目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

18「……祭儀」

「依頼通りに行ってくれたわね」


 静けさが戻った路地裏、本格的に降り始めた雪を手に乗せラクテハードはぼやいた。


「ラクテハード」


 その背後をついて歩く青年、ザバクが名を呼ぶと眼前の女は毛ほども気にしていない様子で「何よ」と問う。

「ぼくたちはほんとうに追わなくていいの?」


 ザザ・バティライトに場を任せ、シャルロットとカルの探索及び捕縛を任せている現在、二人は場を離れ次の予定地へと出向いていた。あの標的が罠(聖書を渡したクズたち)にかかったタイミングが悪く、次の予定には遅刻してしまいそうで、心なしかラクテハードは苛立ちを隠せずにいる。


「いい? 街中で私達が戦闘してみなさいよ。それこそ本当に、オーロラ王女の信用がなくなるじゃない。ただでさえ堕ちるとこまで堕ちている信用が、更に暴落してしまうわ」

「ザザに任せていいのかい? それに、いちおうシャルロットと同じ捕獲対象だとおもうけど」


 聖都ラディクラムが、魔女の卵の存在を認知したのは最近のことだ。無名の魔女という都市伝説を追うついでに出会った傭兵により、その存在はラディクラムに認知された。

 傭兵――ザザ・バティライト。彼の伝説は有名だ。


 『金の亡者』という通り名がある彼も、ラクテハードらが追っている『魔女の卵』の一員であることは周知の事実である。だが、ラクテハードら司教がザザにだけは手出ししないのは、訳がある。


「ザザ・バティライトが何故、金の亡者という通り名がついたと思う?」

「……」


 ザバクは分からず黙ると、ラクテハードはため息をついて、


「それは彼が強いからよ」


 オリアナを包む藍色の影、その中を渦巻く雪は、街を一色に染め上げようと勢いを増していた。


「ザザ・バティライトは傭兵の中でも特別でね。寡黙な強者として名を馳せているわ。依頼達成率はほかの傭兵と全く違うし、何より淡々と何でもこなすってのがいい。他の傭兵は変に個性みたいなものがあるけど、金の亡者は違う。――曰く、彼は感情を持たない。彼は慈悲を持たない。彼は命を尊ばない。あるのは粛々と依頼をこなす信用」

「へえ、わかりやすい商売スタイルだね。既存のもののなか、傭兵としてのセオリーに準じ、枠を出ない王道」


 その言葉に「そういうことね」とそっけなくラクテハードは言った。「それで、どうしてシャルロットと同じ魔女の卵なのに彼を捕まえないの?」とザバクは続けると、


「だから、強いの」


 ラクテハードは嫌気を隠し切れない顔で振り向いた。


「司教の聖装をもってしても彼の能力には目を見張るものがある。あまり敵に回したくない」

「な、なるほど。……わかったよ」


 ザバクは彼女の顔をみて、視線をずらしてしおらしくした。その表情の変化に違和感を覚えつつも、ラクテハードはやれやれと右手を額に付けて、


「……まあ、唯一欠点なのは依頼料ね。『百万金貨』は、もう国家予算に届きそうじゃない」


 言いながら彼女は苦笑した。それに元気をなくしたようなザバクは、「途中でうらぎられちゃこまる。お金を積むのは、大事なことだとおもうけどね」と云う。


「だとしてもよ。はあ、大司教は金額を聴いて、なんてたしなめてくるか……」


 (まぁ最も、あの男第二司教よりかは散財してないわけだし、いいか。あの女、吸血鬼ヴァンパイアの死体が欲しいからって私達をこんな寒い地まで派遣までして……。


 魔女の卵の件がなかったら、潔く断っていたわ。

 全く、あいつ、亜人の死体を集めて何をするつもりなのかしら。

 ……まあいいわ。赫病者と魔女の卵の回収と、亜人探索を進めましょう)。


 ラクテハードは第二司教への不満を胸の内に秘めながらも、そう整理した。――そして次の瞬間、回雪を見上げると、そこにいる黒点に対し、更に苛立ちを募らせた。


「ザバク、あのチビドラゴンどうにかして」


 シャルロットは自身の使い魔を、ラクテハードとザバクにずっと着けていた。


 *


「『魔女の卵』なのね……!」


 シャルロットが問う。するとザザはそれを、視線で肯定した。刹那に浮かぶ悔しい感情。


「――――」


 もちろん知っていた。魔女の卵が自分だけではないことなど。でもたったの五人――自分を入れて六人しかいない卵だった。だから、五人しかいない同類との出会いなんて、きっと人生で一度か二度あるくらいの偶然。故意に会おうとしなければ、会えない人たちだと思っていた。それが間違いだった。目の前にいるザザ・バティライトは『魔女の卵の烙印である子ドラゴン』をネックレスに隠していた。


