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21「彼女の黒目がサファイア色に変色した」

 オリアナ学術学会の建物の屋上には、まだ昨日の大雪の影響が色濃く残る。

 照らす日光でいっそう白く輝く深雪は、ひんやりとした冷気を放ちながらほのかなぬくもりを感じる大気と拮抗している。その上に足跡を作り、雲が晴れた空を見上げる人物が二人いた。


「……」

「そろそろ話すべきかと思ってね」


 シャルロットは手すりに腕を置いて、カルは彼女の背後、四歩ほど離れた場所に立っている。胸に右手を当てて自分が呼ばれた訳を案じる。

 「そうだね」とカルは静かに肯定し……。


「そろそろ聞かせてくれないと。『魔女の卵』について」


 ザザ・バティライトというシャルロットの同類の登場は、カルの疑問をより濃い物にしていた。

 これまでシャルロットの過去は、気になっても聞けないことだった。それはあのカシーアの街で聴いた『人を殺したことがある』というのもそうだし、何より『魔女の卵』や彼女の素性、魔術技術や過去についても含まれる。それら全ての彼女に関する謎は、彼女に直接聞くような機会がない限り、話を聴けなかった……。

 カルはカシーアの一件から明確に変わろうとしている。彼は、生きる為に希望を見ようとしているのだ。

彼女と魔術の旅をする。それがカルの今の目的である。だから、――こうなることは決まっていた。


「…………」

 (はなから聞くべきことは沢山あったはずだけど、憚られる理由があった)

「シャルロット」


 だが今、その禁忌は解かれる。

 名を呼ぶと、彼女は振り向いた。その顔には微かに哀しさが伺える。そして彼女は息を吸って、ゆっくりと吐いてから。


「……まず、打ち明けることが遅れてごめんなさい」


 謝罪から入った。


「話すのが複雑な事情でね。とにかく、タイミングが難しかったの。……ふう、はい。――『魔女の卵』は、四大魔女の後継者に渡される烙印。そしてその証は、使い魔として姿を現す。私の場合、それがこのチビだったの」


 その言葉を聴いたカルははっとする。そしてシャルロットは右腕にチビを乗せ、


「この子が私と繋がっている限り私は『魔女の加護を受ける』し、『黒魔術を扱える』。そしてこれは、私以外に五人いる・・・・・・・・

「五人も……?」

「私は他の魔女の卵と会った事はない。けど、その五人のうちの一人がザザ・バティライトだったんだと思う」


 【四大魔女】

 『穹の魔女』『武器の魔女』『植物の魔女』そして『死の魔女』の現代の伝説四人の事を総じて、四代魔女と言う。

 そんな魔女たちから直々に『後継』と指名され、力という名の加護を渡された存在。それが、魔女の卵である。とシャルロットは言った。


「その卵は、使い魔の形で渡されるんだよね?」


 訊くとシャルロットはチビを見つめて頷いた。


「……なるほどね。だからシャルロットは、ザザのネックレスがドラゴンに変わった時にすぐ気が付いたんだ」


 やっと、その疑問が腑に落ちる。チビ――使い魔としてのドラゴンが珍しいというのは知っていたけど、そのドラゴンには意味があったとは。とカルは顎に手を添えて考えを巡らせる。

 ザザ・バティライトは世界で六人しかいない魔女の卵の一人。

 シャルロットも同じく、世界に六人のみの特別な権能を有する一人。やっとカルは全ての点が合致し小声で 「なるほど」と呟く。

 すると一つ、なんてことない疑問が浮かび上がった。


「シャルロットはいつ魔女の卵を貰ったの?」


 訊くと彼女の顔色が変わった。体の方向を変え、手すりに手を添えて空をぼうっと眺める。やっと息をつき、口を開いた。


「全てを壊してしまった、あの日にね」


 *


 人を殺してしまった後に、大火と瓦礫の中から彼女は現れた。青髪のポニーテールと紫のローブ、そして先が折れた三角帽子をかぶったあの女は、私に訊いたの。


「……君いま、何を考えているの?」


 私は答えた。「悲しい」と。でも同時に、「……――嬉しい自分もいる」と。

 そしたら彼女は息を多分に吸い込み、黒目を揺らして吐き出した。


「正直なひと、嫌いじゃあない。アレを三日間汚したもんですから来たのだけど、へえ、不思議な縁があるものね。いいわ、合格」


 彼女は紫のローブを熱風でかきあげ、薄ら笑いを浮かべたわ。そして彼女は右手を突き出し、私を指さすと。


「あなたには才覚がある」


 あの文を読み上げた。


「希望を失い絶望を進んだ少女よ。案ずるな。この先の人生はまだ続く。果てしない暗雲が立ち込め、君の足元を狂わせる。目を塞ぐ雪風が、手を奪う魔物の会心が、人々の悪意が渦巻いている。――これは私との契約であり、私による自分勝手な救済である。忘れてはならない。これは君の人生であるということを。思い出してほしい。希望の光のぬくもりを」


 契約。その言葉を云った時、彼女の周辺に突風が吹き始める。淡い光が段々と濃くなり、地面が揺れ、大火の揺れが引き延ばされるように背を高く影を作ると、それはぱんと弾け空を覆い尽くし、暗雲立ち込める灰色の空が唐突に割れる。

 何が起こっているのか分からず、私は空を見た。割れた大空には、澄んだ青が広々と広がっていた――。


「――『穹の魔女』が君に刻む」


 彼女の黒目がサファイア色に変色し、その瞳の光と天の光が降り注いだ。


「君に、幸あれ」


 絶望の渦に呑まれ、全身の力が籠められなかった私はその日、


「……チュウ」


 小さな命との邂逅を果たした。


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