「…………」
暖房が行き届き、凍える事のない室内には、小さな子供たちが長机に座り、ごちゃごちゃしながら夜ご飯を食べていた。そこは笑いが絶えなかった。子供たちは和気あいあいと楽し気に今日の出来事を雑談する。――それを見るシャルロット、カル、クリスは拍子抜けだった。
「シスター! 今日のご飯も、美味しいよーっ!」
一人の女の子が部屋の中心で全体を見渡していた彼女に声をかけ、抱き着いた。長い黒髪を垂らし紫紺の瞳を持つ『シスター』と呼ばれる彼女は、飛びついて来た女の子の頭を優しくなで、
「今日もお疲れ様でした。エド。いっぱい食べてね」
彼女は聖母のような微笑みでそう言った。
「……あのさ」とクリスが切り出し「何よこれ?」と片目を閉じた困り顔でこちらの表情を伺ってくる。
「僕も知りたいよ」
「私もよ」
カルとシャルロットにもさっぱりだった。
「すいませんね、客人を案内する用意がなくて」
すると突然背後から、そんな男性の声がした。三人が驚いて振り返ると、そこには白いシャツに黒いローブを着込んだ、初老の男性が嫌味の無い笑みで立っていた。
「あの、本当にどういうことですか? リハクさん」
シャルロットが不安げに問いかける。その初老の男性は『リハク』といい、この教会で神父をしている男性であった。
「夕食は他の用務員に任せ、シスターと共にわたしの自室へ案内します。そこで事情を説明しましょう」
*
数時間前。
教会の外の墓地にて、二人の女性が対峙していた。
「――――」
紫紺の瞳と深紅の瞳が交わり、互いが互いを視線で圧を飛ばす。墓地は沈黙に包まれていたが、時折どこからか響くカラスの鳴き声が、不安感をかき立てた。
「状況は分からないけど、仲間が痛めつけられているのはいただけないわね」とシャルロットはカルの前に立ち、数歩先にいるシスターを睨んだ。
「あ、あなたも侵入者ですか?」
「侵入者だがなんだかわからないけどさ。ちょっと大人げないんじゃない?」
低い声でシャルロットは言い放った。
カルでも分かるくらい彼女は怒っていた。
肩に怪我を負い、その後ろで女の子も気絶している。それが全てこの女によって行われた所業というなら……はっきり言ってやりすぎだ。という感想を抱く。
(それにこの女、目が据わってる。何か、変だ)
シャルロットは戦闘態勢を取った。杖を取り出し、二人の子供を守るように構える。それをみてシスターは、また恍惚な笑みを浮かべて下品に笑い出した。
「気を付けて! その人、普通の人間じゃない!」
カルはシャルロットに対してそう叫ぶ。
「……」
疑い深く彼女の構えを観察する。
(普通の魔術師の構えじゃない)
シスターは右手を突き出し、魔力を練っているような気配は全くなかった。でも相変わらず、彼女から発せられる悍ましい雰囲気は、以前、気を許すことができない。
(カルの肩の傷、苦しみ方は恐らく毒によるものだろう。すれば毒使い? でもこんな悠々と立ち尽くすのは印象が違う。カルの言う通り、何か仕掛けがある戦闘スタイルなのか? それに、赫病のカルが戦ってあの負傷――)
「只者じゃないのは本当みたいね」
「もう、イライラしちゃう。どうしてあなたは、は、そう用務員を困らせるの?」
彼女は顔を顰めて言う。
「いい迷惑なの。本当に。本当よ。あのね、一体どこが、ワタクシたちが、裏社会の人間ですって?」
「……え?」
「こっちだって精一杯やってるはずよ。毎日近隣の方には愛想を振りまいているし、し、角が立たないように気を遣っていると、いうのに。ワタクシが不器用すぎるのかしら?」
と、彼女はぶつぶつ小言を言い始め、シャルロットは思わず戦闘態勢を解いた。その様子はまるで悪い人というより、悪い人扱いされ辟易している普通の人に見えたからだ。
彼女はギロリとシャルロットを睨んだ。
「なのにあなたのような不届き者が、ワタクシの平穏を破壊しようとする。いいですよ、いいですとも、はは、なら『吸う』までよ。命ある限り、全てを吸い尽くして――!」
「――そこまでする必要はありませんよ、シスター」
突如、低く静かな男の声が背後で響く。シャルロットとカルが振り返ると、そこには深緑のシャツに革のジャンバーを着たロマンスグレーの男性が立っていた。身長はシャルロットやシスターよりも高く、発している雰囲気は独特なものだった。
その男は、倒れている二人(カル・クリス)と、それを守るようにするシャルロット。そして紫紺の瞳を持つシスターを順番に見て、その次に墓地の荒れようから大体の状況を察したようだった。
「……あ、あなたは?」と、シャルロットが恐る恐る訊くと、男性はふっと微笑んで、
「自己紹介は追々。まずは子供の手当から始めましょう。シスターは教会に戻りわたしの自室で大人しくしていなさい」
シャルロットに向けて安心するような微笑みを浮かべたかと思いきや、シスターに視線を流した時は冷ややかな声で指示を出す。まだ何が何だか分かっていないシャルロットが混乱していると、男は有無を言わず勝手にカルの元まで身を寄せ、
「痛むでしょう」とカルを支えながら訊いた。
「ッ、は、はい……」
「すまない。すぐ処置を行います。ラー!」
人の名前を呼ぶと墓地を囲む塀の影から男性と女性が一人ずつ出て来た。男性がカルの体を支え、女性が傷口をゆっくりと診察する。
「……シスターの毒が入ってますね」と診察していた女性が言うと、立ってみていたロマンスグレーの男性が「分かった」と応え、カルの体を支えていた男性に何々を取りに行ってほしいと丁寧に頼んだ。男性は教会の方へ走る。
シャルロットは手持ち無沙汰で内心混乱していたが、どうやらロマンスグレーの男がカルの事を助けてくれているらしいと察することはできた。なので、彼が手当てを終えるまでぐっと堪え黙っていた。気が付くと、あの紫紺の瞳を持つシスターはロマンスグレーの男性の言う通りしおしおと教会の中へ帰っていた。
「申し訳ないです。わたしは『リハク・ワーグナー』といいまして、この孤児院の経営者をしています。あなたは?」
彼はゆっくりと立ちシャルロットに話しかけた。
「……私はシャルロット。旅人よ」
「そうですか、まずは心から謝罪を。うちのシスターが迷惑をかけました。後に本人からも謝罪させます。その時に、事情もまとめて説明しましょう。重ねて、ご迷惑をおかけしました」
男は物腰柔らかに語り、最後に白髪の頭を下げた。その態度に真摯さを感じ取ったシャルロットは、女性に包帯を巻かれているカルに視線を移した。
「彼は
シャルロットの視線に気が付いたリハクはそう言う。
「痛みが伴ってしまいますが、治療薬は今取りに行かせています。安心してください。もうしばらくすると夜も更け夕食の時間になります。シャルロット様、もう少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」