酒場に揃ったのは十人。
死体はまだその場所にあった。惨いものだった。白目をむき両手を広げながら倒れる男の顔からは苦悶の表情が伺え、全員がその光景に暗い顔をしていた。そんな時、甲高い声が、また声大きく響いた。
「まずですが、確認をしたいと思いマス。オト」
「はい」
名前らしき言葉を言うと、背後に立っていた青髪の少年がニーナに近づく。どうやらあの少年の名前は『オト』というようだ。
オトと呼ばれた少年はニーナに書類のようなものを渡し、読んで一人頷く。
「お、おい! 犯人が分かったって、一体誰なんだよ」
なんてゆっくりニーナが読んでいると、いきなりラントが食ってかかるように叫ぶ。だがそんな彼の言葉を無視して、うんうんとまだ書類を噛みしめるように頷いていた。
「……え? 教えてくれないの?」
すると今度はマチルダがそう台詞を口にした。確か彼女は容疑者の中で一番怯えている人物であったから、きっと、早くこの圧迫した空間から抜け出したいのだろう。
「なっ、なあ! 無視かよ⁉」
「もう、うるさいなぁ」
「はあ?」
ラントの繰り返す言葉でついにニーナは喋り出したが、火に油を注ぐような言葉だったので現場には緊張が走った。――そんなところでやっと、彼女は書類から目を離して口を開いた。
「ふむ。じゃあまとめて説明していきますね。まずそこの女性陣から……」
と人差し指をなぞり女性陣を見つけた途端、
「おい!」
とラントが叫んだ。
「……なんデス?」
ニーナは不服そうに首を傾げる。
「犯人が、分かったんだろ? ならバシっといえばいいじゃねえか! なんで勿体ぶるんだよ!」
……ラントの糾弾はまともだった。確かにニーナの物言いは勿体ぶるような感じであり、悪く言えば不安感をわざと煽っている様にも捉えられる。
それにシャルロットには一つの迷いがあった。
(カルの話から、……もしニーナの弟が人狼ならば、この二人が真犯人で、場を支配することで楽しんでいるとしたら)なんて嫌な思考が過っていた。だからシャルロットは――いざというときに魔術が使えるよう、ポケットの中で杖を構えた。
杖というのは、魔術の補助道具である。一般常識なら『杖がなければ魔術が使えない』。だが、シャルロットの場合はそうとも限らず、実はシャルロットは詠唱の大部分を破棄しつつ、杖なしで魔術行使が行える実力者である――。だがそんな彼女でも杖を使う時がある。それは、魔術に『正確性』を求めるときだ。
杖を使わないでも魔術は行使できるが、しっかりと狙った場所へ飛ばしたい場合は、杖を使った方が良い、というわけである。
ニーナはラントの糾弾に面倒臭そうな顔をして。
「落ち着いてくださいよ、大丈夫です。順番に全ての謎を明らかにしますから」
「……なら!」
「では」
するといきなり、ニーナは声を静めて二文字呟くと、鋭い瞳でラントをみつめて。
「あなたから謎を解いていきましょうか、ラントさん」
「……は、はあ?」
その一言で場の雰囲気が一変した。ニーナの頼りない少女な感じが、ロウソクの火みたいにふっと消えたからだ。そして彼女はラントに近づきながら喋り始めた、
「管理人さん」
呼ぶと、管理人の老人が「はい」と応答した。
「最近この宿で起っている泥棒について教えてください」
「……ぇ」
問いを聞いたラントは、何故か真っ青になって一歩後退りした。
「お客様がお風呂にはいる時間帯に部屋へ侵入し、金品を盗む事件がここ一カ月で三件ほどありました」
「犯人は?」
「捕まっておりません」
「ではザザ……さん、あなたは今日、露天風呂にいらっしゃったようですね?」
次は変わらない表情で立っているザザに会話の流れがいく。
「ああぁ。証明は?」
「そちらの女性の証言が証明になります」
シャルロットはその光景をみて――思わず不思議に感じた。
それは、ザザ・バティライトという男は『勘が鋭い男』だったのを知っていたからだ。シャルロットとの会話ではこちらが聞く前に、シャルロットが聞きたい意図を汲んだザザは『勝手に』全てを説明していたはず……。
――なのに今、ザザはわざわざ「証明する必要は?」ひと手間加えた。
