「僕は魔物じゃありません……」とカルは彼女の顔を伺いながら言った。
「ですがあなたから感じるのは魔物のソレです」彼女は据わった目のままそう突き放す「亜人のワタクシでなくとも、分かります。お、そらく。あなたはその少女をたぶらかし、し、子供を喰らいにきたのでしょう。ワタクシが大嫌いな竜人と似た手を使いますね、ね」
「ち、違います! 僕は、その……確かに普通と違いますが人間です!」
「信じられませんし、信じるだけの根拠がありません。ワタクシはシスターとして、この場所を、何が何でも死守することが、義務」
「……話をしませんか?」
「対話の余地があると思いません。それは、あなたが、人のフリをした化け物だからです」
彼女はそう冷たく言い、背後で黒い血が――棘を作る。二人の視線は交差する。カルは険しい表情になり、シスターは冷徹な表情で少年を睨む。
「人と信じてほしいのであるなら、証明をしてください。……人間であることを。そうすれば信じましょう、しょう」
彼女は唯一の希望をカルに与える。人であることを証明せよ。と。
「……証明って、どうすれば?」
冷たい風が吹いて、墓地に枯れ葉が飛ぶ。墓石並ぶ脇道に坐しているカルと、それを睨んでいるシスター、そしてカルの背後で気絶しているクリスティーナ。
「証明は証明です。示しなさい。ワタクシに」
刹那、シスターの背後に構築された棘が、――クリスに向かって放たれた。
「……ッ!」
「……なるほど」
放たれた棘に飛びついたカルは創造が間に合わず、ついに体で棘を受ける。カルの右肩を貫通した棘はすぐ液体へと融解し、傷口から体へ侵入した。途端、激痛がカルを襲う。
「ぐぅッ……!」
「
「知って、いましたよ。ッ、でも……クリスを傷つけるわけにはいかない!」
カルは次第に強くなる痛みを耐えながら、右肩を左手で抑え苦悶の表情を浮かべる。シスターはそんな少年を見下ろして、――また笑みをこぼした。
「なぜ、その少女を救おうとするのですか?」
シスターは問う。なぜ身を挺して守ったのかと。
その時、カルの背後で気絶していたクリスが朧気な意識の中、目をゆっくりと開いた。
*
(声が聞こえる。誰だろう。誰の、声だろう)。
「ねぇ、クリス」
長く汚れ、毛先が跳ねている茶髪に片目を隠された少女。碧眼を覗かせ、そう自分に問いかける。
「どうしてクリスはわたしを助けたの?」
「それは……意地悪な大人が嫌いだからよ。あんたを攫って売り飛ばそうとしてたんだよ?」
というと、碧眼の少女は分からなそうな顔をした。
「なら、わたしなんてほっといて大人を痛めつけて終わりなんじゃない? なのに、どうしてわたしに手当をして、こうやってご飯を分けてくれるの?」
ぱちぱちと焚火の音が鳴り、その周りでシチューを食べるクリスと少女、二人は夜景をみながら、真横で流れる水の音を聴きご飯を食べていた。
「それは許せなかったからよ」
「許せなかった?」
少女は首を傾げる。
「だってボクたちは子供だよ? 大人みたいに力もないし頭もよくない。そんな大人が、こんなボクたちを悪用しようとするなんて、意地の悪いことじゃない?」
クリスはそう言って、シチューを一口飲んだ。
「じゃあクリスは、頭がいいのに悪い事をする人たちが嫌いだから、わたしを助けてくれたの?」
「……まあ、そうなるわね」
クリスは気恥ずかしそうにしながら、水路に視線を逸らしてアヒル口で言う。
「……そっか!」
自分が肯定すると、――ナナはそう言って、はにかんだ笑みを向けた。それをみて自分は呆気にとられたというか、また恥ずかしくなって、顔がとても熱くなった。
「ありがとう、クリス! 大好き!」
といって抱き着いてくるナナ。彼女のぼさぼさな髪の毛がくすぐったくて、暖かくて、気持ちよくて、ボクは凄く嬉しくなった。
人と抱き合った事がなかった。
でも初めて人と抱き合ったとき、とても暖かくて、安心した。
……。
ずっと言えなかったけど、ボクはただ正義感だけであなたを助けたわけじゃない。
ボクはただ……ナナが泣いてたのが、嫌だっただけなんだ。
『やめてよ! 嫌だよ、父さん!』
父親に殴られる母を見て、ボクは果てしない無力感と後悔があった。ボクはまだ小さかったし、力もなかったから、それを見ていることしかできなくて……父が暴行で捕まり、母が病院で意識を失ったままなのも、ボクは許せなかった。
ボクはボクが許せなかった。
何も出来ない自分が嫌だった。
力がない自分が嫌いだった。
「はっ……放してください!」
そう泣き叫んで路地裏に連れ込まれそうだったナナを見たとき、ボクの体はバネのように跳ねた。飛び込んで、足蹴にして、右手の拳を振りかざした。
