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第15話 ベヒーモス戦

―――ノワールの振り下ろした因陀羅が正面から土煙を上げて突進してきたベヒーモスの、その鼻の上にある巨大な角と激突した。


だが、激突したはずの両者はまるで何もなかったかのように互いの脇を通り過ぎていく―――


「―――フフンッ♪」


ベヒーモスとすれ違って距離を取ったノワールは、肩を因陀羅でトントンと叩きながら鼻で笑いつつ振り返る。


だが、対するベヒーモスは先ほどまでの勢いはすでになく、よろよろとした足取りで数歩進むとピキッ!という亀裂音を立てて、ご自慢の巨大な角が一直線の切断面から斜めにズレながら地面にドスンッ!と滑り落ちた。


(―――いや!見えなかったんですけど?!)


ノワールの攻撃が目で追い切れなかった八雲は強くなったといっても、上には上がいることに改めて自分自身を戒める気持ちになった。


美女といえども黒神龍という異世界のドラゴンの実力は未知数で、八雲に戦慄を走らせる。


「どうした?ベヒーモス。自慢の角はどうした?どこかに落としたのかぁ?」


惚けた様子でふらつくベヒーモスに向かって問い掛けるノワール。


【BUHOOOOOO―――ッ!!!】


空気が震えるほどに野獣の巨大な雄叫びを響かせたベヒーモスは、踵を返して再びノワールに振り向いた。


「ほお……さすがは陸上最大級の魔物だ。プライドだけは一人前だな」


因陀羅で肩をトントンと叩いて、再び両手で柄を握りしめるノワールに向かってベヒーモスが土煙を上げて突進を開始する。


対するノワールは因陀羅を構えたまま、その場から一歩も動かなかった。


どんどん速度と土煙を上げて突進するベヒーモスが怒りのあまり口元から唾液をまき散らし、血走った眼でノワール目掛けて頭突きの姿勢に入ると、標的であるノワールは因陀羅をスウッと上段に構えて静止した。


【GURUHOOOOOO―――ッ!!!】


失った角のことを恨んでいるかのようなベヒーモスが鼻息荒く突っ込んでいくと同時に、ノワールが静かに因陀羅を振り下ろした瞬間―――


「―――フッ!!」


―――その姿がベヒーモスに重なり飲まれたかのように見えた。


だが実際は―――


―――振り下ろされた因陀羅の刃が触れたところから、ベヒーモスの身体はまるで竹を割ったかのようにスパッと左右に斬り裂かれていったのだ。


己の突進力によって身を裂かれながらも進み続けたベヒーモスは、やがてノワールを完全に通り過ぎたところで左右に身を裂いてドスン!と倒れていた―――


ノワールは絶命したベヒーモスに振り返ることもなく、その黒く切れ長の美しい瞳で空に掲げた因陀羅を見つめている。


「素晴らしい……これほどの業物、この世界にもそうありはしない。感謝する八雲」


そう告げたノワールはニコリと笑みを浮かべて、八雲に感謝の言葉を贈っていた―――






―――ノワールの因陀羅が陸上最大級の魔物ベヒーモスによる試し斬りを終えて、


「それじゃあやるぞ!―――召喚サモン


ノワールの掛け声と同時に、さきほどと同じ巨大な魔法陣が2つ地面に浮かび上がる。


再び召喚によって呼び出されたのは、なんと二体のベヒーモスだった。


ノワールの召喚したベヒーモスの内一体目にはアリエスとジェミオス・ヘミオス姉妹が向かって行く。


そしてもう一体のベヒーモスは、鍛練相手として八雲が相手をすることになった。


アリエスは腰に差した黒脇差=金剛の柄に手を置いて、大地を蹴って高速でベヒーモスに向かって行く。


その左右にはジェミオス・ヘミオス姉妹が、両手に黒直双剣=日輪と黒曲双剣=三日月を握って駆け出していた。


アリエス達と向かい合ったベヒーモスは鼻息荒く睨みつけながら三人に向かって突進を開始し、犀のようなその角を向けて誰を狙おうかと口から涎を撒き散らしながら唸り声を上げている。


アリエスは抜刀すると同時にベヒーモスの頭上高くへとジャンプすると、左右のジェミオス・ヘミオス姉妹がベヒーモスの左右から前脚、後脚へと続けて日輪と三日月で斬りつけ、途端にベヒーモスは突進の勢いを失う。


