―――開門された黒龍城に立ち並ぶメイド達。
そして黒神龍ノワールとその御子の八雲に対峙したクリストフは、これまで見せなかった深刻で真剣な表情を浮かべていた……
フロンテ大陸を四つに分けた地方のひとつ西部オーヴェストを縄張りとして、ティーグル皇国初代国王と盟約を交わした古の黒神龍を名乗る美女が目の前に立っている。
巨大な城を無属性魔術を発動して
だがティーグル皇国国王の実弟であり、この国の公爵の立場にあるクリストフはやはり確かめない訳にはいかない。
「……この度は築城、心より御祝いと御喜びを申し上げます。改めましてティーグル皇国公爵クリストフ=ヘルツォーク・エアストでございます」
ノワールを前にして片膝をつくと儀礼を重んじた挨拶を述べるクリストフは続ける。
「こうして御前にて言葉を交わせること我が身にとって何よりの幸福と感じております……ですが、矮小な人族である我らが黒神龍様と分かり得るのは、あの空を駆ける雄大な御姿を目にした時のみであり、このように人の姿をとられるとは存じ上げませんでした……ですので―――」
そこでノワールがクリストフの言葉を遮るようにして、
「―――ああ、そう畏まらずとも分かっている。我の今の姿では信じられないということだろう?」
「……ご慧眼、恐れ入ります」
その瞬間、主に疑いの目を向けられたと解釈したメイド達から強烈な『威圧』が一帯を覆っていく―――
―――クリストフと公爵家の者達へ一気にその『威圧』が圧し掛かり、シャルロットに至っては呼吸が出来ない状況で胸に手を当て咳き込み青い顔になっていく。
「ケホッ!コホッ!……」
「―――やめよ!!公爵はこの地を譲ってくれた恩人だ。礼を失するような真似はするな!」
ノワールの一括で、一気にその『威圧』は霧散し、
「申し訳ございません、ノワール様。主を疑われたのかと思い先走り失礼致しました。お許しください公爵様」
アリエスが代表して謝罪し、メイド全員で頭を下げる姿を見ながら当のクリストフは、
「い、いやいや、疑われる発言をした。こちらこそ申し訳ない。ですが……」
異常な迫力をもつメイド達に警戒しつつ非礼は許し、しかしそれでも確かめなければならない。
「分かっている。我の姿では信用出来ないのは尤もな話だ。だがクリストフ、ここは我と八雲を信用してくれないか?それに、先ほどの衝撃波―――あの城にも届いているのではないか?」
ノワールの視線を追っていけば、その先に輝くような白い城壁で聳え立つこの国の王城―――アークイラ城があった。
広域に轟いた原子爆発の衝撃波は当然あの城にも届いている。
「それは、あれほどの衝撃ですから気づかない訳はないと思いますが……」
そこまで聴いたノワールはいい加減に顔を顰める。
「そう畏まった話し方はやめろ。調子が狂う。シャルロット達も今まで通りで接してくれ」
「そうですか―――それじゃ、遠慮なく……コホンッ…いやぁゴメンねぇ♪ 一応私も王族の血を引く人間だからさぁ。ノワール殿と八雲殿のことは信用しているんだよ?でもねぇ、あの城から来るだろう、さっきの騒動を確かめに来るヤツ等にさぁ、私もちゃんと説明出来るようにしておきたくてさぁ」
パパモードに戻ったクリストフに
「その時はその時だ。向こうが出て来るまで、こちらは茶でも飲んで待つとしよう」
「あの、八雲様は……御子様なのですか?」
そこで恐る恐るといった様子でシャルロットが八雲に問い掛ける。
「ああ、そうだ。まぁ黙っていてすまない」
するとシャルロットはパァッとまるで花が咲いたような笑みを浮かべて、
「凄いです!命の恩人だった方が伝説の黒神龍様の御子様だったなんて!まるで御伽話みたいです!どうぞお気になさらないでください/////」
と八雲に笑顔を向けたまま子供の様にはしゃいでいた。
「そ、そうか?そう言ってもらえると、俺も助かるけど」
「―――まぁ、こんな門前で話していても何だしな、シャルロットよ。我の城、見てみたいと思わないか?」
ノワールがシャルロットに笑顔で問い掛ける。
「はい!とっても見てみたいです!」
「そうか、フィッツェ!客人にもてなしの用意を。シャルロットにケーキを出してやってくれ。アリエス!公爵家の皆を来客用の応接部屋に案内してくれ」
ノワールの言葉にアリエスがすぐに対応する。
