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幕間4 探偵の襲来?(下)

「まず仮定から始めましょう。これからみんなにも話しかけるから、聞いてね~」


 仮定1

 Q .被害者は強い殺意を持った存在に殺された。怪我の具合から『相当な力』で殴らなければこんな傷にはならない。では、この『相当な力』を出せる存在は誰だろう。


「そ、そこの傭兵なら出来るんじゃないの?」とマチルダが言う。


 その説には否定する根拠がある。それはマチルダさんとナシャさんが、ザザと露天風呂の入口で鉢合わせていることだよ。


「……でも。もしこの村にある『人狼伝説』がその男のことなら、人狼になって外の露天風呂の壁を超えることだってできるじゃない?」と、マチルダは反論した。


 可能性としてなくはない。人狼は亜人の中で戦闘能力が高いとされている。何しろ、人間じゃないから、確かに『相当な力』を与えることができるかもしれない。でも実はね、――人狼を炙り出すことができるとしたらどう?


「……」ザザは静かに議論をみつめていた。

「そ、そんなことが出来るの?」マチルダはニーナの言葉にそう応える。


 出来る。とニーナは断言した。


 どうして人狼が『吹雪の夜』にしか現れないのかを考えればね。

 だからその実証はちょっと後に回して、その他に『相当な力』を出せる人は、この宿にいる?


「その問いの答えなら俺しかいないが、俺はやってない。と、潔白を宣言だけはしておく」ザザは両手を上げぶらぶらさせながら言って「どうせ人狼を炙り出す方法があるのなら、それを試すときにでも俺をジャッジしてくれ」と付け加えた。


 では、もし魔術を用いてなら、『相当な力』を出す事はできるのか?


「出来なくはない。けど、手間だね。わざわざ魔術を使う思考があるのなら、もっと証拠が残らない殺し方ができるはず」とシャルロットは言った。


「とすると、魔術は選択肢から外れる、のかな」カルの言葉だった。それにニーナは肯く。


 ならそれこそついに大きい仮定ができるね。でもその前に、一つ一つ漏れがないように確認するよ。

 ニーナは言いながら管理人の老人を見て「あなたは殺された瞬間をみていないんですよね、確か、裏の方に移動していたとか」と訊いた。


「ええ、私は裏手に移動し、事務作業の為の下準備をしました。証拠は裏手に今日の収益が記載されたメモが置いてあります」


 ちょっとだけ証拠としては弱いけど、まあいいわ。と呟いてから、ニーナは静かに両目を閉じた。


 じゃあ、大きい仮定をする前に最後の一つがあるわね。それは――どうして争っていたか。


 そう言うと、彼女は死体を注意深く見下ろした。


「喧嘩をしていたと、思いますよ。片方の声が大きくて、もう片方は、声がちょっと小さかった。どっちも男だったというだけ、分かりましたが……」オルラは怯えながら言う。


「どうして喧嘩していたか……。どちらかが喧嘩を売ったのか、はたまた因縁とかがあったみたいな?」ナシャの言葉だ「片方の声が大きかったなら大きかった方が怒っていて、小さい方が怒られている側だった?」と彼女は付け加えて言う。


 可能性の話をするならなんでもある。大事なのは、喧嘩の内容ではない。じゃあヒントを与えるよ――。


 ヒント

 どうして酒場で喧嘩していたのか。


「そ、そりゃ吹雪で外に出れなくなって、この中に入るしかなかったのでは?」とはオルラの言葉だ。


「いいや、私はこの酒場で飲んでたから分かるけどそれなりにお客さんがいた。だから被害者と容疑者は一緒に飲んでいた可能性がある。その中で喧嘩が起って、こうなってしまった」シャルロットはそう証言した。


「でも、僕とシャルロットって閉店のちょっと前までここに居たけど、喧嘩しそうな人たちはいなかったよね。みんな楽しそうに酔っぱらって、順番に帰り始めてた」思い出しながらカルは言う。


「……あっ、そういえば。俺がトイレに入る前は管理人の老人と被害者しかいなかった。店の中には誰もいなかった! ……はずです」カルの言葉をきいてオルラが思い出したように言った。


 その情報を信じるなら管理人の老人が怪しいということになるけど、彼にはあの深い傷をつけることができないはず。なら考えられるのは――そのタイミングで誰かが酒場にやってきたということね。

 ここまで来たならもういいわね。大きい仮定をするよ。


 仮定1

 Q .十一人目の容疑者がいる説。


「そ、それは」


 そこまで来てカルは気が付いた。


「そう。さっきのあなたの例え話だよ」


 そんなカルの反応をみて、ニーナは肯定する。現場にはぞっとした寒気が迸った。


「……それ、本気?」


 ナシャが青い顔しながら言うと、ニーナは頷き、ナシャとマチルダは肩をぶるっと震わせた。十一人目の存在、それに気が付いていなかったシャルロットは思わず鳥肌が立った。彼女の推理力と説得力はまるで、本物の探偵のようだったのだ。


