―――翌朝、窓から差す陽の光に八雲はゆっくりと目を覚ました。
腕に重みを感じてそちらに目を向けると、静かな寝息を立てながらノワールが眠っていた―――
子供のように可愛らしい寝顔を見せるノワールに、頭が覚醒したばかりで、まだ少し寝ぼけている八雲は薄っすらと笑みを浮かべてその頭をそっと撫でてみる。
「……ん……んん……ふぁ……やくも……おはよぅ……」
撫でているうちにノワールが目を覚まして、その視線がそっと八雲と出会う。
「―――おはようノワール」
そう言って八雲はそっとノワールの唇に、おはようのキスをした―――
―――そこから食事の間に向かって、
ベッドから二人して起きると身形を整えて朝食を食べに食事の間へ向かうことにした。
「おはようございます。ノワール様、八雲様。すぐに朝食のご用意を致しますね♪」
食堂で迎えてくれたアクアーリオとフィッツェは、挨拶をして笑顔で朝食の準備を鼻歌混じりに進めていく。
立食パーティーから一夜明けて再び巨大な長方形のテーブルが再設置され、ノワールは迷わず上座の席に座り、八雲は右側の一番近い席へと座る。
「八雲―――昨日話そうと思っていたのだが、お前はLevel.100の約束を守った。そこでこれからどうするかの話だ」
アクアーリオの出してくれたサラダをフォークで突きながら、八雲はノワールの言葉の意味を考える。
「―――我はもうお前ならば、この胎内世界から外に出ても何ら問題ないと考えている。とんでもなく強くなっているからな。お前はどうしたい?」
そうは言われても実感の薄い八雲だが、ステータスを見れば途方もない数値が並んでいることは事実だ。
新たに加わった『龍印』や、Classが『黒神龍の伴侶』となったことも既に確認した。
(いや『龍印』ってスキルなのかよ!?)
ステータスで見た時はそう思った八雲だが、
「―――外の世界でいうと、俺の強さってどれくらいなんだ?」
八雲は気になったことをノワールに質問してみた。
「―――文句無しの世界最強クラスだ。あっ、だが他の神龍共の御子は別だ。御子はお前のように神龍の加護を受けて、様々な点で世界を逸脱した能力を持っているはずだ。何に特化しているかは、その御子に与えられた加護にもよるがな」
「皆、俺と一緒の加護じゃないのか?」
「―――当然違う。神龍の加護はそれぞれ違うからな。ましてや、お前の『神の加護』など今まで聞いたこともない。それは今のところ、お前だけと考えていいだろうな」
そう言いながら、パンとベーコンエッグをモキュ♪ モキュ♪ と頬張って食べるノワールに八雲は癒されながら―――
(あれ?―――これってベヒーモスの肉じゃね?)
―――と思い浮かんでいた。
「外の世界で生活しても、もう問題ない―――か。だったら出てみるか」
「もぐもぐ♪ おっ!外に出ると決めたか!」
「ああ、此処の皆には世話になったな。ん?そう言えば……」
そこで八雲はあることに気づく。
「なあ、ノワール。
「ん?ああ、12位は城にいるが、まだ会ってなかったか?6位と9位は
「2位の子は?」
「……あ~うん」
最後の序列02位のことを訊いてみるも、ノワールは気まずそうな表情を浮かべて目線を泳がせた。
「―――どうした?」
「……家出した」
「……は?」
「家出したんだ!我とは意見の相違があったみたいでな」
「反抗期の中学生かよ……」
「はんこうき?なんだ、それは?―――だが、確かにその言葉の感じを推測すれば、その状態だったのかも知れん……」
「―――サジテールは勝手が過ぎます!ノワール様の御心を乱すなど
いつの間にか近づいていたアリエスが、珍しく顔を顰めていなくなったサジテールを責める声を上げていた。
「サジテール?―――それが序列02位の名前か?」
「―――はい。
「そう怒るな、アリエス。あいつもあいつなりに何か考えがあってのことだろう。そのうち帰ってくるさ」
憤るアリエスをノワールは宥めるように話すが、その顔は少し寂しそうに八雲の目には見えた。
「う~ん……『伝心』は伝わっているんだよな?」
「ああ、いや、それは感覚でしかない。だから生きているとは思うがどうも把握し辛い。『位置把握』スキルでも、この国にいることまでは何となく分かる程度だ」
「ああ、そういえば黒神龍の本体は今、ティーグル皇国の山の中にいるんだっけ」
此処にいるノワールは人の姿をとって胎内世界にいる存在で、外の世界では山中に佇み静止している。
「うむ、人の近づかない山脈の谷にいる。お前が外に出るというなら我が空間を開いてティーグルの首都まで道を開いてやるから安心しろ」
「なんだかんだ言って、ノワールってさ……」
「ん?」
「―――過保護だよな」
過保護と言われて一瞬固まったノワールだったが、途端に顔を真っ赤にして、
「―――そんなわけあるか!!」
憤慨して残りの朝食を掻き込んでいく姿を、八雲はアリエスと一緒に笑いながら見ていた―――
―――それから食事を終えてすぐに、
八雲は胎内世界から出て、外の世界で生きる為の準備を始めていった―――
クレーブスの部屋でノワール、クレーブスを中心にまずは経済面、必要になるのは現金だという話をしていく。
どこに行くにしても何をするにしても金が文明社会の経済を回しているのは、どの世界も一緒であり、現にこの世界にも先に学んだ通り通貨がある。
「―――外で金を稼ぐ手段も考えておかないとな。この世界にはギルドみたいなものはあるのか?」
八雲の質問にクレーブスが眼鏡をクイッと指で上げると、
「ありますよ。このオーヴェストでは大きく分けて―――」
そこから始められたクレーブスの説明によれば、この世界では―――
