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帰り花の王子たち
水鳥たま季
BLファンタジーBL
2024年10月22日
公開日
64,392文字
連載中
花果(かか)の国。
それは、エートル峡谷を越えた断崖群の向こうにある、絶対君主制の小さな国。
陸の要塞とも言える立地のためか、独自の文化を持ち、王権神授説に根付いた独自の宗教が盛んな王国でもある。
豊穣と繁栄が約束されているこの国の民は、牧歌的で、みんな陽気だ。
しかしこの国は、「花果」というその名から想起させるイメージに反し、国交に閉鎖的。
建国から500年間、その豊かな土壌を我が物にせんとする国々による侵略抗争が、後を絶たないからである。

とある密命を受け、学術交流大使としてこの花果の国を訪れた「城塞の国」第12王子のノーア・アンドレセン。
彼は滞在することを許された王宮・東の宮の中でひとり、まるで命を削るようにして花の絵を描き続ける、不思議な青年と出会う。
青年の名は、スヴェン・エドフェルト。
菫色の髪をした彼は、花果の国、第一王位継承者であった。

「この花を見つけたきみは、からっぽだ。
 きみは、おれと同じものを見ている」

一滴の雫が水面に波紋を広げていくように、ゆっくりと、確実に惹かれ合っていくふたり。
けれど、ノーアはまだ知らない。
花果の国の王家で、「人を愛する」ということがどういう結末を齎すのか。
そして、スヴェンもまだ知らない。
ノーアが親善大使としてこの国を訪れた本当の目的と、その暗い過去を――――。

この恋は、実らせていいものなのか。
切なく、甘く、ほろ苦い。
異世界王宮ファンタジー、プラトニックボーイズラブ、開幕。
(全10話完結予定)

※ボーイズラブタグをお借りしていますが、連載上はプラトニックです。
関係性の進展については、左右含め、読者様のご想像にお任せしています

プロローグ

花果かかの国」を知っているかい?


 この先、エートル峡谷の向こう、切り立ったいくつもの断崖を越えた先にある、絶対君主制の小さな国だよ。国土は80㎢程度、人口はせいぜい8千人程度ってところかな。成り立ちは古く、500年は下らないと言う。かなりの高地にあるっていうのに、気候は安定していて温暖湿潤、実りが多く、「豊穣の土地」としても名高い。

 主産物は、国名の表す通り、花卉かきと果実だね。とりわけ、山百合に葡萄、コケモモが有名だ。ルノーワインにリゴーヌリキュールの名は、君だってきいたことがあるだろう? あれらはすべて、くだんの花果の国の名産品だ。中でもルノーワインに関しちゃ、年に一度、国を挙げての大品評会が行われるほどの規模で、その生涯でルノーワインの生産に関わらない国民は、ひとりだっていないとさえ言われてる。品評会で名を馳せて、王家のお墨付きをもらったワイナリーは、一生食うに困らない金と、永代の栄誉が約束されるそうだよ。


 さて、この花果の国だが、その立地のせいか、親密に国交を結んでいる国はそう多くはない。せいぜい、エートル峡谷手前の「水泡すいほうの国」か、トトリア山脈を越えた先の「羊蹄ようていの国」くらいのものだ。ルノーワインもリゴーヌリキュールも、貿易の基盤は国家間を自由に行き来することのできる商業ギルドのキャラバン隊にあって、国家単位で直接国交を深めるような政策を、長く、花果の国は取ってこなかった。

 まあ、理由はわからないでもないよ。花果の国の温暖な気候、豊かな土壌を魅力に感じ、取り入ろうとする国は、星の数ほどあるだろうからね。それを重々承知しているからこそ、あそこの王家は、外交に関して慎重で頑迷な姿勢を保ち続けているのだろうさ。業を煮やして、侵攻戦争を仕掛けた国も歴史上にはいくつかあるらしいけれど、花果の国はその構造自体、自然の要塞のようなものだからね。結局どこの国も、侵略することはかなわなかった。


 要するに、花果の国というのは、その名から想起されるイメージに反して、かなり閉鎖的な国家なんだ。どことも交わらず、何にも混ざらなかったからこそ、500年掛けて発展した花果の国の文明は非常に独特で、特異性の高いものなんだともきいている。

 けど、そういう閉じられた国だからこそ惹かれるっていうのは、やっぱり人のさがなのかね。高名な学者先生なんかが学術調査のために、それはもう、全国各地からひっきりなしに訪れるよ。大丈夫、追い出されたりはしないさ。花果の国は、国家単位の国交には慎重だけど、純粋に学問を探求する目的の手合いには、比較的寛容だからね。国民は、皆至って牧歌的で、純粋で温厚な人々ばかりだよ。その時々で、できる限りのもてなしをしてくれる。まあつまりは、個人単位で訪れる分には、花果の国の城下街ってのは、滞在しやすく開かれたコミュニティである、というわけだ。


 とはいえ、珍奇な噂も多いのは、確かだよ。

 たとえば、あそこの王家には神秘の力が宿っていて、王家存続の危機が訪れるようなときには、必ず神の怒れる鉄槌が下される、というようなもの。王権神授説、というらしい。要するに、当代国王に選ばれるような者には、現人神として、神から人智を越えた力が授けられるのだ、という教えが、まことしやかに囁かれているんだ。そしてその御標みしるしってものは、貴賤を問わず、誰の目にも明らかな形で、発現するんだそうだよ。


 ――――え?