勢いの落ちたベヒーモスの頭上から、ジャンプしていたアリエスが空中から金剛を構え、落下してきたと同時に、ベヒーモスの硬い皮膚装甲を金剛で刺し貫いた。


【BUHOO!!GURUHOOO―――ッ!!!】


首の後ろ辺りを刺されてベヒーモスは雄叫びを上げて暴れようと藻掻くが、全ての脚を斬られ動けないベヒーモスは首だけを上下左右に動かすのみだった。


「フンッ!ハアアア―――ッ!!」


アリエスが気合いとともに突き刺した金剛を逆手に持って、そのままベヒーモスの尻尾に向かって背中を走り抜けて斬り裂いていく。


【GURUOAAAA―――ッ!!!】


華奢な身体つきのアリエスから想像も出来ない怪力で背骨諸共ベヒーモスの背を斬り裂く様子に、傍目にした八雲は驚愕する。


(スゲェな!―――いつも可愛い顔をしたアリエスもやっぱりノワールの眷属だ。気をつけよう……)


―――ジェミオス・ヘミオス姉妹は脚を攻撃した後に、ベヒーモス側面の腹部に試し斬りと言わんばかりに拘束の斬撃で斬りつけ捲り、分厚い皮膚に刻まれた無数の切り傷をつけていたことも八雲の脳裏に刻まれていた。


アリエスを怒らせないようにしようと八雲が決意をした時、最後の断末魔を上げてアリエスとジェミオス・ヘミオス姉妹が相手をしていたベヒーモスは息絶えていった―――




―――残ったベヒーモスと対峙した八雲は、どうやって倒すかを『思考加速』で考察する。


その時間がゆっくりと流れるような『思考加速』の世界の中で―――


八雲はこの世界に来て色々検証していたその中でも鍛錬中におけるLevelの上昇について、そのための経験値を得るタイミングは決して敵を絶命させた際に起こるのではなく、敵に攻撃中であったとしても何等かの判定をクリアした場合、Level UPのための経験値が上がることに気がついていた。


ならば、その判定は攻撃数や使用数、そして熟練度といった条件が達成されることで起こるのではないか?と、そう結論を出した八雲は巨大なベヒーモスを前にして、ここで一気にLevel UPを図る作戦を立てる。


(―――これだけデカブツなら……うん、アレでいくか!)


ベヒーモス攻略の方針が決まった八雲は、夜叉をスラリと鞘から抜いて正眼に構えた。


八雲の敵対行為を目にしたベヒーモスは、ギョロッと巨大な眼を八雲に向けて、他のベヒーモスと変わらぬ習性からの行動で土煙を上げて突進を開始する―――


―――しかし八雲はその場から動かず、ジッとベヒーモスを睨みつけて静止している。


やがてベヒーモスは八雲の目の前まで来ていたが八雲は夜叉を左手のみで握り、その切っ先を下げてしまった―――


「―――八雲様ッ!!!」


―――既に自分達の相手だったベヒーモスを倒して八雲の様子を見つめていたアリエスは、ベヒーモスを前にして刀を引いた八雲に思わず叫び声を上げた。




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・体術

―――『しょう』!!!」




一瞬で腰を低く構えた八雲は右腕を思い切り後ろに引き下げて、ベヒーモスが衝突する瞬間その手を思い切り前方に繰り出す―――


―――そして次の瞬間、


ゴオオオオ―――ンッ!!!という特大の衝突音と同時にベヒーモスの鼻柱に突き出された八雲の掌から空気を震わせるほどの衝撃波が発生し周囲に広がるとベヒーモスがそこでピタリと動きを止める―――


―――元来この技は敵の顔面に掌底を入れることで怯ませて倒すという技なのだが、これまでのLevel UPにより肉体強化された八雲の掌から繰り出された衝撃波はベヒーモスの全身に伝導されたかと思うと、硬質の皮膚装甲のあちこちにピキピキッ!とまるで陶器のような亀裂を発生させた。


ベヒーモスがその桁違いの衝撃で脳まで揺さ振られて意識を失っているのか、動けない状況に陥っているのを確認すると八雲は夜叉を両手で握り直して再び正眼に構えると―――




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・剣術

―――『破斬はざん』!!!」




―――次の瞬間、八雲が繰り出した夜叉が鼻先から斬りつけると、ベヒーモスに向けて斬撃の速度を上げていく。


その速度は、すでに常人では目が追いつかない領域になり、残像を繰り出しながら八雲は前に出る―――




「斬!―――斬!―――斬!―――斬!―――斬!――斬!――斬!―斬!―斬!―斬!……斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!――――――斬!!!」


―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!




