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17「……それを昔、ある人に言われたことがある」

 颯爽と屋根の上を駆け、飛雪を顔面に受けながら次の建物へ飛び移る。背後を見る暇すらなく、シャルロットはとにかく逃走していた。可能かなぎり加速し距離をとるものの、依然として足音が多く聞こえた。


「ザザ……っ!」


 ちらりと見ると、背後で黒コートが羽ばたいている。

 彼は言っていた。『ここで俺らが解散したら、その関係も終わり。俺は傭兵家業を再開する。例えば、その後に依頼でお前らと戦えと言われたら問答無用で戦う』と。彼は人間である前に傭兵である男、司教がシャルロットに差し向けた刺客、それこそがザザだったのだ。


 背後――同じ魔術、神速で迫ってくるザザ・バティライト。カルはまだ気を失っている。さっきの『人体発火』に巻き込まれた傷があるせいだ。それにザザが敵となると圧倒的に勝機がないように感じる。


 (彼のスピードは嫌というほど身近で見てきた。慣れてから目で追う事はできるけど、慣れない限りあの速度には追い付けない)


 考えながら左後ろに視線を持って行くと、黒いコートの人影が一定の距離を離しこちらに向かってきていた。


 (おかしい。何度か見た事があるあの『目で追えない移動』をしていない。――つまり今逃げている間は仕掛けるつもりがないということ? どういうつもりだろう。振り切るのは……難しい。今の私の速度に追いついているなら振り切るのは難しいだろう。でもこのままじゃ魔力だけ消費し続けるし……本当に降りて戦うしかないの?)


 熟考する。でも、どれだけ考えても答えはない。あるのは純然たる事実のみ。


「……戦うしかないのね」


 シャルロットは足元をわざと空回りさせ、出来る限り壁がない開けた場所を目指した。都合がいい事に『学術会』と看板がある建物に挟まれた場所に人気のない公園があったので、そこに向かって飛び降りる。

 降りると、ザザも構えるように十歩先に立ち、悠々と鎌をこちらに構えた。

 シャルロットは気絶しているカルを自分の背後に寝かせる。


「驚いたわ。運命って怖いわね」

「ああ」


 ザザは素っ気なくに肯定した。


「ザザ・バティライトさん、あなた雇われているって言っていたわよね」


 彼は視線でそれを肯定した。


「じゃあさ、あの人たちの扱い方をあなたはどう感じるの? 騙されて、最後は燃やされて死ぬ。これは正しいこと?」

「正しいか正しくないかをジャッジするのは俺の役じゃない」

「通じないようね。金払いがいい方の味方をするっていうのは本当のようで」

「傭兵としての信用があるのでな」


 ザザはあっけなく突き放す。それにシャルロットはやりづらさを感じる。冬の冷たい風が吹き込み、粉雪が数を増していく。


「……ねえ、人は、人として死ぬべきだと思わないの?」


 シャルロットは俯きながら、懇願するように言う。するとザザの動きが止まり、明らかに顔色が変わった。目をゆっくり見開き、息を静かに吐いてザザは伏目になる。そしてぽつりと呟いた。


「……それを昔、ある人に言われたことがある」

「へえ、なのに司教側につくんだね」


 皮肉を込めて彼女は冷たく言うが、ザザはなんてことないように、


「酷い事が立て続けに起こり、俺の中で大事な何かがはち切れたとき、その人は突然現れた。そしてシャルロット。お前みたいなことを、だいたい同じ風に伝えてくれたよ」

「……それで?」

「だがそれは詭弁だった」

「ちっ」


 ――ザザの影が消え、シャルロットはすぐさま結界魔術で受けの姿勢を取った。あの『目で追えない移動』だ。公園の中心にシャルロットが魔法陣を展開し待ち構える、そしてその周辺を通り過ぎるコートの靡く音。

 木が揺れ、土が抉れ、雑木が揺れる。ザザの動きを示す細かな動作は嫌に目立っているのに、肝心なザザの姿を捕えることができない。とにかくどこから来てもいいよう、こうやって構えておくしかない。

 ややあってシャルロットの眼前の土が順に抉れる。十歩先、五歩先、二歩先とそれは近づき、――空気を切り裂く打撃音が響き、ザザの鎌が結界に接触した。


「くッ!」

「祭儀、凛」


 唱えると、鎌の刃に魔力が迸り、青い炎が伝って威力が増す。シャルロットは結界を維持するのに精いっぱいだが、もう数秒稼げれば左手でカウンター魔術を発動できそうである。だがそれに追い打ちをかけるように、結界は青い炎が伝った鎌によってヒビが入り、


 鼓膜を突き刺した金属音と共に、結界は瓦解した。

 即座に左手のカウンター魔術――からの右手で魔力を練ってザザを黒魔術、土箱で閉じ込める。そして次に黒魔術、水の業火で動きを奪ってから上手に殺さないように!


「黒魔術、紫の剣!」


 紫の斬撃が射出されザザ目掛け飛ぶが――とたん、淡く光る紫の宝石がほのかな波動を放ち、あの時のように、シャルロットの魔術を弾き返した。


「まずいっ」

「祭儀、豚」


 ネックレスの存在を完全に忘れていたシャルロットは絶句する。だがその隙を狙うようにザザは鎌を回し、青い炎を纏わせ突き上げた。

 紫の剣が打ち消された。なら次は土箱……つちはこ!

 シャルロットは心の中で叫び、やっと土箱はザザの周りを覆うように蠢いて囲った。ザザを捕える箱を作ると、シャルロットはカルを持ち上げてすぐ下がり、――水の業火をその箱へ放とうとした刹那、



「黒魔術――」



 一声、男が呟いた。



「藍臨月」



 土箱に走った真っ青な切り跡から、シャルロット目掛け飛ばされた淡い光を放つ斬撃は――カルが目を覚まし未知エネルギーで壁を創造していなければ、間違いなくシャルロットの命を奪っていた。


「っ、ごめん寝てた。だいじょうぶ……?」


 カルは腰を抜かしているシャルロットに問いかけると、シャルロットは唖然とした様子で上の空だった。その肩を揺らすとやっと彼女ははっとして、真剣な顔つきになり。


「…………」

「カルの赫物体未知エネルギー創造物は固いな」


 ザザの声が聞こえる。シャルロットは即座に立ち上がり、赫物体の横に移動して、ザザを見つめた。そしてやっと彼女は――ついにあのネックレスが何なのかに気が付く。


「ザザ・バティライト……」


 シャルロットは静かに零し、彼を見つめ、


「あなたは――」

「その通りだ」


 「え?」とカルは状況を読み取れず疑問符をうつが、シャルロットとザザはお互い何を言いたいのか分かっているようで、ザザは言われる間もなく肯定した。

 ザザは胸に下げている紫色の宝石を右手で持ち上げると、突如それは光だし、ネックレスは形を変え――それは黒と灰色のドラゴンへと変貌した。

 「……ザザも使い魔を?」とカルは呟くと、隣でシャルロットは奥歯を噛みしめ、わなわなと震え出し、


「……ザザ・バティライト、あなたは」


 粉雪が降りしきり、ザザの青い炎を纏った鎌が空から舞い落ちる雪を溶かす。黒い瞳でザザはじっとシャルロットを見つめた。彼女の失望、落胆を理解しながら、ザザは無表情に、鎌を構えてみせた。その行為をみてシャルロットは悲しそうな目線を彼に向ける。



「『魔女の卵』なのね」



 魔女の卵――それは魔女に選ばれし『後継』の証。

 ザザ・バティライトはそれを、視線で肯定した。



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