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1「ザザはしらばっくれた」

 巨大な城壁を伝って道なりに進むと、先には大きな道があり、城門がちらりと顔を見せる。

 列に並んでやや待つと守衛が免許の提示を求めてくるので、冒険免許を守衛に差し出す。シャルロットとカルは特に問題なく通れたものの、しかし何故かザザは独特な風貌や傭兵にしては簡素な持ち物が疑われ、しばらく話し合ったが別室対応となってしまい。結局入国には時間がかかってしまった。

 しばらくしてザザが事務所から出てくると、多少疲れたような顔をしていた。


「……待たせたな」

「大丈夫だった?」

「酷い事はされてない」


 カルが訊くと彼は軽く言ってみせる。というものの、口下手なザザのことだからしつこく確認とかされたのだろうと、シャルロットは想う。


 こうしてやっと、一行はその国を一望することになった。

 傾斜になった街の中心にそびえる巨大な城がよく見え、その城の周囲から順にレンガ造りの建物が並び、薄灰色の屋根が太陽光を反射している。そして城門には薄青い旗が掲げられ、冷たい風に靡いていた。

 シャルロット一行が入国したこの『三番城門』は、この国のなかで一番景色がいい場所だったのは、後に知る事となる。そう、ここは王国――【南の王国 オリアナ】である。


「ここが三番区ね。じゃあとりあえず、このあたりで宿を取りましょうか」

「……思っていたより人が多いね」


 シャルロットが城門で貰った地図を眺めていると、ぽつり真横でカルがそう呟いた。

 実際、周囲をみると人々がごった返している。


「そうね。私達、国規模はなんやかんや久しぶりだ。ほら、ここ数ヶ月は小さい村とか街が多かったし」


 これまでの旅を思い浮かべると、ここまで大きな場所は初めてだったのだ。

 まだ旅に慣れきっていないカルからすると、この光景は珍しいものなのだろう。


「さて、ザザはこれからどうするの?」


 シャルロットは言いながら振り向く。相変わらずザザは仏頂面のままだった。


「明日だな。明日までは一緒に居ようと思う。『五番区』までいけば俺にあってる仕事が見つかるはずだからな」


 と答えた。それを聞いてシャルロットはにっこりと笑った。


「そう、よかった。じゃあ今日までは一緒にいれるのね!」


 と張り切るようにシャルロットは髪を揺らしカルへ微笑みかける。そしてシャルロットはザザの方へもう一度視線をむけて、


「ザザは今日何したい?」


 と訊くとザザはきょとんとした。


「俺か?」

「もちろん。あんたは今日の主役なんだから」


 そこまでするもんかね、とザザは言いたげな顔を浮かべるが、少し考えるように唸って、ふと空を眺めた。


「街を歩きたい、だな。景色をみて周りたい」

「ほほう、でもそれって一人でも出来ることない?」

「お前らと歩きたいんだよ。散歩は確かに趣味だが……ダメか?」


 シャルロットが疑問符を浮かべて言うと、ザザはすぐにそう云ってシャルロット、カルと視線を移した。相変わらず表情の変化はなく何を考えているのかわからないが、まあいいかとシャルロットは息を漏らす。

 「正直者め、いいよ。カルはそれでもいい?」と、一応カルへ聞いた。カルは目の前に広がるオリアナの景色をうっとりしながら見ていたが、シャルロットの問いに頭を曲げ、


「僕は何でもいいよ。ザザと一緒に居られれば」


 そう言って、最後に下手な微笑をザザに向けた。

 といった具合で、南の王国オリアナへ着いた一行は、初の『街探検』を始めた。


 *


 花屋、果物屋、食べ物屋がずらりと点在しており、果物屋の前ではカルよりも幼い子供たちがかけっこを楽しんで、道端では行商人が大声で売り文句を叫ぶ。そんな人混みを歩き、三人はガヤガヤとした人々の声に耳を傾けながら歩いた。

 「なんだか混んでるね」とカルは首を傾げる。


「そうね。何か行事でもあるのかな?」

「オリアナはこの時期になると、どこもこんな感じだ」


 カルとシャルロットの言葉に、先頭を歩くザザは背中越しに教えてくれた。そしてザザは続けて、


「オリアナには『伝説』があるんだ」

「伝説?」とザザの言葉にカルが聞き返すと、ザザは人混みの中で止まり道の外れに向かって歩き出すので、シャルロットとカルはそれについて行った。そして脇道へ入るとザザは説明を始めた。

