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12「やけに手際がいいことで」

 西のカシーアでは少し前まで紛争が起こっていたことは度々語っているが、その紛争について具体的に語るのは初めてだと思う。

 その紛争はカシーア周辺に根を張っているとされるギャング集団と強盗団の仕業である。彼らが街の縁で、縄張り争いをする過程で両者の逆鱗に触れ、それは爆発的に巨大な抗争へと発展した。

 駐在の騎士達も総力を挙げその紛争に参入しようと銘打ったが、ギャング側が所持しているとみられる黒機こっきによる攻撃と圧倒的な人数攻撃により、結局は数十人の負傷という形に落ち着く。そうした過程を終えて、近場の都市から新しく騎士が派遣されるまで、ギャングの紛争は野放しになっていた……。


「……はあ」


 曇り空の元を歩き、憂鬱な気持ちをまるで隠し切れないシャルロットは、今日五度目のため息をついた。


 朝の事である。

 まず、つい数週間前の豪雨を止めた事件を覚えているだろうか?

 その時、あの犯人を騎士に引き渡し、面倒ごとを避けるためにそそくさと逃げた。だが、何故かこの日の早朝、あの時の騎士が、なんと部屋の前に立っていた。

 とりあえず知らない顔をしてやり過ごそうとしたが、結果虚しく通り過ぎかけたのに肩をがっしりと掴まれ、捕まってしまったのだ。


「――――」


 それで、その男が眼前の人物である。

 白の鎧に薄青色のマント、頭に兜は被っていないから素顔は見えており、金の刈り上げた髪型に細い目元、そして青い目が特徴的な勇敢そうな男性だった。


「あなたの事をここ数日間探し続けていました」

「それは大変でしたね」


 男はハキハキとした声色で云う。シャルロットは不貞腐れて応えた。


「とにかく、無事のようでなによりだ」

「それはよかったですね」


 次は興味が無さそうに突き放した。すると、流石に気取ったようで男は振り返り、美形の顔面をこちらぬ向けた。


「……俺と話すのが嫌みたいですね。騎士はお嫌いで?」

「それはそうですね」


 無感情に肯定した。男の眉がくしゃっとなる。


「あの……何か気に障ることをしてしまったのでしょうか?」


 流石に怒気が含まれた言葉が返ってきて、シャルロットはへたれにも狼狽えたような表情を見せた。

 「……別にそうじゃないけど」と口先を尖らせて言う。


「ではなぜヤケになっていらっしゃるんです?」


 金髪の騎士は鎧を鳴らしながら、苛立ちの表情を隠しきれていない様子だった。

 (弱った……)そうシャルロットは心で想う。


「そりゃ、騎士様が私に声をかけてくるなんて大抵たかが知れているからですよ」


 理由を語るか語らないかの二択があったものの、彼の顰蹙を買ってしまったばかりに、嘘は自然に憚られた。故に考えてから、また口を尖らせ気まずそうに説明する。


「それはよかったですね。お使い屋さん」

「うぬぬ」


 ――シャルロットはそこで明確に狼狽えた。

 そう、シャルロットにとって『お使い屋』という肩書はとても気に入っている。だが、その単語が騎士から出る・・・・・・ということは、どうなるか分かり切ったようなものなのだ。

 白の鎧の男は両目をそっと閉じ、息を吸ってから右手を差し出した。その手は開かれる。どうやら握手を求めているようだった……。


「騎士団に協力していただきたい。無名の魔女、シャルロット」

「…………」


 『お使い屋』という肩書上、依頼として連行されてしまうと、シャルロットはめっぽう弱るのだった。


 *


 騎士団本拠地は石のレンガで作られた要塞のような建物である。

 この西のカシーアは都市未満街以上といった人口であるからか、この街の規模に合わせた作りでさほど立派な訳ではない。建物の正面には優雅にカーブを描くアーチ型の木造ドアがあり、そのドアは鉄か何かで硬く補強されていた。入口に突っ立っていた二人の見張りに金髪の騎士が話しかけると、二つ返事でドアが開く。


