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7「日ごろの行いかな」

(このあたりの魔術式はここと繋がって、えっと、ここはこの回路とあの回路を繋げてと……)


 ちりん。と耳あたりの良い鈴が鳴る室内。本が壁に埋め込まれ暖色の灯りが照らす空間で、シャルロットは床に座り込みながら用紙をぺらぺら捲る。


「……ふうん? んっ。あぁ? あ~、え?」


 今シャルロットが見ているのは簡易的な魔術式がまとめられたエミリーの自作本である。必要な個所をちぎってすぐ使える便利な品物で、細かい基盤はここから拝借してもいいとのことだ。

 因みにこの用紙に刻まれた術式に魔力を流し込むだけで簡単に魔術が使用できるので、実は外に持ち出し衛兵に見つかると即刻没収される。子供が魔力を間違ってこめたりすると危ないからだと、


「エミリー」

「んー?」


 シャルロットは唸り声をあげながら途端に名前を呼ぶと、背後から声が聞こえた。


「よくこんなものまとめたわね。凄い数で逆に探しにくいわ」

「オタクの集大成よ。刮目しなさい」


 彼女はそう自信満々と言って鼻を鳴らした。

 エミリーは魔術を趣味で嗜む、歴史学者である。彼女からの依頼は至ってシンプルで、共に創作魔術を作ってほしいというもの。幸いシャルロットは魔術に対してそれなりの関心があるし、何より魔術の才があったから『魔女の卵』になった人物だ。この程度、朝飯前。といいたいとこだったが。


「この式はじめてみるわ……一個一個頑張って読み解こうとすれば出来ない事はないけど、これを組織として理解して組み立てるのは、慣れないと大変だね」

「そういうものよ。理解すればそのうち出来るようになるわ」


 魔術に詳しいと、創作魔術に詳しいは一緒ではない。

 一から百にするのが得意、が魔術。ゼロから一にするのが創作魔術だ。名前が似ているが、それらは似て非なるものだった。

 シャルロットは絨毯の上に座り込み、貰った自作本を数冊ぺらぺら舐めるように見る。


「……大変だけど、面白いわねこれ」


 元々魔術が好きであるシャルロットは、そこから派生した創作魔術というジャンルに踏み入ることで、新しい知見を得ることができた。

 人が知識を蓄えるのは大抵が『将来のため』だが、趣味となると話が変わる。それはモチベーションの有無の問題だ。モチベーションがあることとないことでは物事の進み具合は遥かに違うし、何より、やっている時の楽しさが段違いである。

 シャルロットは創作魔術にハマり始めていた。

 モチベーションが上昇し始めたのだ。


「この回路とこの回路を繋ぎ合わせてパルスにして、こことここを組み合わせると変換が起る。なんだか自分でも創作魔術できそうな気がして来たわ!」


 両腕をぐっとし楽しそうに笑う。

 そんな後ろでエミリーは――何故か引きつった顔で、

 「それなら、嬉しいわ。うぅう」と悶えている。それを不自然に感じたシャルロットは、振り返った。


「……そういえばあなたは何してるのよ? さっきから静かだけど」


 様子をうかがうと、エミリーは机を凝視しながら両手を組み、顔を顰めていた。


「いやね。信じられないと思うんだけど」


 彼女はぐぬぬとシャルロットに視線を向け、


「なんか凄くムズムズするの。この本をあなたに渡したくてたまらないっていうか」

「……はぁ?」


 意味の分からない言葉に首を傾げると、エミリーは自分も同じだと言わんばかりに困った顔をした。

 彼女の目線の先にある机の上にある本のタイトルは、【時の魔導書】といった。


 *


 寒い。カラスの鳴き声が空を渡り、皮膚に突き刺さるような冷気が流れる屋根上で、カルとクリスはとある建物を見ていた。


「あそこが孤児院」


 クリスは短い人差し指をその建物にさした。

 ここは『五番区』沿いにある閑散とした墓地で、やせ細った枯れ木が風に揺られるのが見える。その枯れ木の元には一つの『教会』があり、窓辺に落ち葉が積もり、蔦が白い壁を埋め尽くしている様相から手入れされていないのが見て取れた。