「―――畏まりました。それでは公爵家の皆様、此方へどうぞ」
そうしてクリストフ、アンヌ、シャルロットにヘンリーも一緒に城内へと案内していった。
「さてと―――コゼローク!此方へ!」
残ったノワールと八雲の元に、あの桃色の長い髪をツインテールにした小柄なメイドが呼び寄せられた。
「―――八雲は初めて会うのだったな。この子はコゼローク。序列12位だ。これからよろしくしてやってくれ」
「はじめまして…コゼローク…です。
消え入りそうな口調でカーテシーをしながら挨拶をするコゼロークに頷く八雲。
ジェミオス達とそう変わらない背の高さで、よく見ると瞳は明るい茶色で髪は少し癖毛のロングを左右にツインテールで纏めている。
表情は固く、物憂げな瞳と合わさって少し哀愁を感じさせる紛れもない美少女だった。
「兄ちゃん♪ 兄ちゃん♪ コゼロークは元々こんな感じなんだよ」
そこにヘミオスがひょっこり顔を出して、
「兄さま!兄さま!コゼロークちゃんはこれが普通ですから」
八雲に二人がそう説明すると、二人に挟まれたコゼロークはコクコクと静かに頷いていた。
「そ、そうなんだ。改めて九頭竜八雲だ。よろしくコゼローク」
「こちら…こそ…よろしく…お願いします」
そう言ってペコリと頭を下げるコゼロークの放つ、ぎこちない雰囲気が少し面白く感じられて八雲は笑みが零れたのだった―――
―――その頃、
ティーグル皇国首都アードラーのアークイラ城では……
「―――ですから!すぐにでも軍を編成し、あの怪しい城に先手を打つべきだと申し上げているのです!」
―――赤い髪を肩くらいで切りそろえた優男が叫び声の様な進言をする。
この皇国の第二王子ゲオルク=ツヴァイト・ティーグル―――
―――国王を始め、王族、近衛騎士団長、軍部に所属する各騎士団の騎士団長が一堂に会した軍議の場で、堂々巡りとなって時間を費やしている軍議にイラつきを覚えて机を激しく打ちつけ、父である国王と第一王子である兄に向かって声を張り上げたのだ。
「―――少し落ち着けゲオルク。父上の御前だぞ」
顔を赤くし興奮した様子で突如現れた黒い城の対処に先手を打つべきと進言するゲオルクを諫めよるとするのは―――
―――皇国第一王子アルフォンス=プロトス・ティーグルだった。
「お言葉ですが兄上!一瞬であのような巨大な城を出現させる存在などすぐに対処をしなければ、どのような危機が振り撒かれるか分かったものではありません!」
「―――そんなことは言われずとも分かっている。だからこそ冷静に対処せよと言っているのだ」
「兄上は臆されたか!」
「―――何いぃ!!」
ゲオルクの言葉にアルフォンスも頭に血が昇り、もはや一触即発かという雰囲気に包まれた軍議の場で国王エドワードの低い声が響いた。
「やめよ二人とも―――ここは軍議の場であって兄弟喧嘩の場ではない」
その声に席から立ち上がっていたアルフォンスとゲオルクも、お互い睨み合ったままではあるものの大人しく席に着き直した。
「物見の知らせはまだか?」
エドワードが小さく溜め息を吐きつつ、近衛騎士団に謎の黒い城に向けて放った物見の先遣隊からの報告を問い掛ける。
「―――はい。未だ戻ってはおりませぬ。恐れながら陛下、どちらにしても近衛騎士団だけでも編成を始めて準備しておいた方が宜しいかと。もし危険がなくとも最初は確認のために出兵して対応することになるかと」
エドワードが問い掛けたのは見た目では年齢三十歳前後の屈強な体格で、茶色の短髪をした近衛騎士団長ラルフ=ロドルフォだった。
ラルフの進言は物見の結果の如何に関わらず、あの黒い城に出兵して安全なのかを確かめる必要があると言っているのだ。
―――ならば今すぐ出兵のため近衛騎士団を準備させておいても無駄にはならない、というのが進言の示している意味だった。
「恐れながら、軍部としましてはラルフ団長の意見に賛成致します。近衛騎士団が出兵するのであれば、我らは不測の事態に備え、全軍を速やかに出兵できるよう準備を整えるのがよろしいかと」
軍部所属の騎士団長の一人からも賛同する意見が出された。