 俺が、そんな与太話を信じているのかって?


 いいや、まさか。俺も夢物語を信じていられる年齢じゃ、とうになくなっちまったよ。世の道理なんて、酸いも甘いも痛いほど分かり切っている。

 信仰は自由だし、神だって、人の数だけ存在していいものだ。けれど結局のところ、人の営み、人の育む愛、織り成して紡ぎ上げる文化ってものを越えていけるのは、天地が引っ繰り返ろうと、やっぱり同じく人だけなのさ。民草がどれほど敬虔に祈ろうが、その摂理を覆すことはできない。

 たとえ、相手が神であったとしてもね。俺はそう思うよ。


 ああ、そう。花果の国に行ってみるのかい。

 それなら、そこのキャラバン停泊地で、十分に旅の装備を備えてから行くことをお勧めするよ。まずは、エーテル峡谷を渡らなくちゃならない。ここの峠道を半日も歩けば、峡谷の山道に出るよ。道なりに行けば、吊り橋がある。そこを渡れば、例の断崖群に辿り着けるんだ。

 断崖には、岸壁を削って作られた、細い石道が続く。杭は打ってあるし、縄だって渡してはあるけど、かなり足場が悪いから、十分に気を付けていくことだね。

 崖壁を越えたら、あとは峠の道をずっとずっと、ただひたすらに、登り続ける。5時間ほども登ったなら、その先にようやくお待ちかねの、王都の城門が見えてくるはずだ。

 あそこの門番は、謹厳実直で、人のいい好青年だ。貴方みたいな人ならば、きっと丁寧に招き入れてくれることだろう。

 万が一、何か深掘りされて困るようなら、俺の名前を出してくれたらいいよ。『ステラに会った』と、そう伝えてくれ。これでも花果の国の中では、それなりに名は知られているんだ。


「そうか、それは有り難う。細心の注意を払って、行ってみるよ。ところで、君、ステラさん。君は一体、こんなところで何をしているんだい?」


 俺かい?

 俺は、まあ、案内人みたいなものかな。これでも昔に比べれば随分ましになったけど、峡谷も岸壁も、危険な道程ってことには変わりがない。うっかり旅の人が軽装備で迷い込んだりしないように、俺は、ここに庵を構えて、ガイドのような生業をして過ごしているんだ。

 久し振りに、外つ国とつくにの人に会うことができて、嬉しかったよ。

 どうか、君のこのあとの旅路が、幸いに満ち溢れたものになりますように。




 さようなら。




 旅人を見送ると、ステラは、自身の庵である小屋の中に引き返した。

 デスクで文を認めてしたためていると、窓の向こう、こつこつ、と、窓ガラスを叩く鳩がいる。オリーブ色の羽根をした鳩だ。足元には、小さな文が結ばれている。

 窓の中に鳩を招き入れ、結ばれていた文をほどく。

 いびつな文字で書かれた文の中身に、目を通す。ステラは、思わず笑ってしまった。


『あいつ またやった はやく かえれ』


 ステラはその文を丁寧にたたんで、ポケットにしまう。


「長旅、ご苦労さん」


 ねぎらいの意味で、鳩には、あらかじめ採っておいた、木の実と若木の芽を小皿に盛って与えてやった。かつかつかつ、嬉しそうに餌皿をつつく鳩を横目に、ステラは、デスクで文の続きを認めつづける。

 そして、腹が膨れて満足そうに羽づくろいを始めた鳩の脚に、書き終えた手紙を結びつけた。


「食事の後に、悪いけどもう一仕事、飛んでくれるかい?ヨアンのところまで」


 鳩が、返事のように、くるう、と鳴く。

 ステラは自身の腕に停まった鳩を、窓から、思いきり宙へはなった。オリーブ色の羽根をした鳩は、一目散に、はるか沖天、峡谷の向こうの雲ひとつない真っ青な空に向かい、羽ばたいていく。

 その軌跡をしばらく見送ってから、ステラは、バッグパックを背負って、小屋を出た。さて、長い道のりになる。とはいえ、先程の旅人よりは、もう少し早く、花果の国に辿り着くことができるだろう。先程の旅人には、敢えて、険しい悪路を教えたからだ。やっとの思いで城門に辿り着いても、門番に「ステラ」の名を出した時点で、彼は、「花果の国」にとって、警戒対象に様変わりすることだろう。

 そう判断した経緯についても、鳩に託した文に、すべて記してある。あとはヨアンが、そしてベルンがエーミルが、すべてどうにかしてくれるだろうさ。


「さあて、行きますか」


 ステラは、軽快な足取りで、エーテル峡谷に向かって歩き出した。峠道には向かわず、真っ直ぐに、峡谷のはざまを流れる渓流目がけて突き進む。

 いよいよ、谷川の流れに足を踏み込むところまで来たステラの足は、しかし、微塵も濡れることはなかった。だってステラは。


 水の上を、歩いている。


「あのひと、今回は何日、メシを抜いたんだろう。ヨアンがきっと、カタリナさんに頼んで準備してもらってるんだろうけど。なんていうか、すっかり甘えん坊になっちまったよなあ」


 ぼやきながら、ステラは苦笑した。

 けれどその『甘えん坊』の我儘は、臆病な自分のために、言い訳をくれようとしているのだともわかっている。


「いま、行きますよ。――――スフェーン深い森の子ども

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