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第10話 試し斬り

―――仄かな光に包まれた巨大な黒い鱗は姿形を変えていき、


やがて、そこには漆黒の重量感を放つ巨大なハンマーが誕生した―――




―――黒戦鎚、銘を雷神らいじん


黒く輝く鏡面仕上げである鎚頭の片方は平面となっており、反対の鎚頭は円錐型で尖って一点に集中し、全ての物質を穿ち砕く仕様になっている世界最硬の神龍の鱗で造られた戦鎚である。




柄も黒神龍の鱗で出来ており、当然だが折れることはない。


「ウォーハンマーは鎚頭のバランスが難しいから、試しておかしいと思ったら、また言ってくれ」


そう告げて八雲が黒戦鎚=雷神を渡すと、嬉しそうな表情を余すことなく浮かべてシュティーアが喜んでいた。


「あ、ありがとう!アタイこんな凄い戦鎚を初めてだよ!あの、雷神って銘の由来はあるの?」


雷神と名付けた由来を気にするシュティーアと、それと同時にレオとリブラにクレーブスも興味津々な顔をして八雲に注目していた。


「うん。名前の由来は俺の世界の神話で鎚を武器にする雷神と呼ばれる神様がいて、その鎚で打ちつけると思う存分に打ちつけても壊れることがないという神話があるんだよ」


「へぇぇ!確かにノワール様の鱗で出来ているんだから、絶対壊れたりしないね!」


銘の由来を聞いたシュティーアはギュッと黒戦鎚を抱きしめて、満面の笑みを浮かべていた。


「ほう、そんな神話が……興味深い」


それを聴いていたクレーブスはむしろ八雲の世界の神話に大きな興味を抱いていた。


「さて……武器も揃ったことだし―――次はやっぱ、試し斬りだろ?」


この世界に来て魔物を狩るごとに八雲の性格が段々と殺生に対しての日本人的な抵抗感が減ってきていて、今では強力な武器を造ると試したくなる危ない一面が形成され表に出始めている。


だがその八雲の言葉を聞いて周りではそれ以上に危ない目になり妖しく輝かせながら、ニヤリと黒い笑みを浮かべる女性達も、それはそれで大概に危険な集団だった。


工房にいた屈強なドワーフ達ですら、その黒いオーラを纏った集団にガクブルする勢いだったと後にこの工房で語り継がれていく逸話が誕生した瞬間だった……






―――胎内世界のピンク色をした空の下、


それぞれの手に武器を持った者達の集団が荒野で歩みを進める―――




―――漆黒の刃をもつ刀の黒刀=夜叉やしゃを手にする八雲




―――黒き穂先が鋭く輝く黒槍=闇雲やみくもを手にするレオ




―――巨大な漆黒の刀身をもつ黒大剣=黒曜こくようを手にするリブラ




―――煌びやかなヒルトに漆黒の細い刃をした黒細剣=飛影ひえいを手にするクレーブス




―――何者をも粉砕する漆黒のハンマーヘッドをした黒戦鎚=雷神らいじんを手にするシュティーア




これだけを見れば荒野を歩む全員の身体から噴き出す『威圧』で、一般人なら即気を失うレベルの集団が最早お馴染みになった八雲の魔物狩りの広場に集結していた。


「あ、そう言えばアレが空いたから使おう」


そう言って八雲は『収納』の空間から、黒小太刀=羅刹らせつを取り出して、夜叉を差した腰にそれも差し込んで八雲の腰に夜叉と羅刹が揃った。


「さてと……基本的には今までレオとリブラと一緒にやっていた方法と一緒だ。魔物を十匹ずつ召喚する。俺は全戦参加で、相方のもう一人はそっちの四人で交代制にして召喚もパートナーにしてもらうことにする。俺は対戦全部に参加するから、皆は交代しながら武器の使い具合なんかを確認しといてくれ。鍛錬が終わってから纏めて使い心地と改善点は聞くから。それじゃ、最初はレオから行こうか」


「―――承知しました。では順番も決めておきましょう。私の次はリブラ、次にクレーブス、その次にシュティーア。私はもう闇雲は改善点もありませんから、新しく造って頂いた三人は何か気がついたところがあれば八雲様に報告するということでどうでしょう?」