 彼が魔女の卵であることは全く考慮していなかった。自分がこの『後継の称号』を与えられ早八年、一度も、同類に出会った事が無かったからだ。でも今ならはっきりわかる。――魔術を打ち消せるネックレスも、魔女の卵を知っていたことも――全て繋がる。


「驚いたわね。あんたも魔女から称号を貰っていたなんて」

「なあに、俺は子供のころにたまたま価値のない黒機を拾っただけにすぎない。それをずっと肌に離さずもっていたら、突然あの女が現れたんだ」

「黒機ってことは、親は『武器の魔女』かしら?」

「そんなこと知って、なんだっていうんだ」


 ザザは自身の使い魔を再度ネックレスに押し込めると、鎌を両手で強く握って構える。


「……一筋縄ではいかないようね」


 シャルロットは杖を取り出し言い放つ。カルはまだ何が何だか分かっていない様子だが、とにかく戦闘は続行するようなので同じようにザザを睨む。――ザザは自若として顔色も変えない。


「……黒魔術」


 またあの低い声で囁いた。


「黒下車」


 円形の黒炎が回転を始め、それは激しく揺れ動きながら捕らえられない動きでシャルロットへ向かう。


「黒魔術、凛天華!」


 桜色の花火が舞い、雪を吹き飛ばす甘い香りの突風が竜巻を起す。それは黒炎を吹き消し相殺したものの、その間にザザはまた姿を消した。例の『目で追えない移動』である。


「カル! 周囲を守って!」

「分かった!」


 カルは力み、右腕を雪肌に付けた途端、雪肌に奔る赫い線が地面に広がった。それはカルと共に脈打ち、次の瞬間、――小型の棘を創造し、カルを中心に三百六十度、地面から巨大な棘が生える。

 簡単に近づけさせないためのセーフゾーンの建設。これはシャルロットやカルにとって必要な一手である。ザザの動きは一向に掴めないが、やはり四方八方で物音がし、地面が抉れたり、木が揺れたり花瓶が揺れている。恐らくこれはザザが移動している音だろう。


「シャルロット」

「――――」

「お前は生身で炎に飛び込めるのか?」


 そう、ザザの声が木霊する。


 (少なくともカルの赫物体はそう簡単に壊せない。これであとは上のみ。ザザはきっと私達を殺す事を命じられていない。依頼内容は、捕縛の筈だ!

 ならば!)


「――雪礼霜ノ剣セツレイシモノツルギ


 唱えると、周囲に降り注ぐ雪の軌道が変化し、それはシャルロットの頭上で一本の大剣となった。シャルロットはそれを重々しく掴み、両手で必死に振りかぶる。

 黒魔術、雪雲の応用魔術。魔力で凝縮した氷の『制剣』の創造……が、周囲に強く降り始めた雪をそのまま利用した。そうすることで、『魔力消費を極限まで減らした雪礼霜ノ剣セツレイシモノツルギ』を作る事に成功した。

 まず、この剣なら応用魔術なので『手の内を読まれることはない』。

 同じ魔女の卵であるなら、『ザザも全く同様の黒魔術が行使できるはず。故に、通常の黒魔術では対策される可能性があった』。もちろんそれはシャルロットも同様、ザザが行使した黒魔術に冷静に対応できているのは、そういうことである。

 雪礼霜ノ剣セツレイシモノツルギは雪のひとつひとつに魔力を籠め、振るう事で発散できる代物。その真髄は――雪に込めた微量な魔力が起こす、追加の魔術行使にある。


「はあああああ!」


 ――シャルロットがその剣を両手で構え、地団太を踏み、叫びながら振った。

 風の音がして吹雪が周囲に舞う。公園内の風周りが急変し、中で暴風が右、左、上、後ろから二人を叩きつけた。こうなればザザのあの移動も快適なものではない。

 ザザの隙を見出さなければならない。第一に彼の移動は目が慣れれば大したものではない。問題は慣れるまでの時間をどう切り抜けるかである。


「――――!」


 カルの赫物体により安易に近づけないようにはしているものの、わざとシャルロットからみて頭上は赫物体の配置をしていない。


 シャルロットの持論に、『隙』は攻撃の瞬間にある。というものがある。敵が急接近し何かを仕掛けようとしているとき、それが毒でない限りは刹那の瞬間まで見極める。それからこちらも隠していた魔術を行使することでカウンターする。これがシャルロットの常套手段である。

 もちろん敵の攻撃を軽んじている訳ではない。だが、『魔力量が少ないシャルロット』だからこその癖である。出来る限り消耗を控え、魔術に依存しない戦い方。それが理想、だが。


「……祭儀」


 唱えるような声が聞こえた。シャルロットは上空をみるが、そこにはあの男の影は無かった。

 ――刹那、シャルロットの背後で鎌を地面に叩きつけたザザ・バティライト。

 大きな打撃音と茶色の光が地面を走り、鎌は黄色いオーラを纏いながら、次に地面がせり上がった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?