【冒険者ギルド】
その名の通り冒険者が集うギルド。
個人登録であり、ランク制度もあることで受注出来る依頼も制限される。
【魔導士ギルド】
魔術士専門ギルド。
魔術士が登録すると一般公開されている魔術士ギルドの持つ魔術情報なども共有される。
また有益な研究には研究支援も行っている。
魔導士とはこの世界においては魔術師を導く者、魔法を探求する者を指す。
【商人ギルド】
商人組合であり、取引や物価・相場の管理や他大陸との物価管理も行っている。
大規模商人と中規模・小規模商人とあり、中規模・小規模の商人達はクランという共同経営体制を構築して、商業全般のバランスを取っている。
【生産ギルド】
農作物や武器・防具などの戦闘武具、衣服・陶器など生活必需品といった生産関係のギルド。
一次生産者と加工して売買する二次生産者も含めて卸元が登録しているギルドである。
「―――このように分かれておりますが重複して登録する者もいます。例えば冒険者であり、魔術士でもあると冒険者ギルドと魔導士ギルドの両方に登録している者もいる訳です。生産ギルドの卸元が直接自分で販売する場合も、同時に商人ギルドに登録していなければ販売できません」
「なるほど……俺の『創造』を使えば、卸元にもなれるし商人ギルドに登録もしておけば、自分で販売することも可能ってことだよな?」
「―――なんだ?八雲は商人になりたいのか?」
それまで黙っていたノワールがここで八雲に身を乗り出して訊いてくる。
「いや、あくまで金を稼ぐ手段として考えていただけだ」
「―――んん?金ならあるぞ?」
「……はぁ?」
突然何を言ってるんだ、コイツは?という表情を八雲が向けるとノワールがその場で空間に歪を造り出し、そしてその開いた空間の向こう側には―――
「なん……だと……」
―――眩しいくらいに輝く金貨の海が広がっていた。
「お前、これ―――」
「―――ふふん♪ 凄いだろぉ~!我の財宝庫だ。まぁ我は別に金に困るような生活はしておらんし、元から使い道もないからな。我の伴侶となった八雲が使って構わん。クレーブス!八雲に必要な分だけ見繕ってくれ」
「―――畏まりました。ノワール様」
ノワールの指示を受けてクレーブスがその財宝庫の中に入っていく。
「労働とは……報酬とは……」
無一文から自力でどこまでいけるか試してやる!―――と内心で異世界成り上がりストーリーを想像していた八雲。
だがその決心はノワールの空間の扉が開き、中の黄金が目に入った0.005秒で無残にも撃ち砕かれた―――
―――八雲の目の前にある巨大なテーブルの上に積み上げられた現金の山。
白金貨 10枚
大金貨 50枚
金貨 100枚
大銀貨 100枚
銀貨 1000枚
大銅貨 10000枚
銅貨 50000枚
=日本円換算 1,635,000,000円也
「このくらいで―――」
「―――ちょっと多い多い!いきなり16億円も持ってる異世界初心者ってなんだよ!どっかの大企業のお坊ちゃまか!」
クレーブスの用意した現金に金銭感覚が日本人の八雲が勿論、盛大にツッコミを入れる。
「お前の世界の金銭感覚など我にはわからんぞ?」
このくらいの金でガタガタ言うな、と言わんばかりのノワールのツッコミも間髪入れずに入った。
「……えっ?俺がおかしいの?」
確かに宝物庫にはまだまだ黄金が海のように広がっていて、積み上げられた現金の山がある。
「我の夫が一文無しなどそんな恥ずかしい思いさせてたまるか!―――ほれ!いいから『収納』を開けろ!遠慮は無用だ!」
半ば強引な口調で言われて八雲が開いた『収納』空間に、クレーブスとノワールが次から次に硬貨を放り込んでいくと脳裏に『収納』の中に金額が浮かび、ご丁寧に日本円換算の金額まで表示されるようになっていた。
『言語解読』
あらゆる種族の言語理解・文字解読
「なんでこの『収納』……日本円換算出来るの?『言語解読』有能過ぎるだろ?……よ、よし……もうこれで金の心配はなくなったな。うん、なんかもう、これでいいことにしよう……」
『言語解読』スキルの有能な仕事振りに半ば呆れた八雲だが、
「何をブツブツ言っているんだ?このくらいの金で腰が引けてどうするんだ」
「―――大金持ちに小市民の気持ちはわからないでしょうね!」
「うん?」
大富豪ノワールに思い切り小市民の抗議を訴えて、取りあえず現状では心配するものは無くなったと気持ちを整理した八雲は、
「それじゃ世話になったな。皆にも宜しく伝えてくれ」
今まで良くしてもらったことを心から感謝する。
「は?何を言っているのだ、お前は?我も皆も一緒に行くに決まっているだろう」
ノワールの可愛く首を傾げながらの発言に八雲は逆に固まってしまったが、
「……え?……えええ!?―――皆って、城の皆か?」
「当然だ!―――あ、いや、まずは我とお前だけだな。向こうで城を建てるところを決めないといけないからな!」
「へ!?建てる?城を?外の世界に?」
「―――だからそう言っているだろうが!」
「ちょっと待ってくれ。クレーブス、この世界には領地とか土地の所有とか、そういう制度や権利や法律はあるんだよな?」
そこで外の世界に一番詳しいであろうクレーブスに問い掛けた。
「ええ、貴族や王族に連なる者は領地を所領していて、商人も土地を売買していますね」
「―――だったら、ノワールはどこかに領地を持っているのか?」
「馬鹿にしているのか!」
「そうだよな!ちゃんと土地を持っていて―――」
「―――このオーヴェスト全域が我の縄張りだぞ!つまり全て我のものだッ!」
(オウ……まさかコイツ、馬鹿なのか?)