「俺はあのとき露天風呂に入って空を眺めてた。綺麗な空だったぜ、雲がくるまではな。いきなり雪が降り始めたもんで風呂から出ようと立ち上がった時、そう、その時さ。宿の二階で変なもんが見えた。二人の男が話していた。そいつと、そいつだ」
ザザは説明しながら、ラントとオルラを指さした。
二人はギクっと肩を揺らし、顔面から徐々に血の気が引いていく。
「言い争っている感じがしたから俺はちょっと気になったんだ。しばらく俺はその二人の動向をみていた。するとな、びっくりしたんだが、――そこの奴が部屋番号が刻まれたプレートを右手に持っていたんだ」
「え?」
シャルロットは疑問符をうつ。ザザは淡泊に言いながら、次はしっかりとラントを指さしていた。ラントはビクッと肩を揺らしていた。その横で、オルラは真っ青になって絶句していた。
いつの間にかその場の全員の視線が、二人の男に注がれる。
「客が温泉にいってるような時間を狙った、泥棒」
そんな二人に入ったヒビにとどめを入れたのは、ニーナの低い声だった。
「ヒっ――」と彼女に言い当てられ声を上げたラントは、ついに、
「グあああああああアアア!」
奇声をあげて拳を振りかざして走り出した。その先にはニーナがおり、彼女に向けた暴力であることが全員の理解として走った――刹那、目に見えない速度で移動したザザの一撃が、ラントの意識を簡単に奪ってしまった。
大きな音を出しながら机をひっくり返して倒れる。
「報酬分の仕事はするぜ、ニーナさんよ」
「もうちょっと手を出すのが遅くても面白かったのにナ、ザザ」
ザザの言葉の後に、ニーナが面白くなさそうに呟いた。
……いきなりニーナとザザは仲良さげに話し始めたので、思わずシャルロットは面食らったように、
「……えっと、最初から二人は、手を組んでいたの?」
「違うぜ」
シャルロットの問いをザザは否定した。
「ただの依頼主ってだけさ、ニーナさんは。俺が傭兵ってきいてさっき雇ってくれたんだ」
「さっき⁉」
驚いて彼女を見ると、ニーナは自信満々と腰に拳をあてて、
「えっへん。ボク戦うの疲れるからすきじゃないんだ~」
「な、なるほど……」
(ま、まさか。知らない事件の解決までも済ませてしまうとは思わなんだ)
シャルロットは思わず驚いた。それは、ニーナがそんなに凄くないように見えていたからだったと思う。あの子供っぽく頼りなさそうな見た目と言動だったのに、今では、とても頼りがいがある人物に見えていたからだ。
気絶した男に近づくニーナと、管理人の老人。そして老人は感銘を受けたような表情を浮かべ、
「ニーナ様、ありがとうございます。……まさか、殺人以外も解決してしまうとは」
「気が付いたから解いただけだよん、気にしないで。それに、ボクは探偵だから通り魔的に謎を解くのさ」
管理人の老人のお礼を何のことも無いように返すニーナ。そして「さてと」と彼女は呟くと。
「そろそろ本題に入りますか。ちょうど話を聞きたい方は気絶してないですし」
「ッ……」
ニーナは気絶したラントを無視して歩き、腰を抜かして今にも泡を吹きそうな顔色のオルラへ近づいた。
「オルラさん」
「ぁ、ぁ、あ」
「あなたは殺人が起きたとき、あのトイレにいたんですよね」
ニーナはトイレへの道に人差し指を指す。それにオルラは頭を何度の縦に振った。
「中にいるとき、この場所で喧嘩している声が聞こえたって言っていましたよね?」
「……ぅ、うん」
男は情けなくうなずいた。それにニーナは「よし」という顔を見せた。
「あ、あのぅ」
突然、二人の女性のうちの一人、マチルダが口を開いて一歩前へ出た。
「……それで、一体犯人は誰なんですか? 分かったんですよね」
彼女は恐る恐るいいながら、ふとザザを訝しげに睨んだ。どうやらまだザザを疑っているようだが、ザザは特に彼女の視線に興味がないような空虚な態度だった。
「もうじれったいなぁ~、いいよ。言ってあげる」
ニーナは歩いて、死体が倒れている場所から離れ、何故か酒場の入口に視線を向けた。そんな彼女を全員が見ていた。マチルダは怯えながら、ナシャは固唾をのみ、ザザは何ともなない感じで、カルは見張るように、シャルロットはポケットの中で杖を握って――。
振り返った。
「――犯人はこの部屋の中にいるよ」
そうしてニーナはふっと笑い、吹雪で建物が軋む音が、やけにうるさく聞こえた気がした。