レオの提案に他の三人も納得して頷き、次に何を召喚するかの話になる。


「クレーブスは魔物にも詳しいのか?」


「ええ、それはもう。このノワール様の胎内世界にいる魔物は全て把握している。因みに八雲様の今のLevelはいくつなんですか?」


「―――68だ」


「……は?すみませんが今、Level.68って言いましたか?」


「ヤクモウソツカナイ」


「―――何かイラッとしますね、それ……ええっと……レオ?リブラ?」


思考が追いついていないのか、クレーブスはずっと八雲の鍛錬に今まで付き合っていたレオとリブラに視線を送り確認を求める。


「間違いありません。前回はオーガを相手にしていました。今日はそれよりも上の魔物でなければ今の八雲様には相手にならないでしょう」


アッサリとレオにそう説明を返されたクレーブスは、


「これは……御子様はすでに英雄越えでしたか。だったら厳選して召喚しなければ、かえってLevel向上に時間の無駄が生じてしまいますね……そうだな、ここは―――『アラクネ』にしよう」




―――アラクネ


クレーブスによると半蜘蛛半人の女型の魔物であり、蜘蛛の糸の他に神経毒を持つ場合が多いと八雲に説明される。




「―――何故アラクネなんだ?」


という八雲の質問にクレーブスは眼鏡をクイッと指で持ち上げて、


「アラクネは俊敏で糸という特殊な武器を使います。あと八雲様が神経毒など毒素を受けたりすれば、おそらくスキルに『毒耐性』が身につく可能性が高いですし、アラクネの速度や戦闘力は今の八雲様の相手としては丁度良いでしょう」


自身のスキル獲得まで考えてくれたクレーブスになるほどと納得し、八雲は夜叉と羅刹をスラリと抜いてその場で構える。


「二本とも、お使いになられるのですか?」


隣に立った一番手のパートナーであるレオに質問されるが、


「ああ、俺の流派―――剣術の中に二刀流もあるんだ。久しぶりだけど、これからはいつでも使えるように慣れておきたいから」


「二刀流ですか……八雲様はまだまだ秘密があるんですね♪」


そう言ってニコリと可愛らしい笑みを見せるレオは、急に真顔に戻ってその前方に十個の魔法陣を静かに展開する。


「では参ります!召喚サモン!!―――来ます!」


レオの召喚によって出現した噂のアラクネ達―――


「あれが……アラクネか……」


―――巨大な蜘蛛の下半身に女性の上半身が突き出したような魔物がそこに現れ、八雲の警戒心は高まる。


「……なんだい?これ、召喚されたのかい?」


アラクネの一匹がそう呟くと、すぐに八雲達を見つけた。


「アタシ達を召喚したってことは、黒神龍のところの牙娘どもだね?―――ん?なんだい?その男は?」


アラクネの質問にレオが闇雲を手にしながら前に出て、


「黒神龍ノワール様の御子―――八雲様です」


と八雲の立場をアラクネ達に告げる。


「―――御子?!御子だって?御子を取らないことで有名な黒神龍が御子だって?」


アラクネの一匹がそう言って驚くと次に―――


「アハッ―――アハハハハッ!!そうかい!それでそいつを育てるってわけかい!いやぁでも、それはさ、つまり逆に殺られるってことも―――覚悟しているんだろうね!!!」


―――そう言い放った瞬間、アラクネの姿が八雲達の目の前から消える。


「―――速い?!」


アラクネは八雲が今まで相手した魔物達とは圧倒的に速度が違うことを見せつけた―――


―――その違いに驚いた八雲だったが瞬間で『思考加速』の世界に入り、さらに『索敵』を用いてアラクネの位置をすぐに把握したのだが、なんと自分の目の前まで迫って来ていたことにそこで気がついた。