「ここまで来たことだし、そろそろ大詰めの準備をしようかな――シャルロットさん」

「えっはい」


 いきなり呼びかけられ、シャルロットはびっくりする。彼女はとことことシャルロットの目の前にやってくると、そっと耳打ちした。


「――どういうこと?」

「いいからやってみて!」

「……う、うん」


 と何だか楽し気に言うので変に否定できず、シャルロットは不完全燃焼のまま頷いた。

 そしてシャルロットは――正面の入口まで歩くと、扉を少しだけ開けた。刹那、ひんやりとした隙間風が部屋の中に侵入し、外の吹雪の音が良く聞こえるようになった。そんな闇夜に、体を半分だし、空に向かい杖を構え、唱えた。


「――黒魔術、雲消し」


 白い光が空に延び、そしてすぐに暗かった雲を円形に広がるように打ち消した。降りしきる雪はハサミで切られたように途中で途切れ、空には――『満月』が浮かんでいた。


「……………………ッ」


 すると酒場のトイレの入り口横に置いてあった樽が、急に揺れ出した。


「な、なにぃ⁉」

「おいおいおいおい!」


 マチルダが泣きそうになりながら叫び、オルラは興奮しながら後ずさりした。


「ザザ。殺さずに捕まえてください」

「……御意に」


 ニーナが落ち着いてそう指示すると、ザザは一人でに揺れている樽へ歩き始めた。カルはマチルダを守るように立ち、管理人の老人はオルラと同じ場所に隠れた。シャルロットはザザと同じように樽を見据えながら、じわじわと近づく――。


「う、ううう、うううううううウウウウウ」


 ガタガタガタガタと勢いよく揺れ出して、次の瞬間、樽の表面を突き抜けて右手が飛び出した。


「きゃああ!」


 マチルダの悲鳴がまた響く。そしてその右手はみるみるうちに、茶色い毛を纏い始めた。


「…………人狼だ」と誰かが呟いた。


 ガタガタガタガタ。


「ウウウウウ、アアアアアアアアアアア――!」


 そうして突然、樽の揺れが収まった。いきなりの静寂が全員を包み込み、マチルダの不安が最高潮に至った時に――樽が勢いよく破裂し、黒い影が壁を伝い姿を消した。


「逃げた!」


 ニーナが拳をがっとさせながら叫ぶと、次に起こったのは予想外のことだった。

 酒場の照明が順番に破壊されていったのだ。バリン、バリンと魔石が割られ照明が刻々と消える。シャルロットはみた。物凄いスピードの生物が照明を破壊して回っているのを。


「暗闇で仕掛ける気……?」


 残りの照明は酒場頭上のこじんまりとしたシャンデリアだけだった。

 そこまで選択肢が削られると、シャルロットとザザの行動は早かった。

 ――黒い影が残像を残し、シャンデリアへ向かう。それを予期した二人は、


「グ、ガアア?」


 黒い影がシャンデリアへ飛びかかると、ザザが即座に壁を蹴って飛び上がり、勢いよくシャンデリアの柱を蹴った。すると狙い通り、その足に何かが当たって呻きを漏らした。そこへシャルロットは、


「――魔術、空砲っ」


 詠唱すると、凄まじいスピードで空気の弾が発射され、それは謎の生物の急所に命中したようだった。謎の生物は犬のような情けない声を出しながら、意識を失って酒場の円形テーブルに乱暴に落下した。


「おい、俺に当たっていたらどうする気だったぁ?」


 そう淡泊に冗談言いながらザザが降りてくるが、シャルロットは無視して落ちて来た生物に視線をむけた。それは決してザザに対して意地悪をしているというより、落ちてきた物体の異様さに気を取られたからである。


「……これは」


 茶色く固い逆立った毛はちくちくしており、人の胴体なのに両手と両足の先は鋭い爪が生え、破れたズボンを履いていた。顔をみると――まるで頭部が狼のようだった。


「ほ、本当に人狼が……」


 また体を見ると、その右手は血まみれだった。


「犯人が見つかったね~」


 ニーナは嬉しそうに両手を上げて、わーいと走った。


「……おい、見ろ」


 ザザが言う。シャルロットが人狼をみつめると、気を失ったことで段々と変身が解けているようで、毛が引っ込んで肌色が見え、頭部が徐々に人の頭に戻っていったとき、シャルロットは気が付いた。

 人狼は、シャルロットとカルをこの宿まで乗せてくれた好青年だった。


 *


 次の日の夕方となった。

 穏やかなグラデーションがかかった橙色の大空の下で、シャルロットとカルは夕陽に照らされながら雪道を歩いていた。

 犯人はあの青年だった。動機は『人狼伝説とかいうふざけた噂を流され、人を殺したことがないのにまるで人殺しみたいに言われた。怒り、唯一自分の正体を知っていた彼を直撃すると、彼はずいぶんおちゃらけた様子でついカッとなった』らしい。

