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第3話 龍の胎内で鍛錬は始まる

―――耳元に寄り添ってきた艶のある唇から美しい声で囁かれたアリエスの言葉に、思わず八雲は


「―――えっ?」


と声が出てしまった―――


「―――余計な事を言わなくていい。アリエス」


黒神龍は囁かれた言葉が聞こえていたのか、もしくは優秀なメイドらしきアリエスならば八雲に何か自分のために伝えたのだろうと踏んだのかは分からないが、


「申し訳ございません。余計なことを致しました」


と黒神龍に向かって頭を下げるアリエスを見て、八雲は彼女が敬愛する主を想っての言葉だったのだろうと何となく理解した。


「あんたは俺が御子になったら、俺の力になってくれるんだよな?」


黒神龍の黒く大きな瞳を見つめながら、八雲は訊ねる。


「契約を交わせばお前と我は番となる。そうなったなら我はお前の力となろう、と言うより契約すればお前には我の加護を与えることになる。そうなれば嫌でも我はお前に力を貸すことになるさ。まぁ、たとえお前が世界を征服すると言っても―――もちろん手伝うぞ?」


八雲の瞳を見つめ返し、黒神龍はニヤリとして力強く応えてみせた。


「いやそれ、もう魔王だから……」


目の前の龍が常に纏っている威圧感にもそろそろ慣れてきて、思わず素でツッコミを入れることが増えてきた八雲だが、この世界に飛ばされてきた以上、生きる術は全て利用していかなければ此処では生きていけないことは感覚ではとっくに理解している。


「わかった―――他に頼るところもない異世界だ。喜んで契約する」


その一言に黒神龍は子供のように柔らかい笑みを見せるのだった―――






―――そこからは再び八雲はこの世界についての説明を聞く。


黒神龍の言っていた神の加護は魔術・スキルとは別の能力であり、八雲の世界にあるゲームで言えば固有能力・ユニークスキルのような存在の能力だった。


「加護や魔術やスキルについては正直なところ俺の世界にはない力だし、実際に経験してみないとわからないとしか今のところは言えないな」


アリエスの出してくれたお茶を飲みながら話す八雲を見て、黒神龍はニヤリとした笑みを浮かべた。


「ほほう♪ それはつまり―――早速実戦で経験値を上げたいということだな?」


実戦という言葉に思わず八雲は口に含んだお茶を噴き出しそうになった。


「ブホッ!?―――えっ!?実戦って?俺は魔物との戦闘なんて全くの素人だぞ?というか魔物と戦ったことすらない……」


顔を顰めながらそう告げる八雲に黒神龍はニヤリとした笑みを浮かべて、


「何もいきなり強い魔物とやり合わせようなどと考えてはおらん。恐らくまだお前のLevelは1だからな」


突然Levelという言葉を使った。


「Level?この世界にはLevelって概念があるのか?」


まるでゲームのような用語の登場に八雲は驚きを隠せず、逆に黒神龍とアリエスのふたりは然も当然ですが、何か?といった表情を見せる。


「―――当然だ。この世界では人も魔物も全てLevelを持っている。そして、それは経験を積むことによって上昇するぞ」


まるっきりゲームと同じような仕様の説明に八雲は益々困惑するも、逆に言えばLevelを上げれば上げるほど自身の安全マージンも比例して上がるということを、その拙いゲーム知識からすぐに理解する。


「……まずは最初に、何をさせる気なんだ?」


今後の流れに不安を感じながらも、そう問い掛ける八雲に向かって黒神龍は、


「その前に御子の契約儀式を執り行う。そうしないと、お前に我の加護が与えられないのでな」


と言って戦闘経験の前に正式な龍の御子になる契約儀式を行って、八雲に神龍の加護を与えることを告げた。


「それはどうすればいいんだ?すぐに出来るものなのか?」


今いる広い書斎を見渡しながら八雲は少し不安を抱きつつ、黒神龍を見つめる。


「ああ、それほど時間は掛からない。そこに立ってくれ八雲」


そう促されて八雲は椅子から立ち上がり、そして黒神龍が目の前に近寄ってくる。


「では準備をしよう。その前に改めて、我は黒神龍の姿を人の形に変えた存在だ。人の姿になるのは大きな本体の身体より便利だというのもあるが、こうして人と契約しやすいようにという意味もある」