―――と八雲の脳裏に浮かぶ。
「―――ダメだコイツ!早くなんとかしないと!外に出た瞬間に侵略者だよ!戦争だよ!お前の物は俺の物って法則の体現者だよ!ついでに歌が超音波だったら世界も征服できるよ!助けて青い狸~!」
完全に脳内では全て我のものというノワールに、八雲はここから出た瞬間から戦争と隣り合わせの戦場生活になることを思い浮かべる。
「ノワール様、人の国では人の国の法や契約などがございます。それをすっ飛ばして略奪するような真似をしては黒神龍の名に傷がつきます」
―――そこで
「ムッ?なに?そうか……確かにそうだな。では土地は買うか手に入れる方法が見つかれば、そこに城を建てるとしよう!」
(戦争回避!!平和万歳!!)
―――と八雲の脳内では脳内民衆が叫び声を上げて喜んでいた。
「では準備して出発といくか!八雲、必要な物があれば忘れないように『収納』しておけよ!」
「平和万歳!わかった!それとさっき言ったようにメイド達も場所が決まるまで城で待機な。大人数で移動していたら目立ちすぎるから」
「―――確かに。場所が決まってから皆を移動させるとしよう!」
そして旅支度をするため八雲は自分の部屋に向かって歩みを進めていった。
昼になる前には八雲は準備万端だった。
―――と言っても身一つでこの世界に放り出され、その後すぐにノワールの本体である黒神龍に丸呑みにされて喰われてから、この胎内世界でノワール達と出会い、この世界に放し飼いにされた魔物達を相手にLevelを上げて、外に出ても充分余裕で生きていける状況まできた……金はノワールの金だが。
城の門に向かうと―――そこには旅支度の整ったノワールと見送りに来ていたメイド達に工房のドワーフ達も来ていた。
ノワールは―――
―――いつものレースクイーンの様なピッタリとしたスーツの上から、八雲とお揃いの黒に金の刺繍模様が施されたコートを着ている。
そのコートの背中には金の刺繍で『龍紋』が入れられている。
(なにこの傾奇者……)
見た目を引くのは間違いないノワールのその美貌に高級な金刺繍入りの黒いコート、足元は黒いブーツに履き替えていて外出用のその出で立ちは、これに軍帽を被せればセクシー系の女性将校にしか見えないほど凛々しい姿だった。
だが問題はその隣にいるアリエスの表情だ……
頬を少し膨らませて子供のように不満を全身全霊で、いや仄かに闘気まで漏らしながら八雲を睨んでいる。
アリエスだけではない―――
―――レオとリブラも同じような表情で八雲に涙目を向け、それらの姿を見てクレーブスは額に手を当て、やれやれといった表情で溜め息を吐き、アクアーリオとフィッツェは、
「あらあら♪」
―――と、ニコニコ笑みを浮かべて楽しんでいるのが丸分かりだった。
シュティーアとドワーフ達は少し寂しそうな顔を見せていたが、
「外で住める場所を手に入れたら、皆を呼ぶから」
と言って励ますように諭す八雲に持ち前の性格が明るいドワーフ達も、寂しそうな顔をしていたシュティーアも最後には笑っていた。
ジェミオス・ヘミオス姉妹は、
「僕らは元々外によく出てるから、兄ちゃんにもすぐに会えるよ♪」
「兄さま、ノワール様―――どうぞ御体に気をつけて/////」
―――と、すぐまた会えるとそれほど寂しそうにはしていなかった。
「そろそろ行くぞ八雲!」
晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、空間の隙間を広げるノワール。
そんなノワールの姿に見惚れていた八雲はすぐに、
「ああ!―――出発しよう!」
そう返事をして、そこから新たな一歩を踏み出すのだった―――