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幕間5 ザザ・バティライト(上)

 じーっと見ているととたんに肌寒い風が止み、木々が揺れる音が少なくなった。

 あたり一面は真っ白の雪景色で、凍り付いた池の端に出ると見えてくる村。そこに向かって、三人は歩いて行った。まるで色素を失っているような、薄い影だけが目立つような不思議な崖峰のふもとに、その村はあった。


「……やっと村だ~」


 村の手前まで歩むとやっと道を見つけ、そこへ入った時にシャルロットが呟いた。


「やっとだね、ふう」


 カルはシャルロットの言葉を聞いて、息をついた。


「まだ村には着いてないぞ」


 横で、銀製の紫の宝石をハメたネックレスを首から下げているザザは自若として言う。道中で積もった雪がブーツを一回り大きい物へしており、その様相からこの雪山の登山がどれだけ苦労したのか分かると思う。ふと、疲労感が滲み出ているシャルロットの肩に冷たい風が舞いかかると、彼女は力なく呟いた。


「へぇ~むり~おぶってよザザ~」


 やれやれと首を振るカルを横目に、シャルロットはザザの背中にへたり込んだ。


「……ザザさん、次からお金取った方がいいかもですね」

「そうだな」

「いやだあああ」


 通算四回。ザザはシャルロットを担いで移動していた。本来なら長旅に慣れていないカルの方が疲れる筈なのに、シャルロットは子供らしく「冬が嫌いだ!」と駄々をこねて言う事をきかない。確かにこのあたりは特別寒いのだが。

 シャルロットを担いだザザとカルは共に村へ入る。

 村は見渡す限り雪が積もった木造の家が五軒と、酒場みたいな場所が一軒みえた。とりあえず休む場所を探すために村人と会いたいなと一行は散策を始めると、意外とすぐ、家の裏から人影が出てきた。


「いたな」

「話きかせてくれるかな」


 「シャルロット」とザザは呼ぶが、ザザの背中の暖かさでとろけていたシャルロットはその呼びかけをまるで聞いていなかった。


「ついに無視したな」

「しましたね」

「時間制で金をとるか」


 シャルロットはすぐ起きた。


 ザザとカルは他人との交渉が得意ではなかった。ザザは見た目が怖く愛想がないし、カルは見るからに子供で舐められる。故に旅先で出会う人と会話するのはシャルロットの役目なのだ。シャルロットは村人に話しかけに歩み寄っていった。


「すみません、旅の者なんですが」


 とぺこぺこしながら話しかけると、その太った女性は「こんにちは~」と歓迎するような笑顔を見せた。村人が快く答えたことで、シャルロットの頬がほっとゆるむ。寒さにこわばった顔も一瞬和らぎ、ふっと安心した笑みが漏れた。


「この村って宿とかってあります?」


 「ありますとも、案内しようかね?」女性は丁寧にそう答えた。シャルロットはその女性の普通の人そうな態度にほっとする。


「いいんですか?」

「ええ。ちょうど家事を終えたのでね。せっかくですし、うちの子供とも遊んで行ってくだ……あ」


 女性は細目で微笑みながらシャルロットと会話していると、突然そんな風に止まった。シャルロットはどうしたのかと顔色を窺うと、どうやら女性はシャルロットの背後を見ている感じで、振り返ると、ザザに数人の子供が群がっていた。


