」


鋼の鎧の胸に刻まれた巨大な傷を撫でてラルフは頭を下げる。


「―――ああ!ちょっと待ってくれる?」


そうして踵を返して騎士団の待つ方向に戻ろうとするラルフを急に八雲は呼び止める。


「土産がそれだけというのも黒神龍の沽券に関わるから―――今から土産を造るよ」


「は?―――造る?今からですか?」


土産を造るという八雲の言葉にラルフも周辺の騎士もお互い顔を見合わせて言葉の意味を考えるが、一向に答えは出て来ない。


「ああ、すぐ終わるから!ちょっと待って」


「はあ……」


八雲の突拍子も無い提案を受けて呆気に取られたラルフ。


そんなラルフを横目にして、八雲は『収納』の中から大きな黒神龍の鱗を二枚取り出した。


「よいしょ!っと」


ドスッ!ドスンッ!―――という重い音を立てながら空間から飛び出してきた巨大な鱗に、ラルフのみならず騎士団も目を丸くする。


「うん……騎士……馬……よし!」


何かを思いついた八雲は言うが早いか、黒神龍の鱗に神の加護『創造』を開始する―――


―――見る間に二枚の鱗がひとつの黒い塊と化して、更には形を細長く伸ばしながら変えていく。


「これは……」


目の前に現れた巨大な素材を未知の力で変貌させていく八雲に、ラルフを始め近衛騎士団の騎士達も目を白黒させる。


その間も『創造』は続き、長い柄の先に厚い刃の付いた業物が産声を今上げようとしていた―――


「出来た―――これを」




―――黒斬馬刀、銘を偃月えんげつ


長い柄に身幅の広い長い片刃の刀身を取り付けたもので、大刀とも呼ばれる騎乗しながら敵と戦うことに特化しており、黒神龍の鱗を用いて刃の部分はクロムメッキの様に鏡面化されている世界最硬の逸品。




「―――手土産にこの斬馬刀、団長殿に差し上げるよ」


そう言って八雲はラルフに偃月を手渡す。


「これを……私に?」


「銘は『偃月』にした。大剣を使ってたけど、騎士で騎乗するなら斬馬刀の方が良いんじゃないかって思ってさ。黒神龍の鱗で造ってあるから、まず折れたり刃毀れしたりはしないよ」


ラルフは手に持った重厚な偃月を眺めていると、あることに気づく。


「これは……」


偃月の柄に見つけたもの、それは―――


【十年一剣】


―――という文字が刻まれていた。


「武術の修練を長い間積み続けること、修練を積み続けた武術を発揮する機会を待つこと、一振りの刀を十年磨き続けるという意味から『十年、一剣を磨く』という言葉を表したものなんだけど―――なんだか団長に感じたそのままの言葉だなと思って刻んでみた」


頭を掻きながら、照れ笑いの八雲にラルフは思わず膝を着いて頭を下げる。


「十年一剣……本当に、頂いてよろしいのですか?」


「貴方のために造ったんだ。返されても困るよ」


黒く輝く黒斬馬刀=偃月を握りしめて、改めて構えを取り一振り、二振りと具合を確かめるラルフの姿を八雲は傍で見つめる。


「このような我が身の丈に合わぬ過分な業物を賜りまして感謝の言葉もございません。この偃月も陛下に御覧頂き、私からも黒神龍様と御子様のこと、しかと御伝え致します」


そう言って更に頭を低くして礼を尽くすラルフに八雲も居心地が悪くなってきたところで、城の城門が開いてクリストフがやって来た。


「どうやら丸く収まったみたいだねぇ♪ いやぁ!良かった!良かった!しかし八雲殿は本当に底が知れないねぇ~!あんな武器まで造ってしまう力もあるなんて」


「うちのメイド達にも色々持たせてあるから、下手に手を出すと奥方に叩かれるよりも先に肉片に変わることになるから、気をつけて下さいね」


「それ早く言っといてよ……冗談でもそんなことしていたら、パパ死んじゃってたじゃん……」


どうやら何かしようと思っていたようで、ギリギリ命は落とさずにすんだみたいだったが、そのクリストフの背後で黒い笑顔を向けているアンヌのことは絶対見なかったことにしようと八雲は目線を逸らした……


