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13「この新聞こそが、さっきの暴動の元凶です」

「……ナタくんのお父さん?」


 見上げるとそこには金髪の騎士の背中があった。彼は現場を眺めているだけのようだった。

 刻一刻と、現場の熱は上がっていく。


「落ち着けるわけあるかクソ野郎が! 俺らはなぁ、あの紛争であり得ないほどの被害被ったんだ。お前ら税金泥棒がしっかりと働かねえから、俺らがどんどん稼げなくなっていく。飢え死にさせてえのか、アアン!」

「そうだそうだ!」


 その言葉でシャルロットははっとした。ナタの父親がどうして忙しかったのかを思い出したのだ。

 それはあの『紛争』である。紛争の影響で、街の人々に鬱憤が溜まっていた。街の近くで起る占領、戦闘、魔術に数々は想像する必要がないくらいに迷惑だったはずで、彼らはきっとそれに怒ってこの場所に詰めかけているのだと推理できる。

 「…………っ」とシャルロットは息を呑む。


 紛争の影響、それはこの街にいればひしひし伝わってきた。この街にやってきたと同時に終わった紛争、だから、直接的な実感等はなかったのだが、今思うと確かにヒントはあった。ナタの父親の件もそうだが、街に漂う負の雰囲気と時折聞こえる『紛争』の単語。そうだ。全ては過ぎた嵐だと思っていたが、そうではなかったのだ。


「繰り返し、申し上げますが!」


 熱量がますます増えた一団に立ち向かう声がある。

 兜を装着していた騎士はもう一度勇気を出し、声高らかにその一言を喋った。一斉に静かになり、入口付近にいた多数の暴徒と、ロビーで暴れていた一人の男が静止する。


「一昨日の新聞に掲載された事件について、我々も調査中です。まだまだ分からない事や究明していることが多々あります。皆さんの不安は分かりますし、怒りの矛先が我々にくるのも十分理解できます。皆さんにご不便ご迷惑をおかけしているのも、分かっています! なので、もう少々お時間をください。関係性を明らかにし、必ずや、奴らを捕まえますので」


 彼は正々堂々と胸を張り、強い意志で啖呵を切った。

 場は静まり返り、熱が一気に覚める暴徒たちは、ボソボソと何か小言を言い始めたが……、


「それはいつの話になるんだよ」


 一番前に出て、シャルロットを突き飛ばし、そして啖呵を切った騎士の前にいた人物が、低い声で淡々と言った。


「……だから、お時間を」


 騎士は繰り返すようにいうが、その男の表情は変わらず、影がかかっていた。

 そして――次の瞬間、糸が切れるような音と共に、男は激しい感情を、爆発させた。


「だからいつまでなんだよ! その間、俺らの日金が無くなったっていいってことかよ!」

「そ、それは……」

「うちのガキが飢え死んでもいいんてんのか! 俺が死んでもいいんてんのか! 農家の動物が死んでもいいってか! 物資が足りなくなってもいいってのか!」

「ですから!」

「ちっ――」


 騎士と男の言い合いは激しくなり、受付嬢が怯え、入口にたむろする一団も若干引いていた。そのくらいに男の言い方には圧があり、嫌味があり、そして正論であった。

 ふと舌打ちが響いた。同時に、足を踏み出す音がロビーに響き渡った――。

 ゴツンと、何かが破裂したかのような鉄の音が響いた。


「……!」


 大きな鐘音のような不快音が鳴り響く。

 目を見張ると騎士は激しく横転しながらテーブルを倒して地面にて脱力する。流石の事態に、先ほどまで顔を真っ赤にして苛立っていた男は、真っ青になりながら息を荒くしていた。

 キャー。と甲高い声が響いてもおかしくないくらいの嫌な時間が流れた。男の乱れていく呼吸と、意識を朦朧させる騎士の息遣いのみが、静かに不安を煽っていた――。


「そこまでだ」


 そのタイミングでやっと、シャルロットの目の前に立っていた金髪の騎士が鎧で地団太を踏んで、全員の注目を集めた。次に、声を張った。金髪の騎士の声はよく通る声だった。


「これ以上争っても仕方がありません。現状我々が街の方々に言えるのは『信じてほしい』のみであり、それ以外の事は何もかも調査中であります。皆さんの不安、焦燥はごもっとも。しかしその怒りで目の前が見えなくなり、結果他人を害してしまっては、待ち受けるのは秩序の瓦解であり、それこそ奴らの思う壺です。故に、一度冷静になってほしい」

「…………」


 そして金髪の騎士は、真っ青になり立ち尽くしている男に、鋭い視線を送って。


「これ以上の狼藉は見逃せない。即刻立ち去ってください。まだあなたも思い直せる」

「……」

「怒りを振うだけに徹すると、あなたはただの無責任ですよ。思考できるのなら、自制を覚え自らを律しなさい。それが出来ないなら、あなたは子育てをするな」

「な、なにを」

「考え直せと告げている。今なら部下を殴ったことを見なかったことにしてやるから、あなたは即刻、この場から立ち去りなさい。なにより、他の方のご迷惑だ」

「……ぅ」


 金髪男の迫力におののいて、男は後退る。

 その青い瞳から発せられる眼光、瞳の中で静かに揺れる怒り。

 燃え立つ正義感が、男に通告した。


「ひっ、ず、ずらかるぞ」


 男は真っ青のまま裏返った声でそう言い、足早に入口から出ていく。それに続くように、入口で騒いでいた数人もぞろぞろと建物から離れていき、いつの間にか室内には静寂が漂っていた。


