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10「茨姫――」

 「僕は魔物じゃありません……」とカルは彼女の顔を伺いながら言った。


 「ですがあなたから感じるのは魔物のソレです」彼女は据わった目のままそう突き放す「亜人のワタクシでなくとも、分かります。お、そらく。あなたはその少女をたぶらかし、し、子供を喰らいにきたのでしょう。ワタクシが大嫌いな竜人と似た手を使いますね、ね」


「ち、違います! 僕は、その……確かに普通と違いますが人間です!」

「信じられませんし、信じるだけの根拠がありません。ワタクシはシスターとして、この場所を、何が何でも死守することが、義務」

「……話をしませんか?」

「対話の余地があると思いません。それは、あなたが、人のフリをした化け物だからです」


 彼女はそう冷たく言い、背後で黒い血が――棘を作る。二人の視線は交差する。カルは険しい表情になり、シスターは冷徹な表情で少年を睨む。


「人と信じてほしいのであるなら、証明をしてください。……人間であることを。そうすれば信じましょう、しょう」


 彼女は唯一の希望をカルに与える。人であることを証明せよ。と。


「……証明って、どうすれば?」


 冷たい風が吹いて、墓地に枯れ葉が飛ぶ。墓石並ぶ脇道に坐しているカルと、それを睨んでいるシスター、そしてカルの背後で気絶しているクリスティーナ。


「証明は証明です。示しなさい。ワタクシに」


 刹那、シスターの背後に構築された棘が、――クリスに向かって放たれた。


「……ッ!」

「……なるほど」


 放たれた棘に飛びついたカルは創造が間に合わず、ついに体で棘を受ける。カルの右肩を貫通した棘はすぐ液体へと融解し、傷口から体へ侵入した。途端、激痛がカルを襲う。


「ぐぅッ……!」

吸血鬼ヴァンパイアの血は猛毒であるのを知らないのですか」

「知って、いましたよ。ッ、でも……クリスを傷つけるわけにはいかない!」


 カルは次第に強くなる痛みを耐えながら、右肩を左手で抑え苦悶の表情を浮かべる。シスターはそんな少年を見下ろして、――また笑みをこぼした。


「なぜ、その少女を救おうとするのですか?」


 シスターは問う。なぜ身を挺して守ったのかと。

 その時、カルの背後で気絶していたクリスが朧気な意識の中、目をゆっくりと開いた。


 *


 (声が聞こえる。誰だろう。誰の、声だろう)。


「ねぇ、クリス」


 長く汚れ、毛先が跳ねている茶髪に片目を隠された少女。碧眼を覗かせ、そう自分に問いかける。


「どうしてクリスはわたしを助けたの?」

「それは……意地悪な大人が嫌いだからよ。あんたを攫って売り飛ばそうとしてたんだよ?」


 というと、碧眼の少女は分からなそうな顔をした。


「なら、わたしなんてほっといて大人を痛めつけて終わりなんじゃない? なのに、どうしてわたしに手当をして、こうやってご飯を分けてくれるの?」


 ぱちぱちと焚火の音が鳴り、その周りでシチューを食べるクリスと少女、二人は夜景をみながら、真横で流れる水の音を聴きご飯を食べていた。


「それは許せなかったからよ」

「許せなかった?」


 少女は首を傾げる。


「だってボクたちは子供だよ? 大人みたいに力もないし頭もよくない。そんな大人が、こんなボクたちを悪用しようとするなんて、意地の悪いことじゃない?」


 クリスはそう言って、シチューを一口飲んだ。


「じゃあクリスは、頭がいいのに悪い事をする人たちが嫌いだから、わたしを助けてくれたの?」

「……まあ、そうなるわね」


 クリスは気恥ずかしそうにしながら、水路に視線を逸らしてアヒル口で言う。

「……そっか!」


 自分が肯定すると、――ナナはそう言って、はにかんだ笑みを向けた。それをみて自分は呆気にとられたというか、また恥ずかしくなって、顔がとても熱くなった。


「ありがとう、クリス! 大好き!」


 といって抱き着いてくるナナ。彼女のぼさぼさな髪の毛がくすぐったくて、暖かくて、気持ちよくて、ボクは凄く嬉しくなった。

 人と抱き合った事がなかった。

 でも初めて人と抱き合ったとき、とても暖かくて、安心した。


 ……。

 ずっと言えなかったけど、ボクはただ正義感だけであなたを助けたわけじゃない。

 ボクはただ……ナナが泣いてたのが、嫌だっただけなんだ。


『やめてよ! 嫌だよ、父さん!』


 父親に殴られる母を見て、ボクは果てしない無力感と後悔があった。ボクはまだ小さかったし、力もなかったから、それを見ていることしかできなくて……父が暴行で捕まり、母が病院で意識を失ったままなのも、ボクは許せなかった。