「閣下、我々はこの後アークイラ城へ引き上げますが、お屋敷に戻られるならそのまま護衛致しますが?」


ラルフがクリストフに進言すると、クリストフも渡りに舟といったところで、


「ああ、そうだねぇ。それじゃあお願いしようかぁ♪ それじゃあ八雲殿、明日の朝にでも迎えに来るから。ノワール殿と二人で登城の準備をしておいてくれるかなぁ?」


「王城アークイラ城か。ノワール、どうする?」


「―――今回は我の我が儘に付き合ってくれ。国王にも御子の誕生を寿ぎしてもらわねばならん」


「わかった。それじゃ公爵、明日の朝に」


そこにシャルロットが八雲に近づくのをクリストフもアンヌも何も言わず、先に公爵家の馬車へと乗り込んでいく。


「……あの、八雲様/////」


「ん?どうした?何かあったか?」


モジモジと両手を前で捏ねながら八雲を赤い顔で見上げてくるシャルロットの行動の意味が思い当たらない八雲は、黙ってシャルロットの返事を待っていると、


「また、お強い八雲様の御姿が見られて改めて驚きました。それに大きな素材からあのような凄い武器まで造ってしまわれるなんて、本当に凄いです/////」


「そうか。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。さあ、ご両親が馬車で待っているから」


「はい……あの!!」


馬車へ誘おうとすると、シャルロットは八雲に向かって身を乗り出してくる。


「おう?ど、どうした?」


「また……うちへ遊びに来て頂けますか?/////」


赤い顔と潤んだ瞳で見上げながら、シャルロットは八雲に問い掛ける。


「え?……ああ、勿論。なんなら、こっちに遊びに来てもいいよ」


その八雲の言葉に安心したのか、シャルロットはまるで花のような満面の笑みを八雲に見せて馬車へと乗車していく。


エアスト公爵家の皆は馬車に乗り、その馬車をラルフ率いる近衛騎士団が護衛するという状況で首都へと帰っていくと黒龍城に残った八雲とノワールは城の中に戻る。


その後に八雲に近づくふたつの影があった。


「八雲様、もしよろしければコゼロークにもノワール・シリーズを下賜頂けませんでしょうか?この子もこう見えて立派な序列12位の龍の牙ドラゴン・ファングですので」


そう言ってコゼロークを伴ってきたのはアリエスだ。


「そう言えば他の子には何人も渡しているもんな。いいよ。それでコゼロークは何か得意な武器とかあるの?」


「……戦斧……」


「……え?」


「……戦斧……」


「戦斧って……」


「―――ハルバートですわ」


アリエスがすかさず八雲に告げる。


「いや、それは分かってるけど。うん、そうか……聞き間違いじゃなかったかぁ……」


ジェミオス・ヘミオス姉妹とそれほど変わらないその美少女は日本であれば中学生くらいの見た目の小柄な身体で、少し表情の起伏は少ないけれど桃色の癖毛をツインテールにした可愛らしい少女だ。


その少女が言うに事欠いて得意な武器がハルバートです、なんて世も末かと八雲はギャップ萎えしそうだったが―――


「―――来い、毘沙門びしゃもん


―――そこで『収納』に仕舞ったままで一度も使っていない重厚な黒いハルバートである黒戦斧=毘沙門を取り出すと、コゼロークに手渡す。


「重かったりしないか?」


黒神龍の鱗を三枚も使用した手前、けっこうな重量になっている毘沙門だったが、


「うん……大丈夫……です。ありがとう……ございます……八雲様/////」


礼を口にしてペコリと可愛く頭を下げたコゼロークは少し頬を赤くしていて、表情も少し穏やかで嬉しそうなことが伝わってくる。


そんな大人しいコゼロークに喜んでもらえて八雲も喜んで内心ホッとした。


その後―――


ブンッ!ブンッ!―――と毘沙門を軽々と小枝のように振り回す嬉しそうな雰囲気のコゼロークを見て、八雲の背筋がヒェッ……とゾクリとした冷たいものが走って、小柄なコゼロークがとんでもないパワー系ということは嫌でも覚えさせられた―――






―――首都アードラーの王城アークイラ城。


「―――只今戻りました。陛下」


広大な空間に何本もの柱が壁際に並び立ち、部屋の中央には奥の玉座まで赤い絨毯が敷かれ、その左右には城の重鎮たる多くの大臣、軍部の各騎士団の団長、副官クラスが立ち並ぶ。


