「黒魔術、蒼穹の道しるべ」
「……!」
周辺の咳をしていた男たちはシャルロットの言葉に戦慄し、煙で悪い視界の中、驚愕した。しかし、彼らが想定した最悪の展開であった暗闇からの攻撃はなく、一瞬安堵したのだが、煙が薄く晴れたとき、中心に立っていたシャルロットが、右手で掴んでいた物を男たちは見た。
『蒼穹の道しるべ』で現れた巨大なガラスの破片を、シャルロットは手にしていた。その巨大な破片を顔の前に構え、シャルロットは真紅の眼光を輝かせ。
「――『
「ひっ」
疾走し煙を裂きシャルロットは
切られた男たちは血しぶきを上げるが、殺すつもりはないので身動きできない程度に足や手を傷つけた。煙が完全に晴れていないことと、シャルロットの動きが早いことにより、反応できずまた一人切られていった。その時、シャルロットの背後で、
「くっ! 魔術、熱線!」
先ほど雷光を打った魔術師は、焦った様子で杖を構え呪文を唱える。すると杖の先から炎が沸き上がり、魔術師が力を籠めて杖を振ると、その炎はシャルロット目掛け飛ばされる。
「――っ」
だがその一手は無意味に防がれる。シャルロットは詠唱に気が付き炎を視界にとらえると、――その位置に薄いガラスが突き刺さり、熱線を防御した。
『
蒼穹は、何をされても破壊できない。
魔術の理不尽さは、理屈が通用しないところだ。
「なにッ⁉」
「はああああああ!」
シャルロットはローブを揺らし突進をしかけ、魔術師を無力化させた。そしてシャルロットは一閃、一閃と空気を切り、的確に急所を避けながら無力化することだけを心掛け駆け抜ける。このままいけば敵全員、シリウス含め無力化し、役割が一つ完結する。
その時だった。
「――――は?」
全身がむずがゆくなる。身体に生じた違和感に動きを止め、刮目したシャルロットは違和感を探る。それは攻撃ではなかった。
――チビが騒ぎ始めた感覚だった。
「――――」
動きが止まる。
この局面を切り抜けられそうだったのに、途端に思考が停止する。チビが騒いでいる。これは私に向けての騒ぎ方。
すなわち、カルの方で何かがあったということだ。
止まり、戸惑い、動けなくなる。
「うおおおおお!」
そんなシャルロットの背後から――男が一人近づいて、叫びながらナイフを振り下ろした。
「……うるさいっ」
呟くと、シャルロットの左耳あたりで魔法陣が出現し、そこから瞬時に『紫の剣』が放たれ、背後から切りかかった男はそれを避けるために思いっきり体のバランスを崩した。
次の瞬間に、シャルロットは階段で恍惚に笑っているシリウスを睨んだ。
「あんたら、何が目的よ」
このタイミング。襲撃の事前バレ。からの待ち伏せ。全ての今起こっている事を加味し、そしてシャルロットは導き出した。シャルロットは探偵ではないが、その謎はあまりに分かりやすく、そして自分が来るときに忌避していた、訪れるかもしれない『嫌な想像』そのものだった。
そう訊くとシリウスは口を開いた。
「新しいお得意さんは珍しいものをくれてね。お金やら黒機やら魔術師やらを俺らに提供してくれたよぉ。そしてぇ、その代わりに、俺たちにとある『依頼』をしたいと申し出た。……それは、お前の足止めだ」
「――っ!」
シリウスはシャルロットに短剣を向けながら、声の高揚から愉悦を隠さずに呟いた。シャルロットは奥歯を噛みしめた。
――線と線が繋がり、思わず鳥肌が立つ。
やはりハメられていた。シャルロットはこの街でずっと狙われていたのだ。考えすぎかなとも思っていた。気にしすぎだって言い聞かせてた。だがその油断に付け込まれた。
聖都ラディクラム……!
シャルロットはすぐさま考える。どうしたらいいのか、そしてどうすればいいのか。
既に心配で頭がどうにかなりそうで、冷静さは崩れていた。
「おいおい、魔女さん。まさか無視して逃げる気じゃないよな?」
「…………」
「もうちょっとだけ付き合ってくれよ、せっかくさぁ――」
シリウスは高揚感をひた隠しにせず階段を降りる。そして天井を眺めながら、
――刹那に、建物が轟音だし崩れていった。
「――っ⁉」
壁は崩れ落ち、地面は揺れ、屋根は落下した。
建物は倒壊し、曇り空が顔を出す。倒壊には玄関ロビーだけ巻き込まれなかった。それ以外の箇所が潰れた。そして、シャルロットは曇り空の下で、シリウスが目配せした場所を見るために、恐る恐る振り返ると。
そこには女性が立っていた。
「あらやだ、魔女なんていうから老けたババアがくると思ってたのに、あたしよりちっこいのが来るなんてね」
獣の皮で作られた上着を羽織り骨の首飾りをつけ、黒いズボンを履いた女性が、凶悪な笑みを浮かべて立っていた。その人物が誰か分からなかったシャルロットは、情報量で頭がパンクした。しかしその答え合わせは、すぐさま行われた。
「紛争の時はお世話になったわね。あんたが最近捕まえた若いのは、騎士の元でよろしくしていたかしら」
「……どういうこと? あなたは」
凶悪な笑みを浮かべながら、女は意味深な事を述べる。それに更に混乱したシャルロットは絶望した顔をみせて、にわかに理解が追いついたとき、激しく憎悪を抱いた。
その様子をみていた女性は、シャルロットの表情を楽しむように笑ってから。
「笑える。――あたしの名前はカローラ。『バルキリーの聲』のリーダーよ。本当は『ウバの牙』と敵対していたんだけどね、仲介人が素晴らしい提案をしてくれてさ、面白そうだから乗ることにしてみたのよ。ごめんねぇ無名の魔女さん。怖いよねェ?」
「笑える」と枕詞にカローラは呟いて、シャルロットの顔を見てゲラゲラ笑った。
体が凍りつくような戦慄が走った。
二組織の共謀が、こんな形で実現しているとは、想像できなかった。
全ては、計算されていた。
そして、用意周到さに焦燥感が加速する。
――カルの方では、今まさに何が起こっているのか?
不安が胸を締め付ける。