一番不安そうな顔をみせたのはマチルダだった。明らかにザザから距離をとったのだ。だがナシャはそんな彼女をなだめるような表情で引き留めた。ナシャはザザが人狼なのではという疑問がもうないみたいだった。
「被害者は頭を鈍器のようなもので殴られた。このことから相当な殺意があったことが分かる。同時に、死体の衣服をみると争った形跡があった。そこのオルラさんの証言からも分かりますね」
ニーナは視線をオルラに向けると、彼は肩をピクッと動かしてから言った。
「は、はい。男と男が、言い争っていました」
「その時アリバイがあるのはそこの三人ですね」
彼女が視線を向けた先は、女性二人とザザだった。
「ならそこの三人は容疑者から外れます」
「え?」
マチルダはきょとんとした。彼女は続ける。
「一応三人ともグルでという線もあるけど。今は揃ってる情報で絞っていくね。……となると残りの容疑者は管理人のおじいちゃんと、そこのオルラさんだ」
「は、ちょっとまってくれよ! 俺は殺してない、です!」
指さしに過剰に反応するオルラ。それをみて、ニーナは顔色を変えず。
「ではここで一つ事実を提示しましょう」
と呟いて、
「死体の男性は大柄な体系です。身長はたぶん、ニーナ三人分くらいでしょう。なので――ここにいる管理人のおじいちゃんはまず無理だと思います。それに彼は老いているから体格がいい男を即死に至らせる力で殴れるはずがない。そしてあなた」
「っ」
ニーナはオルラに視線を向けた。彼は強く否定するような顔になった。
「もしあなたが犯人だとして、この大柄な男と喧嘩して勝てるのでしょうか? ……正解は勝てません。これは傭兵のお墨付きです」
「え?」
そうしてニーナがザザへ視線を移すと、ザザは平然そうに、
「この男の筋肉はよく鍛えられている。お前くらいの力だと、お前の方が殺されてた。だから、お前は容疑者から外れるだろう。……もし何かしらの方法でこの大柄な男を跪かせることができるのなら、頭に一撃くらい入れられるだろうが、この男の死に方は『凄まじい力』で殴られなきゃこうはならない。そんな力、お前にあるようには見えない。鍛えていない人間でもこの頭蓋の割れ方は、不自然なんだぜ」
言葉に反し、ザザは感情を籠めずに行った。先ほどは明らかに相手を詰める、貶めるように大袈裟と口走っていたが、今はすんと冷めきったように言葉を紡いでいた。
「……それって、どういうこと?」
思わずシャルロットが問うと、ザザは視線を変えずに続けた。
「明らかに人間業じゃないということだ」
「分かるの?」
「ああ。俺は傭兵だからな。死体なんていくらでも見て来たし、作ってもきた。ニーナさんも同意見なんだろう?」
「そうね、これは明らかに人間の仕業ではない。となると、」
ニーナの意味深な言葉にナシャとオルラが同時に呟いた。
「―― 人狼 の仕業ってこと?」
「―― 魔術師 の仕業ってこと?」
刹那、シャルロットに向けて一気に視線があつまった。シャルロットは慌てて杖をローブに挟んで両手を振り。
「ま、待ってよ。アリバイはあるわよ?」
戸惑いながらも弁明すると、ナシャとオルラは余計分からなそうに首を傾げた。
「じゃ、じゃあ誰ってことになるのよ……」
「人狼ってまさか、ありうるのか?」
――埒が明かない。
どれだけ情報を整理しても、謎が明らかにはならなかった。シャルロットも流石に困った。この時点で犯人が分からない以上、どうすることも……。
「あ、あの」
その時、カルが手をあげた。全員の視線が注がれ、怯えるようにカルは尻込みしかけるが、すぐにシャルロットが彼の肩を優しく触った。カルは両目を閉じて考えてから、勇気を出して口を開く。
「探偵さん。あなたずっと『もしも』の話をしてないですよね。こういう時って、誰も知らない事が裏で起こっていた可能性もあったわけで、そういう部分を推理するのが探偵なんじゃないんですか? ……例えば、『実は十一人目がいるとか』」
その言葉を聞いたニーナはため息をついて、フッと笑った。
「どうやら、やっと答え合わせができそうだね」
彼女はそう言って虫眼鏡を格好良く取り出すと、
「じゃあ『
最後の一言には、幼い容姿に似合わないくらい色っぽい声に、恍惚な微笑を添えた。