「え、ああ……そうなのか?まぁ確かにあんな大きな身体で契約してくれと言われても困るな……」


八雲はそう答えて自分がこの世界に来た瞬間見た、巨大な漆黒の龍の大きく広げられた口を思い出した。


「ああ、そういうことだ。そして、契約とは、お前に我の―――『名前』を付けてもらいたいのだ」


「―――名前?黒神龍じゃないのか?」


「それは本体の呼び名だ。この我の名前を御子となるお前に名付けてもらうことによって―――お前との正式な契約が結ばれる。そういうものなのだ」


「そ、そうなのか?なるほど……」


いきなり名付け親になれと言われて困惑した表情を浮かべる八雲だったが、なにしろゲームのキャラクターネームだけでも散々迷って時間をかけるくらいネーミングセンスが無いことを自覚しているだけに、折角名付けるなら彼女に似合う名前を付けてあげたいと思い至り、


「う~ん……」


と唸り声を上げながら必死に思考する。


「う~ん……」


更にそう呻きながら、黒神龍に八雲は視線を向ける―――


―――それは黒く艶やかで、長くて流れるような髪。


―――どこまでも吸い込まれそうに黒く輝く、やや切れ長の大きな瞳。


―――そして色気を漂わせ魅了されそうなほどの完璧プロポーションと褐色の肌。


―――それは凛として美しく、一つに洗練された『黒い芸術品』と言っても過言ではないと八雲は想っていた。


暫くして八雲は瞑目していた瞳をそっと見開いて、その名を口にする―――




「―――ノワール」




静かに一言そう呟いた。


「名前は―――『ノワール』だ。俺の世界の言葉で『黒』を意味する言葉だ」


そう言った瞬間、目の前の黒神龍―――


―――いやノワールが一瞬眩いくらいの光に覆われて、彼女を中心にして部屋の中を突風のような風が吹き荒れて書斎の物が薙ぎ倒され、さらには八雲が見たことのない文字が列挙する光の帯が彼女の周囲に円を描くように飛び交って回転していく。


まるで何かが書き込まれているかのように八雲の目には見えていた―――


―――風を遮るように顔の前に腕を差し出した八雲だったが、


その光の帯が次第に八雲の身体まで包み込むように広がったかと思うと、ふたりの周囲を回る様に光の帯が飛翔して八雲の身体に何かを刻むような熱を感じさせる―――


「―――なんだ!?」


―――そして一際熱を感じた八雲の右手の甲には、漆黒の龍を模った模様に魔法陣のような円が浮かび上がる。


するとその紋章に向かって光の帯が吸い込まれていくと同時に、ノワールの身体にもその光の帯が吸い込まれるようにして集束していくのを目にする―――


―――ふたりの身体にそれがすべて吸い込まれていくように消えて収まっていくと、やがて周囲は元の静寂に包まれていた。


「……今の……なんだったんだ?」


そう言って先ほどの紋様を気にして右手の甲に視線を向けるが、既にその紋様は消え失せている―――


―――その右手をジッと見つめて不信感が募る八雲。


だが、ノワールは先ほどのことなど全く気にしていない様子で、むしろ身体を僅かに震わせながら―――


「……ノワール……ノワール、ノワール!うむ!いいぞ!!美しい音だし、なにより意味が『黒』というのが実に素晴らしい!!!ああ、我に相応しいぞ!今日から我は―――『ノワール』だ!!!」


―――と叫び、思っていた以上に気に入ってもらえた様子で元の世界で自他共に認めるくらいセンスが無かっただけに、


(これって神の加護じゃね?ネーミングセンスアップとか?)


と馬鹿なことを考えつつも一安心する八雲と、名前が決まって随分はしゃいでいるノワール、そして―――そんな主を見て笑みを浮かべるアリエスはノワールに向かい合う。


「おめでとうございます―――ノワール様」


アリエスはスカートの両端をそっと摘まんで片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままあいさつをする、いわゆるカーテシーで主の命名に礼を尽くした。