「人気がないね」


 ぽつりとつぶやくと、右側に座り込んでいる彼女は突き放すように言った。


「聖都のせいよ」

「え?」


 ひょんな質問の答えで帰って来たのはあの聖都だった。カルの疑問符に、クリスは続ける。


「最近のオリアナは正直嫌い。昔の王様が聖都に強く出れる人だったから、こんな辺境に住まう貧困層の私達も多少は楽して生きていたというのに。でも今の王女様は押しに弱くてさ。聖都の介入を許しちゃったの」


 彼女は言い終わると、チッと舌打ちした。


「ちょっと待って、どうして聖都が出てくるの?」


 訊くと彼女は教会に向けてため息をついた。


「ボクも詳しい訳じゃないけど、『南の王国オリアナ』は『聖都ラディクラム』に『旧友の借り』っていうのがあるらしい。オリアナはある時、聖都に大きな借りを作ってしまった。その借りにつけいられているの」


 (……聖都がその『旧友の借り』というのでこの国でもいい顔している。ってこと? それはまあ、面倒な相手に借りを作っちゃったんだな)

 とカルは静かに頷いた。


「それがこの場所に関係してるの?」


 カルも座り込んで彼女に顔を合わせると……何故か彼女はカルから視線を外し、一人建物を見つめた。


「……具体的には、聖都の方で追い出された裏社会の人間がこっちに流れてきたり、司教って奴らの圧力とか、街の監視とか、物資の横取りとか……それはまあ好き勝手されているよ。だから昔と違って、中心の王城から離れれば離れるほど街は貧しくなっていく」


 どうやら知らないだけで、この国では聖都ラディクラムが悪目立ちしているみたいだった。それにその話から察するに、――この国には司教が居るってことになる。


(用心しなきゃな)

「なるほどね。よくわかったよ」


 カルは意外にもさっぱりいう。

 それに違和感を覚えたクリスは左にいるカルをふとみて。


「……」

「ん? どうしたの?」


 カルは気づいて首を傾げると、クリスはまた弱弱しい目をしていた。


「……ううん、なんでもない」


 だが彼女は首を振って、ピンク髪が風で踊る。


「そう……。とにかく中に入ってみる必要があるね。前はどうやって入ったの?」

「ここからでも見えると思うけど、あそこの天窓から入ったよ」


 クリスは右手の人差し指で建物を指す。確かにそこには天窓があった。


「あんなところよく登れたね」

「体動かすのは得意なの」


 フン。と彼女は自信満々に言う。


 「でも、もう一度あそこから侵入するのは辞めといた方がいいかもね。一度そこから入ったなら、何らかの対策がなされててもおかしくない。とすると他の侵入経路は……」カルは腕を組んで考え始める。

 「それなら地下からはどうかな?」閃いたようにクリスは言った。


「地下?」

「ほら、この街って嫌に水路が多い気がしない? まあ都市ならそのあたり整備されてるから案外そういうものなのかもしれないけど。ボクの記憶があってるなら、あの孤児院の地下には水路が通っていて、そこには連絡通路があるはず」


 彼女はなぞるように壁側にある水路から、直線で孤児院まで視線で線を引いた。


「ふうん。なんでそんな事知ってるの?」

「日ごろの行いかな」


 彼女は何てことないように言う。

 ……その応えに、カルはむっとした。


「それは、日ごろの行いが悪いってこと?」


 彼女は振り返って「なんだよ」と言うが、カルはそれに嫌な顔をしてみせる。


「無責任な事をいうけど、一番は君の身だよ。危ない事しちゃだめだ」

「……なに? 説教? あんた優しいんだね」


 皮肉交じりに言うと、更にカルの顔は曇る。


「君ね――」

「事情も何も知らないのに強く出れるんだ。へえ」

「……うぅ」


 そんなカルに鋭い視線を向けると、分かりやすくカルは狼狽えた。


「まあいいよ。行きながら雑談してあげる。着いてきて」

「あ、ちょ!」

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