「それは数十年前。喧嘩っ早い隣国とよく戦争していたときだ。オリアナは防戦一方で隣国に攻め入る事すらできず、とある場所にあった『青空が反射する美しい池』を煙で埋め尽くしてしまった。そんな状態がまるまる一カ月続いたんだ」


 脇道へ入ると人気がぐんと減り、冬らしいつんとした寒気を孕んだ隙間風が頬にあたる。カルはザザの横に移動し、話を聞こうと姿勢を整えた。


「するとな、怒ったんだ」


 ザザはやけに強調して云う。


「空をこよなく愛し、そして空に愛された女性が怒ってしまったんだ。その女性は空を汚した二国を両成敗しようと動き出し、あっという間に隣国は滅んだ」

「えっどういうこと? そんなことできる人がいるの?」

「いるんだよ。それもそいつはまだ生きている。――現行四大魔女の一角『穹の魔女』さ」


 その名前を聞いたカルは、国を破滅させた穹の魔女に畏怖の念を抱いたようで、ぞっとしたような表情を浮かべる。でもすぐカルは目を輝かせ、その『伝説』に好奇心が働いた。

 橋を渡りながら語り続け、ザザはそっと振り返って、カルを見下ろした。


「穹の魔女はオリアナと戦っていた隣国を滅ぼしたあと、喧嘩両成敗って名目でオリアナも滅ぼそうとした。……だが、そうはならなかった。隣国を滅ぼした後、穹の魔女はオリアナにも手を出そうとしたが、当時の王が彼女を説得し、『三条の誓い』を結ぶことで、国を守ることができた」


 俗にいう『オリアナの三条』とはそれのことだ。とザザは話を締めくくる。有名な話だが、幼い間幽閉されていたカルにとって、とても新鮮に思えたらしい。両手を胸の前で上下させ楽しそうにしている。


「ザザはこういう逸話? みたいなの詳しいの?」

「そうでもない。ただ旅の年季が違うだけで」

「こらこら二人とも、道のど真ん中で止まらないの」


 アーチの上で止まって雑談していた彼らにシャルロットは割り込んだ。

 灰色のローブが水路の上を通る風に靡き、少年のブロンド髪も男の分厚いコートも揺れ、男はふと水路を見る。その時、シャルロットはそっと少年の真横に立つと、右手に隠していたものを少年に手渡した。渡されたものをみて少年はシャルロットに見上げる。なので、シャルロットは笑みを浮かべて、


「いっておいで」

「……うんっ!」


 少年は無邪気な笑顔を浮かべてから、そう一人、大通りへ走り出した。

シャルロットはチビをカルの上空につけ、アーチの上で残ったザザと二人っきりになる。


「カルに何を渡した?」とザザは背中で訊く。

「お金。ザザにサプライズプレゼントでも買っておいでってメモつきで」

「なるほどな。サプライズじゃなくなってしまったが?」


 ザザが面白くなさそうに言うと、シャルロットはそれに「まあまあ」と返す。そして沈黙が流れた。


「カル、笑うようになったわね」


 ……ふと、シャルロットは呟く。


「そうなのか……そういえば、確かに以前より表情が柔らかいな」

「あんたと出会う前の街で色々あってね。それから徐々に心を開き始めているみたい」


 そう言いながらシャルロットはザザの横に立ち、アーチの手すりに両手を置く。


「へえ、そうだったんだな」とザザは何てことないように水路を眺めながら言うが、シャルロットはそんな彼に――疑うような視線を向けていた。

「……もう気が付いているんでしょ?」

「…………」


 ふと水路にまた冷たい空気が通った。離れた場所から人混みの音が響き、水路のせせらぎと、反射した太陽光が緩やかに踊っていた。アーチの上の二人の男女の間にも冷たい隙間風が通り過ぎ、その風は、ささやかな緊迫感を運んだ。


「……何の事だ」


 ザザはしらばっくれた。


「私の正体とカルの過去よ」


 指摘するように言い放つと、男は振り向いた。

シャルロットはザザの横で顔を薄眼で見ており、それを鼻で笑うとザザはついに言う。


「ああ。否定はしない――お前が『卵』であることも、カルがあの『オメラスの唱』の被害者であることも、何んとなくな」

「まぁ、カルの方はそこまで隠してなかったから。いいけどさ」


 言いながらシャルロットは手すりから離れ、ザザに背中を向け三歩ほど歩いて、さっと振り返った。


「どうして私が『魔女の卵』だって気が付いたのかが疑問なんだよね」

「…………」


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