「アリエス!急ぎ城の者全てに伝えよ!今日より我の名は【ノワール=ミッドナイト・ドラゴン】だ!!」


「―――畏まりました」


と一言告げて、そそくさとアリエスは退室していった。


予想していたより大事になってきたみたいでどこか居心地の悪い八雲だが、この世界で前に進む第一歩だと思えばノワールのはしゃぎ具合もそう悪くはない、と思っていた。


ノワールの命名による契約の儀式を終えて、次に八雲が連れて来られたのはノワールの書斎ほどではないが、それでも充分過ぎるくらいに広い部屋だった。


「この部屋は?」


「―――これから此処が八雲の部屋だ。好きに使ってくれ」


「え?!―――マジで?」


そこにはノワールの書斎机に匹敵しそうな大きさの机と、ソファーとテーブルが綺麗に磨かれて置かれているリビングスペースに部屋の隅にはクローゼットもあり、入口とは別にある2つの扉を開けてみると、1つはトイレ、もう1つは立派なシャワー付きの広々とした美しい浴室だった。


そして何より何人で寝るんだ、これ?と言っていいくらいの巨大なベッドが天蓋付きで部屋の奥を陣取って置かれていた。


「足りない物があれば言え。アリエスにでも言っておけば揃えてくれるだろう」


「イヤイヤ、足りない物なんて無いだろう、これ……ありがとな」


「そうか?ならいいが、では、まずは着替えてもらおうか」


「……は?着替え?」


確かに八雲はこの城の中で一際浮いているくらいの、ラフな現代日本のシャツにジーパンという服を着ていたが、まさかここにきていきなり着替えろと言われるとは予想の斜め上だった。


「まあ黙って言う通りにしておけ。これからの鍛錬にも必要になる」


「……はあ」


気のない返事の八雲は無視して、ノワールは両手をパンパンと叩く。


するとそれが合図だったように部屋の外で待っていたのであろうアリエスと、初めて見るふたりのメイドが入ってきた。


「八雲様、ご紹介させて頂きます。本日より八雲様の専属として御奉仕させて頂きますメイドのレオとリブラでございます」


そう言って紹介されたふたりは八雲に対してアリエスが見せたような綺麗なカーテシーを見せる。


「お初にお目にかかります八雲様。右の牙ライト・ファング序列08位、レオと申します。本日より八雲様の専属を仰せつかりまして光栄に存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます」


レオと名乗った彼女は、ノワールよりも背は少し低めだが胸元はノワール級で、亜麻色の肩くらいまでの髪に大きな茶色い瞳の美少女だった。


「初めまして八雲様。レオと同じく右の牙ライト・ファング序列10位、八雲様の専属となりましたリブラです。宜しく、お願いします/////」


もう一人のメイドはリブラと名乗り、深い蒼みがかった長髪を後ろでポニーテールにして纏め、その瞳は黒く切れ長でキツそうな見た目だが、背丈はノワールと変わらない高さで、胸元はレオと同じくらいの立派なプロポーションをしていた。


「専属って?どういう……」


「お前の専用メイドだ。本来ならアリエスを付けてやりたいところだが、龍の牙ドラゴン・ファング序列01位のアリエスを専属に取られると我が困る。よって厳正な選定の結果、その二人に決まったそうだ」


「決まったそうだって、誰が決めたんだ?」


その八雲の疑問にアリエスが一歩前に出て、


「メイド全員でございます八雲様」


「え?全員で?あ、そう、なんだ……なんか気をつかってもらって悪い気がするけど、その、よろしく」


全員という言葉に城門で見た多くのメイド達を思い浮かべた八雲は、そう言って頭を下げるとレオとリブラがオドオドとして再び頭を下げた。


「あと、その右の牙ライト・ファングっていうのは?」


質問にアリエスが答えるため八雲に向かって一歩前に出る。


「我らメイド部隊、龍の牙ドラゴン・ファングはノワール様の牙を媒体として今の姿に生み出して頂きました」


「え?牙?ってその、龍の牙?」


突拍子もない話が出てきて八雲は改めて異世界を感じる。


「はい。神龍の牙は折れても抜けてもまた生えて参ります。その抜け落ちた牙を媒体にして魔術により人の姿として私達はノワール様に生み出して頂きました。右の牙というのは右側か左側かどちらに生えていたかということで、メイドのグループを分けて、それぞれの役割を分担しています」


アリエスの説明に耳を傾けていた八雲は、


「なるほど……ここにいる3人は右の牙だったと。あと序列もあるのか?」


続けて気になったことを問い掛ける。


「はい。僭越ながら私が序列01位を拝命しております。あと右の牙ライト・ファング左の牙レフト・ファングのそれぞれ合計12名が龍牙騎士ドラゴン・ファング・ナイトと呼ばれる―――最強の牙でございます」