「やけに手際がいいことで」


 と変な箇所に対し小言を言うと、金髪の騎士は平然とした態度で、


「特例ではありませんよ。ここは常に開いております。残念でしたね。さあこちらへ」


 室内へ嫌々入ると、目の前には開放的な空間にカウンターが設置されており、そこに数人の受付嬢と鎧を脱いだ騎士たちが談笑している。どうやらここはロビーのような場所みたいだ。

 そして気が付いたのは、少なくないくらいの住民が受付の前にたかっていることだった。

 ……十人くらいだろうか? どうやら何かを必死に訴えているようで、掲げられた変な手ぬぐいにはそれなりの悪口が縫われていた。

 (嫌味な人もいるものね)なんて他人事の感想を抱く。同時に、(騎士団本拠地はこうも繁盛するものなのだろうか?)とシャルロットは疑問に思った。

 するとすぐさま眼前の金髪の騎士は振り返り、また右手を差し伸ばしてきた。真っ直ぐで誠実そうな顔面からくる圧力は、騎士の威厳を体現していると不愉快ながら感じる。


「目の前に人混みがあります。迷子にならないよう、手を取って頂きたいのですが」

「……別にこのくらいなら大丈夫よ」

「ですが」

「いいって言っているのよ。あの程度の人混みくらいで私が迷子になるとでも?」

「いえ、俺の見立てだとあと数分で……」


 眼前の男がそう言いかけたところで、シャルロットの背後で大きな打撃音がした。


「この野郎!」


 途端、喉を焦がすような一喝が室内に響き、思わず振り返る。――そこには昔、どこかで見た事がある男を含んだ集団が、入口の見張りの騎士を乗り越え突撃してきていた。中年くらいの男女が束になり、血相険しく攻め込む様子は、迫力があり素直に怖く感じる。


「え?」

「遅かったか」


 シャルロットの戸惑い声と共に金髪の騎士は悔しそうに呟いた。


「うわっ!」


 次の瞬間、背後からシャルロットを突き飛ばし先陣を切って飛び込んだ男がいた。その男は集団の最前列にいた男性で、おでこに血管が浮き出ており顔は真っ赤に怒っている。そして大きく口を開くと、

 「どういうことだァ! お前ら言ったよなァ!」と汚らしく唾を吐き捨てながら、耳鳴りが誘発されるくらいの音量で叫んだ。

 現場は静まり返る。


「お、落ち着いてください」


 すぐさまその男に向かって顔に兜をつけた騎士歩いていった。

 声色からの想像だが、とても困っているようだ。


「いてて……え?」


 シャルロットが見上げると、金髪の騎士が自分を守るように立っていた。

 しかしすぐ「落ち着いてられっか!」と男の破裂したような怒号で意識がそちらに強制される。男の発狂と共に、続いて入口で立っている他の人間も口を開いた。


「そうだそうだ! いつになったらこの街は平和になるんだ!」

「なんで私達だけが怖い思いしなきゃいけないのよ!」

「仕事しろよ税金泥棒!」


 罵詈雑言の嵐が、兜を被っている騎士を一歩引かせた。


「おっ、落ち着いてください。確かにみなさんが不安なのは分かります……」


 だが腐っても騎士であろう彼は勇気を出し、代表して暴徒を落ち着かせようと両手でジェスチャーをしながら言い聞かせるが、しかし、それだけでは到底収まる訳がない熱気が、既にロビーには漂っていた。

 その時やっとシャルロットは思い出した。


「……ナタくんのお父さん?」


 集団の中に、数日前に依頼をこなした森の魔物討伐、その時に依頼主だったナタと泣いて和解していた男が紛れ込んでいたのだ。シャルロットとナタの父親は面識が殆どない。お酒を貰う時にちょっと話した程度である。

 だが、そんなことはどうでもいい。シャルロットが気にかけたのは、――どうしてここに彼がいるのかである。




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