「あ、大丈夫ですよ。あの人見た目のわりにいい人ですから」

「ぇ、ああ! いや違うよ? あはは。見た目で判断した訳ではなくてね」


 なんてとても焦ったように早口で言った。

 確かにザザは初対面だと怖いものだ、とシャルロットは心で思う。

 そんなこんなで一行は村に入った。



 シャルロットと女性が先頭に、その後ろをザザとカルがついてきており、そしてザザにちょっかいをかける子供たちがいた。


「す、すいません……。後で言って聞かせます」

「気にすることないですよ! この人、どこいっても子供に好かれるんです」


 「へっ、へえ」とあまり信じて無さそうに女性は漏らす。その背後で肩に掴まったりコートを引っ張ったりする子供たち。ザザは相変わらず無表情でやられ放題だった。


「そういえば、実は今もう一組、旅人の方々が村に来ているはずだ」


 村人の女性は歩きながらそうシャルロットに話しかけた。


「そうなんですね! この時期だと珍しいんです?」


 と訊くと女性は首を横に振って、


「ほら、そろそろ年明けじゃない」


 女性の言葉でシャルロットははっとした。(そういえばカシーアを出てもう二カ月程度経つ。地味に意識していなかったが、年明けが近いのか……)と。


 そう、何やかんやザザと一緒に行動し始めてから一ヶ月以上経過していたのだ。


「近くのオリアナでは、年明けに『大きな催し物』をするの。それもあってこの村を通る人は少なくないわね」

「へえ……知らなかったです」

「あらそうなの? もし寄るなら行ってみるといいわよ」


 そんなところで「ここよ」と女性は指をさした。

 どうやら宿に到着したようだった。

 外見から察するに部屋は少ないが、別に男性陣二人と相部屋でも気にならないのがシャルロットなので、部屋を一つ借りようと宿に入ろうとしたときだった。


「お、旅人さん戻られたか!」


 いきなり男性の声が背後から響く。振り返るとそこには、頭部が禿げているおじいさんが右手を振りながら近づいて来た。しかしおじいさんはシャルロットたちを見るとすぐきょとんとした顔を見せる。


「オラフさん、この方々は違うわよ。さっき来たみたい」


 シャルロット一行が何か言う前に、ここまで案内してくれた女性が、男性にそうやって説明した。すると男性は「おやそうだったのか」と切り替え、伸ばしていた右手で頭の後ろを掻いた。


「すまんのぉ、間違えてしまって。二日前に来た旅人たちに頼み事していたから早とちりしてしまったわい」


 おじさんはそう言って、「お願い事した旅人が帰って来ているかもだから、儂は先に宿へ入るな」と行ってしまった。


「昔から目が悪い人なの、無礼を許してあげてね」

「いえいえ、全然かまいませんよ。ところでそのもう一組の旅人って冒険者だったんです?」


 シャルロットは聞いた。

 ――冒険者とはパーティーを組み、ギルドの正式な免許を貰って活動している人間のことである。因みにシャルロット一行は免許自体は持っているものの、特に更新をしていないのでグレードは低い。

 免許があることで通れるルートがあったりする。


「ああ。だいぶ自信満々な若者たちだったよ」


 と女性は教えてくれた。

 宿に入ると中には確かに人がいた。決して広くなくこぢんまりとした空間で、カウンターの後ろには大きな樽が横向きに備え付けられていた。その手前には茶色い帽子を被ってグラスを吹いている年長の男性と、さっき入口で入違ったおじさんが他の男性と会話していた。そしてその手前で、四人組の風変わりな若い男女が椅子に座っていた。

 どうやら男性二人が女性二人に包帯を巻いてもらっている様子だった。

 「さっき言ってた冒険者かな?」とカルは首を傾げていった。


「そうかもね。何か怪我してるみたい?」


 シャルロットがそう言うと、いきなり室内に、――怒鳴り声が聞こえた。


「ちっ、どうして俺を庇いやがったエレド!」


 茶髪に赤色のシャツ、片手剣を腰に携えた鋭い男性が言うと、反対側にいた体格がいいブロンド髪の男性が食って掛かるように、


「いい加減にしろ! あいつは魔物だ。それにお前は戦士であり盾使いじゃない。俺が前に出て体を張るのは当然の事だ」


 エレドと呼ばれた男性は全身を鉄の鎧で守っている姿だった。言葉から考えるに、盾使いであろうとシャルロットは気が付く。そんな彼を糾弾しているのは装備から考えるに戦士の男性だった。


「だからって怪我しちまったらよ!」


 戦士の男性は盾使いに向かい顎を引きながら訴えるが、次の瞬間、横で盾使いのエレドに包帯を巻いていた赤毛の女性が右手を大きく構え、戦士の男性をビンタした。


「おっと」


 ザザがシャルロット背後でそう漏らした。


「やめなさいアラルドっ」


 赤毛の女性が、噛みしめるように口元を歪ませてそう言った。するとアラルドと呼ばれた男性は悔しむような顔を見せ、一人で部屋の奥の廊下へ歩いて行き、それに赤毛の女性がついて行った。


「……なんだか、大変みたいですね」


 カルは怯えながらそう言った。

 途端、盾使いのエレドは無意識に拳を握りしめ、怒りを堪えきれないように机に叩きつけ、「クソッ」と喉を焦がして呟いた。そのタイミングでやっとシャルロットたちは、カウンターの村人に見つかり、さっきのおじいさんが近づいてきた。


