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11「『四大魔女』を知っているかい?」

 「さて、口直しに一つ面白い話をしてやろう」と仕切り直し、ガーデルは薄目でそう述べ、


「――カルくんは『四大魔女』を知っているかい?」


 唐突に飛び出した単語に、カルは耳を疑った。


「知ってはいますけど、本で読んだくらいですね」

「なるほど。――『四大魔女』というのは、魔術を極めた現代の伝説のことを指す」


 四大魔女。

 魔術の最高到達点である魔女の今の所在はもはや誰も知らないが、いつまで経っても色褪せる事のない、ただ一つの『原色』。

 魔術の金字塔。それが魔女である。


「正体不明、所在不明、だが力だけは確かである。そして、その中でもっと恐ろしい大災害は、四大魔女の一角である『死の魔女』だ」

「死の魔女……?」


 『死の魔女』の話は魔女の中でも有名人・・・・・・・・・であり、趣味の読書から出てくる人物としてカルでも認知している。道行く土地、空、そして生物の命を終わらせ死に至らせてしまう絶望の存在。


「そんな存在と、儂は一度だけ遭遇したことがある」

「えっ⁉」


 思わぬ言葉にカルは耳を疑った。


「嘘みたいだろう。だがこれは本当の話なんだ。あれは儂の、脳に深く刻まれた、苦い記憶だ。――騎士として任務に就いていた頃、深い森の中で、あの『死の魔女』と出会ったんだ……」


 こうして語られたのは、四十年前の、死の記憶だった。


 *



 とある任務で深い森の中を彷徨っていた。

 その日は暑く、昆虫の声がうるさく鳴いている森林の中で、我々は崖下に女が立ち尽くしているのを目撃した。

 長い長い黄金の髪に黒いドレスに灰色の薔薇をドレスに縫い込んだ、息を呑むほど美しく着飾った女が、崖下でじっと静止していた。

 まだその時、我々はその存在をただの遭難者だと思っていた。加え、身なりから感じる高潔で麗しい雰囲気に、彼女は『辺境伯の一人娘』のような身分なのではないかとも同僚の口から予測されていた。だがそうではないと分かったのは、次の瞬間だった。


「――――」


 女は何かを呟いた。はっきりと聞き取れた訳ではない。だが、我々の脳内にその声が響くと、刹那、――森が影に呑まれた。


「な、なんだ!」


 影は地面を伝い、木々を喰らい、空に雲を生み出した。青空が赤い空に反転し、彼女が一歩進むと、地面は灰をまき散らしたかのように死滅して、我々が足場にしていた崖にひびが入り、途端、儂含めた数人の騎士は即断ですぐさま足で飛び上がった。

 だがそれでも間に合わなかった者は、瞬きの間に体を灰に変えられ、死んでしまった。

 魔術を用いどうにか足場を生成し難を逃れた我々だが、何が起こったのかを理解する間もなかった。

 灰の伝播は早かった。

 一帯の森がすぐに墨色に覆われ、塵となり、あんなに昆虫でうるさかった森が瞬時に静寂に包まれた。その様変わりに戦慄した。そして同僚の一人がおもむろに呟いたんだ。


「……死んだ」

「……なに?」


 声で振り返ると、彼は真っ青な顔をしていた。

 それはもう、狂人の顔だった。


「死んだ。し、死んだんだ。森も、大地も、空も、空気すらも、命すらも!」

「おっ、おい! 落ち着けって!」


 儂は彼の脇腹を抑えつけた。――死に直面し、精神を支えている歯車の締め付けが弱まったんだ。彼は悍ましい力で叫び散らかし、儂が意識を奪うまで妄言を勢いよく吐いておった。


「嫌だ! 死にたくない。俺はまだ死にたくない! 嫌だ、嫌だ! うわあああ」

「馬鹿っ! 落ちたいのか⁉」

「――あいつは死の魔女そのものだ! そうにちがいねえ! もうすぐ空気すらも殺して、俺らに死神の鎌を!」

「くっ! ガーデル! そいつを抑えていろ!」

「は、はい!」

「放せ! 死ぬもんか! 嫌だ、う、うああああああ!」


 そんな常軌を逸し、狂乱と混乱の最中でも、儂は次の瞬間をはっきりと捉えることが出来た。


「――っ」


 オルガンの音が高らかに鳴り、まるで天外に聖歌隊がいるような音色が、全員の頭を貫通した。

 黒い羽根が空を漂い、灰が舞い上がった。赤い空が、漆黒の森を照らした。そんな中に唯一立っていた金色の女性が、途端に、空で四苦八苦している我々に―― 一瞥した。


「…………」


 刹那、灰が凝縮した六本指の巨大な腕が、我々の二メートル下まで急速に接近した。だがその黒い手はその位置で静止し、唖然として眺めていると、作られた腕の根元がすすを漏らし崩れていた。どうやら高度があったから、魔女の『死』が届かなかったみたいだった。


「ひ、ひっ」


 死にかけた。その巨大な腕が崩れていくのをみながら、同時に、儂は彼女をみた。


「…………」


 金髪にハイライトがない黒目が印象的で、美貌に似合わない黒い血を、口の端からたらしていた。彼女を思い出す度に、『死』という恐怖を思い出すことが、できるのだ。



 *



「……生き延びたんです?」


 話が終わり、カルは興味深そうに訊くと、ガーデルは優しい笑みを浮かべた。


「ああ。運がいいことにね」


 確かに生きる伝説と遭遇した話は、とても面白く興味深かった。

 カルは夢中になり話を聞きながら、クッキーをもう一度齧った。



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