「……そうだな。ラルフよ、近衛騎士団に出兵の準備を整えさせよ。ゲオルク……お前は軍部の騎士団を纏めて不測の事態に備えて全軍出兵の編成と準備をせよ。アルフォンスは儂とこれからの対策を詰める。近衛騎士団は先行して出てもらうが、軍部の騎士団は命があるまで待機とする。以上だ。それぞれ準備を整えよ!」
「―――ハッ!!」
一斉に席を立つ軍議出席者が扉から次々と出ていくのを確認してから、エドワードは改めてアルフォンスに―――
「アルフォンス……お前はあの城のことをどう考えている?」
―――と、問い掛ける。
「正直なところは―――分からん。一瞬で城を建てるような相手だ。一筋縄ではいかんだろうよ。だが……どんな相手だろうと国民が犠牲になることだけは何としても避けたい。それに……エレファン獣王国の件もある」
「エレファン獣王国か……厄介な話だな。だが儂もお前と同じ思いだ。お前とゲオルクのこともそうだが、ヴァレリアの花嫁姿を見るまでは冥聖神の元に行くつもりはないからな」
「ふふっ……せめて、あそこに城の主がいるのなら、敵ではないことを祈るさ」
―――エレファン獣王国
ティーグル皇国の北部に接する獣人族の統べる国である―――
―――獣人の王が治めている獣人のための国家を称している。
―――国民の九割は獣人であり人族も住んでいるが、それは獣人族と婚姻したものや物流の交易で駐在している商人が大半である。
―――獣人族は人族よりも身体能力に優れており、狩猟などには優れているが土地が痩せていることもあり、エレファンでは食料難を抱えていて獣人族は国外へ出稼ぎに出る者が多い国柄だ。
―――しかし、それが国外で獣人に対する奴隷化へと変貌したのは長い歴史の中で抱えられてきた問題でもあり、獣人国家であるエレファン獣王国としてはその最たる奴隷制を敷いているティーグル皇国に対して、ここ最近不穏な動きがあると知らせが届いていた。
それからエドワードと不測の事態に陥った際に打つ手の取り決めを進めて、アルフォンスもまた軍議の会議場から退室していく。
ひとり残ったエドワードも部屋の外に出て、歩きながら何気なく城の中庭にある庭園を眺めていく。
するとその庭園に設置したガラスの屋根と、そこに置かれたテーブルと椅子にエドワードの愛しい娘の姿を見つけて近づいていった。
「あら?お父様。軍議はもうお済みになったのですか?」
―――それは周りの咲き誇る花々にも負けない美しさだった。
―――赤いストレートロングの髪は涼しげな風に靡いていく。
―――淑やかな笑顔で細まった茶色の瞳を向ける美しい少女。
そこに佇んでいたのは第三王女ヴァレリア=テルツォ・ティーグルだった―――
お付きのメイド二名を伴って庭園のお茶会を楽しんでいるところだ。
国王の出現にメイド達は仰々しく頭を下げているが、それに手を上げて気を休めるように促す。
「ヴァレリア、先ほどの衝撃の直後にお茶とは随分と落ち着いているな」
嫌味ではなくエドワードは正直に思ったことをそう口にする。
「いえ、あの時は驚きましたわよ?この世の終わりがきたのかと心の臓がドキドキして知らせが来るまでは着替えて、いつでも出られる準備をしておりましたもの」
この世の終わりかと思っておきながら、すぐに次の行動に移れるよう準備しているところが我が娘ながら抜け目がない、とエドワードは内心感心していく。
「これからあの城に向けて出兵するために騒々しくすることになるだろうから、お前は後宮で表に出ないようにしておきなさい」
「そうなのですね。お父様もお兄様達も……どうぞお気をつけて」
少し憂いの表情を浮かべるヴァレリアだったが、
「まだアレが敵だと決まった訳ではない。だがこの国にとって敵対するものであれば、儂は国を護るためにも戦わなければならない」
「心得ております。ですが、わたくしはあそこにいる方は敵ではないと思います」
「うん?それは何故だ?」
愛娘の敵ではない、という発言にエドワードは理由を問う。
「何故かと問われますとハッキリとはお答え出来ませんが……でも何故かそう思うのです。申し訳ありません」
「お前は優しい娘だからな。争いたくないという心がそう思わせているのかも知れん。いずれにせよ、後宮に戻っていなさい」
「……分かりました。お父様」
席を立ってメイド達を伴い後宮に戻っていく娘の背を見送りながら、エドワードもまた国を背負う者として件の城の主が敵ではないことを心の中で祈っていた―――