身動きの出来ないベヒーモスを頭部から超高速で繰り出す斬撃で次々とその巨体を肉片に、骨片に文字通り微塵切り状態にしていく八雲に、声を上げたアリエスのみならずノワールまでが呆気に取られていた。




「斬!―――斬!―――斬!―――斬!―――斬!――斬!――斬!―斬!―斬!―斬!……斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!――――――斬!!!」


―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!




筋肉は斬り裂かれ、そして内臓も斬り裂き、吹き出す血までも斬撃で払い退けてコートにも返り血を浴びないほど尋常ではない高速の超絶技を見せ続ける八雲はステータスを開いてLevelの上昇する状況を確認していく。




「斬!―――斬!―――斬!―――斬!―――斬!――斬!――斬!―斬!―斬!―斬!……斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!――――――斬!!!」


―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!

―――Level UP!




そうして巨体のベヒーモスを頭から微塵切りに解体していった八雲が、遂に最後の尻尾近くまでベヒーモスの中心を只管に斬り進み―――




「―――破斬ッ!!!」




―――最後に斬り払ってベヒーモスの身体から飛び出した八雲の背後には、


大量の肉片の山と化したベヒーモスだったものだけが残されていた―――






―――さきほどまでの激しい動きと斬撃と衝撃音が消え、辺りが静まり返る……






―――異世界で得た超人的な力で繰り出す『破斬』の連撃は、八雲の想定以上に凄まじい大量の経験値獲得を引き起こした。






しかし―――


「……Level……99」


―――そう呟いた八雲の脳裏に開かれたステータスのウィンドウに刻まれたLevelは、見えない壁が隔てているかのようにLevel.99で停止していた。


「流石に一気にLevel.100を狙うのは調子にのり過ぎか……だけどもうLevel.100は目前―――ッ!何か来る!!!」


『索敵』が危険シグナルを引き起こしたことで何者かの接近を感じ取った八雲は、周囲に警戒を走らせる―――


―――八雲の様子と同じくしてノワール達も鋭い眼つきで接近する『強者』の気配に警戒していくと、


突然空が暗くなって黒雲に覆われたかと思うと、雷鳴が轟き始める―――


「ッ!―――あれは!!!」


―――暗雲の中に雷を纏う巨大な何かがその姿を現すと、


「あれは!―――サンダーワイバーン!!」


ノワールがその巨体で空を飛翔する首長のドラゴンに向かって叫ぶ。


(何故あれが我の城の近くまで?我の力を恐れて近づくことなど今まで一度もなかったというのに……まるで八雲に誘われてきたかのようだ)


ドラゴン種に連なる雷を操る白い鱗に覆われた飛竜―――サンダーワイバーン。


ドラゴン種の頂点たる黒神龍の居城には今まで一度も近づこうとしなかったその飛竜が、今はまるで何かに引き寄せられたかのように八雲へと向かって行く。


「いかん!八雲!!―――それは雷を操る飛竜だ!!気をつけよ!!!」


「―――雷を!?―――ウオオォッ!!!」


ノワールの叫びが響いた次の瞬間、サンダーワイバーンから激しく放電された電撃が八雲に襲い掛かる―――


「―――八雲様!!おのれ!飛竜風情がよくも!!!」


―――空中のサンダーワイバーンを睨みつけたアリエスが飛び出そうとした時、


「動くな!アリエス!!あれは八雲の相手だ。加勢することは許さん」


ノワールがアリエスの動きを制止する。


「―――ですがノワール様!八雲様に雷撃の対処が出来るとは思えません!!」


サンダーワイバーンの特殊な攻撃はこの異世界でも威力は強力であり、獲物となった人や魔物を黒焦げにしてしまうくらい造作もないものだ。


そのことを知っているアリエスはノワールに八雲の応援に向かうことを願い出る。


「―――どうか加勢をお許しくださいませ!」


「―――ダメだ」


「ノワール様!」


瞳を鋭く尖らせて怒りを露わにするアリエスだが、ノワールはスッと指差して、


「―――それは八雲が望んでいないみたいだぞ?」


その先に黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹の二刀を構えた八雲を示すのだった―――


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