シャルロットの話は聞いていると、どこか遠い世界に連れていかれたような感じがした。大火、瓦礫、そしてサファイア色の瞳を持つ女性。カルはシャルロットの目を見た。そこから読み取れた悲しみは、それが紛れもない現実であることを告げていた。
シャルロットがなぜ僕を助けてくれるのだろうと、考えたことは多々あった。人を殺してしまったことがあり、その後悔や懺悔が目的だとするなら、つまり自己救済したいだけの人間なのではと考えた事があった。でも時より見せる彼女の信念は、他人を思うやることで自分を救うというより、人を助けることに意義を感じているように見えた。その信念は歪かもしれないが、その善性はやはり、小説や吟遊詩人の歌で登場する英雄に近しいと思う。彼女のルーツを初めて知って、カルはシャルロットに対する疑問が一つ、払しょくされた。
「……魔女の後継の証。なぜそんなものがあるんだろう?」
ふと疑問を腕を組みながら、カルが小さく呟く。
カルがエミリーの隠れ家で読んだある本によると、過去に散った『古の魔女』たちは決して望んで魔女に成った訳ではなかった。魔術の知識、そして素質があって、突然魔女と化す。
もちろん学者が書いた本に間違いがないとは言い切れない。
でも、シャルロットに魔女の素質があるとは……、
「バカの魔女かな……」
「んだって?」
「なんでもないなんでもない」
カルは喉をわざとらしく鳴らす。
「とりあえず事情は分かったよ。でも尚更ザザの対処をするって路線は難しくなったね」
「そうねぇ、分かりやすく弱点があればいいんだけど、今のところは情報もないからねぇ。せめて、あの速さの理由くらい分かればいいのだけど」
「うーん」
結局、逃げる話になってしまいそうだ。僕としては出来れば、司教をこの国から追い出して孤児や他の司教の影響下にある人たちも助けたいけど……。とカルは想う。
実際問題、それは不可能だ。司教は強い。前回シャルロット一人で遭遇し戦った時、こちらはほぼ瀕死状態になり追い詰められえた。それに極めつけはあの聖装である。
ハーブクレイア。彼の聖装の能力は『不老不死』。自身の体に負ったどんな酷い傷でも癒す能力は、カルの赫物体による一点集中の攻撃がなければ対処は出来なかった。今のカルは確かにあの時より自分の赫病を使いこなしているけど、それだって司教を超えられたというわけではない。
シャルロットにも明確な弱点、魔力総量がある。戦闘面で我々は、思いのほか無力なのである。
「――シャルロットさん!」
どたどたと物音がしながらそんな声が聞こえ、二人は振り返ると、同時に扉が勢いよく開かれた。
「シスター?」
そこで扉に全身を乗せ過呼吸になっているのはシスターだった。シャルロットが思わず名前を呼ぶと、彼女は一枚の紙をよろよろと右腕で差し出しながら、
「今朝! 孤児院に届いていたそうです! これ!」
「な、なにが届いていたの⁉」
「仮面です!」
「え?」
シスターは息を切らしながら立ち上がり、二人に紙を手渡した。そこには確かにこう書かれている。
*
『仮面舞踏会 招待状』
*
「こ、これは……シャルロット!」
思わず驚きを漏らすカル。その紙には続けてこう書かれていた。
*
あなたの孤児院から四名、当選者がおられました。
・リハク・ワーグナー
・アリデル・トプコン
・シーリン・ソラクテス
・シャルロット
以上の四名を、仮面舞踏会にご招待いたします。
参加権は他者に譲渡できますが、譲渡の際は必ず『本来参加権を受け取った人物の印鑑、名前とご年齢』を会場入り口にて譲渡者に確認させていただきますので、よろしくお願いします。
※なお、同封した仮面は忘れないよう、よろしくお願いします。
*
「仮面舞踏会の招待状⁉ どうしてこんなタイミングで? しかも、部外者である私の名前が――」
思わずシャルロットが一歩後退りして驚いた。一日前に来た『出入り規制』の通達でも、この催しについて言及されていたが、しかし、まさか自分の名前で抽選に当たっていたとは……。
とシャルロットが思わず呆気に取られていると、カルは怪訝な表情を浮かべる。
「う、嘘だ。どうしてこんなものが?」
「……うそ?」
カルの不思議な反応に、シスターは首を傾げて訊いた。するとカルは受け取った紙をもう一度読んでから、
「だってそうじゃないですか。普通に考えて、この名簿の中にどうして部外者のシャルロットがいるんです?」
「ぁ」と漏らし思わず考えるように俯く。この四人の名前は大方『孤児』か『用務員』たちであると思われるが、――でも何故、数日前に孤児院関係者と知り合っただけのシャルロットにまで招待状が来ているのか。
「それって下手すると、司教の罠なんじゃ?」
「……いいや、そうじゃないわ」
カルの推測に、ついに否定を飛ばしたのはシャルロットだった。彼女は顔を顰め、何かを思い出そうと唸りながら歩き出す。「どういうこと?」と聞いてくるカルを無視して、彼女は何か大事なことを思い出そうとするように……、
「あ!」
突如、電球がついたような閃きをしたシャルロット。カルとシスターは何が何だか分からず静かに彼女を観察していると、ついにシャルロットは両手をついて叫んだ。
「思い出した」
「……な、何を?」
「私さ、カル」
「昔、オーロラ王女と顔見知りだったんだ」