涼しい顔で龍の最強の牙と言ってのけるアリエスに八雲は、


「これ逆らったら怖いヤツ……」


そう呟きながらも本能で彼女達の放つ強さを畏怖して背筋がゾクッとしたが、そんな空気を読んでか読まずかノワールが突然声を上げた。


「それじゃあ!話を戻して早速初仕事だ!メイド達。八雲の着替えを手伝え!」


「―――畏まりましたノワール様」


そう声を揃えて返事をしたレオとリブラは、無言で八雲に近づいてくる……いや、リブラの鼻息が心なしか荒い気がするぞ?!と八雲は無意識にその場から後方に下がってしまった。


「いや……着替えくらい……俺一人で出来るぞ?」


恐らくは無駄なのだろうと思いながらも八雲は振り絞ったセリフを口にしてみる。


「おいおい八雲よ。専属メイドの初仕事を奪うものではない。二人に任せておけ♪」


そうニヤニヤとしながら答えたノワールは面白がっている。


「だったら、せめて部屋の外で待ってろよ。男の着替えなんか見ても面白くないだろ?」


そんな笑みを浮かべるノワールに八雲はさらに抵抗を試みた。


「イヤイヤ!―――我の番となった男の裸体だからな。見ておいて損はなかろう?」


面白がっていることが筒抜けなのだが、


(そんなに見たいか、そうか、それならそれで見せてやろう)


と八雲も腹を括る。


普段はおチャラけていて冗談も好きな八雲だが、揶揄われたり裏切られたりと悪意のある行為には逆に上から被せて相手を後悔させる性格も持っていた。


それ故にレオとリブラによって一枚、また一枚と服を脱がされて、肌着にしていたTシャツも脱がされたことで上半身が裸になった途端に、周りの女性陣全員からゴクリと喉を鳴らす音がリアルに聞こえてくると、八雲は内心、


(―――勝った!)


と思わずにはいられなかった。


細身に見えた八雲の身体は、日本に居た頃から祖父の道場で鍛えられ、またそれに伴ってトレーニングが趣味となっているため上半身だけ見ても、しっかりとした筋肉を身につけて腹筋も完全に六つに割れた俗に言う細マッチョな体型だった。


「ふぅ……それで着る物は?」


いつまでも顔を赤らめて八雲の肉体を見つめ続けて動かないメイド達+その主に、思わず溜め息交じりに問い掛けると、全員がハッとした表情に戻ってワタワタとあちこち動き出した。


そして―――赤い顔をした女性陣の手によって着替え終わった八雲のその姿は、


黒い長袖のシャツに襟元には金の刺繍、そして黒いパンツと靴は黒いブーツに変わり、シャツの上から金糸の複雑な刺繍が入っている漆黒で見た目とは裏腹にとても軽いコート、それを腰のベルトで軽く引き絞めて全身黒と金刺繍で纏めた、元の世界でなら軍服に見えなくもない姿になっていた。


「―――おお!似合うではないか!」


「はい!とってもお似合いです八雲様」


「凛々しいです八雲様/////」


ノワールにレオがその姿を褒め称えて、リブラは少し頬を染めており、最後の一人であるアリエスは相変わらずの表情の薄さだと八雲は思っていたが、


「……お似合いです/////」


頬を赤く染めながら少し視線を下に逸らして言った。


(これは可愛すぎるだろ……)


アリエスの無意識での逆襲に、八雲も思わず顔がカァッと熱くなるが、


「そ、そうか……なんだか、こんな立派な服を用意してもらって悪いな」


アリエスのあまりにギャップのある仕草、気恥ずかしくなるような態度に八雲も思わず俯いて顔の熱が収まるように意識しながら礼を言った。


「さて、準備も整ったところで次はいよいよ鍛錬と行こうか!」


ノワールは一人声を高らかに上げて、次の目的地へと八雲を促すと―――


(テンション高いな!容赦なくすぐに鍛錬!?)