「大丈夫か、ラリー」


 金髪の騎士は暴徒の鎮圧を見届けてから倒れていた騎士に近づく。そうして倒れていた騎士の頭をさすりながら、兜を脱がした。


「まさか、血が」


 中から出てきたのは茶髪童顔の男性だった。そしてその額には、赤い血が伝っていた。怪我をしていたのだ。

 「だ、大丈夫ですジェパード先輩……。すみません、力足らずで」と彼は苦しそうに云う。


「いい。俺も間に入る機会を完全に見失ってしまったし、あの場で何を言っても無駄だった。お前に体を張らせる予定はなかったんだがな」


 金髪の騎士――ジェパードと言われた男はふっと笑いかけ、ラリーは受付から飛び出してきた女性に介抱された。

 そんなシャルロットには、変な後味が残った。


 *


「見苦しい物を見せましたね、シャルロットさん」


 木造の床を歩きながら、壁にかかっている絵画を茫然と眺めている彼女は、心ここにあらずといった具合である。もちろんその理由は先ほどのトラブルのせいだ。

 シャルロットは絵画を眺めながらジェパードについていく。


 「ねえジェパードさん」ぽつりとそう零すと、ジェパードは平然そうな顔のまま振り向いた。


「おや、名前を憶えてくださいましたか。フルネームはジェパード・クラムですので、どうせなら覚え」

「――紛争は終わったはずよね。どうしてこうなってるの?」


 ……シャルロットは、疑問だった。紛争が終わったはずの今、何故また再熱しているのか。

 「元々紛争の理由は、このカシーアの地下空洞にある『鉱脈』のせいなんです」ジェパードははきはきと喋り出し、前方を向いたまま説明を開始する。


「……鉱脈?」

「ええ。一年前、この西のカシーアを中心添えたときの縁に、何個か洞窟が発見されました。その洞窟の内部には『金』『銀』『魔石』という高価で取引されるものの鉱脈の一部が発見されました」


 「ほう」とシャルロットは興味深そうに呟く。


「その洞窟を線で繋ぎ、そして見つかった鉱脈の位置から、とあることが導き出されたんです。それこそが――西のカシーアの地下に、巨大な鉱脈が眠っているという結論でした」

「な、なるほど。でもそれって、想像の範疇を出ていないわよね?」

「仰る通り。あるのかさえ不確実な鉱脈の存在。だが連中は、それを嗅ぎつけました」

「……連中?」


 そこまで言って金髪の騎士はドア前で止まり彼女に振り返る。そしてドアノブを片手で強く握って、「『ウバの爪』と呼ばれるギャングと、『バルキリーの聲』という強盗団です。彼らが西のカシーアの地下資源を巡り争った。それがあの紛争でした」

 言いながら目の前にドアを開くと、――そこにはぎっしりと壁に貼り付けられた資料と、ジェパード以外の三人の騎士が真剣な面持ちで立ち上がった。

 シャルロットは三人の視線に晒されながらも部屋を長め、そしてやっと自分が呼ばれた意味を理解した。


「シャルロットさん。あなたが捕まえた男と押収した黒機『天候操作基盤』ですが、事情聴取の結果、その二組織に関わりがあると判明したのです」


 用紙を一枚持ち出し彼は、シャルロットに手渡した。


「これが一昨日の新聞です。前提として、あなたが捕まえた男の情報を我々は何一つ漏らしていません」


 手渡された新聞を見ると大きな一面にはこう書かれていた。


 ――『また職務怠慢か⁉ ウバの爪、バルキリーの聲の関係者が騎士団に確保される。情報によると、数日前から降り続いていた異常気象の元凶として逮捕されている模様です。現在騎士団はこの情報をひた隠しにし独自に調査を行っているようですが難航しており信用できません。……加え、自社独自に調べた情報によりますと――もう一度『紛争』が起こる可能性が非常に高いと考えられます。今後の二組織の動向に警戒するべきです』


 つらつら書き連ねている文章からは断片的な情報とあからさまな決めつけが散見され、読んでいるシャルロットでもその異様さはすぐわかった。

 「何よこの新聞。まるで街の人たちの不安を煽るような……」と言い、新聞を両手で持ちながら瞠目してジェパードに視線を移すと、


「そうです。この新聞こそが、さっきの暴動の元凶です」


 ジェパードはきっぱりとそう言い放った。


「――――」


 見知らぬ悪意があった。

 街を包む暗雲の中に、誰かの悪意が蠢き揺さぶる。人々の不安を仰ぎ、弄び、そして喰らう邪悪が居る。悪意を用い命を軽視する奴らが、利己の為に他者を不幸にすることを厭わない悪魔が、

 どうやらきな臭い思惑が、この街には漂っているようだった。


「シャルロットさん。改めてお願いさせてください」


 金髪の騎士、ジェパードは改まる。もうここまで来て知ってしまった以上、逃げるという選択肢がシャルロットにはない気がした。

 シャルロットは沈黙を選んだ。

 ジェパードは言う。予想していた最悪の言葉を口ずさんだ。


「『お使い屋』としてではなく、無名の魔女として、四ヶ月前の紛争を終わらせた・・・・・・・・・・・・・あなたなら、今回もお手伝いをしてくださいませんか?」


 ジェパードは告げるとすぐ膝をついた。それを聴き届けて、やはりとシャルロットは心底呆れる。

 そして同時に驚愕した。


 四ヶ月の紛争を終わらせたのがシャルロットであると、バレていたからだ。




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