 ボクはボクが許せなかった。

 何も出来ない自分が嫌だった。

 力がない自分が嫌いだった。


「はっ……放してください!」


 そう泣き叫んで路地裏に連れ込まれそうだったナナを見たとき、ボクの体はバネのように跳ねた。飛び込んで、足蹴にして、右手の拳を振りかざした。

 ボクは救えなかった母と無力な自分に、決別するために。


 声が聞こえる。誰だろう。誰の、声だろう…………。


「――彼女が泣いていた。それを見て、放っておけなかったんだ!」


「…………」


 その言葉で完全に意識が覚醒すると、クリスは彼の背中を見た。彼はブロンド色の短髪で、白いシャツに灰色のサスペンダー付きのパンツを履いた少年だった。

 カルが叫ぶ。


「ただ僕は、彼女が探してる大事な人を見つけたい。それだけなんです!」

「…………」


 その言葉を聴いたクリスティーナは、胸が締め付けられるような感情を抱いた。


 *


「ただ僕は、彼女が探してる大事な人を見つけたい。それだけなんです!」


 墓地に少年の声が響き渡った。


 シスターは彼の声をきいて静かに俯く。少年は肩を抑え悶え続ける。だが、ひしひしと、


「ふ――」


 決着がつこうとしている。


「――赫拳レッド・ナックル

「――血稚けっち、茨姫」


 カルの右肩を覆うように満ちる未知エネルギーが、先ほどより大きな拳となる。それに対し、シスターは自身の血を凝固させ棘の先に棘を作り、木の枝のように分岐している物体がカルに突き出された。

 カルはそれに向かい拳を突き上げ、


「撃てえぇ!」


 拳を発射し、棘の物体を吹き飛ばした。しかしシスターの方が立て直しは早い。攻撃を受けた物体はすぐに爆散し、シスターの微笑みと共にまた宙で集まる。そしてシスターの背後で甲冑を三体作り、彼女は遠隔でそれを走らせる。


 カルはそれを見て、自身の能力の限界を知った。

 彼女の『血稚けっち』は生成物に触れていなくても操れる。対しカルの未知エネルギーから作る創造品は、あくまで触れる事が条件である。血を操る彼女の異能と持病の副産物を魔力で形作るだけのカルとは本質がまるで違うため、能力は似ているが、似た芸当は出来ない。


 こう考えると、確かにカルの方が劣っていると言わざるを得ない。しかし!

 カルは左手を伸ばし、今まで自分がこの場所に残した三つの赫物体未知エネルギー創造物を確認し、


「――魔同共鳴レゾナンス


 唱え、弄る。自身の魔力を使い、今まで自分から分離させた赫物体を見つけ、そして線を引く。一体目の甲冑を捕えた物体、二体目の甲冑を消し飛ばした拳、そして今、棘の塊を吹き飛ばした拳――その三つの赫物体を魔力で繋ぐ。

 カルは人差し指を立てた左手を頭上にあげ、呟いた。


「これが僕の答えです」


 ――カルが自身から切り離した赫物体が赫く光りだし、その中にいたシスター、カル、クリスは光に包まれた。


「光らせるだけ? こんなもの」


 シスターは異様な光景に取り乱す事はないが、今さっき作った三体の甲冑をカルに向かわせるのではなく、光り出した赫物体へ走らせ、攻撃を命令した。

 それが罠だとは知らずに。


「……魔同共鳴レゾナンスは魔力で導線を繋いで、――触れずとも僕の創造物を操ることができる技です」

「……なんですって?」


 カルは俯き冷や汗を垂らしながらそう言うと、シスターはその言葉に驚き振り返る。

 そしてすぐさま甲冑に引き返せと命じるが、もう遅かった。

 ――光り出した三つの創造物は形を広げ、覆いかぶさるように甲冑に飛びつき、創造物は巨大なキューブになった。

 そのキューブの中に甲冑を閉じ込めたのだ。

 「……」シスターは沈黙しながら、紫紺の瞳でカルを睨んだ。その顔を見てカルは一本取ったと確信する。


「ずっと観察してました。あなたは僕の事を舐めすぎだ。負かすことに躍起になりすぎて、行動が読みやすかったですよ」

「…………」

「『一度に操れる血液量が決まっている』ことは見ていればすぐわかりました。だから、あなたの血液を自分の能力で隔離してしまえば、あなたは武器を失うことになる。意図していないことだったけど、僕の触れなければ物質を創造できないというデメリットは、いいブラフになるんです」


 カルは右肩を抑えながら立ち上がった。刻々と痛みが酷くなっている筈なのに、カルは怯まず、そこに堂々と立った。


「決着はつきました。僕の勝ちです。さあ」

「――」

「話をしましょう」


 カルは左手を彼女に差し出し問いかける。シスターは緩んだ目元で少年を見る。――そして最後に、彼女はギザギザな歯を見せて笑った。


「アハハハハ!」

「……何故、笑うんです?」


 訊くと、彼女は左手で顔の半分を隠しながら、愉しそうな笑みを見せつける。そして、カルに右手を向けた。


「なぜ? それは、まだ終わってないのに、あなたはもう終わったと思っているからです」


 突き出された右腕から滴る血液――から生成されたコウモリが、カル目掛けて飛び出した。


「……ッ!」

「確かに『一度に操作できる量』は決まっていますが、だからといってワタクシには血が流れてます。――いくらでも替えが利く」


 作られたコウモリはカルへ突撃を仕掛けたが、


 ――コウモリとカルの間に立ったローブを着た人物により、その攻撃は阻まれた。


「…………」

「あなたは?」

「黒魔術」

「――!」


 ――蒼穹の道しるべ。


 シャルロットの眼前に突き刺さった大空の欠片により、コウモリは爆散した。



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