 素人目で見ても事情聴取されていた人狼の青年はとても反省しているように見えた。


「夜が中々にハードで、今日あまり眠れなかったわ……ほわぁ、眠い」

「僕もだよ。僕も瞼が重くて仕方ない」


 シャルロットが不貞腐れながらあくびをすると、横並びにあるくカルが同意しながらあくびがうつる。二人はもうあの宿を出て、隣の村へ移動しようと雪道を歩いていた。

 シャルロットは人狼の正体と変身について疑問があったので、思わず事情聴取中に青年に聞いた。

 すると『本来は月が出ている時にしか変身が出来ず、自分の意思で変身するかしないか選べる』こと、そして『だが、興奮状態だと変身が制御できず勝手に変身してしまう』ということだった。月が出て来たとき樽から暴れて出てきたのは、人を殺して気が気ではなく興奮していたかららしかった。


「結局、あの子が全部解決しちゃったね」

「そうね。探偵も伊達じゃなかったってわけだ」


 認めよう。ニーナは確かに探偵だった。

 彼女の稚気な雰囲気から最初は疑ってしまったが、推理している様子はまるで人が変わったように真剣になり、見事彼女は犯人を推理してみせた。これはやはり中々な印象を二人に刻んでいることだった。

 しかし、ふとカルが呟く。「人狼って大変だね」


「生まれたときから月が出ると狼になるって、……僕の赫病より辛いんだろうな」


 カルが薄眼で空を見ながら云った。


「どうだろうね。でもあの人はあの人なりに森で生活していたし、行商人の仕事も楽しんでいたはずだよ」

「そうなのかな」

「きっとね。みんな頑張って生きているのさ」

「……じゃあ僕も頑張らなきゃね、シャルロット」

「うん、一緒にね」


 シャルロットとカルは互いを見つめながら、そう深く頷いた。


「あ、あのー!」

「あれ、ニーナさん、どうしたの?」


 声がしたので振り返ると、そこにはニーナとオトが並んで追いかけて来ていた。

 シャルロットが訊くとニーナが両足を揃えて急停止し、彼女は「おっとと」可愛らしく呟いてから見上げるようにシャルロットを捉える。


「いやいや、シャルロットさんの手助けがなかったら昨日は危なかったので、別れの前にお礼だけでもと思いまして。昨日はありがとうございました」


 その言い方はまるでどこかの探偵小説に出てくるような言い草で、一件終えた後の楽観的な態度であった。


「それはご丁寧にありがとう。……そういえば気になっていたのだけど、どうして私が『黒魔術』の雲消しを使えるって分かってたの?」


 と言いながら、シャルロットは耳打ちされた言葉を思い返す。――『天候を変える黒魔術を外で使ってください』。それがあの時、ニーナから言われた言葉だった。


「え、だってシャルロットさんって、巷で有名な『無名の魔女』さんでしょ?」

「あ。気が付いていたの?」


 思いのほかあっさり言い当てられるもので、驚きこうにも驚けず微妙な反応になってしまったが、しかし、


「もちろんですよ! ボク分かるんですよ、えっへん」


 ニーナは両手を組んでふんと鼻息を落とす。


「お姉ちゃん、そろそろ時間だよ。ほら、『怪盗』の件」


 とたん声をかけたのは、ニーナの愛らしい姿をみて呆れ顔をみせた青髪眼帯の少年オトだった。


「うむ、分かったよオト。それじゃあ行きますね~。またの機会事件があったら、その時はよろしくお願いします、シャルロットさん!」


 彼女はそんな社交辞令を明るく並べ、右手を振りながら走り出した。


「うん。旅のどこかでまた出会いますように!」


 別れの挨拶をすませると、ニーナは手を振りながら走り出して行ってしまった。だが、最後にニーナは振り返って、


「あ、赫病の男の子もばいばーい!」

「あっ! ちょっと姉ちゃんそれ秘密だって……」


 二人の影が完全に見えなくなると、思わずシャルロットとカルは顔を見合わせた。


「な、なんで僕が赫病者ってバレたんだろう……」

「……流石に推理にしちゃ出来すぎな気がする。実は司教だったり?」

「嫌だよ連続じゃん。もう司教は懲り懲りだよ~」

「ふふ、そうね~」


 そう、兎にも角にも宿での殺人事件は一件落着である。

 シャルロットとカルは二人で雪道を歩き、次の村へ向かおうと峠を下ると、

 そこには男がいた。


「――――」


 ザザ・バティライトだった。


「奇遇ですね。こんなところで何しているんです?」


 そうシャルロットが問うと、ザザはクマが目立つ目元でギロリと二人を睨んでから、また気だるげな声を出して、




「もし迷惑じゃなければ俺も旅に連れて行ってくれないか? 腕は立つ。魔物も殺せる。腕利きの前衛だ。……料金は無料だ、サービスしとく」




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