改めてこの世界で油断は禁物だということに唇を噛み締めて自身を戒める―――


―――そして、


『思考加速』によって視界ではゆっくりと近づいてくるアラクネの首に、八雲はスパッと夜叉を一線振り抜いて絶命させる必殺モーションに入った―――


―――だが、


「へええ―――今の動きに反応出来るなんて、それなりにLevelは高そうだねぇ」


振り抜いた夜叉は空を虚しく斬り、目の前にいたアラクネは数m下がった位置に平然として立っている―――


「今の間合いで回避するか……」


一筋縄ではいかない相手を前にして八雲は更に集中して警戒心を高めていく。


アラクネは下半身の八本の脚をカサカサと蠢かせて、次の瞬間―――


―――また一瞬で八雲の前から姿を消した。


「ッ!―――そこか!」


感覚を研ぎ澄ませた八雲はすぐに真上に飛んでいたアラクネに視線を向けるも、既にアラクネはその空中から太い蜘蛛の尾を八雲に向けて粘液のような糸を噴出させていた―――


―――と同時に八雲の目の前に別のアラクネが接近し、その首を狙って飛び込んで来る。


「―――こいつッ?!」


十匹も召喚しているのだ―――


隙をついて攻撃を仕掛けてくる他のアラクネがいることを警戒しておかなければならないというのに、八雲は一匹目の動きに翻弄されて一瞬でも焦った結果が今の二匹目の追撃を受ける結果となった。


―――ここはもう戦場だ。


『一対一なんて誰が決めた?』


その問いに対する答えを嫌というほど痛感する八雲。


二匹目の女体部分から腕が八雲の首に伸びて来て、その長い爪が今まさに届かんとしていた瞬間―――


―――黒槍の柄がその間に飛び込んで、接近するアラクネを巻き込むようにして吹き飛ばしていった。


勿論それは専属メイドであるレオの仕業である。


「お気をつけください、八雲様。アラクネはオーガのような本能剥き出しにして襲ってくる魔物とは違います」


「―――すまん。助かった、ありがとう」


上から襲ってきた糸を夜叉と羅刹で切り捨てながら礼を伝える八雲だが、その糸に神経毒が染み込んでいるため手に少し絡んだ糸からその毒を受けてしまい、手が少しずつ痺れてくるのを感じる。


すぐに回復する感覚を憶えて八雲はホッとしているものの、内心では自分の不甲斐なさに少し落ち込んでもいた。


「八雲様はこれまでLevelの向上により手に入れられた力があります。恐れながら八雲様……貴方自身がまだその力を上手く使いこなせていないのではありませんか?」


隣に立って告げられたレオの言葉に、八雲は再び『思考加速』することでその言葉を脳内で反響させるように自分自身へと問い掛ける。


―――この世界に来てからLevelという概念が存在していることに触れ、八雲自身もそのLevelによる恩恵を受けている。


―――だがここ数日の激変した生活の中で得た力のことを八雲は本当に掌握できていたのか?


―――納得していたかと言えば以前の世界の常識が無意識にストッパーになっていたのではないか?


―――と振り返ってみる。


「人間にこんなことは出来ない」「人間が出来ることじゃない」……


そんな日本にいた時の人としての常識という意識の枠組みに、今でも囚われてしまっているのではないか?


―――『思考加速』の中でもう一度、自分自身のステータスを表示させて再度その力を見つめる。


此処に来た時は二桁しかなかった様々な能力が、今ではふざけた数字の羅列となって五桁に達していることを八雲は自分に再認識させていく―――


『―――お前はもう人間じゃない』


―――と他ならぬ自分自身に心の中で告げた瞬間、八雲の身体の中で何かが切り替ったような感覚が全身を駆け抜けた。


「―――スゥ~……ハァ~」


体の隅々まで息を流し込むようにして八雲はゆっくりと深呼吸すると、自分の中の全ての能力を沸き立たせるように意識して働きかける。


「―――フンッ!!」


肺に貯めた空気を一気に吐き出して、途端に八雲の周りの空気が変わったのを傍にいたレオを始め、離れて見ていたクレーブス、リブラ、シュティーアの三人も自らの首の後ろがザワリとしたような緊張を走らせる感覚が襲ってきた。