その先の三段高い壇上にある玉座に鎮座する国王エドワードがラルフを見下ろした。


その玉座の隣には右に第一王子アルフォンス、左には第二王子ゲオルクとその隣に第三王女ヴァレリアが立っていた。


「戻ったか―――ヌウッ?!ラルフよ!その鎧は一体どうしたのだ!?」


眉間に皺を寄せたエドワードは、ラルフの鋼の鎧に刻まれた真一文字の傷に注視して問い掛ける。


エドワードは自身がその実力を認めて近衛騎士団の団長にまで据えたラルフは、間違いなくこのティーグル皇国一の剣士と信じて疑うことなどなかった。


それほどの男の胸に信じられないほどの深い傷があり、常識的に考えても傷の大きさからラルフが無事でいられることが信じられない状況だと一瞬で気づき驚愕する。


「あの城にいる一人の剣士に刻まれました」


「なんだと!お前にそれほどの傷を負わせる手練れが……あの城にいると?」


ラルフの一言にエドワードのみならず王子達も並び立つ大臣、騎士団長達までが驚きの声を抑えられない。


「あの城には―――黒神龍様とその御子様がいらっしゃいました」


「―――黒神龍だと!?」


エドワードの叫び声と周囲のどよめきが立つ中で、ラルフは出兵した先で起こったこと全てを事細かく国王に報告していく―――


「―――なんと……クリストフがその場にいたとは。しかも先日の盗賊団の事件も、その御子が助太刀したことだとはな……」


血の繋がった実弟であり、国のため国民のためと過去にあった様々な問題も、事も無げに解決して自分の統治に多大な貢献をしてきたクリストフのことをエドワードは誰よりも信頼している。


黒神龍とその御子という男と知り合った経緯は偶然のようだが、エドワードはいつも飄々とした態度を取るクリストフを思い浮かべて眉間の皺がさらに深まった。


「クックッ!―――伯父上にも困ったものだ」


そう言いながらも、クックックと笑いが抑えられないアルフォンスにゲオルクは不快に満ちた顔をして、


「笑いごとではありませんぞ!兄上!!」


と声を荒げて兄を嗜めると、今度はヴァレリアがラルフに問い掛ける。


「―――ラルフ団長、その御子様はどのような御方なのですか?」


可憐で無垢な王女ヴァレリアの質問にラルフは一呼吸置いてから、


「その者は剣の腕は私では足元にも及ばず。一騎打ちを申し出て破れた私に『回復』の加護で治療して下さる心の広さを持ち、更には手土産と言って、このような物を黒神龍様の鱗を素材に使い瞬時に目の前で造られるほどの御力を持っている……そういう御方でございます」


そして近衛騎士の副官ともう一人の騎士が八雲の造った黒斬馬刀=偃月を乗せた台を持ち玉座に近づいてくる。


「それは……槍なのか?それとも戦斧か?」


「これが我らの目の前で、黒神龍の鱗を用いて御子が造られた業物……斬馬刀と言うそうで銘は『偃月』と名づけられました。騎馬で戦う私にと御子が贈って下さったものです」


そう言ってラルフは黒斬馬刀=偃月を両手で掬うように持つと、そのまま国王エドワードの前までゆっくりと運び、片膝を突いて頭を下げ、両手で偃月を国王に差し出した。


その偃月を両手に取り、その異常な重さを感じながら凝視するエドワード。


「凄まじく重いな……しかしこれは、なんと美しい……確かに見事な業物だ……ん?この言葉は?」


エドワードが視線を向けたそこには八雲が刻んだ【十年一剣】という言葉があった―――


「それは、武術の修練を長い間積み続けること、修練を積み続けた武術を発揮する機会を待つこと、一振りの刀を十年磨き続けるという意味から『十年、一剣を磨く』という意味を表した言葉だそうで、御子が私のためにと刻んで下さいました」


「……」


エドワードは黙って、ラルフとのことを思い返す―――


―――まだ二十代の頃からメキメキと頭角を現して、国王である自分の目に留まるほどの実直な男である。


毎日積み重ねている修練も、今のラルフを作っている要素であり全てだとエドワードは知っている。


そんなラルフのことを、その場にいたクリストフの助言はあったかも知れないが初見でこうも見通し、尚且つこのような国宝級の武具まで贈る御子に、そして黒神龍と名乗る者にエドワードは久しく感じていなかった強い興味を抱いていた。


「明日……その黒神龍を名のる者と御子とやらがクリストフと共に―――城に来るのだな?」


「ハッ!エアスト公爵閣下より、そう陛下に御伝えするようにと」


その言葉に、エドワードは少し口元に笑みを浮かべて、


「では―――明日を楽しみに待つとしよう」


その国王の言葉を聞いたアルフォンスは心の中で父と同じく、ノワールと八雲に興味が尽きない気持ちが湧いてきていた。


一方、ゲオルクは―――


「チッ!」と小さく舌打ちして、そのような得体の知れない存在を、この王宮に迎え入れること自体が気に入らなかった。


そして―――


第三王女のヴァレリアは、


「御子様……うふふ♪」


ラルフから聞いた御子である九頭竜八雲に自分でも理解し難い強い感情がその美しく豊かな胸にこみ上げてきて、ひとり笑みを溢して明日に期待していたのだった―――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?