―――そう心の中で突っ込んでいた八雲だが先ほどノワールの用意してくれた服には、それぞれこの世界でいうところの魔術付与の効果があるらしく、物理攻撃、魔術攻撃に対する耐性がある程度施されていると説明を聴いて、その未知の能力は懐疑的になりながらも心遣いには素直に感謝した。


皆でまた広く長い城の廊下を歩いてノワールについていく―――


―――その後、やがて城から出た八雲とノワール、そしてアリエスとレオ、リブラの5人は要塞のような黒い城の前に広がる岩場と雑草が生えただけの平原にやってきた。


相変わらず空はピンク色の空が広がっているが、大地はその色合いとは関係なくいつも通りの感覚で色を認識出来ることを八雲は確かめて、


(空がピンクでもこの空間自体がピンクに染まる訳じゃないってことか……太陽らしきものも空にあるしな)


改めてこの『胎内世界』という異空間について観察していった。


「ここら辺で良いだろう―――アリエス」


「畏まりました」


ノワールの声に間髪入れず返事をしたアリエスは瞳を閉じて、


「……召喚サモン


静かにそう唱えると、目の前に光輝く魔法陣が現れ、その中心に突然ブニョブニョとしたビニール袋みたいな水色の何かが現れる。


「……あれは?」


「―――スライムだ!」


胸を張って答えるノワールに八雲は、あれが数々のゲームでお馴染みの初期雑魚モンスターとして扱われる、かの有名な魔物なのかと感心してしまった。


「さて、鍛錬を始める前に、まず八雲の能力を把握していなければ、どう鍛錬するか、何を目指すかが分からん。他人のステータスを見ることは出来ない。だが契約した我はお前の能力を見ることが出来る」


「俺はお前の能力は見えるのか?」


「我よりLevelが上になれば見られるぞ?ま、無理だろうがな」


ニヤつく顔でそう答えるノワールを見て、仮にも神龍と呼ばれる相手のLevelを越えるということが無理ゲーだということだけは理解して、ノワールの能力を覗くことは出来ないと八雲はすぐに悟る。


「あ、そう……それで自分の能力って、どうやって見ればいい?」


そう質問した八雲はゲームのステータス画面を思い浮かべていた。


「では頭の中で自分の能力に現れるよう念じてみろ。慣れれば、すぐに見えるようになるだろうから」


「そうなのか?……じゃあ、やってみるか」


八雲が頭の中で能力に現れるように念じてみると、頭の中にぼぉーっと霞のかかったような何かが浮かんでくるが、それを見ようと精神的に力を込めてみても、なかなか上手く見えてこない。


見えそうで見えないその状況に、段々イラつきを覚えた八雲は―――思わず叫ぶ。


「―――ステータスッ!!」


その瞬間、今まで頭の中で霞がかかっていたような能力表示が、その脳裏にクッキリと浮かび上がる。




【ステータス】

Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)

年齢 18歳

Level 1

Class 転移者


生命 30/30

魔力 20/20

体力 20/20

攻撃 30/30

防御 20/20

知力 10

器用 10

速度 10

物理耐性 10

魔法耐性 10


《神の加護》

『成長』

取得経験値の増加

『回復』

HP減少時に回復加速

『創造』

素材を加工する能力


《黒神龍の加護》

『位置把握』

自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る

『従属』

黒神龍の眷属を従える


《取得魔法》


《取得スキル》

『鑑定眼』

『言語解読』




「……これって……どうなんだ?」


自身のステータスに首を傾げる八雲だが、その前に大声で叫ばれてノワールを始めアリエスにレオ、リブラまでが驚愕した顔をしていた。


「―――突然何だ!?大声を出しおって!」


「あ、悪い。なかなか能力が見えなくてさ。俺の世界の能力表示の『言葉』を試したら見えるようになったんだ。ところで、ノワール以外の三人は俺のステータスが見えないんだよな?」


プリプリと怒るノワールだが、やがて落ち着いて八雲の能力に目を向けて考え込んでいる。


「能力は正直なところ普通のLevel.1の人間と変わらんな」


そりゃまぁ、自分で見てみても高い数値には見えないと正直八雲も思っていた。


「だが、この《神の加護》や我の加護が他の者とは大きく違うところだ。突出した能力が与えられているのではなく、加護を利用しながら成長せよ、とでも言いたいような意図を感じるのだが……どうやら、お前を召喚したであろう神は甘やかすつもりはないらしい」


どこの神様が招いたのか、突然とんだ目に合わされている自覚はあったが、八雲はノワールの言葉を聞いて、日本に居た頃のコツコツと積み上げる経験値稼ぎ系のゲームを思い浮かべて、それならば経験値を積んでトコトンまでいこうじゃないか!と自分を鼓舞した。