「ごめんねぇ、びっくりさせちゃって。部屋を借りるんだろう?」

「何があったんです?」


 流石にそんな光景を見せつけられたからか、シャルロットはそう尋ねた。おじいさんは言いにくそうにまた手で頭の裏を掻き始めたが、その時だ。


「すまない」


 突然、おじいさんの真後ろに盾使いの男性が立って、シャルロット一行に頭を下げた。どうやら我々が一連の出来事を目撃していたのは周知の事だったみたいだ。


「……いやいや、こちらこそごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったのだけれど」

「そんな事はない。我々が未熟うえ、お見苦しいものを見せた」


 男は深々と頭を下げる。思いのほか本気の謝罪に、思わずシャルロットは慌てて両手を振って言う。


「気にしないで、大丈夫ですよ! それより何があったんです……?」

「恥ずかしいことながら数日前、街道に魔物が出たんだ。我々はその討伐に向かって、……負けて帰って来た」


 男は言い終わると顔を上げた。その顔はどこか青ざめ、両手で握り拳を作り。


「我々の力不足は承知の上。だが、巻き込んでしまい申し訳ないがここはひとつ、頼まれてほしい」


「ほう」と、ザザは首を傾げた。


「貴殿らを冒険者とみて頼みがある。我々と共に、魔物の討伐を手伝ってはくれないか」


 *


 足跡が良く残る雪道を辿りながら、五人組は森を歩いていた。戦闘はシャルロット、魔術師のナデーシェさん、その後ろをエレド、そしてその背後にザザとカルが並んで歩いていた。

 相も変わらずシャルロットが一番社交的な格好をしているので、主にシャルロットに話が振られた。


「巻き込んでしまって本当に申し訳ないです」


 と薄青髪のショートヘアに暖かそうなコートを前で折って着込んでいる女性、魔術師ナデーシェという女性が云った。


「いえいえ、私達でいいのならいくらでも協力しますよ」


 シャルロットはそんな申し訳なさそうな彼女に、なんてことのない笑顔を浮かべた。

 するとナデーシェはまた深々と頭を下げてから、「切り替えていきます」と真剣な顔になると、


「森の魔物は二十体以上、種類は大型と中型ですね。私は魔術師で、エレドは盾使いです。こき使ってあげてください。あなたは?」

「シャルロットで良いわよ。私も魔術師。後ろの人相悪い男、ザザが戦士で、その横を歩いてるカルは魔術師。それも創作魔術が上手でね」

「創作魔術⁉ 凄いですね」


 シャルロットが後ろへ微笑むとナデーシェもカルを伺うように振り返る。カルは視線に気が付くと顔を赤くしてぷいっと目線を逸らした。


「…………」


 ――カルは現在、『赫病』での戦闘訓練を行っている。

 その為にも魔物との戦いはいい訓練だ。赫病を用いる戦闘は型破りな分、先人がいないので、自分自身でそのスタイルを開拓しなければならない。大変だが、今のところ上手く試行錯誤している。あの子も頑張っているのだ。

 一応他の人に『赫病者』であることを伝えるのはリスクがあるので、『創作魔術』ということにしている。

 創作魔術とは『自作魔術』の総称である。


「あっちのお兄さんはともかく、カルくんは戦えるんです?」


 興味深そうにナデーシェは訊いた。


「戦えるかどうかはまだ分からないけど、今の私達に一番大切な魔術が使えるんだ。彼は」

「ほう?」

「魔物を漏れなく集めることができる魔術があるんだ」


 そういうとナデーシェは驚いたように目を見開かせた。


「そんなものがあるんですか⁉」

「創作魔術だけどね。それも彼しか使えない。その魔術があれば、魔物は一網打尽にできる。あと話し合っておいた方がいいのは陣形だね」


 シャルロットがそう締め、次の話題を振った。

 「索敵は私がしましょうかね」とナデーシェはすぐ言うが、


「それも大丈夫」


 とシャルロットが言い、腕を曲げて空を見上げてみせる。すると突然上空から小さなドラゴンが舞い降りてシャルロットの腕にとまった。


「ド、ドラゴン⁉ 珍しい……」

「私の使い魔。この子と私で情報共有ができるから、この子には上空に待機してもらうよ。索敵はこの子に任せて」


 そう自信満々にシャルロットがいう。背後のエレドも驚いている様子で、その反応にカルは疑問を抱く。

 「ドラゴンを使役してる人、初めてみましたな」とエレドは髭を触りながら云った。


「触ります?」

「是非」


 エレドがシャルロットに近づき、チビの背びれを撫でる。

 そんな出来事を一番後ろで見ていたカルはふと気になった。


「ねえザザ、ドラゴンって珍しいの?」


 訊くとザザは前を向いたまま。


「ドラゴンっていうのは高貴な存在だ。世界で唯一魔物を喜んで食ってくれる・・・・・・・・・・・・動物だし、種によっては魔術も使えると聞く。……確かに滅多にないな、使い魔でドラゴンは」

