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19「取引をしないかしら」

「……祭儀、衣」


 ザザの鎌が地面を叩きつける音が響き、地割れが走る。泥と雪が捲り上がり、カルの赫物体が根こそぎ剥がされた。セーフゾーンが突破されたのだ。


「……黒魔術、紫の剣!」


 急いで立て直すように紫の斬撃を飛ばすが、


「結界、層」


 粛然とした言い方で、ザザはそれを安々防いだ。そして鎌を両手で掴み、ぐっと構える。その瞬間にシャルロットは動転してしまい、同じ結界魔術をカルもいれて使用するも――、


「黒魔術、藍臨月」


 ザザは鎌先に青い焔を再び宿すと、鼓膜を裂く金属音が木霊して、青い一閃がシャルロットの前を通り過ぎた。


「……」

「……」


 時間が止まったような感覚が、二人を、捕まえている。

 静寂と微かなひりひりとした痛みが、にわかにぐんと伸びていく。――音が戻る。急速に音が、風の音が、レンガの音が、水の音が聞こえて集まり、そしてシャルロットとカルはやっと痛感した。

 通過したザザ・バティライトにより胸を切られたシャルロット、右肩を切られたカルは、ザザの移動の影響で飛び上がる雪、軋む建物の壁、無理やり止む吹雪の音を聞いた。赤い鮮血が雪肌を染めながら、二人は受け身も取らず倒れた。


「――――ツ」

「うッ……クッ!」


 シャルロットは胸に付けられた傷を見て、震撼した。


 (ふ、ふかくはない。いたい。血? カルも血がでてる。カルは⁉ 深い⁉ 出血量、みれない。目のしょうてんが合わない。切られた。ザザに胸を切られた。痛い。痛い。痛い。痛い!)


 薄雪に嫌な色がついている。

 見た目だけ痛々しいものの、やはり捕獲が目的な為殺さないように最大限の手加減がされていた。ザザは藻掻く二人に近づく。薄雪を踏みしめながら、カルの返り血を右足で踏みながら……、


「…………」

「誰だ」


 ザザは一人でに説いた。

 それはカルでも、シャルロットでもない。他の誰かに問いかけるような言い草であった。シャルロットは激しく揺れ動く精神の渦中に居ながらも、恐る恐るそれを、視界に収めた。

 その姿には見覚えがあった。彼女の後ろ姿には、とある面影がある。細い両足に、シャルロットと同じくらいの背丈。薄い緑の長髪、薄青色の瞳、そんな特徴を持つ人物が、果敢にザザ・バティライトに立ちふさがった。

 彼女は目の前の男の目をみると、重苦しい口を開いた。


「取引をしないかしら」


 エミリア・ラドゥー ――エミリーが、ザザにそう言った。


「……どうして?」


 痛みに悶えながらシャルロットは名を呼ぶ。

 エミリーは芯の通った声で「取引をしよう」と告げた。

 それは共に創作魔術するときに見せたあの浮ついた親しみやすい声ではなく、メガネを外し、コンタクトをつけた、いわゆる仕事モードの時の真面目な声だった。その時、シャルロットはやっと気が付いた。

 『『学術会』と看板がある建物に挟まれた場所に人気のない公園』。


 (エミリア・ラドゥー、彼女の本職は『オリアナの歴史学者』だ)


「取引?」


 とザザが首を傾げる。


「ええ、雇われているって言っていましたね。不躾でないのなら教えていただきたいのですが、この依頼は、いくらでうけたのでしょう?」


 エミリーは背後で倒れている二人に目を移していった。シャルロットは眉を顰め苦悶の表情を浮かべ、カルも同じく涙目になりながら肩をぐっと左手で抑えていた。


「百万金貨だ」

「……たっか」


 訊いたくせに、エミリーは金額の多さに思わず漏らした。少し変な空気が流れたが、エミリーは喉を鳴らし。右手を折って親指と中指を合わせると、


「じゃあ、こうするしかないですね」


 指を鳴らした。すると建物の間から、人がぞろぞろと出て来た。

 初老の男性、女性、比較的若めの男性もいるし、女性だっている。彼ら彼女らに共通しているのは、全員が白衣を着て、胸に同じバッチを付けているという部分であった。


「なんの真似だ?」

「取引って言ったけど訂正します、これは脅しです」


 エミリーの強気な言葉にだんまりするザザ。

 読めない思考にエミリーは左手を小刻みに震わせた。しかしもう引き下がる事はできない。彼女は顔を強張らせて、震えた言葉を紡いだ――。


「私は『オリアナ学術会』の会員、歴史学者のエミリア。国直々にお給料をもらい、お仕事をもらっている人間よ。もしシャルロットやカルくんを捕えたいなら、まず私から殺していき、私の背後に立つ人たちも順番に殺しなさい」

「……なんだと?」


 やっとザザの顔には明確に混乱が伺えた。それをみてエミリーは心の中で自分を鼓舞し、語気を強めて、


「でも勘違いしないで」

「……」

「ここにいる人全員が秀でた頭脳を持っている。若き考古学者、期待の魔術研究家、魔石のスペシャリスト、人命救助の天才。――云わば私たちは『国家が国家たりうる頭脳』な訳だけど」

「…………」

「そんな人を殺してまで、あの二人を捕まえられるかしら?」

「…………」


 ザザはエミリーの言葉に、押し黙るしかない。


「もっと直接的な言い方をしてあげる。国の財産である私達を殺したとき、オリアナはこれ以上ラディクラムの司教の介入を許すかしら? ――そう、これはあなたの雇い主の信用がかかっていることなのよ」

「……」


 ザザは視線を巡らせる。学会員たち、エミリア、そして雪に伏す二人。

 やや間を作ってから息を落として、彼は両目を閉じた。


「わかった」


 その一言だけ告げ、ザザはその場からゆっくりと立ち去った。



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