「それじゃあ、経験値獲得を頑張るか。まずはそのスライムを倒せばいいのか?あ、でも武器がないんだけど?」


素手で丸腰だと言い出した八雲に、


「ん、これを使え」


そう言っていつの間に出したのかノワールの手には一本の棒が握られていた。


「え?これ?……棒に見えるけど?何?」


それを受け取った八雲は右手に握りながら、左手を顎の下に持っていって首を傾げる。


「―――ヒノキの棒だ」


「マジか?!……リアルヒノキの棒……これが……」


ある意味伝説の初期装備に感慨深げな八雲だが―――


「これでスライムを倒すのか?」


「うむ!伝統的なスライムへの攻撃装備だ!」


「そ、そうか……うん……伝統・大事・絶対」


ここは気持ちを切り替えて早速スライムを倒そうと、ヒノキの棒を構えて向かって行く八雲。


「オオオォ―――ッ!」


瑞々しいそのぷるるん♪ とした球面上のボディをしたスライムに、八雲は普段の剣術の鍛錬に倣って渾身の一撃を振り下ろす。


「あ……」


声を漏らしたノワールと同時に棒が直撃したスライムはグチュリ!と形を崩すと見事に爆散して、その体内に内包していた体液を一気にその周囲へとブチまける。


そして、身を退いた八雲の左手にその体液がかかった途端に、付着した部分の皮膚から湯気のような白煙が上がり出すと激痛が伝わってくる。


「ウオオオオッ!熱っ!?痛!!何これ?!―――酸か?酸なのか!これ?!」


焼け爛れだした手の甲を見て、八雲はパニックに陥ってしまう。


「ああ、言い忘れていたがスライムの体液は強酸だから、倒す時は避けながらじゃないと溶けるからな」


「―――大事!それ大事だから!そういうこと先に言って!」


「いや、お前が突然突っ込むからだろ。たとえどんな相手だろうと舐めてかかると痛い目に遭うという良い教訓になったな」


「―――クッ!」


正論なだけに言い返せない八雲だが、今は手の治療が優先だ。


「まず手を治療したい―――ウグゥ!結構これキツいぞ!」


「大丈夫だ。ほれ自分の能力を見てみろ」


そう言われて、またステータスと念じると、先ほどよりも一瞬で自身の能力が脳裏に表示された。




【ステータス】

Name:九頭竜 八雲(ヤクモ=クズリュウ)

年齢 18歳

Level 2

Class 転移者


生命 25/33

魔力 22/22

体力 22/22

攻撃 33/33

防御 22/22

知力 15

器用 15

速度 15

物理耐性 15

魔法耐性 15


《神の加護》

『成長』

取得経験値の増加

『回復』

生命減少時に回復加速 <発動中>

『創作』

素材を加工する能力


《黒神龍の加護》

『位置把握』

自身の位置と黒神龍のいる位置が把握出来る

『従属』

黒神龍の眷属を従える


《取得魔法》


《取得スキル》

『鑑定眼』

『言語解読』

『酸耐性』




「ほら見ろ。『回復』が<発動中>になっているだろう?手も見てみろ」


そう言われて手を見てみると、さきほどまで焼け爛れていた手の甲が徐々に元に戻っていくのが見て取れた。


「おお……」


やがてみるみるうちに手は回復し、減っていた生命値も完全に回復していた。


おまけに《取得スキル》に『酸耐性』まで獲得していることに八雲は注目する。


「しかし、スライム一匹でいきなりLevel.2とは……」


「普通はそうはならないのか?」


この世界に来て初めてLevelというものを知った八雲にとって、Level UPの間隔がどの程度のものかは勿論知らない。


「個人差はあるだろうが……少なくともスライム一匹でLevel.2になれる者など我でも見たことがない。やはり面白いな八雲は!流石は我の番よ!」


そう言ってニヤリと笑うノワールを見て、八雲は自分がこれで完全にこの世界の一人になったことを肌で感じていた。


―――だからこそ、ここで強くならなければ八雲にとって、この世界にいる間での未来はないだろう。


「よし……それじゃあ今度は慎重に、次の相手を出してくれないか?」


黙って頷いたアリエスは召喚用の魔法陣から次のスライムを召喚する。


そうして、次々と呼び出されるスライムを、八雲はただ黙ってコツコツと、黙々と今度は体液を浴びることのないように倒していくのだった―――


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