「そうなんだ。シャルロットはわりと当たり前に使役しているから、特別感がなかったな」

「あれは例外ってことだ。シャルロットは普通の魔術師じゃない」


 そう言ってザザはシャルロットを睨んだ。

 ザザはどうやら何かに感づいているようだった。


「…………」


 カルはシャルロットが『魔女の卵』であることを知っているが、ザザにはそのことを話していない。ザザに伝えているのは『カルが赫病者』であることだけだ。

 因みにシャルロットは黒魔術を基本出し惜しみしないので、察しがいい人にはバレがちである。

 逆にカルのその素性は隠しようがなかった。

 ザザと旅をする中で、カルの赫病の修行をすることになったからだ。

 なんて会話をしているうちに、どうやらシャルロットたちは作戦会議を済ませたようで、


「カルがおびき出し、ザザとシャルロットが前衛、ナデーシェとエレドが後衛という感じで行こう」


 という感じで陣形はあっさりと決まる。


 *


「このあたりでいいでしょう」


 シャルロットが言うと、ナデーシェの合図で皆陣形をとる。円に展開し、中央にカル、その周りをナデーシェとエレドが囲み、そのまた外側をザザとシャルロットが並んで待機した。


「カル、できる?」

「もちろん」


 カルは頷く、そして右腕に力を籠めた――。

 赫い力が沸騰し右腕に熱が伝播する。そして少量の四角い物体を腕から作り出すと、すぐさま雪に覆われた静寂の森が、一気に騒がしくなった。

 「……来てますね」とシャルロットはチビからの情報を口頭で伝える。

 緊張が走る。シャルロットは注意深く林の中を睨み、ザザはネックレスを揺らしながら格納(格納魔道具)していた巨大な『鎌』を背に構え、ナデーシェは杖を握り、エレドは盾で周りを確認する。

 何かが雪を駆け抜ける音が風と共にして、一本の枝が折れたような音がした刹那に――魔物が一匹、木から飛びあがって鋭い牙から唾液を垂らした。


「来た」


 とカルが呟くと共に、その魔物は縦に切断された。シャルロットが目を見張ると、ザザが鎌を片手で回転させて、白い息を吐いた。


「祭儀、凛」

「ガアアアアア!」


 その台詞と共に森から一気に魔物が飛び出してきて、それらは激しい息を出しながら迫るが、


「――黒魔術、蒼穹の道しるべ」


 シャルロットの十八番が繰り出され、やり逃したのをザザが飛びついて切り落とした。重々しい鎌を身軽に回し、顔色一つ変えずに空間を切り裂きながら魔物を屠るザザ。彼の戦闘能力は確かに高く、シャルロットとカルはこの一カ月間とても助かっていた。


 ザザ・バティライトには異名がある。

 それは――『金の亡者』。


 金を払えば何でもする。殺しも生かしも労働も、全てをことごとくこなす男。金の為なら何にでもなる。およそ人間業じゃない戦闘姿から――亡者と。

 雪を蹴り上げ木々を駆け抜け、目にも止まらぬ速さで移動し鎌を振りかざす。黒いコートの靡く音だけがよく聞こえ、それ以外の情報は全く入らない。ザザの身のこなしはシャルロットの比じゃない。あまりの俊敏さ――。


「残り数匹!」


 そうシャルロットが告げた途端、ザザは一目散に森へ駆けて行った。コートを靡かせ風を感じながら、地面が抉れるほどの力で地面を蹴り上げ、


「終わりだ。――牙」


 最後に魔物三匹を仕留め、戦闘は終了した。

 大半は、ザザが仕留めた。


「……わ、私達何もしなかったね」

「あ、ああ」


 ナデーシェとエレドはそうやって顔を見合わせる。


「あの人強すぎですよね~」


 そんな二人に振り返りシャルロットは照れくさそうに言った。


「あの方もお強いですが、あなたも中々でしたよ……。え、黒魔術?」


 途端、思い返すようにナデーシェが疑問符を浮かべた。すぐさまシャルロットは両手を振って、


「違いますよ! 私魔女じゃないですから」

「えっ、で、でも黒魔術って」


 ナデーシェは真っ青になってエレドに掴まった。


「確かに黒魔術は使えますけど、ただ持て余したくないだけですよ。どうせ使えるのなら人助けに使った方がいい。私がそう思っているだけです」


 両手を振りながらそう微笑んだ。その様子に二人はちょっと落ち着いて、


「あまり見ることはないけれど、あなたなら信じられる、かな……」


 と胸を撫でおろしたのだった。


「終わったぜ」



 シャルロットの背後から鎌を仕舞って近づいてきたザザ。

 彼の首からあのネックレスが無くなっていることに、その場の全員が気が付かなかった。


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