強者の目にはハッキリと八雲の全身を覆って螺旋を描くように天に向かって立ち昇るオーラが映っていた―――


―――その重厚な力の奔流をオーラのように纏っている八雲からレオ達は眼が離せない。


「あん?―――何?ドン亀のくせにそんなに力んじゃって、踏ん張ってもアタシらには追いつけないよ!!」


そう言い放ったアラクネの一体が瞬発力を活かし高速にのって八雲に接近した―――


―――はずだったが八雲はもう、そこにはいない。


「―――遅いな」


八雲に近づいたはずのアラクネの背中から八雲の声がする―――


「えっ?」


―――その声に振り返ろうとしたアラクネだが、もう振り返れない。


何故ならアラクネの首は既に身体から斬り離されて、振り返ろうにもそのまま地面に向かって落ちるしかなかったのだから……


頭と身体が強制的に別れたアラクネは、本体の斬り口から噴水のように鮮血を噴き出して崩れ落ちる。


「この野郎ォオオッ!!―――ふざけるなよォオオッ!!!」


この間にレオが二体のアラクネを闇雲による得意の連突きで身体を蜂の巣のように変えていたので残りのアラクネは七体となったが、あからさまに身体能力が突然跳ね上がった八雲の変貌振りにアラクネ達も無意識に額から汗を流しながら、それでも口汚く罵っていた。


「クソガキィがあぁっ!!その手足を食い千切ってケツ穴に突っ込んでから、全員でなぶり殺しにしてやるっ!!!」


「―――こうなったら一斉にかかるよ!」


―――残ったアラクネの一体が大声で宣うと七体のアラクネが一斉にその周囲を高速移動で跳ねる。


レオが前に出ようとしたが、それを目線で止めて八雲は両手の夜叉・羅刹を握りしめた―――


九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・剣術

―――『風柳ふうりゅう』」


―――高速のアラクネとは真逆に八雲はゆっくりとした足取りで前に出ると、全身をまるで風に揺れる柳の葉のように揺らしながら流れるような柔らかな歩みでアラクネに向かって進む。


レオにクレーブス、リブラとシュティーアも高速のアラクネに対して八雲の見せる余りにも遅い動きに一瞬、


(―――殺されるつもりなのか!?)


と不安にかられたが、そこで四人は不思議な光景を目にする。


高速で突っ込み襲いくるアラクネがゆっくりと構えて前に出した八雲の夜叉に何故か自ら飛び込んで斬り裂かれたのだ。


一体だけに止まらず二体目も三体目も、八雲が次々と突き出した先にある夜叉と羅刹に自ら飛び込んでまるで自害していくかの如く死体に変わっていく……


「これは……」


龍の牙ドラゴン・ファングの知識担当であるクレーブスですら、目の前で何が起こっているのか理由がさっぱり分からない。


八雲の動きは決して速く動いているわけではないのに、その風に揺られる柳のような動きで舞い踊る様に次々と差し出される刃に、次々と自ら飛び込んで絶命していくなどとアラクネが狂ったか、強力な催眠にでも掛けられているとしか理由が思いつかなかった―――


「これで―――終わりだ」


―――最後の一体が羅刹に飛び込んで自滅したところで八雲はやっと構えを解き、血で汚れた刃をブンッ!と振り払って夜叉と羅刹を鞘に納めた。


「……あの……八雲様。今のは一体どんな仕掛けですか?」


全員を代表してレオが恐る恐るといった様子で八雲に尋ねる。


「さっきのも元々は家の流派の剣術なんだけど、こっちの世界で身体能力がとんでもなく上がったから、ちょっとこっち風にアレンジして強化したんだよ」


八雲は普通のことをしたみたいな空気でレオに答える。


「ですが!私にはアラクネ達が自ら刃に飛び込んで、それこそ自滅しているようにしか見えなかったのですが?」


レオの言葉にクレーブス達もウンウン!と頷いている様子が八雲の目に映る。


「―――『先の先を取る』っていう言葉があるんだけど、文字通り相手が仕掛けようとしたところに先にカウンターを仕掛けておいて撃ち込むって意味なんだ。だから俺もアラクネが仕掛けてくるために動く先に夜叉と羅刹を差し出して、その後は勝手に自分から斬られているように見えて死んだってわけ」


「いや、簡単に言っていますけど、そんなこと普通は出来ませんよ?」


簡単そうに説明する八雲にレオは思わず思ったことを言い返すが、


「ん?だから俺―――もう普通じゃないから」


―――アラクネに対峙して遅れを取り、そこから自らの固執した観念を取り去ることによって今の自分の力を受け入れることができた八雲は、改めて普通の人間をやめたことを実感していた。


「さて、それじゃあ―――次の召喚いってみようか」


次はもっと今の力に身体を慣らしていく、そう八雲は心に決めて次のリブラの召喚を促すのだった―――


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