ボクは救えなかった母と無力な自分に、決別するために。
声が聞こえる。誰だろう。誰の、声だろう…………。
「――彼女が泣いていた。それを見て、放っておけなかったんだ!」
「…………」
その言葉で完全に意識が覚醒すると、クリスは彼の背中を見た。彼はブロンド色の短髪で、白いシャツに灰色のサスペンダー付きのパンツを履いた少年だった。
カルが叫ぶ。
「ただ僕は、彼女が探してる大事な人を見つけたい。それだけなんです!」
「…………」
その言葉を聴いたクリスティーナは、胸が締め付けられるような感情を抱いた。
*
「ただ僕は、彼女が探してる大事な人を見つけたい。それだけなんです!」
墓地に少年の声が響き渡った。
シスターは彼の声をきいて静かに俯く。少年は肩を抑え悶え続ける。だが、ひしひしと、
「ふ――」
決着がつこうとしている。
「――
「――
カルの右肩を覆うように満ちる未知エネルギーが、先ほどより大きな拳となる。それに対し、シスターは自身の血を凝固させ棘の先に棘を作り、木の枝のように分岐している物体がカルに突き出された。
カルはそれに向かい拳を突き上げ、
「撃てえぇ!」
拳を発射し、棘の物体を吹き飛ばした。しかしシスターの方が立て直しは早い。攻撃を受けた物体はすぐに爆散し、シスターの微笑みと共にまた宙で集まる。そしてシスターの背後で甲冑を三体作り、彼女は遠隔でそれを走らせる。
カルはそれを見て、自身の能力の限界を知った。
彼女の『
こう考えると、確かにカルの方が劣っていると言わざるを得ない。しかし!
カルは左手を伸ばし、今まで自分がこの場所に残した三つの
「――
唱え、弄る。自身の魔力を使い、今まで自分から分離させた赫物体を見つけ、そして線を引く。一体目の甲冑を捕えた物体、二体目の甲冑を消し飛ばした拳、そして今、棘の塊を吹き飛ばした拳――その三つの赫物体を魔力で繋ぐ。
カルは人差し指を立てた左手を頭上にあげ、呟いた。
「これが僕の答えです」
――カルが自身から切り離した赫物体が赫く光りだし、その中にいたシスター、カル、クリスは光に包まれた。
「光らせるだけ? こんなもの」
シスターは異様な光景に取り乱す事はないが、今さっき作った三体の甲冑をカルに向かわせるのではなく、光り出した赫物体へ走らせ、攻撃を命令した。
それが罠だとは知らずに。
「……
「……なんですって?」
カルは俯き冷や汗を垂らしながらそう言うと、シスターはその言葉に驚き振り返る。
そしてすぐさま甲冑に引き返せと命じるが、もう遅かった。
――光り出した三つの創造物は形を広げ、覆いかぶさるように甲冑に飛びつき、創造物は巨大なキューブになった。
そのキューブの中に甲冑を閉じ込めたのだ。
「……」シスターは沈黙しながら、紫紺の瞳でカルを睨んだ。その顔を見てカルは一本取ったと確信する。
「ずっと観察してました。あなたは僕の事を舐めすぎだ。負かすことに躍起になりすぎて、行動が読みやすかったですよ」
「…………」
「『一度に操れる血液量が決まっている』ことは見ていればすぐわかりました。だから、あなたの血液を自分の能力で隔離してしまえば、あなたは武器を失うことになる。意図していないことだったけど、僕の触れなければ物質を創造できないというデメリットは、いいブラフになるんです」
カルは右肩を抑えながら立ち上がった。刻々と痛みが酷くなっている筈なのに、カルは怯まず、そこに堂々と立った。
「決着はつきました。僕の勝ちです。さあ」
「――」
「話をしましょう」
カルは左手を彼女に差し出し問いかける。シスターは緩んだ目元で少年を見る。――そして最後に、彼女はギザギザな歯を見せて笑った。
「アハハハハ!」
「……何故、笑うんです?」
訊くと、彼女は左手で顔の半分を隠しながら、愉しそうな笑みを見せつける。そして、カルに右手を向けた。
「なぜ? それは、まだ終わってないのに、あなたはもう終わったと思っているからです」
突き出された右腕から滴る血液――から生成されたコウモリが、カル目掛けて飛び出した。
「……ッ!」
「確かに『一度に操作できる量』は決まっていますが、だからといってワタクシには血が流れてます。――いくらでも替えが利く」
作られたコウモリはカルへ突撃を仕掛けたが、
――コウモリとカルの間に立ったローブを着た人物により、その攻撃は阻まれた。
「…………」
「あなたは?」
「黒魔術」
「――!」
――蒼穹の道しるべ。
シャルロットの眼前に突き刺さった大空の欠片により、コウモリは爆散した。